宇宙青少年健全育成条例
「だ・か・ら、洒落にならないっての! 過冷却モードまで使いやがって! 模擬訓練に協力してくれって言ってきたのは、お前の方だろうが! ツングースカ!」
操縦席のディスプレイには、いつの間にか宇宙セレブの姿が復活していた。
「模擬訓練?」
僕は上様に尋ねた。
「くたばり損ないの宇宙セレブが、血迷って何かほざいてますよ? どうしますかね? 止めを刺そうにも、レールガンもう使えませんからね。は~、困りました」
「えーと上様、つかぬ事を聞きますが? またいつものやつ?」
「はい? いつものやつとか仰いますが、私がいつ、どこで、何をしたと? 私は私の知る限り、至って善良な宇宙人だったはずですが」
「おいおいツングースカ。お前さんが至って善良な宇宙人だとしたら、この宇宙に悪人なんて存在しない事になると思うがな」
僕らの会話に割り込んだ宇宙セレブ、ゲル・ビーツ氏が、とても説得力のある意見を述べた。
「くたばり損ないがまた人聞きの悪い事を言ってますね。私としてはさっさと息の根止めたいんですが。由宇作、何かいい手ないですかね?」
「おいおいツングースカ ……って、おいおい! やばいぞ! 月を周回している地球の探査機がこっちに来るぞ! このままじゃ見つかっちまうぞ!」
「そんなの別に、ご自慢の本物そっくりホログラムのシールド使えば、簡単に誤魔化せるじゃないですか。宇宙セレブともあろう者が、何をそんなに慌ててるんですかね」
「その本物そっくりホログラムのシールドが使えないから、慌ててるんだろっ! 誰かさんが過冷却モードなんぞ使うもんだから、装置までいかれちまったんだろうが!」
ゲル・ビーツ氏が物凄い剣幕で上様に言い返した。
「あれ? そうでしたっけ? 世の中には悪い宇宙人もいるもんですね、レールガンの禁じ手使っちゃうとか。今度会ったら私が代わりに文句言っといてあげますよ。……あっ、ところで月周回探査機がこっちに向かって来てるんでしたっけ?」
「ねえ、上様、この宇宙船で何とか出来ない? この宇宙船で探査機のカメラを塞げば、ゲル・ビーツ氏の宇宙船見つからないでしょ? この宇宙船はシュヴァルツシールドで見えなくなってるんだし」
「それは無理ですね、由宇作。シュヴァルツシールド展開した宇宙船を盾にしたところで、この宇宙船が無いのと同じように、向こう側が見えちゃうんですよ。だからこそシュヴァルツシールドは、光学迷彩として優れているわけですから」
「え! じゃあどうするの? あの巨大プレッツェルじゃ流石に目立ってしょうがないじゃん。 ……あっ! そうか! とりあえずこの場から離脱すればいいんじゃん。超光速航法でも何でも使って」
「そうしたいのはやまやまなんだが、この場から動けないんだな、これが」
ゲル・ビーツ氏が僕の提案に答えた。
「えっ? 何で?」
「正確には動かないんだな、これが。動力系いかれちまって。浮かんでるのがやっとなんだよ。誰かさんがレールガンの禁じ手使うもんだから」
「うわっ! 酷い宇宙人もいたもんですね。しかしその事を詮索するよりも、今は目の前の大問題に如何に対処するかに、エネルギーを集中しようではありませんか、諸君!」
しかし僕もゲル・ビーツ氏も沈黙していたら
「はっはっは、異議は無いようですな、同志諸君!…………どうじまじょう?」
最後は涙目で僕らに尋ねた。
「ねえ上様、この宇宙船のシュヴァルツシールドで、巨大プレッツェル隠せないの?」
「あの大きさじゃ、とてもとても。この宇宙船のシュヴァルツシールドじゃ、隠せる範囲は直径100メートル程度が、いいとこですから。だいたい宇宙セレブの宇宙船なんてのは、無駄に大き過ぎるんですよ!」
「確かに、あの大きさは流石に不自然だよね……って、今更愚痴を言っても始まらないか」
しかし上様が突然叫んだ。
「由宇作! 今なんて言いました?」
「えっ? 今更愚痴を言っても始まらないって……」
「いえ、その前です。不自然にどうたらこうたらって」
「ああ、不自然に大きいって事? 地球人の常識からしたらって話だけどね。宇宙人の常識からしたら……」
しかし上様は僕の言葉を途中で遮り
「それですよ! 流石由宇作! いいところに気が付きましたね!」
何だか知らないが、いきなり僕の事をべた褒めした。
「不自然に大きい! それで思い出しました。いいパーティーグッズがあるんですよ」
「ツングースカ! まさかあれ持ってるのか?」
ゲル・ビーツ氏が驚いたように口を挟んだ。
「そのまさかですよ、ゲル。いやあ、普段の行いがいいと、こんな時思わぬ幸運に恵まれるものですね」
僕もゲル・ビーツ氏も再び無言になった。
しかしそんな僕らをよそに、上様は荷物室に入って行った。そして満面の笑顔で
「ありましたー!」
と叫んだ。その手に妙な機械を持ちながら。
「何それ?」
「ふっふっふっ、気になりますか? 由宇作。では説明いたしましょう。これぞ人の作りし最終兵器ですよ。そう、人が神の最終兵器に似せて作った」
また適当な出任せを言っているのは僕にも分かった。
「信じてませんね? 由宇作。しかーし、かつて人を作りし神が人を失敗作だと考え、その存在を無かった事にしようと用いた神の最終兵器。それを真似た、人が作りし最終兵器こそ!」
「こそ?」
「この宇宙非実在青少年キャンセラーです!」
「はい?」
「宇宙非実在青少年。例えば幼い顔してる割には、色んなとこが不自然に大かったりする、人の作りしもの。その存在をけしからんって思う人達が結構いましてね」
「地球でも似たような話あるけどね」
「それでですね、宇宙青少年健全育成条例という条例が作られたんですよ。ところが宇宙では、宇宙空間に巨大な画像を映し出す技術が、人気を博してましてね。宇宙青少年健全育成条例に反対する連中の一部は、あろうことか、そこに宇宙非実在青少年をわざわざ誇示するように映し出しまして。警察機構が取り締まってもイタチごっこの繰り返しだったんですよ。業を煮やした宇宙青少年健全育成委員会、ここは宇宙青少年健全育成条例の制定に暗躍した謎の委員会なんですが、この委員会が宇宙空間に映る宇宙非実在青少年を、まるで無かったかのように消し去ろうと開発した光学迷彩、それこそが宇宙非実在青少年キャンセラーなんですよ」
「もっとも今では、パーティーグッズとしての用途しかないんだがな」
ゲル・ビーツ氏が横から口を挟んだ。
「今じゃ宇宙非実在青少年の流行もすっかり廃れちゃいましたからね。一方でこの宇宙非実在青少年キャンセラー、直径数千キロメートルの範囲で光学迷彩を展開できますから、パーティーグッズにはうってつけなんですよね」
「それはそうとツングースカ! お前、まだパーティーグッズ持ち歩いてたのか?」
「宇宙セレブと違い庶民にとって、パーティーグッズは人生そのものなんです! だいたいそのお陰で、今のピンチを切り抜けられるんじゃないですか!」
そのピンチを作り出したのが自分である事は、すっかり忘れているようだった。
すぐ近くに巨大な物体が現れた。いきなりの事態に戸惑っていると
「ゲルの宇宙船のすぐ側まで来たんですよ。超光速航法を使って一瞬で」
上様がそう説明した。
「使ったの? 超光速航法!」
「急加速で来ても良かったんですけどね、由宇作にゲロまみれにされると、困るじゃないですか」
「そう言えば今思い出したけど、僕だけ昼まだだった」
「これ終わったらさっさと地球に帰りますよ。私も丁度お腹空いてきたところですから」
そう言うと、すぐ近くの開いたハッチから、巨大プレッツェル内部に進入した。
内部に着陸した僕らの宇宙船を、ゲル・ビーツ氏が出迎えた。
「それでツングースカ、例の物は?」
「ここにあります」
上様は宇宙非実在青少年キャンセラーをゲル・ビーツ氏に見せ、早速起動した。
「これでとりあえずは一安心だな……そうだ! 良かったら船内を見て回るか?」
「えー? 私今お腹ぺこぺこで、さっさと家に帰りたいんですけど」
「勿論その辺は、抜かりなく用意させて貰うつもりだが」
「由宇作! 宇宙セレブの宇宙船ですよ! 内部なんて滅多に見られるもんじゃないですよ! お言葉に甘えてゆっくり見て回りましょう」
「それは異議無いけどさ、結局僕らは何をしに宇宙まで来たわけ?」
僕はずっと引っ掛かっている疑問を上様にぶつけた。
「超銀河郵便連盟の職員なの! ゲル・ビーツさんって!」
テーブルに並んだご馳走を前に、僕は大声で叫んだ。
「ゲルでいいですよ、由宇作」
「ゲルさんでいいよ、由宇作君」
僕はゲル・ビーツ氏の意見を選択し、ゲルさんと呼ぶ事にした。
「何の嫌がらせか、超大金持ちなのに、超銀河郵便連盟の職員とかやっちゃってるんですよ、ゲルは」
「別に嫌がらせってわけじゃ……私のようにIT系の企業を経営してると、色々とメリットがあるんだよ」
「まさか! 職権乱用とか?」
僕は思わず叫んだ。
「そこまではしないよ、流石に。ただあそこにいると、優秀なハッカーに出会えるチャンスが高いんだよ。それ以外は全くのダメ人間なんだが、ハッキングに関してだけは優秀って奴が多いからね、超銀河郵便連盟は。IT企業経営者としては、このメリットは非常に大きいんだ」
上様とゲルさんが親しそうな理由が、何となく分かった気がした。
今回の件も、上様とゲルさんが示し合わせて計画した、模擬訓練だったらしい。グダグダの日々が長引いている事に危機感を感じた上様が、ゲルさんに頼んで今回の模擬訓練の運びとなったそうで、シナリオも全て上様が作ったとの事。但し途中から上様がシナリオを無視して悪乗り、挙句の果てにレールガン過冷却モードまで使ったのは、全くの想定外だったとの事。
「つい甘く考えていたよ。隣に地球人を乗せているんだから、流石にここまではやらないだろうと。ツングースカの性格を考えれば甘い想定だったな。……それはさて置き」
「ゲル。例の話、詳しく教えて貰えますか」
上様とゲルさんの表情が、たちまち真剣になった。
「これがここ1ヶ月の運行管理表だ。どうだ? 何か気付く事はないか?」
ゲルさんはホログラム製のリストのような物を、上様に見せた。
「ほおー、名だたる連中が足止め食らってますね。宇宙セレブの名だたる連中が」
「だろう?」
「ふむふむ、しかも理由が皆一緒! 揃いも揃って名だたる宇宙セレブが、同じ理由で足止め食らってますよ!」
「だろ? 有り得ん話だよ」
「どういう事?」
僕は上様に尋ねた。
「以前由宇作に話しましたよね。超銀河郵便連盟が検閲してる事」
「因果律の崩壊を防ぐ為でしょ? 光速超えると因果律を崩壊させるような情報が、超光速で移動しないように」
「その通りです、由宇作。ところが今回、名だたる宇宙セレブが揃いも揃って、因果律を崩壊させる恐れのある情報を、超光速で移動させようとしたらしいですね。それがばれて足止め食らってるそうですよ」
「宇宙セレブって、そんな馬鹿な事をする人達だったの? 上様」
「ある意味真実ですが、流石にそこまでは馬鹿じゃないですね」
「オホン、ツングースカが思っている程、馬鹿じゃないがな」
ゲルさんがわざとらしく咳払いをして、上様の見解に訂正を加えた。
「つまり……どういう事?」
僕には何が何だかさっぱり分からなかった。
「誰かの陰謀の可能性が高いって事ですよ」
「だろうな」
ゲルさんも上様の見解を支持した。
「まあ大方見当は付いてるんですが」
「確かに。こんな芸当が出来る宇宙セレブが、一人だけいる。ただ……」
「ただ?」
「その宇宙セレブも足止めを食らってるんですよ、由宇作。どうもそこが腑に落ちないんですよね」
「自分が足止め食らっちゃ意味無いのにな」
「どうして?」
「だって由宇作の切手が目当てなんですよ。その為に他の宇宙セレブが動けないよう、足止めを食らわしておいて、自分まで足止め食らってたら意味無いじゃないですか」
「あっ! なるほど!」
僕はようやく事情が飲み込めてきた。
「問題は、今後奴がどう出て来るかだ」
ゲルさんが真剣な顔で呟いた。
その頃、宇宙の彼方である人物がほくそ笑んでいたという。
勿論この時の僕は、知る由も無かったが。




