伊達に値段が高いわけじゃない
「こら! 山田ツングースカ! いきなりレールガン撃って来る馬鹿がどこにいる!」
宇宙船内に大声が響いた。と同時に、操縦席のディスプレイに見知らぬ男性の顔が現れた。
「これはこれはゲル・ビーツ! いきなり大物宇宙セレブの登場ですね」
上様は平然とした顔で、ディスプレイに映る宇宙人に言い返した。
「だ・か・ら、相変わらず人の話を聞かない奴だなあ。いきなりレールガン撃って来るなって話だよ!」
横から話を聞いていると、案外まともな宇宙人のような気がしてきた……少なくとも僕の隣の宇宙人よりは。
「別にレールガン撃つぐらい、いいじゃないですか。減るもんじゃあるまいし」
「いや! レールガンに当ったら減るだろう、色々と」
僕はディスプレイの向こうの宇宙人に、なんとなく共感が持てるような気がした。
「ええー? 宇宙セレブの宇宙船があの速度のレールガンに当たったところで、かすり傷ひとつ付かない事ぐらい、幼稚園児でも分かる事じゃないですか」
「えっ? そうなの?」
僕は思わず尋ねた。
「そうですよ、由宇作。あの速度のレールガンが直撃して、かすり傷のひとつも付くようなら、宇宙セレブの宇宙船とは言えませんから。それに本物そっくりホログラムのシールドを展開しちゃえば、レールガンの速度を光速近くまで上げたって打ち破れませんから」
「えっ? 本物そっくりホログラムでも、物理攻撃無効に出来ちゃうの?」
「前に言ったじゃないですか。ヒッグス場をコントロールしてうまい事やってるって。おかげで物理的なシールドにもなっちゃうんですよ。まあ、伊達に値段が高いわけじゃないんですよね」
「オホン、……取り込み中済まないが、……まあなんだ、先制攻撃を受けた事実に変わりはないわけだ。よって、当方としては真に遺憾ながら、反撃の権利を行使させて貰おう」
そう言った途端、光の壁がいきなり真正面から迫って来た。
しかし光の壁は、僕らの宇宙船に到達する前に忽然と姿を消した。
「シュヴァルツシールド展開したの?」
「当然!」
上様が自信満々に答えた。
「しかし困りました」
上様が溜息を吐いた。
「何か問題でも?」
「すっかり計算違いをしてましたよ。このままだと、ずっとゲル・ビーツの宇宙船の射線上にいないといけない事になっちゃいます」
「どうして?」
「避けると月に当たっちゃうじゃないですか。そしたら月が粉々になっちゃうじゃないですか」
「えっ! そんなに威力あるの? さっきの攻撃」
「そうですよ。だから困ってるんですよ。月が粉々に砕けちゃったら厄介ですからね。地球からゲル・ビーツの宇宙船見えちゃいますから。折角地球から観測されないように月の裏側に誘い出したのに、作戦が水の泡になっちゃうじゃないですか。はあ、本当に困りました」
「いや! 出来れば月が砕ける事を心配してよ!」
僕は地球人として心の奥底から叫んだ。
「だから心配してるじゃないですか。月が粉々になっちゃったら、折角の作戦が台無しになっちゃうし、十五夜とか十三夜とかの飲み食いどんちゃん騒ぎの楽しみも、無くなっちゃいますし」
しかしその時、ディスプレイにゲル・ビーツの姿が再び現れた。
「こら! 山田ツングースカ! 相手が地球人だからって、適当な事吹いてるんじゃ無い!」
どうやら通信回線は先程から繋がったままだったらしく、こちらの会話は宇宙セレブに筒抜けになっていた。
「はて? 何の事でしょう? 何か人聞きの悪い事を言う宇宙人がいますね。きっと地球侵略が目的なんでしょうね。地球の平和の為に、さっさと息の根止めちゃいましょう」
そうまくし立てると、レールガンの出力を急上昇させ、ゲル・ビーツの宇宙船めがけて発射した。レールガンはあっという間に宇宙船に命中し、巨大プレッツェルは跡形も無く消えた。
「おい! おい!! おい!!! 今のは洒落にならんぞ! 本物そっくりホログラムのシールド展開するの、後ちょっと遅かったらヤバかったぞ!」
「本物そっくりホログラムのシールドだとか抜かしちゃってますよ、この宇宙セレブ。何て嫌みったらしいんでしょうかね。庶民はシュヴァルツシールドで我慢しとけって? はいはい、分かりました。でも私が許しても地球の庶民が許しませんから。ね、由宇作」
「あ、あの? 上様? ゲル・ビーツ氏? だっけ? 何か言いたそうだから、とりあえず最後まで話を聞こうよ」
「何を悠長な事言ってるんですか! 由宇作! 宇宙では一にも二にも先制攻撃が鉄則なんですよ。そうすれば都合の悪い事は、いつでも無かった事に出来ますから!」
「こらこら山田ツングースカ! 貴様よりその地球人の方がよっぽど……」
上様が話の途中で通信回線を切った。
「はあ、それにしても困りましたね。本物そっくりホログラムのシールド展開されちゃうと、並みのレールガンでは全く歯が立ちませんから。ゲル・ビーツなき者に出来無くなっちゃいますよ」
「てか巨大プレッツェル見えないんだけど」
最後の方の物騒な台詞は聞かなかった事にしながら、僕は上様に質問した。
「本物そっくりホログラムのシールド展開してますからね。光学迷彩なんだから見えなくて当然ですよ。問題はこれを打ち破るのが、ちょっとばかり厄介な事でして」
「ちょっとばかり厄介って?」
「まあ打ち破る方法が、ある事にはあるっていうか……」
「あるの?」
「ひとつだけ…………禁じ手って奴ですが」
「禁じ手?」
「レールガンを光速まで加速するんですよ。光速のレールガンなら、本物そっくりホログラムのシールドも打ち破れますから。問題は……」
「光速まで加速出来ない?」
「いえ、それは出来ます。問題無く。ただ折角光速まで加速しても、途中でスピード落ちちゃうんですよ、ヒッグス場の影響で。だから光速まで加速したレールガンを、途中でヒッグス場の干渉を受けないようにしながら、本物そっくりホログラムのシールドに命中させなきゃいけないわけですね。これが非常に厄介でして」
「でも手はあるんでしょ?」
「そうです。ひとつだけ裏技が……由宇作、過冷却って知ってます?」
「液体を融点以下まで冷やしても、凝固しないで液体の状態を保ってる現象でしょ?」
「そうです。光速を液体、光速未満の速度を固体に例えると、ヒッグス場の干渉は液体が融点以下の温度で凝固するようなものです。光速の物質はヒッグス場による抵抗で、光速未満に速度を落として質量を発生させます。これは液体の凝固に相当します。逆に言えば凝固しなければ、つまり過冷却に相当する状態なら、物質はヒッグス場の干渉を受けずに、光速のままでいられるって寸法です。これを応用したのが、レールガン過冷却モードです」
「レールガン過冷却モード!」
「但しこれを使うと、レールガンのオーバーホールしなきゃいけないんですよ。これが死ぬほど大変でしてね。だから禁じ手なんです」
「じゃ、別に使わなければいいんじゃない? 別に話し合えば……」
しかし上様は僕の話を途中で遮り
「しかし仕方ないですね、ゲル・ビーツの野望から地球を守る為には」
と、あくまで物騒なやり方を押し通すつもりらしい。
「由宇作!」
上様が神妙な面持ちで僕に声を掛けた。
「何? 上様」
「そこのうちわを取って私に向けて扇いで貰えます?」
「いいけど何で?」
「今から動力、全部レールガンに集中するんですよ。船内のエアコンも効かなくなっちゃいますから、そうなると暑くてしょうがないんですよ」
「うちわを扇ぐ僕はもっと暑くなると思うんだけど……」
「パンツ一丁にでもなればいいじゃないですか! それとも何ですか? 私に服を脱いで、この宇宙船を操縦しろとでも言うんですか? この変態!」
そこまで言ってないし、言うつもりもないにもかかわらず、変態呼ばわりされた僕は、渋々上様に向けてうちわを扇いだ。
「いきますよ! レールガン過冷却モード!」
そう言い放つと同時に、上様はレールガンを発射した。僕は汗だくでうちわを扇ぎながら、その様子を見守った。地球侵略ならともかく、単に僕の切手が狙いの宇宙セレブ相手に、ここまでやる事に内心疑問を感じながら。
と、その時、巨大プレッツェルが再び姿を現した。
「あれ? 爆発とか全然してないんだけど」
「そりゃ当然ですよ。本物そっくりホログラムのシールド打ち破っただけですから」
「えっ? だって息の根止めるんじゃなかったの?」
「止めるつもりですよ。 シールド打ち破った後の攻撃で。……ただ問題が」
「問題? …………そう言えばレールガンオーバーホールしなきゃいけないとか言ってなかったっけ?」
「その事すっかり計算に入れてませんでしたよ。 他の人達がレールガン過冷却モード使わないの、前から不思議で仕方がなかったんですよ、実は。でも過冷却モード使った後、レールガン使えなくなっちゃうんですよね、良く考えたら。いやあ、使う前に気付くべきでした。てへへへへへ」




