星に願いを
いつの間にか雨は止み、夜空一面には星が輝いていた。結局、夜まで続いた宴は、ようやく終わりを告げた。
小松さんは決して誉められた人物では無かったが、さすがに故人をダシにしたどんちゃん騒ぎに、僕は幾ばくかの後ろめたさを感じていた。
「だけどさあ、素人の僕達はともかく、葬式のプロのはずの坊さんまで、どんちゃん騒ぎで盛り上がっちゃうのもねえ」
「そうですか? 私は楽しかったですよ。地球のお坊さんって、もっと説教臭いかと思ってましたから」
「楽しかったのは確かだけど……あんな坊さんで小松さんも成仏出来るのかなあ?」
「時々思うんですけどね、お坊さんとかお医者さんとか人の不幸を飯の種にする人達が、地球ではなぜか尊敬されますよね? 地球人の思考って不思議ですね」
人の不幸をどんちゃん騒ぎの種にする大魔王には、言われたくは無かった。
「それじゃあ、行きますか」
小松さんの遺灰が入った骨壷を抱えた上様が、唐突に言った。
骨壷を含め、小松さん縁の品々は全て、大家さんの家に運んであった。
「行くってどこへ?」
「大気圏の外ですよ」
「はい?」
「俗に言う宇宙って所ですね」
「う、宇宙!」
「何もそんなに驚く事無いじゃないですか。そもそも私、宇宙から来たんですから」
「そう言えばそうだけど……一体何しに行くの?」
「散骨にですよ。それ以外に今、宇宙に行く用事があると思います?」
「……また何で宇宙に?」
「だって地球じゃ遺灰の引き取り手、無いじゃないですか。それに……」
「それに?」
「葬式の資金、今回のどんちゃん騒ぎでスッカラカンになっちゃいまして」
「お墓に入れたくてもお金が無いと?」
「えへへへへへ」
小松さんがどんな人生を送って来たのかは知る由も無いが、例えどんなに波乱万丈な人生だったとしても、最後の最後でこのような羽目になるとは、予想だにしなかっただろう。
「あ、それも持って行きますよ。宇宙船の中で食べるんで」
上様が寿司の入った折り詰めを指差した。これは余ったご馳走のひとつだった。
「じゃあ、お茶も持って行く?」
「勿論!」
寿司の入った折り詰めを浴室に運んだ後、お茶っ葉の入った急須とポットと湯飲み茶碗2人分を持って、再び浴室に向かった。
「あ、そこ動かないで下さいね! 今からシュヴァルツシールド展開しちゃいますから!」
宇宙船の中から上様の声が聞こえた。
浴室の天井が、オルゴールの蓋が開いて行くかのように動き、上方に広い空間が出来た。同時に3方の壁も地面に向かってゆっくりと倒れた。床から僅かに浮いている宇宙船は、広がった空間に向けて、窮屈だったボディーを伸ばそうとするかのように、その姿を変えて行った。
「いいですよ! 由宇作。荷物持って入ってきて下さい」
格納状態の時は何度かあるものの、飛行形態になった宇宙船の中に入るのは、今回が初めてだった。
「1ヶ月ぶりですが、カシミアエンジン全く問題無いですね」
「カシミアエンジン?」
「カシミア効果を利用したエンジンですよ」
「カシミア効果って言うと、2枚の金属板を、真空中でものすごく近くまで近づけると、金属板の間に引力が生じるとかって奴?」
「まあ大体そんなもんですね。大雑把に言いますと、2枚の金属板の間の真空が相転移しちゃって、より低いエネルギー状態になっちゃうもんだから、引力が生じちゃうわけですよ。で、カシミアエンジンはこの金属板を、特殊な半導体に置き換えましてね。この半導体は力を掛けると、力の掛け方に応じて性質が金属に近づいたり、絶縁体に近づいたりするんですよ。それで性質が金属に近づいた状態にしておいて、カシミア効果を生じさせてから、一気に絶縁体に近づけます。すると」
「すると? ……どうなるの?」
「消磁冷却って知ってます?」
「超低温を作り出す方法のひとつじゃなかったっけ?」
「それと似たような理屈で超低温になるんですよ。しかも瞬間的には絶対零度を下回る超低温に。この超低温と宇宙背景放射との温度差を利用した機関が、カシミアエンジンなんですよ」
とりあえず地球人である今の僕には、信じられないような仕組みで動くエンジンのようだった。
そして宇宙船は、いよいよ宇宙に向かって動き出した。
一旦大家さんの家の上空で静止し、浴室を元通りにした後、再び加速を始めた。
「もうちょっと加速します?」
「いいよ。宇宙飛行士の訓練受けてないし」
「なんだったら私が今、この場で訓練してあげても構いませんが」
「それは遠慮しときます」
彼女は実に残念そうに宇宙船を操縦した。
そして15分程で、高度200キロメートルに到達した。
「なんか無重力じゃないんだけど」
「そりゃそうですよ。地表の200キロメートル上空に浮いてるだけであって、軌道を周回しているわけじゃないですから」
「オーバーテクノロジーのなせるわざってやつですか。でも軌道周回してなきゃ、散骨してもすぐ大気圏に落下しちゃうんじゃないの?」
「これを使うんですよ」
操縦席のディスプレイに映し出された、宇宙船の全体図の前の方を彼女は指差した。
「これって?」
「レールガンですよ」
「レールガン!」
「これに遺灰をセットして射出します。但し大気圏に向けてですが」
「え? それじゃ結局落下しちゃうじゃん」
「由宇作は小松さんが死んだ後も、デブリになって迷惑かける事に賛成なんですか?」
「そうは思わないけどさあ。でもレールガンで大気圏に向けて射出された遺灰って、どうなるの?」
「流星になりますね」
「流星かあ。……死んだら星になるとか言う話もあるけど……本当に星になるんだ、小松さん……」
こうして小松さんの遺灰は、レールガンを使って射出された。
かつて、地球のどこかで生まれたこの人物は、今また地球のどこかへ還って行った。
僕は満天の星の中で、小松さんの冥福をちょとだけ祈りながら、寿司を食べた。
上様は
「わさびに当りましたぁ」
そう言いながら涙目で寿司を食べていた。
もし明日が絶望しかないなら
もしオーバーテクノロジーでしかそんな未来を切り開けないなら
禁断のテクノロジーにすがるしかないだろう
僕らにはそれ以外の選択肢は無いんだから
流星になった小松さんを見届けた僕は、再びこんな思いに囚われていた。
「気付いて欲しくは無かったんですが」
1ヶ月前、初めて会った日の彼女の言葉が、微かに頭の中で引っ掛かっていた。時々奇妙な感覚で思い出すものの、雲を掴むようで、どこが奇妙なのかさえ、はっきりしなかった。
「気付いて欲しくは無かったんですが」
宇宙へやって来た所為かも知れない。忘れかけていた微かな疑問が、鮮明に息を吹き返した。
あの時、彼女は何であんな事を言ったのか? 僕の切手を狙ってやって来る宇宙人にとっては、僕があれを切手だと気付こうが気付くまいが、どっちでもいい話に違いない。僕があれを切手だとは気付かなくても、彼らのオーバーテクノロジーを以ってすれば、あれを手に入れる方法などいくらでもあるのだから。にもかかわらず彼女は、気付いて欲しくは無かったと言った……
オーバーテクノロジーを使って、このどうしようもない閉塞的な状況から抜け出したい。その思いは日々強くなっていた。
しかしそれは彼女の立場と相容れない願望。
でも……もしも、もしもそれが最初から折込済みだったなら……
そう、あの時既に、僕が今の心境に辿り着く事を、彼女が予想していたとしたら……
だからこそ、あの時彼女は、気付いて欲しくは無かったと言った……
そう考えれば筋は通る。
ファーストコンタクトから高々1ヶ月の経験しかない僕は、釈迦の手の上の孫悟空に過ぎなかったのかも知れない。
「やっぱり向上心って必要だよね?」
「何の事ですか? いきなり」
「アパートの人達の事。いくら訳ありの人生送ってるからって、後先考えずにどんちゃん騒ぎに興じるってのも」
感傷的な気分の行き場を見失った僕は、遣り切れない思いをアパートの人達にぶつけるかのように、不満を口にした。
「問題を先送りして、ずるずるとその日暮らしをしてるだけだし。世の中に問題が多いのも分かるけど、努力して改善出来る事だって、いっぱいあるんじゃないの?」
「由宇作は台風が来てる時、うちわで扇いで進路を変えようと、頑張る人ですか?」
「何言ってんの? いくらうちわで扇いだところで、台風の進路は変わりっこないでしょ」
「でもバタフライ効果ってありますよ。もしかしたら変わるかも知れませんよ。なのにそうしないのは、努力不足って言えませんか?」
「いくら何でもそんなの屁理屈だよ」
「はて? どこが屁理屈なんでしょう?」
「……だってそんなの運任せじゃん」
「運任せ? ですか?」
「そうだよ。だって余程運が良くなきゃうまくいかないでしょ? そんなの。それじゃ努力する意味無いじゃん」
「つまり由宇作は、運が大きく左右する事に関しては、努力するのは無駄だと思うんですね?」
「そりゃそうでしょ。運が努力の結果を大きく上回るんなら、努力するより運が好転するのを待つ方が、よっぽど合理的じゃん」
「じゃあ、運が努力の結果を大きく上回るような人生を送っている人にも、同じ事が言えませんか? 努力するより問題を先送りにして、運が好転するのを待つ方が合理的だって」
僕は返事に困った。
「そもそも訳ありアパートは、そんな人達を集めたアパートですから。何より今の由宇作が、一番運に左右されてるじゃないですか」
「えっ? あっ!」
僕はどうも、自分が一番の訳ありだという事を忘れがちになる癖があった。今の自分が、恐らく地球で一番訳ありな立場であるにもかかわらず、常識的な人間だとしばしば錯覚していた。
「由宇作、これあげます」
突然上様は、本マグロの中トロの握り寿司を1個くれた。
それを何の気なしに口に入れた途端、僕は後悔した。
この大魔王がまかり間違っても、本マグロの中トロなんかよこさない事は、十分予測出来た事だ。それをくれたとなれば、何か裏があると警戒すべきだったはずなのに。宇宙で感傷的になっていた所為か、地上にいる時の警戒心が、いつの間にか低下していた。
「ちなみにこれ最後の1本なんですよ」
そう言いながら彼女が美味そうに飲んでいるココナッツジュースを、僕はその手からふんだくって自分の口に入れた。
しかし僕が一口飲み終わるかどうかって時に、彼女に取り返されてしまい、彼女は美味そうに全て飲み干した。
……まあようするに、結局これがここ1ヶ月の僕の日常の光景だった。
はた迷惑な日常だった。あの日彼女と出会って以来、はた迷惑な日々が続いていた。
しかし、この日常がいつまでも続くといいなと、それでも思えるようになった。
そして……そんな矢先、彼女が僕に告げた。
「いよいよ来ますよ、由宇作。心してかかって下さい」
操縦席のディスプレイを見つめる彼女は、いつになく真剣な表情だった。
「とりあえず訳ありアパートに帰還して、対策を練りますか」
ニコッと微笑みながら彼女は言った。
僅か数時間程だったが、僕の生まれて初めての宇宙滞在はこうして終わりを告げた。
目の前に迫って来る地球は、なぜかとても懐かしかった。
そして隣で宇宙船を操縦する彼女は
「あたしゃしがない郵便配達員~ あっちの星からこっちの星へ今日もお手紙配達します~」
相変わらず下手糞な鼻歌を歌っていた。
1ヶ月前、彼女、山田ツングースカは、突然僕の目の前に姿を現した。
それ以来いつも僕の側にいた。
時に天使のように。時に悪魔のように。
しかし本当はそのどちらでもない。
それは恐らく神の手からこぼれ落ちたサイコロ。
因果の鎖でがんじがらめになった僕を解き放つ為、宇宙の彼方からやって来た。
神が予期せず振ってしまったサイコロ。
それが僕の隣にいるこの宇宙人、山田ツングースカの正体に違いない!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第1章はこれで終わりです。
次話からは第2章になり、もうちょっと宇宙人が出て来たり宇宙が舞台になったりする予定です。




