田崎ゆみこの演説
翌日は、雪がちらつく天気だった。ずいぶん早い初雪だ。
「積もると嫌だなぁ」
僕が部室から暗い空を見上げると、「この雪なら大丈夫でしょう」と一ノ瀬さんが言った。
田崎が昨日に続いて、自慢のティーセットで紅茶の準備をして、来客を待っていた。
ドアがノックされ、野中さんに先導されて夢ちゃん先生が入ってきた。すぐ後に園芸部にスコップを幾つか借りてきた牛田が続いている。
「今日はすこし時間をください」と僕が切り出した。「たぶん、全部お見せできると思います、タイムカプセルが無事であれば」
夢ちゃん先生が驚いた。
「え、本当にタイムカプセルなの?」
「わかりません。ただ、『何か』がそこにあるのは間違いないと思います」
僕はすぐに先に進みたかったが、ものには順序がある。
田崎が、皆の前に美しい色の紅茶をゆっくりと注ぎ、それが終わるとポットをテーブルに置いた。
それを待って、僕は田崎を促した。あの絵手紙を見た瞬間に解読してしまっていた、彼女こそが説明するのにふさわしい。僕と牛田実は力仕事だ。
「まずこの絵手紙ですが」と田崎がホワイトボードにマグネットで止めた絵手紙に近づいて説明を始めた。静かな室内に優しい声が響く。
「椅子、と、蜂。
蜂の中ほどに、酢がかかっているので、はすち。
二つ合わせると、いす はすち、になります」
そこまで話して言葉を切った。僕はもう一度頭の中に言葉を並べた。皆も同じことをしているのだろう、それぞれにわかったと言うように頷いた。
「『いすはすち』。こんな言葉はありません、意味も通りません。さてと、何か他にヒントはないでしょうか?」
田崎が皆の顔を見た。
牛田が、「その矢印は何なのかな?」と呟いた。
一ノ瀬さんと野中さんも頷く。
「そうですね、矢印が一つ。左向きに書かれています。横書きは一般に左から右に向かって読みます。でも矢印は左向き」
「逆に読むのかな」
牛田が首をかしげながら、「ちすはすい」と続けた。「意味わかんないな」
「一個戻す、ってこと?」と野中さん。
「はい」
田崎が満面の笑みを浮かべた。
「矢印が一本逆向きですから、『いすはすち』と並んだそれぞれの文字を五十音順で一つ前に戻します。そうすると、『い』は、『あ』になります」
興がのってきたのか、田崎は狭い部室の中を歩き出した。
「『す』は『し』に、『は』は前の行に戻って『の』になります」
そこで歩みを止め「そうすると、どうなるでしょうか」と皆の顔を見て問いかけた。
手元のメモ帳に言葉を書き留めていた一ノ瀬さんが、「あし、の、した。足の下かしら」と言って顔を上げた。
「はい、そうです。足の下、です」
田崎ゆみこが笑顔で答えると、牛田実が「えー、でも誰の?」と聞いた。
「そこで、新聞部の部長さんが持ってきてくれた、学校新聞の『編集後記』の登場です」
田崎表情から笑顔が消え、真剣な表情になった。
「先生、手紙を受け取った時に『コラムと合わせて考えてくれ』と言われたんですよね」
夢ちゃん先生が、記憶を確認するように少し考えてから、頷いた。
「コラムの謎かけの答えは、宇手間吉次でした。『合わせて』考えれば、宇手間吉次の足の下、となります」
牛田実が「学校創立者の宇手間先生の足の下? なにそれ」と首をかしげた。「もういないでしょ」
「もちろん」
田崎ゆみこが答えた。
「でも、ブロンズ像があるわ」
顎の下に曲げた指を当てて考えていた夢ちゃん先生が、顔を上げた。
牛田実が、自分で借りてきてテーブルに置いておいたスコップを見た。
「これってそういう意味だったのか」
田崎ゆみこが頷き、僕が立ち上がった。
「ここから先は僕と牛田くんの出番です。先生は、どうしますか?ここで待っていていただいてもいいです、外は雪が降っていますし」
夢ちゃん先生が不安そうな表情になった。
「地面を掘るの? それに二十五年以上も前のことなのよ」
「それは、僕たちも不安です。掘らずに済めば、と思っていますがどうなっているかはわからないです」
昨日の今日のことだから時間がなくて現場をあらかじめ確認するなどということをしていない。そもそも事前に確認しておくなんて仕込みもしたくなかった。とっくに土に還ってしまっているかもしれないし、持ち去られているかもしれない。
それでも、こうやって二十六年前に起こったはずのことをなぞることは、意味があることのように僕には思えた。
「私も行くわ。見咎められたら、弁解する人が必要でしょう」
夢ちゃん先生は椅子から立ち上がった。




