そう思って売りに行った事があるんですが
「このメス豚めっ」
バミューダ虎夫にそう言われて喜んでいる、裸エプロン姿のロズウェル氏の、風に揺らめくエプロンを何気なく見ていた僕は、その瞬間ハッとなった。めくれたエプロンからロズウェル氏の裸体が隅々まで見えたからだ。思わず視線を外した僕は、すぐ側に倒れていたはずのエクスカリバー氏の姿が無い事に気付いた。
「古豆腐屋エクスカリバーを探しているのか? しかしそいつは残念だな。奴はついさっき我輩が強制的にログアウトさせたからな、ぐっふっふっふっふ!」
ロズウェル氏が調教された今、残された唯一の希望がエクスカリバー氏だった。しかしそのエクスカリバー氏がログアウトさせられたとなると……
「どうだ佐藤由宇作。お前さん一人では手も足も出まい? しかし恥じる事はない。むしろ、この世界の全知全能の支配者である我輩に対して、良くぞここまで健闘したと褒めてやりたいくらいだ。ぐわっはっはっはっはっはっ!」
「そう思うんなら、僕もロズウェルさんも、さっさとログアウトさせてくれるとありがたいんですけど」
「残念ながらそういう訳にはいかんな」
「何で? だって当初の目的通り、ロズウェルさんへのお仕置きは果たしたんでしょ? ならもう、僕らがここに留まる理由は無いはずじゃ?」
「佐藤由宇作。お前さん巧妙に自分の切手の事から、話題を逸らそうとしているな」
僕の魂胆の見抜いたバミューダ虎夫の、いやらしい笑みを前に、僕はただ無言で俯いた。
「やはり図星だったようだな。だが安心するがいい。お前さんと麻布十番ロズウェルがこの世界からログアウト出来ない真の理由は、そんなところにはないのだからな」
「えっ?」
「ぐわっはっはっはっはっはっ! まるで狐につままれているといった顔だな、佐藤由宇作。しかし我輩、お前さんのような者を相手に、もったいぶって喜ぶような悪趣味な輩とは違う。だから教えてやろう、お前さんらがこの世界からログアウト出来ない真の理由をな。ぐわっはっはっはっはっはっ!」
そんな白々しい高笑いの後、この厨二病男は得意げに語り始めた。
「一言で言えば超多重シールドだ。それが全ての元凶だ。当然だろう? 宇宙最強の戦艦、神々の黄昏号を以ってしても打ち破れないんだからな。ならば手は一つ。麻布十番ロズウェルを、どこかに監禁してしまうしかないだろ?」
「あの……お話を伺ってると、あなたはまるで、超銀河郵便連盟の関係者のように思えるんですけど? ゲルさんみたいに。でもゲルさんはあなたの事を、単に趣味の悪い宇宙セレブだって言ってたから」
「ほう! そこが気になったか、佐藤由宇作。流石、Uの意思を継ぐ者だけの事はある。しかし結論から言えば、ゲル・ビーツの言う通りだ。趣味が悪いって所以外はな。我輩、ゲル・ビーツと違って超銀河郵便連盟とは縁もゆかりも無い。言わば義侠心でやっているだけだ。しかし当然だろう? 何故なら我輩のような宇宙セレブにとって、それがノブレス・オブリージュってやつだからな。ぐわっはっはっはっはっはっ!」
バミューダ虎夫の口からノブレス・オブリージュという台詞が出た事に、僕は驚きを隠せなかった。
「ほう! どうやらお前さん、我輩の偉大さに気圧されてしまったようだな? これは我輩とした事が、いかに相手がUの意思を継ぐ者とは言え、偉大なオーラを出し過ぎてしまったようだ。ぐわっはっはっはっはっはっ! はっ! おっと、いかん! またまた偉大なオーラを出し過ぎるところだった!」
そして僕の驚きの表情は、唖然とした表情に変わった。
「さて、話の続きだ。麻布十番ロズウェルを監禁すれば、問題は解決するのだが、これがまた厄介な問題でな。ほれ、お前さんも見ただろ? 麻布十番ロズウェルのイメージ操作モード。イメージ操作モードの使い手に対抗出来るのは、同じイメージ操作モードの使い手だけ。つまり我輩だけだ」
そう言って、この上なく自慢気な笑みをこの厨二病男は浮かべた。
「当然その闘いには広い空間が必要になる。また、イメージ操作モードの使い手同士が戦う場合、ホームであるかアウェイであるかが勝敗を大きく左右するのだ。慣れない場所ではイメージをコントロールしにくいからな。更には脱出及び救出困難な堅牢性。よってこれらの条件を満たすのは、我輩が作ったこのMMORPGの世界だけなのだ」
「でもどうして調教まで? 監禁する為だけなら、調教する必然性はないはずじゃ? それに僕まで監禁する必要も」
「佐藤由宇作。お前さん麻布十番ロズウェルのハッキングの腕が、どれほどのものか分かってないようだな。流石の堅牢性を誇るこの世界でさえ、麻布十番ロズウェルのハッキングの腕を以ってすれば、一年も掛からずに脱出可能だ。お前さんも知ってるだろ? 麻布十番ロズウェルが、超銀河郵便連盟の検閲システム相手にハッキングしたのを」
確かに以前、宇宙セレブ達の宇宙船が足止めを食らっていた事があった。ロズウェル氏が超銀河郵便連盟にハッキングして、ばらまいた偽情報によって。
「だからこその調教だ。調教された状態の麻布十番ロズウェルであれば、流石にハッキングも出来ないからな。イメージ操作モードに至っては言わずもがなだ。知ってるか? 超多重シールドは、麻布十番ロズウェルのイメージ操作モードでのみ、起動するって事を?」
「え?」
「左様でございます。由宇作様」
「え? えっ? えーっ!」
僕は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ほう! 流石に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているな、佐藤由宇作。しかし恥じる事は無い。これが一流の宇宙セレブのサプライズというものだ。近頃の宇宙セレブは、このようなサプライズも出来ん輩が多くて困るよ、全く。それはそうと、ご苦労だったな、エクスカリバー」
「はっ、我主、バミューダ虎夫様」
エクスカリバー氏が片膝をつきながら、バミューダ虎夫に向かって恭しく挨拶した。
そして僕は悟った。もう為す術が無い事を。
「見ての通りだ、佐藤由宇作。エクスカリバーは元々、我輩の部下なのだ。そして麻布十番ロズウェルの元へ、スパイとして送り込んだのだ。もっとも当初は産業スパイとしてだが。ところが麻布十番ロズウェルの奴、よりによって超多重シールドなんぞを開発しておった。そこで麻布十番ロズウェルの野望を阻止せんが為、我輩エクスカリバーに命じ、奴の弱点やら何やら徹底的に調べさせた。おかげで我輩、麻布十番ロズウェルとの闘いに勝利した上、調教にまで成功したという寸法だ。それでは我輩達、そろそろおさらばしよう。佐藤由宇作、お前さんはこのメス豚と共にこの世界に残って貰う。そしてこのメス豚の調教を続けて貰う。調教の効果が切れてしまっては、麻布十番ロズウェルにこの世界から脱出されてしまうからな。この世界、空気も水も食料も完全にリサイクル出来るシステムになっている。好きなだけ食って好きなだけ寝て、好きなだけよろしくやっていくが良い、このメス豚と。ぐわっはっはっはっはっはっ!」
「でも僕が何もしなかったら? ロズウェルさんに対して僕が何もしなかったら、調教の効果は無くなると思うんですけど」
「ほう! 佐藤由宇作、お前さん性欲というものが無いのか?」
「性欲があったって、あなたの思惑通りになろうなんて思わないでしょ!」
「ぐっふっふっふっふ! 分かってないな、佐藤由宇作。例えお前さんが何もしなくても、それ自体がこのメス豚にとって放置プレイになるのだよ。つまりお前さんがこのメス豚に何をしようが、何もしなかろうが、お前さんがこのメス豚と共にこの世界に居る限り、このメス豚に対する調教の効果は続くって寸法だ。ぐっふっふっふっふ!」
バミューダ虎夫のいやらしい笑い声が、大ダコの触手に弄ばれ続けるロズウェル氏の喘ぎ声と共に、この作り物の世界に虚しく響いていた。
目の前の光景から視線だけでも外そうと、僕は近くの建物の窓の向こうに目を遣った。途端、なぜか妙な違和感を覚え、突然ある事に気付いた。麦茶が入っていたはずのコップが空だった。何度か見直したが、やはりコップは空だった。頭の中で何かがざわめき始めた。
視線をロズウェル氏に戻し、風に揺らめくエプロンを何気なく見た瞬間、ハッとなった。エプロンがめくれたからではない。『赤方偏移』とエプロンに書いてあったからだ。何故今まで気付かなかったのか? そう思った途端……
僕の目の前のロズウェル氏は、相変わらず大ダコに掴まれたままだった。しかしその姿は、裸エプロンではなく猫耳メイドだった。そして彼女は哀願するような目ではなく、睨みつけるような目で、バミューダ虎夫を見ていた。何よりエプロンには、迫力ある文字で『東方不敗』と書いてあった。
「白昼夢?」
誰に言うでもなく僕がそう呟くと、ロズウェル氏が
「良く抜け出せたな。貴様案外イメージ操作モードの資格取れるかも知れんぞ?」
とてもピンチだとは思えないような、ふてぶてしい口調で述べた。
「ぐっふっふっふっふ! 流石、Uの意思を継ぐ者。想像以上にやりおるわい」
いや、その設定あんたの脳内だけだから。白昼夢から抜け出せたおかげだろう。そんな台詞さえ、頭に浮かぶようになった。しかし……大ダコがロズウェル氏を地平線に向かって放り投げると、僕に向かって突進し始めた。
「よもやこいつの必殺技が、調教だけだとは思っておるまい? Uの意思を継ぐ者よ」
大ダコが、伸ばした触手で僕を掴もうとした矢先、その側面に向かって真横から幽霊が体当たりした。その隙に僕は、未だ幸せそうな顔で気を失っているエクスカリバー氏を叩き起こし、大ダコに対抗出来るホログラムを出して貰った。するとそこへ、地平線の彼方まで飛ばされたロズウェル氏が戻って来た。
「おやおや、ロズウェル様ともあろうお方が、未だてこずっておられるとは」
「ふんっ、私が本気を出せばこんな奴……」
しかしロズウェル氏が言い終わらないうちに、バミューダ虎夫が強引に横槍を入れた。
「出たよ! 自分が本気を出せばどうのこうのって台詞が。知ってるか? そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだぞ。ぐわっはっはっはっはっはっ、ぐわっはっはっはっはっはっ!」
ロズウェル氏のこめかみに、青筋が立ったのは言うまでもない。
「本気出してないの? ロズウェルさん」
エクスカリバー氏に尋ねると
「バミューダ虎夫様が仕掛ける白昼夢の影響で、イメージ操作になかなか集中出来ないのでございますよ、由宇作様」
こう解説してくれた。更に続けて
「何しろここはアウェイでございますからね。アウェイでの闘いを徹底的に避けるバミューダ虎夫様と違い、ロズウェル様はアウェイだろうが何だろうが、簡単に闘いを引き受けておしまいになられる。そこがロズウェル様の悪い癖なのでございます。……しかしながら、私めが最も尊敬いたすところでもございます」
そう述べると、いつも通りの不敵な笑みを満面に浮べた。
「ふんっ、エクスカリバー、誉めても何も出んぞ」
そう言いながら、彼女は頬を赤く染めていた。
「おい、こら! 我輩を無視して、敵地のど真ん中で世間話とはいい度胸だな!」
バミューダ虎夫がそう言った途端、地面から巨大な触手が何本もニョキニョキと現れ、僕達を掴んだ。
「この世界の全知全能の支配者が我輩だという事を、体でたっぷり教えてやろう。ぐっふっふっふっふ!」
「全知全能……つまりチート?」
「その通りだ、佐藤由宇作。 流石、Uの意思を継ぐ者だけはあるな。我輩こそがこの世界唯一のチート能力者なのだよ。ぐわっはっはっはっはっはっ、ぐわっはっはっはっはっはっ!」
「佐藤由宇作、一つ聞くが、チート能力とは陳腐なニート能力の略か?」
こんな状況にもかかわらず、ロズウェル氏が真顔で僕に尋ねた。
「ふっ、相変わらずロズウェル様は空気をお読みにならない。このような状況であるにもかかわらず。とは言え、私めといたしましては、そこに痺れる憧れるぅ、なのでございますが……ぐっ!」
しかしそんなエクスカリバー氏を、触手から流れる電撃が襲い、彼は再び気を失った。
「エクスカリバーの奴は、いざという時に一言多いのが玉に傷でな」
ロズウェル氏は残念そうに肩を竦め、溜息を吐いた。
「ぐわっはっはっはっはっはっ、ぐわっはっはっはっはっはっ! どうだ! 思い知ったか! 我輩のチート能力の前では、貴様らなんぞ赤子も同然。さて、それでは本格的にお仕置きといくか。そして佐藤由宇作、その後でお前さんとゆっくり交渉してやろう。切手売買のな。ぐわっはっはっはっはっはっ、ぐわっはっはっはっはっはっ!」
「いや、売らないから。少なくともあなたには」
そう言い放った僕の顔を、ロズウェル氏は感心したようにまじまじと見つめた。
「ほう! この状況、そしてあの白昼夢を目にして尚、バミューダ虎夫の奴に媚びようとせんとは。ますます気に入ったぞ! 佐藤由宇作!」
どうやらロズウェル氏にも、あの白昼夢は見えていたらしい。しかしそうなると……僕は思わず赤面した。
「恥じる必要は無いぞ、佐藤由宇作。そもそも私とお姉様は良く似ている。顔だけでなく体の隅々までな。既に見慣れている貴様に見られたとて、何の問題も無い」
僕はますます赤面した。そもそも見慣れてさえなかったし。
「佐藤由宇作! お前さんあの山田ツングースカがいいわけか! しかし我輩に協力しさえすれば、山田ツングースカそっくりの妹、麻布十番ロズウェルを、お前さんの好き放題に出来るぞ。白昼夢で見たようにな。どうだ? そもそもお前さんより三つも年上の山田ツングースカより、二つ年下の麻布十番ロズウェルの方が若くていいだろ? ぐっふっふっふっふ!」
しかし
「お姉様の事を年増みたいに言うな!」
ロズウェル氏が頬を膨らませて、バミューダ虎夫に言い放った。この姉妹の過去に一体何があったのか皆目見当も付かないが、今はただロズウェル氏が味方である事が何よりも心強かった。
「ふんっ、これでもくらえ!」
エクスカリバー氏同様、電撃がロズウェル氏を襲った。
「うくっ、ああああああああっ!」
「ロズウェルさん!」
「はあっ、はあっ、だ、大丈夫だ。私もバミューダ虎夫同様、本物そっくりホログラムを身に纏っているからな」
「ぐっふっふっふっふ! この電撃はシールドの上からでも、痛みだけは伝わるように出来ているのだ。例え肉体的なダメージが無かろうと、この痛みには耐えられまい。ぐっふっふっふっふ!」
「ああああああああ~」
再びロズウェル氏を電撃が襲い、彼女は涙目で悲鳴を上げた。触手に掴まれたまま為す術が無い僕に、バミューダ虎夫がぞっとするような笑顔を向けた。
「ぐっふっふっふっふ! どうだ? 佐藤由宇作。白昼夢の通りになって来ただろう?」
僕はバミューダ虎夫を睨みつけた。
「ほう? 我輩お前さんに睨みつけられるような事を何かしたかな? お前さんに素敵なお楽しみを用意してやろうとする我輩が、一体何を? ぐっふっふっふっふ!」
僕はバミューダ虎夫をひたすら睨み続けた。それが今の僕に出来る精一杯だったからだ。
「お前さんにそんな怖い顔を向けられたのでは敵わんな。ぐっふっふっふっふ! 仕方がない。お前さんにとっておきの話を教えてやろう。麻布十番ロズウェルが何故あのように、苦痛に悶えなければならないのか、その理由をな。ぐっふっふっふっふ! 一言で言えば、イメージ操作モードの所為だ。この電撃はシールドの上からでも、触覚を通して痛みが伝わるように出来ている。だから触覚をシールドで遮断するよう設定せん限り、痛みは延々と続くのだ」
「なら触覚をシールドで遮断するよう設定すれば!」
一筋の光明が見えたような気がした。しかし
「ぐっふっふっふっふ! それは出来ん相談だ。なぜなら触覚を遮断すれば、イメージがコントロール不能となり、ホログラムが暴走するからだ。そもそもイメージ操作モードを使用中に、触覚まで遮断してしまえば、現実と脳内イメージを区別する事は殆ど不可能になってしまうのだ。だからイメージ操作モードで本物そっくりホログラムを身に纏う場合、少なくとも触覚だけはシールドを通すよう設定する。一般的には五感全てをフリーパス設定にするんだがな。ようするにだ、麻布十番ロズウェルは、触覚を遮断して窮地を脱出する事など出来んのだ。ぐわっはっはっはっはっはっ!」
バミューダ虎夫の言葉が、儚い希望を瞬く間に打ち砕いた。
「ああああああああ~」
全身を仰け反らせながら、悲痛な叫び声を上げるロズウェル氏を前にして、僕はただひたすら無力感に苛まれていた。ままごと遊びの中で何者かになれた気でいた僕は、結局何者にもなれない、無力な存在でしかなかった。
「バミューダ虎夫さまぁ、ロズウェルめをっ、お仕置きしてくださいませっ」
ロズウェル氏がそう言った。バミューダ虎夫に向けて、その潤んだ瞳で哀願するように。大ダコに掴まれた裸エプロン姿のその肢体を、艶めかしく捩りながら。そう、全てあの白昼夢の通りに。
度重なる電撃の後、再び大ダコに掴まれたロズウェル氏は、白昼夢の通りに触手で全身を弄ばれ続けた。そして白昼夢の通りに、彼女は調教されてしまった……
「くっくっくっくっく、くっくっくっくっく」
再び絶望のどん底に引き戻された僕の耳に届いた笑い声は、しかし!
「と、言うとでも思ったか! たわけ!」
そしてその声は! その高飛車な物言いは! 紛れも無く!
僕は逸らしていた目を正面に向けた。すると、不敵な笑顔でバミューダ虎夫を睨みつける、裸エプロン姿のロズウェル氏が、僕の視界一面に映し出された。
「き、貴様! い、一体どういう事だ!」
バミューダ虎夫が明らかに動揺を隠せない様子で、ロズウェル氏に向かって言い放った。
「どうもこうもない」
そう言ったかと思うと、ロズウェル氏の姿は裸エプロンから元の猫耳メイドに戻った。まるで魔法のように。それから
「手動操作モードに戻しただけだ。本物そっくりホログラムの操作をな」
バミューダ虎夫に嫌味なほどの不敵な笑みを向けながら、言い放った。
「まっ! まさか!」
半ばパニクった様子のバミューダ虎夫を尻目に、ロズウェル氏は
「二度目の電撃の後、大ダコに調教されていたら、流石の私も危なかった。しかし貴様はそうせずに執拗な電撃攻撃を食らわせてくれた。その合間に語る自慢話のおまけ付きでな。おかげで対処法が閃いたのだ。実に簡単な事だった。手動操作モードに戻してしまえば良いのだからな。くっくっくっくっく、くっくっくっくっく。調子に乗った貴様の顔を見ながら、笑いを堪えて演技するのは、ある意味、電撃以上に苦痛だったがな。くっくっくっくっく、くっくっくっくっく」
威風堂々と響き渡る嫌みったらしい笑い声を交えながら、懇切丁寧な説明を披露した。
「貴様の敗因は、うんちくをたれる事に酔いしれてしまった事だ。まあ、厨二病男らしい敗因ではあるがな」
「ぐぬう……おっ、おのれ! ……はっ、はあはあ」
深呼吸を何度も繰り返すと、突然黙り込んだバミューダ虎夫は
「ぐわっはっはっはっはっはっ! ぐわっはっはっはっはっはっ!」
再び腰に両手を当て、胸を仰け反らせる格好で、忌々しい高笑いを始めた。
「ぐわっはっはっはっはっはっ! 一瞬焦ったぞ。しかし良く考えたら、手動操作モードなんぞで、我輩のイメージ操作モードに対抗出来るわけがない! ぐわっはっはっはっはっはっ!」
更に僕に向かって
「どうだ、佐藤由宇作、我輩の方に付かんか? もはや我輩が優勢である事は火を見るよりも明らか。麻布十番ロズウェルと敗北を共にするより、我輩の方に付いて勝ち馬に乗る方が、賢い生き方ではないか?」
などと、相も変わらぬ上から目線でのたまった。
「だが断る」
当然ながら、僕は毅然とした態度で、厨二病男の申し出を断った。
「ぐっふっふっふっふ! 佐藤由宇作、お前さん何も分かっていないな。お前さん、やせ我慢が美徳だとでも思っているんだろうが、宇宙ではそんなもの美徳でも何でもない! 単なる人生の無駄遣いだ! 宇宙ではな、佐藤由宇作、悪魔に魂を売ってでもチャンスを掴むものなのだ! つまらん理想に囚われてチャンスを棒に振るのは、愚か以外のなにものでもない! この世の全てを敵に回して戦おうとしている、そこのメス豚同様にな! ぐっふっふっふっふ!」
厨二病男のいやらしい笑い声だけが、再びこの世界に虚しく響いた。
ゆっくり深呼吸した僕は、バミューダ虎夫に顔を向けると
「実はそう思って、悪魔に魂を売りに行った事があるんですが、僕なんかの魂じゃ売り物にならないって言われちゃいまして。参っちゃいますよ、デフレには」
そう一気に言い放ち、不敵な笑みを浮かべた。
「くっくっくっくっく! 良くぞ言った、佐藤由宇作!」
ロズウェル氏が、とてつもなく愉快そうに述べると、更にこう続けた。
「ところで佐藤由宇作。宇宙ではタイムトラベルが禁止されていてな。だからこんな事が言える」
そして一旦深呼吸し、顔をバミューダ虎夫に向け
「おとといきやがれ、すっとこどっこい!」
大声で言い放つと、再び僕に顔を向け
「とな」
にっこり微笑みながら、そう付け加えた。
再びバミューダ虎夫に視線を戻し、肩のコリをほぐすかのように首を回すと
「ようやく白昼夢にも慣れて来たようだ」
ますます不敵な笑みを浮かべた。と、同時に彼女の全身が白く光った。
すぐに光は消え、元の猫耳メイド姿に戻ったものの、良く見ると!
『天上天下唯我独尊』
エプロンの標語がはっきりそう変わっていた。
「ようやく本気を出されたのですね」
いきなり横から声を掛けられ驚いていると、エクスカリバー氏が頼もしそうにロズウェル氏を見つめていた。
「エクスカリバーさん!」
「由宇作様。私めが気を失っている間にご苦労をおかけしたようですが、ロズウェル様が本気を出されたからには、もはや心配には及びますまい」
そう言うと、再び頼もしそうにロズウェル氏を見た。
「ぐっ、麻布十番ロズウェル。それが貴様の、本気のイメージ操作モードだと言うのか?」
「そうだ、バミューダ虎夫。先程までの私は、言わばウォーミングアップの状態だったという事だ。貴様の白昼夢のおかげでな。くっくっくっくっく」
「ぐぬう……しかし、勝負はまだやってみん事には……」
しかしバミューダ虎夫が言い終わらないうちに、ロズウェル氏は大ダコの触手を振り切り、厨二病男に突進した。
「知っておろう? イメージ操作モード使用中は、触覚を遮断出来ない事を?」
そう述べるとロズウェル氏は、見るも見事な巨大ハリセンを出現させ、バミューダ虎夫に向けて一振り。
「ぐあああ!」
そう叫び声を上げると、バミューダ虎夫は失神し、同時に僕らを掴んでいた触手も大ダコも姿を消した。
「厨二病男が失神して、イメージ操作が解けたのだろう」
僕を後ろから抱きかかえ、ゆっくり地上に降ろしながらロズウェル氏が述べた。
地上から高く伸びた触手に掴まれていた僕は、触手が消えた途端、地面に向けて落ちて行ったが、急遽駆けつけたロズウェル氏に抱きかかえられて事なきを得た。
スケードボード風の空中に浮かぶ物体のホログラムを作り出したエクスカリバー氏も、僕を救出しようとすぐさま駆けつけたが、ロズウェル氏の方が一足早かった。
そしてロズウェル氏の言った通り、後ろから僕を抱きかかえるロズウェル氏の感触は、時々後ろから僕に抱きつく上様の感触とそっくりだった。
「ぐぬぅっ」
バミューダ虎夫が呻き声と共に立ち上がり、僕達を睨んだ。
「ほう、貴様まだやる気か?」
巨大ハリセンを肩に担ぐように持つロズウェル氏が、不敵な笑みを湛えながら厨二病男を睨み返した。
しかし目の前の厨二病男は、もはやイメージ操作モードを使う事すら困難な様子だった。僕達の目の前に幾度となく姿を現そうとする触手や大ダコは、蜃気楼のようにすぐに消えてしまう有様だった。
「こっ、これで勝ったと思うなよ! 所詮貴様らはこの世界に囚われの身なんだからな! ぐわっはっはっはっはっはっ!」
そう言い放つと、バミューダ虎夫の姿は突然消えた。
「ログアウトしたのだろうな。自分一人だけ」
僕ら三人だけが取り残されたこの作り物の世界に、ロズウェル氏の忌々しげな声が響いた。
「さて、私が現在持っている本物そっくりホログラム装置で、カシミアエンジンを作るとなると、些か骨が折れる」
ロズウェル氏がその身に着けている、数々の宝石類……実は宇宙セレブ用の超高級本物そっくりホログラム装置らしい……を見せながら説明した。
「左様でございますね。更にレールガンまで作るとなると、装置が些か足りないかと」
「だな。そもそもシールドが多重であれば、そのような裏技を使ったところで、骨折り損のくたびれ儲けにしかならない。ならば手は一つ。ハッキングでログアウトするのみだ!」
かくしてロズウェル氏によるハッキングが始まった。イメージ操作モードで空中に浮かぶロズウェル氏の、全身から伸びた光り輝く糸のようなコードが、この世界の四方八方に張り巡らされ、彼女はこの世界と一体になったかのような恍惚な表情を浮かべながら、世界の抜け穴を探り当てるべく全身全霊を傾けていた。
「はあはあ」
しかし憔悴した顔のロズウェル氏が力無く着地すると、片膝をつき荒く息を吐いた。
「ロズウェルさん!」
「済まぬ。私とした事が。どうやらここは想像以上に堅牢なようだ」
ロズウェル氏は申し訳なさそうに言った。しかし……
突如、派手な爆発音が鳴り響き
「あっ、これですか? これはユニバーサルランドで売ってたバズーカ型のクラッカーです。ちょっと黙ってお借りして来ちゃいました。あっ、でもご安心下さい。バミューダ虎夫にはその旨、メールで通知済みですから」
とてつもなく聞き覚えのある声が、僕の耳元で響いた。
そして煙が晴れると共に、猫耳メイドの年増女の姿が、僕の目にはっきりと……
「ふんっ、相変わらずだな、貴様は。騒々しいわパーティーグッズに目がないわ」
「そりゃ当然ですよ。人生はパーティーグッズと共にあるんですからっ」
「おいおいっ、貴様のその屁理屈、昔とちっとも変わらんではないか! 少しは成長しようという気はないのか?」
「昔と言えばロズウェル、あなたの方は昔に比べて、随分ハッキングの腕が鈍ったんじゃないですか? この程度のハッキングに手間取っちゃうんですから。昔、散々教えてあげたというのに、こんな体たらくではお姉さんは悲しいのです」
「くっ、たわけっ!」
顔を真っ赤にしたロズウェル氏は
「休戦協定はここで終わりだ! せいぜい首を洗って待っていろ!」
憤懣やるかたない様子で言い放った。
そして今、上様を先頭に、僕、エクスカリバー氏、ロズウェル氏の順で一列に並び、細い通路を歩いていた。上様がハッキングしてこじ開けたゲートを通り、MMORPGの世界を後にして。
「エクスカリバーさん、休戦協定って、結局いつ終わるんですか?」
僕は小声でそう尋ねた。
「しっ、由宇作様! ロズウェル様はあの場の勢いでああ言ってしまった手前、今は恥ずかしくて顔も上げられないのですから……出口に向けて一本道を歩くしかない今は、常識的に考えて、まだ休戦協定は継続中と考えてよろしいかと」
「ですよね」
僕は更に小声で言った。
上様によってこじ開けられたゲートを通り抜け、MMORPGの世界からログアウトした僕達は、地下通路のような細い一本道を暫く進んでいた。
「いささか妙ですね?」
エクスカリバー氏が怪訝な表情を浮かべた。
「確かにそうだな。私達がここへ来た時には、このような通路を通った覚えなどなかったな」
「それは当然ですよ。ここはユニバーサルランドの地下なんですから」
「なんだと!」
上様の言葉に、ロズウェル氏が思わず叫んだ。
「えっ? ここって地球から75万光年離れた場所じゃないの?」
「ロズウェル達が元いた場所はそうなんですけどね、そこから超光速航法でここまで移されたんですよ。非常に良く出来た宇宙船なんで、ドアから隣の部屋に出ただけみたいに錯覚しちゃったんじゃないですかね?」
「ふ……ふっふっふ! 当然気付いておったわ! そ、その程度の事、宇宙セレブの私が気付かぬはずがなかろう」
引きつった顔で不敵な笑みを浮かべようと四苦八苦しているロズウェル氏に、皆の視線が集中した。
「ツングースカ様はどのようにお気付きになられたのですか?」
そんな主を華麗にスルーして、イケメン執事が上様に質問した。
「メールですよ、さっき送った。あの中に暗号化した添付ファイルを紛れ込ませておきました。光速超えたら因果律が崩壊する内容のファイルを。でも返事が来たって事は、光速超えてないって事じゃないですか。つまり由宇作もロズウェル達も、ユニバーサルランドの地下にいると考えるのが妥当って事ですよ。あとはハッキングで正確な位置を特定したって寸法です」
「なるほど! 流石はロズウェル様の姉君。姉妹揃って似たような事をお考えになられる」
「似たような事って?」
僕はエクスカリバー氏に尋ねた。
「先程、本人なのかアバターなのかを調べた時でございますよ。ロズウェル様が由宇作様の頬をつねられたでしょう? あの時、由宇作様の叫び声が超光速で伝わった場合、因果律が崩壊するような仕掛けを施しておいたのでございます。おかげで我々は、由宇作様をご本人だと確認出来たのです」
やがて通路の突き当たりのT字路まで辿り着いた僕達は、ここで二手に分かれる事になった。ロズウェル氏達が元いた、75万光年離れた施設へと向かう宇宙船は、僕と上様が帰るべき場所とは反対方向にあった。
「いよいよ休戦協定も終わりでございますね」
ユニバーサルランドの地上へと出る通路を目指す僕らに向かって、エクスカリバー氏がいささか名残惜しそうな顔を見せた。
「ふんっ、佐藤由宇作! 貴様が望むのなら、その女の事なんぞさっさと見限って、私達と行動を共にしても構わんのだぞ!」
「ちょっと~」
そう文句を言いたげな上様を遮って、僕はロズウェル氏の元へ礼を述べに行った。勿論、彼女の誘いを丁重に断る意味も兼ねて。
「そうか、残念だが致し方あるまい」
挨拶を終えた僕に、ロズウェル氏はそう言った。少し離れた所にいる上様には聞こえない程度の、穏やかな声で。
「次に会う時は敵同士でございますね。当方、いささかも油断せぬ故、お覚悟なされませ」
不敵な笑みを満面に湛えたエクスカリバー氏が差し出した片手を、僕はしっかり握り返した。
「それにしてもツングースカめ、いささか腑抜けになったかと思いきや、なかなかやりおるではないか! やはり私の目に狂いはなかったようだ」
その言葉にハッとなった僕は
「まさか! ロズウェルさん、本当はハッキング出来たのにわざと?」
思わずそう尋ねた。しかしロズウェル氏は、答える代わりに不敵な笑みを浮かべると
「佐藤由宇作。ツングースカに伝えておけ! 次に会う時を楽しみにしていろとな!」
そう言い残し、エクスカリバー氏と共に踵を返すと、通路の彼方へ消えて行った。
暫く行き詰まっていたのですが、ようやく再開する事が出来ました。
次回、前半の最終話となります。
今までお付き合いいただいた方々、真にありがとうございます。
それでは今後とも、よろしくお願い致します。




