夢ちゃん先生
「どうして、『リ』を表す物が二組と五組で別のものなの? 『リード』と『リトマス紙』でしょ。同じにすれば見つけやすいのに」
一ノ瀬が聞いた。
「クラスにその部の部員がいないと不安だろ、不要のようなものでもなくなったらまずいから。一組と二組には吹奏楽部の部員がいるけど、五組にはいないんだよ。化学部がいたのでリトマス試験紙借りたんだ」
「ずいぶん大掛かりね」と一ノ瀬さんが感心したように言った。「部長の苦労が偲ばれるわ」
「お互いにな」と言いながら紅茶を飲み切る深津の脇には、田崎が上品な笑みを浮かべながらポットを持って控えている。
「ところでさ」と僕が切り出した。「聞いて欲しい話とは」
「あー、それな。どっちの話からしようかな」
深津は注がれたばかりの紅茶のカップと棚の上に置かれた紙束を見比べて、少し考えてから切り出した。
「吹奏楽部の物を貸してもらうように、顧問の橋本先生にお願いしたんだ」
「橋本夢先生、夢ちゃん先生ですね」とポットを持った田崎が控えめに言い、「この高校の卒業生だと聞いたことがあります。いつまでも若々しくて優しい先生です」と夢を見るような表情をした。
深津は紅茶のカップを手にして田崎の言葉に少し笑ってから続けた。
「で、その夢ちゃん先生にお願いするときに、今回の仕掛けの元ネタの話をしたんだよ」
「元ネタ?」
一ノ瀬さんの質問に、深津和彦は「それについては、後で話す」と答えた。「で、その時に気になることを言われたんだ」
彼は言葉を切るとテーブルを囲む面々を見て自分に意識が集中していることを確認してから、続けた。
「元ネタについて説明したら先生は『懐かしい』と言ったんだけど、その時の様子が変でさ、涙ぐんでんだ」
部員一同が息を飲んだ。
涙ぐむ? そんなことがあるだろうか。
「な、そこまで懐かしいなんて少しおかしいだろ。おまけに俺が帰る間際に、先生が『解けない謎は寂しいわ』と呟いたんだ。無意識に出た言葉みたいで、聞き返したら慌てたみたいに『なんでもない』、って言われてそれきりだったんだが」




