私めが毎夜念入りに
「まま事遊びにどう決着をつけるつもりだ?」
僕はロズウェル氏のこの質問に答えられなかった……
時は少し遡る。僕らは彷徨っていた。バミューダ虎夫によって作られたこの世界を。
「それにしても暑いな、エクスカリバー」
「左様でございますね、ロズウェル様。どうやら真夏の設定かと」
頭上に太陽が燦々と輝き、ヒマワリ畑が地平線の彼方まで広がる中、僕らは赤茶けた一本道を、ただひたすら進んでいた。道の両側には、白くて四角い小さな建物がまばらに建っていた。
一本道を歩きながら時折、建物の中を覗いたが、どの建物にも人っ子一人見当たらなかった。この集落には誰も住んでいない設定なのだろう。その一方、どの建物にもテーブルの上にコーヒーや紅茶、あるいは麦茶が置かれていた。しかもコーヒーや紅茶のカップは熱く、麦茶の注がれたコップは冷たかった。ついさっきまで、そこに人が居たかのように。
「ふんっ、バミューダ虎夫の奴、いい趣味をしているではないか!」
ロズウェル氏が吐き捨てるように言った。
「これも白昼夢に誘う為の演出でございましょう。ロズウェル様のイメージ操作モードを牽制する為に」
「他の宇宙セレブの人達の姿も見えないんですけど。参加してるんならアバターが見えるはずじゃ?」
「恐らくさっさと退場を願ったってところだろうな。今回は私との勝負が目的らしいからな」
そう言うと、ロズウェル氏はまた不敵な笑みを浮べた。そして
「ところで佐藤由宇作、話は変わるが、貴様、このままごと遊びにどう決着をつけるつもりだ?」
一転して神妙な顔で、僕にそう問い掛けた。
「ままごと遊びって……このMMORPGの事?」
「たわけ! 誰も厨二病の話などしてないわ! 貴様とツングースカのままごと遊びの話だ!」
その問いに、僕は答えられなかった。いや、正確には答えたくなかった。僕は口を閉じたまま、目の前の風景をただ呆然と眺めていた。そこにはあるはずのない人の残り香が、なぜか漂っているような気がした。
「ふんっ。答えたくなければ答えずとも良い。それすらも一つの答えなのだからな。貴様が望もうが望むまいが」
そう呟くロズウェル氏の視線は、古びた建物の窓の向こうを静かに睨んでいた。そこには麦茶の入ったコップが、主を待ち続けるかのようにじっと佇んでいた。
急に風が吹き荒れ始めた。そう思った途端、地平線の彼方から巨大な竜巻が轟音と共に迫って来た。
「いくらRPGだからって、ここまでやる?」
「厨二病男のやる事にいちいちツッコミを入れていたら、身が持たんぞ」
ロズウェル氏はこんな状況でさえ、威風堂々と不敵な笑みを浮べていた。
「エクスカリバー」
「はっ、ロズウェル様」
返事をすると、エクスカリバー氏はすぐさま懐から、スマフォ風の本物そっくりホログラム装置を取り出し、素早く操作した。その途端、遥か前方に巨大な竜巻が現れ、地平線の彼方からやって来る竜巻に向かって突き進んだ。
二つの竜巻が衝突して消えたのを確認したエクスカリバー氏が
「逆回転する竜巻をぶつけたのでございますよ、由宇作様。角運動量保存則は御存知でしょう?」
笑みをこぼしながら述べた。
「ぐっふっふっふっふ! やりおるではないか、麻布十番ロズウェル!」
声がした方向に視線を向けると、一番高い建物の屋上に人影らしきものが見えた。その姿は、RPGの勇者のような格好をした、小太り気味の中年のおっさんだった。
「貴様がその顔を苦痛に歪めて泣き叫ぶ姿を見るのが、我輩楽しみで仕方ないわ! ぐっふっふっふっふ!」
そして、とても勇者の言葉とは思えない台詞を吐いた。
上様だったらこんな時、「キモッ!」とか言うんだろうなと思いながら、ロズウェル氏の方へ顔を向けると、なぜか目を閉じ頭をコクリコクリと上下に動かしていた。
「おっとすまん、あまりに心地の良い陽気だったものでな、思わず立ったまま昼寝をしてしまった。ところで佐藤由宇作、貴様に一つ尋ねるが、あそこに厨二病男らしき物体が見えるのだが、私はいまだ白昼夢を見続けているのだろうか?」
これみよがしの大声で僕に尋ねた後、彼女はニヤリと笑った。
「こらっ! 麻布十番ロズウェル! 貴様、人の話を聞かないにも程があるぞ。そんな事だから貴様、他の宇宙セレブ達から総スカンを食らうわけだぞ!」
建物の屋上でこう喚き散らす宇宙セレブには、『人の振り見て我が振り直せ』という発想はないらしい。
「エクスカリバー」
ロズウェル氏がそう言った途端、エクスカリバー氏は不敵な笑みを浮かべ、直後、全長10メートル程のドラゴンを出現させた。勿論、本物そっくりホログラム製の。ドラゴンは、上から目線で僕達を見下ろす屋上のバミューダ虎夫に向けて、勢い良く飛び立った。
「おいおいおい、古豆腐屋エクスカリバー。お前さんお約束というものが分かってないな。どう考えてもお前さん、剣でドラゴンを退治する側だろ?」
どう考えても勇者姿が似合ってない厨二病男に言われて、エクスカリバー氏は少しへこんでいた。
しかしその間にもドラゴンはバミューダ虎夫との距離を詰めていた。そしてついに、屋上の厨二病男に向けて口から火を放った。
「無駄無駄無駄無駄ダムは無駄ーっ!」
いつの政権の頃の話だよとツッコミを入れたくなる台詞を吐いたバミューダ虎夫は、驚くべき事に、仁王立ち姿のままドラゴンが吐き出した炎を受け止めていた。
「本物そっくりホログラム! じゃああれアバター?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「え? あっ! 本物そっくりホログラム身に纏ってるんだっけ、自分そっくりの」
「左様でございます、由宇作様」
「あれがアバターだろうが本物のバミューダ虎夫だろうが、いずれにしろ倒すのは骨が折れるという事だ」
ロズウェル氏のその言葉に、僕はふと閃いた。
「レールガンは使えないの? 過冷却モードならシールド打ち破れるでしょ?」
しかしロズウェル氏は、僕の顔をまじまじと見つめると
「佐藤由宇作、貴様おとなしそうな顔をして恐ろしい事を平然と言うな?」
呆れたように述べた。
「過冷却モードは、一発で地球さえも粉々に破壊してしまう程の威力があるのでございますよ、由宇作様」
「えっ? 嘘!」
僕は絶句した。
「本当だ。ツングースカの奴からは何も聞いてないのか? もっとも奴の事だ、貴様には肝心な事を何も教えずに、ノリで何発も発射してたってところだろう」
「そもそも質量をもった物体の速度が真空中の光速度に達すれば、その運動エネルギーが無限大になる事はご存知でございましょう?」
エクスカリバー氏の言葉に僕ははっとなった。確かにその事に気付くべきだったはずなのに、僕は今まで失念していた。
「ようするにだ、地球の核兵器がおもちゃの水鉄砲に思えてしまう程の兵器なのだ、レールガン過冷却モードは」
「更に付け加えるならば、カシミアエンジンが無いとレールガン過冷却モードは使えないのでございます」
「その通りだ。そして生憎ここではカシミアエンジンは手に入らない……ログアウトしない限りな」
「ぐっふっふっふっふ! どうやら我輩を倒す相談をしているようだが。止めておけ、それこそ無駄な努力だ。ダムを作るよりもな。それと貴様らに、一ついいことを教えてあげよう。泣いて喜べよ。貴様らが喉から手が出るくらい欲しいと思う情報だからな。ここにいる我輩はアバターなどではない。正真正銘本物の我輩だ。何しろ麻布十番ロズウェルへのお仕置きには、我輩自らが手を下す、これがこの世で我輩に課せられた使命だからな、ぐっふっふっふっふ!」
「お言葉ですがバミューダ虎夫様、ロズウェル様へのお仕置きは、私めが毎夜念入りにさせて頂いております故」
「えっ! そうなの?」
無駄にイケメンな宇宙執事の衝撃発言に、思わず驚きの声をあげた僕だったが、それも束の間、顔を真っ赤にしたロズウェル氏が、どこからか取り出したハリセンを、エクスカリバー氏の横顔めがけ水平方向に思いっきり振った。その場で横に倒れたエクスカリバー氏は、なぜか幸せそうな不敵な笑みを浮べていた。
「あ、あの、ロズウェルさん? 味方倒しちゃまずいんじゃ?」
「ふっ、ふんっ! 不慮の事故だ、これは」
未だに顔を真っ赤にしながら、ちょっと慌てた感じで彼女は釈明した。
「ぐっふっふっふっふ! 内輪もめか? 世話は無いな。所詮貴様らのような烏合の衆は、内輪もめですぐに内部崩壊する。やはりこの世に必要とされるのは、我輩のような洗練された紳士なのだよ、ぐっふっふっふっふ!」
もう、どこをツッコんでいいのか分からなかった僕は、とりあえずバミューダ虎夫から視線を外すように首を動かすと、いつの間にかドラゴンが消えていた事に気付いた。僕は倒れているエクスカリバー氏の手から本物そっくりホログラム装置を拝借すると、僕が唯一操作出来るホログラム、訳ありアパートでいつも出していた幽霊を出現させた。
「佐藤由宇作! お前さん、地球人なのに本物そっくりホログラム扱えるのか?」
さも驚いた様子でバミューダ虎夫が聞いてきた。更に
「はっ! まさか! お前さん! Uの意思を継ぐ者?」
こう続けた。
「Uの意思を継ぐ者って? ……宇宙にもいるの? そんな人達」
「……恐らくバミューダ虎夫の脳内にはいるんだろうな」
ロズウェル氏が極めて沈着冷静に答えた。
「そう言えば佐藤由宇作。貴様、ホログラム製の幽霊を扱うのは得意だったな?」
不敵な笑みを湛えたロズウェル氏の質問に、僕は照れ笑いをしながら頭を掻いていた。
「エクスカリバーの事は貴様に任せた。厨二病男による攻撃のとばっちりを食らうかも知れんが、最低限の防御はその幽霊を使えば可能だからな」
ロズウェル氏はそう述べた後、バミューダ虎夫が未だ仁王立ちしている建物の屋上へ向かって大きくジャンプをした。ツインテールをまるで翼のようにたなびかせて。
屋上で睨み合いを始めた二人の間には、やがて様々なホログラムが出現し始めた。二人とも装置を操作している様子は見られなかったので、例の『イメージ操作モード』である事が伺われた。睨み合う二人の間から次々とホログラムが出現し、ぶつかり合っては消えていく様は、まるで魔法使い同士が闘っているかのようだった。ホログラムとホログラムが魔法の如くぶつかり、その度に、衝撃音と振動が僕らが居るこの場所にまで大きく響いた。
やがて衝撃音が聞こえなくなった頃、代わりに高らかな笑い声が響いた。ウザくていやらしい笑い声が。目を凝らすと、ロズウェル氏が片膝をついているのが見えた。そしてバミューダ虎夫は、それを見下ろすかのように高笑いを続けていた。
「ぐっふっふっふっふ! いい面構えだ、麻布十番ロズウェル。しかしまだ我輩を睨みつけるだけの気力は残っているようだな。まあそれも時間の問題だがな、ぐっふっふっふっふ!」
と、ロズウェル氏のすぐ後ろに巨大なタコが現れ、その触手の一本で彼女を掴んだ。そして大ダコはロズウェル氏を掴んだまま、バミューダ虎夫と共に僕達の目の前に降り立った。『東方不敗』と書かれたエプロンが、僕達の目の前で力無く揺らめいていた。
「バミューダ虎夫さまぁ、ロズウェルめをっ、お仕置きしてくださいませっ」
裸エプロン姿で大ダコに掴まれている彼女は、バミューダ虎夫に向かって目に涙を溜めながら哀願するように言った。
あれからどれだけ時が経ったのだろう。大ダコに掴まれたロズウェル氏は最初の頃こそバミューダ虎夫を睨みつけていたが、大ダコにその触手で全身を弄ばれ続ける彼女には、やがて泣き叫んで目の前の厨二病男に許しを請うしかなす術はなくなっていた。バミューダ虎夫が先に述べた通りに。それでもなお、厨二病男はお仕置きを続けた。彼女がお仕置き無しでは生きていけなくなるよう、じっくり時間をかけて。バミューダ虎夫の最終目的は、ロズウェル氏の調教だった。
大ダコを使ってバミューダ虎夫にすっかり調教されたロズウェル氏は、最早以前のツンデレの面影はまるで無く、バミューダ虎夫から「ぐっふっふっふっふ! このメス豚めっ」と言われて喜んでいる有様だった。




