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期日指定郵便  作者: 遊星族
第2章 のようなもの
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冷やし中華革命始めました

「誰がなんと言ったって、流しそうめん大会やりますからっ!」

 誰も何も言って無いが、彼女はそう宣言した。

 あれから1ヶ月、既に梅雨も明け夏本番を迎えていた。そして彼女の予想とは裏腹に、彼女以外の宇宙人は未だ来てはいなかった。

 彼女と出会ってからもう2ヶ月になる。この2ヶ月間、僕らは宇宙人の襲来に備えているつもりだった。しかし結局やっていた事と言えば、飲み食いどんちゃん騒ぎに過ぎなかったような気がする。それは僕の今までの人生の中で、一番グダグダな日々であった。

「流しそうめん大会って、闇が付いてないけど、普通の流しそうめん大会やる気?」

「いいんですよっ。この際いちいち細かい事は。もう暑くて辛抱出来ないんですからっ!」

 僕の部屋のエアコンは数日前に壊れた。このエアコンはこのアパートの新築当時から取り付けられていた物だった。

 この際アパートの全ての部屋のエアコンを、最新式の省エネの物に取り替えるよう彼女に進言したが、予算が足りないとの事で却下された。

 前の大家さんも最初の大家さんも『心頭滅却すれば火もまた涼し』という考えの持ち主だったそうで、大家さんの自宅にもエアコンは無かった。

「知ってますか? 宇宙には、心頭滅却しようが火が熱い事実に変わりはない、という諺があるんですよ」

「それは初耳だけどさ、今それを知ったところで空しいだけだね……あぁ暑っ!」 

 そんなわけで僕はこの夏を、扇風機で過ごす事になった。

 しかしその貴重な扇風機の前では、猫耳をしたメイド姿の大魔王が、仁王立ちで立ちはだかっていた。衣替えだそうで、7月に入りメイド服はノースリーブになった。

 エプロンには『冷やし中華始めました』と、相変わらず書いてあったが。

「どうせならさ、流し冷やし中華大会とかやらない?」

「あっ! なるほど! それは気が付きませんでしたよ。いいですね、それ」

 いや、気付けよ、少なくともそのエプロンしてるんだったら! 僕は心の中で叫んだ。



「それでは、第一回流し冷やし中華大会、始めたいと思いますが、誰か文句ある人いますか?」

 このくそ暑いさなか、中庭に集まったアパートの住人達を前にして、上様が質問した。

 運動会などで使うような大型テントが、2つ縦に並んだ天幕の下には、テーブルが細長く連なり、その両脇に椅子が20個づつ、計40人が座れるようになっていた。テーブルの両脇に座る人々を見渡すように、上様が先端に立ち、流し冷やし中華大会について熱く語っていた。

 土曜日とは言え、真夏の真昼間に良くこれだけの人数が集まったものだと、僕は半ば感心していた。エアコンどころか扇風機も無い中、皆うちわや扇子を扇いで暑さをしのいでいた。

 この暑さの中、文句を言うのも面倒臭い所為か議事は粛々と進行し、上様の熱く語る声のみが天幕にこだましていた。やがて第一回流し冷やし中華大会は、見事開催される運びとなった。



 テントの脇に流しそうめん用の竹が組み上がり、水浄化システムを水源とする水道水が流され続けていた。 

 流し冷やし中華と言ったものの、流すのは麺だけで、具は手に持ったスープの中に入っていた。だから流しつけ麺と言った方が、より正しいと思えたが、上様はこれは冷やし中華の革命だとあくまで言い張った。

 そして竹の水路の中を、冷やし中華の麺は見事に流れた。みんな意外に器用に箸ですくい取り、スープにつけて美味そうに食べていた。

 唯一人、僕を除いて。

 そう、この流し冷やし中華の最大の欠点は、少なくとも一人は麺を流す事に専念しなければならない事だった。

 みんなが美味そうに流し冷やし中華を食べている間、僕は腹を鳴らしながらも、唯ひたすら麺を流し続けた。永遠にも思える時間の中、唯ひたすらに。



 しかしそんな永遠の時は不意に終わりを告げた。上様がスマートフォンのような物を取り出し、画面を確認すると、僕に向かって大声で告げた。

「由宇作、緊急事態です! すぐ来て下さい!」

 そして、麺を流している途中の僕の手を引き、大家さんの自宅へ向かった。

「じゃあ後はよろしくお願いします! 私と由宇作は、これから込み入った事情に対処しなくちゃならないもので」

「大家さん、駆け落ちがばれちゃったの?」

 由美ちゃんが心配そうに尋ねた。

 いや、駆け落ちとかしてないから、と僕が言う間も無く

「そのようなものです。もしかしたら怪しい人達が、私と由宇作の行方を尋ねて来るかも知れませんが、その時は今どこかに出かけちゃって居ないって、言って下さいね」

 由美ちゃんの目を見て、優しく微笑みながら上様は言った。



「あの? 上様? 僕の流し冷やし中華は? 僕まだ食べて無いんだけど」

「今はそんな事、言ってる場合じゃありません!」

 そして僕には優しくなかった。



 大家さんの自宅に着くと、すぐに宇宙船に乗り込み、僕らは宇宙へと出発した。

「2回目なんで由宇作も慣れてますよね。ちょっと加速をきつくしますが、大丈夫ですよね?」

 そう言うと、僕の返事も聞かずに宇宙船を急加速させた。

 この時ばかりは、僕は空腹だった事に感謝した。もし僕が流し冷やし中華を食べていたら、二度と冷やし中華を食べたくないと思うような悲惨な光景を、目の当たりにしていたに違いない。



「何あれ?!!!」

 宇宙船の前方には、巨大な人工物らしき物体が浮かんでいた。僕らは今、月の裏側の宇宙空間で、巨大な宇宙船らしき物と対峙していた。

「セレブの乗る宇宙船ってのは、いつ見ても無駄に嫌みったらしい物ですねえ」

 上様が感慨深げに言った。

「セレブ? って宇宙のセレブ?」

「そうですよ。宇宙でも有名な大金持ち連中で、俗に宇宙セレブって呼ばれてます」

「宇宙セレブ! ……そんな連中がまた、何で地球なんかに…………って、切手か」

「勿論! それ以外の理由で、わざわざ地球くんだりまで来ませんから」

「宇宙セレブにとって、切手以外に見るべき物は地球には無いって事?」

「幸か不幸かその通りです」

 上様が平然と答えた。

「ところで上様、あれってどのくらいの大きさなの?」

「あの宇宙セレブの宇宙船ですか? そうですね、大雑把に言って、全長1000メートルってところですかね」

「全長1000メートルの……プレッツェルかあ……」

 目の前の巨大宇宙船は、プレッツェルそっくりの形をしていた。

「プレッツェルと言いますと、昔どこかの大統領が死にかけた事で有名なお菓子ですか?」

「まあね」

「口に入るサイズで大統領暗殺しかけるんだから、全長1000メートルともなるとやっぱり地球やばいですね」

「うん、大きさの問題じゃないと思うけど、その通りだね」

「さて……じゃあ手始めにレールガンで攻撃してみますか」

「え?」

「え? って、何驚いてるんです? 由宇作」

「いきなりレールガンで攻撃って、別に地球侵略しに来たわけじゃないんでしょ?」

「この局面で意外に冷静ですね、由宇作。その通りですよ、あの宇宙セレブは、地球を侵略しに来たわけじゃありません。狙いはあくまで由宇作の切手ですから」

「じゃあレールガンで攻撃って、問題無いの? 侵略しに来たわけでも無いのに」

「由宇作。私は超銀河郵便連盟規約第3条第27項に基づいて、由宇作の側にいるんですよ」

「うん、それは十分承知してるけど」

「それなら宇宙セレブの宇宙船をレールガンで攻撃しても、何の問題も無いじゃないですか」

「何で? だって地球を侵略するわけじゃないんでしょ?」

「だ・か・ら、宇宙セレブが地球を侵略するつもりなら、それは規約第3条第27項の守備範囲外なんですよ。由宇作へのプライバシー侵害と関係無い話なんですから。だからその場合はレールガンで攻撃しません。地球が宇宙セレブに侵略されようが知ったこっちゃ無いですから。でも宇宙セレブの目的は地球侵略じゃなくて、由宇作の切手じゃないですか。つまり規約第3条第27項の守備範囲ですから、レールガンで攻撃したって問題無いじゃないですか。お分かり? 由宇作」

「いや、だから、そういう問題じゃ無くて……」

 僕が言い終わらないうちに、上様はレールガンを発射した。

「ちょっと! いきなりレールガン発射しちゃって! 向こうが反撃して来たらどうするの?」

「大丈夫ですよ。シュヴァルツシールド展開しちゃえば」

「ああ、そう言えば物理的干渉、無かった事に出来るんだったっけ」

「そうですよ。最強でしょう? シュヴァルツシールド」

 上様は自慢気に言った。

「あっ、でも向こうだってシュヴァルツシールド有るんでしょ?」

「それは心配無いですね。何しろ宇宙セレブ共はシュヴァルツシールドを、庶民の光学迷彩だと思って高を括ってますから」

 そんな会話を繰り広げている間に、レールガンは1000キロメートル前方の巨大プレッツェルに命中した。

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