ちょっとした謎
ブレインストーミングは、基本的に「褒める」か「足す」で進んでいく。アイデアを否定してはいけない。アイデアはそれを創造した作者のものだから最大限尊重しないといけないし、創作活動へのエネルギーをさらに推進するために膨らませる方向に持っていくのだ。
そういったところでそれぞれに自分なりの意見を持つものが集まれば「いやそれは」と言いがちになってしまう。お互いにルールを逸脱する発言を指摘しながら、正しい方向に発展させるのはそれなりに疲れるものだ。
「一旦休憩しましょう」
一ノ瀬さんの一言で小休止に入った。
休憩時間になると、田崎がいそいそと電気ケトルを手に部室の外に水を汲みに行く。彼女が自分の家から持ち込んだ綺麗なティーポットとカップに美味しい紅茶を淹れてくれるのだ。
そうして華麗なティータイムというには、ちょっと不釣り合いな安めのお菓子をつまみながら、しばし歓談の時間となる。
「そういえば」と、野中さんがスナック菓子を指でつまみながらつぶやいた。
「ネタにはならないかもしれないけど。今朝、教室にイーゼルが置いてあったの」
イーゼル?
「イーゼルって、美術部が油絵を描くときにカンバスを固定する木組みのスタンドのこと?」
一ノ瀬さんが聞いた。
「そう、そのイーゼル」
一年生の二人が首を傾げた。
「今日は月曜日でしょ。だから週末の間に美術部の子がうちの教室で使って置きっぱなしにしたのかな、と思ったけど。まだそのままなのよ」
「先生は注意しなかったんですか?」
牛田が聞いた。
「そうなの、変でしょう?」
「掃除の時もそのままだったのでしょうか?」と田崎がお茶のお代わりを野中さんのカップに注ぎながら聞いた。
「それがね」
そう言って紅茶を一口飲んでから、「先生がそのままにしておいてやってくれ、って言ったのよ」
変な話だ、と僕は思った。少なくともイーゼルを教室内に置くことを、先生が知っているし認めている、ということになる。
何のために?
「そういえば、うちのクラスにはメトロノームが置いてあった」
野中さんの話を聞いて考え込んでいた一ノ瀬さんが、ようやく思い出した、という顔をして言った。
「メトロノームって音楽の練習のときにリズムをとるのに使うあのメトロノーム?」
僕の質問に、「そう、そのメトロノーム。音楽室以外では使わないよね。今朝何か見慣れないものを見たな、と思った記憶があったんだけど。うん、あれはメトロノームだわ。イーゼルと並べるとちょっと謎の薫りがするわね」
一ノ瀬さんはなんだか少し嬉しそうだ。
「赤間くんの教室には何もなかったの?」
野中さんに質問をされて教室の中を思い浮かべてみた。しかしそんな大掛かりなものは見当たらなかったと思う。何かあれば気づいていたはずだ。
「どこに置いてあったの?」
僕は二人に聞いた。
「教室の前、入り口の脇の小物置場の上」と一ノ瀬さん。
「教室の一番後ろの窓際」と野中さん。
僕は、もう一度自分の教室の様子を思い出した。しかしやはり何も変わったことはなかったはずだ。
一年生の二人に、一ノ瀬さんが「君たちの教室では、何か気づいたことあった?」と聞いた。
二人はそれぞれに散々考えたのちに、「何もなかったです」と答えた。
「何だろね」
そう締めくくる一ノ瀬さんの言葉でこの件は沙汰止みとなり、野中さんは首をすくめた。田崎が紅茶セットを大切そうに片付けると、僕たちはネタ出しのブレインストーミングに戻った。
翌日の朝、僕は自分の教室である五組に向かう途中で、一ノ瀬さんがいる一組と、野中さんの三組を覗いてみた。
確かにメトロノームとイーゼルがおいてあった。念のため自分の教室に入る前に二組と四組を覗いたが、こちらには何ら目立つ変化はなかった。五組の教室に入ると自分の席に着く前にぐるりと教室の中を見回した。やはり何も変わったことはないように見えた。
ところが、昼休みに弁当を食べていると「失礼します」と言って見知らぬ一年生が二人、教室に入ってきた。教室の壁に沿って何かを探しながら一周し、首をかしげて「見つからないね」と言い、そして「失礼しました」と頭を下げてから出て行った。




