「勘弁してよ、んなわけないでしょ」
それからしばらくは、どうにもハッキリと覚えていない。
その全校集会で、授業を切り上げて下校とする旨が伝えられ、雨に降られながらチャリを飛ばした。
次の日にはそーいっちゃんの両親から――つまりおじとおばから、葬式の案内が来たが、今の自分が参列できる気がしなかった。葬儀がある日の学校はとりあえず休んだが、部屋から一歩も出ずにただぼーっとしていた。壁に寄りかかって座って梅雨の外を眺めたまま、ぐるぐると色々考えた。
まずは感傷的なものを考えた。
もう、そーいっちゃんの声が聞けないこと。
もう、そーいっちゃんの体温に触れられないこと。
もう、そーいっちゃんとヤれないこと。
それらの機会は二度と訪れない。死んでしまったから。
突然やってきた、あのぬくもりにはもう触れないという事実に、自分はただ茫然とした。あまりの唐突さと意味不明さに、悲しさという、本来湧き上がるべき感情は見当たらないみたいだった。
代わりなのかは知らないけど、外はずっと雨だった。仕方がないので、湧いてこない涙は雨に任せることにした。
次に現実的なことに考えを巡らせた。
ファミレスの奢りはもう二度と無いし、デートもできない。
女子高で口裏を合わせてくれる味方も居なくなった。
そーいっちゃんは、死んでしまったから。
……そーいっちゃんは、なぜ死んだのか?
『牛川総一先生が、亡くなっているのが発見されたそうです』
あの全校集会での口ぶりからして、不幸な事故じゃないだろうことは想像がついた。事故ならハッキリ『事故だ』と言ったはずだし、事故死じゃないならあのピンとこない表現なのも合点がいく。
では、自殺? 考えにくい。そーいっちゃんは(自分のせいで)ある種の極限状態、綱渡りの状態だったけど、坂崎伊織を案じてくれる気持ちは本気だったはずだ。それをアテにして寄りかかっていたのは、ほかでもない自分自身だ。それくらいは察せるだけの機微はあると、うぬぼれて居たい。
となると、他殺になる。……殺された?
牛川総一は、何者かに殺された?
頭の中になにか、言い様の無い不安のような、嫌な気分がシミのように広がってきた。窓の外を飽きずに満たす雨は、当然ながらこのシミを洗い流すには向いてなくて、その冷たさがシミを広げるだけだった。
ここまで考えて、天井を見上げ、溜息をついた。
葬式に行って死因の詳細を訊ければよかったのだけど、今の自分では絶対に無理なことだ。
……こんな気分でも関係なく空腹がやってきて、自分はこの生理現象を嫌悪した。仕方なく立ち上がって、カロリーブロックの買い置きに手を伸ばした。
翌日。
ほかにすることも無いので、仕方なく女子高へ登校。
いつも通り教室に向かって廊下を歩いていると、なんか違う感じがする。
……声を掛けてくる子がいない。
視線は感じるのだが、これまでのモノとは変質しているような気がする。”女子高の王子様”に対する羨望とか、そういうプラスな感情じゃない。異質で異常なものを遠巻きに見る、マイナスな目線だ。これは一体……?
まさか、秘密がバレた? それならこの居心地の悪い空気も納得できる。だけど、そんな兆候は一昨日までには無かったハズだ。自分が致命的なミスをしたつもりもない。それとも自分が気付いていないだけで、誰かが気付いたのか? いやいやまさか、女子高の人間たちはここまで気付かなかったんだ、うまく欺けていたハズ……。
最悪の事態になっているという自分の予感を、なんとか抑え込みながら教室にたどり着き、ドアを開けた。
「「「えっ!?」」」
教室にいた何人かが、素っ頓狂な声をあげて驚く。……余計に不安になってきたけど、なんとか冷静を装う。
アヤバラの方を振り向いて様子を窺うと、これまた眼鏡越しに『なんで此処に居るんだ』と言わんばかりの驚きと嫌悪感が全開だ。また鉄仮面を外せたことを喜びたいが、たぶん今はそれどころではない。
「イオリ!」
鞄を机の横に掛けたあたりで、ノダが声を掛けてきた。駆け寄ってきた勢いのまま、立って机に手をついて、こちらの顔を覗き込んでくる。
「どうしたよ?」言いながら席に着く。
「えっと、その……」
勇んできたわりには、覗き込んできた視線を外した。……あのおしゃべりなノダが、言い澱んでいる。表情も不安げだ。らしくない。
それでも、ノダは意を決した様子で訊いてきた。
「イオリが、ソーイチセンセを、殺した、って噂になってるけど」
「はぁ!? なんだそりゃ」
あまりの突飛さに笑いながら反射で答えてしまった。……しかしまぁ、殺されたろうと考えているところに、まさか自分がその犯人ではないのかと言われるとは。探偵が犯人やってるアンフェアな推理小説か?
「違う、ってこと?」
「当たり前でしょ、誰よそんな噂流したの」
不安げだったノダも、本人確認が取れてホッとしたのか、硬い表情をほぐせたみたいだった。
だけど――
「本当に殺してないんですか?」
アヤバラが立ち上がって、こちらを見下ろしていた。
相変わらず鉄仮面な表情、だけど眼鏡の奥の目は――嫌悪、いやそれ以上、憎んですらいる?
「……当たり前でしょ」
とりあえず、本当のことを言う。
「でも牛川先生と仲いいですよね?」
「仲いいならなんで殺すのよ」
「週末、牛川先生と一緒に過ごしていたんじゃないんですか!?」
いつものピンと張ったような調子のまま、アヤバラが大きな声で訊いてくる。たぶん、クラスメイトにも聞こえるように、わざと。
「なんでそれを知ってんの?」
「……否定はしないんですね」
アヤバラの狙い通りか、教室がざわめいてくる。もちろん、嫌な意味で。それを見て、自分は誰にも聞こえないように小さく舌打ちした。
「入部さんが、そういう会話を聞いたと言ってたんです」
アヤバラはそう言って振り向き、つられて自分も同じ生徒を見る。アヤバラのすぐ後ろの席の女子生徒――入部霧子は、バツが悪そうに顔を背けて、廊下を眺めはじめた。
「一緒に居たってことは、殺すチャンスもあったってことじゃないですか」
「もう一度言うけど、殺す動機が無い」
アヤバラと自分に挟まれるような位置にいたまんまのノダは不安げというか、困り顔だ。
「男性教師と女子生徒が週末会っている時点で、なにかやましいものがあるようにしか思えませんけど? なにかしらの弱みを握られて殺したとかじゃないんですか」
アヤバラの視点から見える情報からすれば妥当な推理だろうが、当然的外れにもほどがあるので、自分は特大の溜息をついてしまった。教室のざわめきは大きくなるばかりか、廊下にも若干の野次馬が来ているのが見える。おかげでキリコは目のやりどころを失って、机の上に置いた両手を見ていた。
「悪くない推理だけど、ひとつ、致命的な抜けがある」
悪目立ちはしたくなかったのだけど、こうなっては仕方ない。いっそのこと目立ちまくって、楽しんでやるか。そんな気分になったものだから、自分も立ち上がってみる。笑みを浮かべながら。
”女子高の王子様”が何を言うのかと、教室が静まる。
「坂崎伊織と牛川総一は、いとこ同士だよ」
教室が一気にざわめく。アヤバラは目を見開いた。
「マジぃ!? ……なんで言ってなかったの?」
アヤバラの推理を聴いて縮こまっていたノダも、自分に掴み掛かってきそうな勢いだ。
「え? あー、そりゃー……裏口入学を疑われるからだよ。もちろん、自力で正式に入学してるけどさ」
黙っていた理由自体は噓ではないな。……そーいっちゃんの手引きで入学したのは確かなので、嘘ではあるけど。
「んで、とにかく……住んでる距離が近い親族と、週末一緒に過ごすことのどこが怪しいって?」
挑発するような目線で、アヤバラの眼鏡を覗き込んで反撃してみる。
「……っ、でも、殺す動機が別にあれば、親族だというのは関係ないですよね?」
「だから殺す理由は無いんだって……ていうかまた訊くけど、こんな噂流したの誰よ?」
「さぁ……」「話を逸らさないでくださ「カズヨ、ですっ」なっ……」
情報通のノダなら知っているかと思ったら、答えたのはキリコだった。言われると思ってなかったのか、アヤバラの鉄仮面が公の目の前で剥がれた。
「なるほどね……そうじゃないかなーって、さっきから気になってたんだ」
なんで、アヤバラは『坂崎伊織が牛川総一を殺した』と主張しているんだろう?
「自分が殺したから、罪を別の誰かになすりつけようとしてんじゃないの?」




