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魔法少女のぬいぐるみは百合の花を眺めているだけでよくないですか?  作者: 苔茎花


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2話:「あなた魔法少女辞めなさい」

真昼視点①:


「あなた魔法少女辞めなさい」

霜月鏡花は言った。

その氷の刃のような美しい声で。

凍てつくような視線で。

氷柱のような鋭さを持った言葉を。

「待って、待ってよ」

鏡花ちゃんは遠ざかる。

私は何度も何度も近寄ろうとするが、近づけない。

「置いてかないで」

鏡花ちゃんは振り返らず、そのまま歩みを止めない。

どうして?

いつもだったら私を待っていてくれる。いつもだったら笑ってくれる。でも、今回の鏡花ちゃんは違った。

「何か気に障ることを言ったのなら謝るから」

「・・・・・・」

こっちは必死に走っているというのにその距離は縮まらず、むしろ遠ざかる一方。

「なんで? なんでなの!?」

その疑問は「魔法少女をやめろ」と言われたことに対して言われたのか、それともこの縮まらない距離に対して言った言葉なのか自分でもわからない。

私は何故かこの光景に対して既視感があった。

「あっ、これ夢だ」

そう気づくと目が覚めた。


 朝早く起き過ぎて、流石にお父さんもお母さんもまだ起きていない。いつもは手狭に感じるリビングも流石に一人だと広く感じる。肩のあたりに寒さを感じて、なにか暖かいものでも飲みたい気分になった。

———コーヒー。

コーヒーの匂いは好きだ。落ち着くし、一息つける。ミルクもいれて砂糖も入れれば、もっと好きだ。鏡花ちゃんはブラックで飲むのが好きだと言っていたけど、そこは未だに理解ができない。

「あっ」

自分でも馬鹿だと思うくらいに過剰に反応した。まるで熱したやかんをわざと触ってしまったかのように大げさに手を引いた。

「やっぱりココアを飲もう」

冷蔵庫から牛乳を取り出し、電子レンジで温めた。

電子レンジの駆動音を聞きながら、オレンジ色に光る四角い箱を眺める。

それが終わるとココアを入れて、ゆっくりと混ぜた。

粉のダマがなくなるまで混ぜるとゆっくりと口に含んだ。

暖かくて甘い味がする。コーヒーだなんだは大人の飲み物だと思われているが、ココアだって負けていないと思う。むしろココアを子供の飲み物だと馬鹿にする人は子供なのだ。選択肢の多さこそ大人の象徴。

そうやって鏡花ちゃんも———。

———鏡花ちゃんも言っていた。

手で抱えるように持っていたカップを机の上に置いた。

「あなた魔法少女辞めなさい」

鏡花ちゃんが言ったことは決して夢などではなかった。

言われたことを夢でリフレインしているに過ぎない。

そして彼女の言っていることが間違っているとは一ミリも思わなかった。むしろ彼女の正しさに反抗しようとしている自分を子供だとすら思う。

私、日向 真昼は魔法少女だった。

だけど才能は全くない。

この間だって命の危機を晒したからこそ、鏡花ちゃんに言われてしまった。それに対して「うん」とも「嫌だ」とも答えることもなく、今日までを過ごしてしまっている。私たちの敵、泥人形と戦うのはいつも命がけだ。なんでこんなに頑張ろうと思えるのか、わからない時も何度もあった。この間だって鏡花ちゃんがいなければ、もしかしたら死んでいたかもしれない。

「早起きしたんダモ?」

私に声を掛けてきたのはお母さんでも、お父さんでもなく、マスコットのゴンちゃんだった。ゴンちゃんはカバと猫を足して二で割ったみたいな見た目のぬいぐるみで、私たちに会うまでの記憶がない。ゴンちゃんに出会ってから、私の魔法少女としての人生は始まった。そして、鏡花ちゃんと一緒に魔法少女をやることになったのだ。

「うん。ちょっと眠りが浅くて」

「鏡花に言われたことを気にしているんダモ?」

「———うん」

流石にゴンちゃんには素直に言いたくて、本音を打ち明ける。

「鏡花ちゃんは素直じゃないから、お前を庇いたくて言っているんダモ」

「———そうだけど、でも、鏡花ちゃんは私を本当に辞めさせたくて言ってるんだと思うよ」

多分ゴンちゃんが言っていることも本当で、私が言っていることも本当だ。鏡花ちゃんは私を戦いの場所から避けさせたくてそんなことを言い出した。だからこそ、本気で言っている。それが優しさでもあり、現実的な提案でもあるだけだ。私だって鏡花ちゃんが一方的に酷いことを言っただなんて思っていない。実際鏡花ちゃんと違って、私は何度も死にそうになりながら、魔法少女をやっている。いつも怪我もせず、敵を倒す鏡花ちゃんと違って、私はボロボロになりながら敵を倒す。この間だって、危うく死にかけた。だから鏡花ちゃんが優しさで言っていることくらいはわかる。

「ゴンちゃんは辞めるなとは言わないんだよね」

「言わないっていうか、辞め方知らないしね」

そうゴンちゃんは笑った。多分気を遣ってくれているのだ。正直言えば、もう辞めてもいいかもとすら思っていた。私たちの敵、泥人形と戦うのはいつも命がけだ。なんでこんなに頑張ろうと思えるのか、わからない時も何度もあった。この間だって鏡花ちゃんがいなければ、もしかしたら死んでいたかもしれない。

でも、続けてもいいなとも思っている。だって私がいなくなったら鏡花ちゃんが一人になっちゃうし。

そこまで思って一人笑いしてしまった。

我ながら主体性がない。

 二階から階段を誰かが降りてくる音が聞こえた。

「わっ、マヒル起きてたの?」

お母さんがお弁当を作るために起きてきた。

「あっ、うん。目が覚めちゃって」

「あんた独り言喋ってた?」

ゴンちゃんの姿、声はお母さんには見えない。というか魔法少女以外には見えないし、聞こえない。お母さんと話しながらゴンちゃんの姿を追うが、どうやらゴンちゃんは黙ってどこかへ行ったようだ。

「さっき一瞬テレビ点けてたからそれじゃない?」

適当に誤魔化しながら、気持ちを切り替える。いつまでもこんなウジウジしていられない。

「そう?」

「今日は時間があるんだし、遅刻しないようにしなよ」

「大丈夫だよ」

そう言ってお母さんに向かって笑った。


 笑ったはずなのに。

「やばい。遅刻する!」

急いで歯磨きをしながら、バックに必要なものを詰め込む。どうして朝ってこんなにすることが多いのか。支度を終えて、時計を見てみるともう家を出ないといけない時間だ。

「だから言ったじゃん! 忘れ物ないよね?」

「大丈夫だよ! 行ってきます」

時間に余裕があったはずなのに、なんでか時間が溶けてなくなった。朝食を食べ終わるまでは余裕だったんだけど、いつもどうしてこうなってしまうのか。

急いで待ち合わせ場所まで向かう。

 しかし、あれだけ急いで家を出たのに待ち合わせ場所に近づくと足取りが重くなった。

「どうしよう。ゴンちゃん。鏡花ちゃんいるかな?」

今更かもしれないが、鏡花ちゃんと会うのが心配になった。

「流石にいるんじゃないか?」

ゴンちゃんは適当に言うが、私としては気になってしまう。

私たちの待ち合わせ場所は少しだけ道が広い道路にある。目印という目印は電柱くらいなもので、待ち合わせ場所といっても私と鏡花ちゃんくらいしかわからないだろう。しかし、遠目から見て待ち合わせ場所にいる様子がない。

もしかしていない?

いや、まあ、あり得る。

喧嘩こそしていないものの、流石に気まずくはあった。多分、その気まずさを感じているのは私だけでなく、鏡花ちゃんもきっとそうだろう。

待ち合わせだって別に何か約束しているわけでも、強制されているわけでもない。鏡花ちゃんも流石にこれ以上は遅刻すると判断したら、先に行くわけだし、今日ここにいなくても不思議ではない。そう思うと足取りが重くなる。

待ち合わせとは言うものの基本的に私が待つことなんてないわけだし、もしチラッと見ていなかったらさっさと諦めて行ったほうがいいのかもしれない。

そう思い、サッと抜けようとした。

電柱の横とかに日本人形みたいな綺麗な黒髪で、光が反射してないんじゃないかってくらい真っ黒な瞳で、いつも真っ黒なマスクをつけている色白の美人さんなどいるはずもなく———。


「鏡花ちゃん!」

鏡花ちゃん小柄だから(気にしているから言わないけど)、電柱に隠れて見えなかっただけでずっといた。

「なに?」

思わず笑顔が零れてしまう。

「いや、見えなかったから先行っちゃったかと思って」

そう言うとまるで私の行動があなたの行動如きで左右されないわとばかりの目をして言った。

「私の行動があなたの行動如きで左右されないわ」

「そ、そうだよね。行こうか」

鏡花ちゃんが歩き出すと私もまたついていく。鏡花ちゃんが左に行って、私が右にいく。私が鏡花ちゃんの半歩前を歩く。それがいつもの歩幅なのだが、今日はすこしぎこちなかった。鏡花ちゃんはいつも通り難しい顔をしながら歩くのに、何が違うのか。

いや、違うのは私か。

いつもは私が話しかけて、鏡花ちゃんが相槌を打ったり、毒を吐いたりするのだ。なのに今日の私は一度も話しかけていない。そりゃあ、いつも通りではない。

「鏡花ちゃん———」

「なに?」

鏡花ちゃんは無愛想だと思われるけど、実は結構表情豊かだ。実は芸人のヒロシが好きだし、偶にネットで海外のブラックジョークを見て爆笑する。私は大抵どうして笑っているかわからないことも多いし、少し普通の人と笑うところが違うけど、それでも彼女の中に感情は存在する。

「・・・・・・」

なのにどうしてこんなにも冷たく感じてしまうのか。

「人の名前を呼んでおいて無視はないんじゃない?」

「え? あっ、ごめん」

不意打ちされたみたいに焦る。どう考えても私が悪いのに・・・

「何言おうか忘れちゃったみたい」

そんな訳ないのに、鏡花ちゃんに笑ってほしくて、マスクで口元が見えなくても、目元だけでも笑ってほしくて、そう言ったのに———

「ふーん」

ただそれだけ。

なんだか歯車がずっと狂っている。

私だけが空回りして、鏡花ちゃんだけが正常に動いている。

気づくと学校に着いていた。

「ねえ、魔法少女辞めろって言ったこと———」

それは少なくとも鏡花ちゃんから発せられるとは露ほどにも思っていなかった。

「本気だから」

それになんて返せばいいのかわからず、ただこう応えた。

「・・・うん」

鏡花ちゃんがその場を立ち去ると後ろからそれを見ていたゴンちゃんが言った。

「気まず、ダモ」

「気まずくはないよ。ていうか何で黙ってたの?」

気まずくはないと言ったものの、実際は少し気まずかった。だけど、仲が悪いと言われたみたいでそれに反論したつもりだった。

「え? だって昨日鏡花ちゃんに怒られたしダモ」

タバコの件。それで黙ってたのか。

「謝ればいいのに」

鏡花ちゃんは怒っても謝れば大抵のことは許してくれる。今回のことだってもしかしたら———

「一体何に謝るんダモ」

全く違う話なのにそれが自分の話のように突き刺さる。

もし、鏡花ちゃんの言ったことを認めて、謝るということは、つまり、魔法少女を辞めるということなのではないだろうか?

「鏡花みたいなのは何が悪いかわかってないと逆に怒るんダモ。白を切った方がまだマシダモ」

それはそれでどうかと思うけど。

「まあ、それは置いておいてお前らそろそろ話し合えダモ」

「それはそうなんだけど」

話し合うって何をすればいいかわかんないし。

「最近のZ世代っていう奴は、自分の意見を通したい時は、パワポにまとめて、プレゼンするんじゃないんダモ? 私が魔法少女をやりたい理由12選をまとめて鏡花ちゃんに突き付けてやればいいんダモ」

「そんなにやりたい理由があったら、こんな迷ってないよ」

「お前さ———」

そうゴンちゃんは何かを言いかけてから口をつぐんだ。

「やっぱ止めたダモ」

「なに? どういうこと?」

まるで勿体ぶるみたいな言い方は好きじゃない。

「いや、お前らの仲に口を出すとの違う気がするんダモ」

そう言われてしまうとそれ以上聞けない。

「まあ、お前らが色々やってるのはわかったんダモ」

訳知り顔でゴンちゃんは頷いた。

「どうすればいいのかな?」

真面目にゴンちゃんに相談したつもりだった。

「それは真昼が考えることダモ」

なのに突き放されたように、返答された。

「もうちょっと考えてくれても」

「———それはしないんダモ」

ゴンちゃんが冷たく突き放す。

「真昼に少しだけヒントをやるとしたら、「できない」んじゃなくて、「しない」んダモ」

「え?」

ゴンちゃんはたまに教師みたいなことを言い始める。それが正しい時も正しくもない時もある。でも、こんな見た目が可愛い癖に、教師面するなんて生意気だ。

「そんなこと言うなら家に入れないんだから」

「ダモッ!?」

待つんダモとか言うゴンちゃんを無視して教室へと向かった。


 そこから私も鏡花ちゃんもこの話題に触れることはなかった。だが、その爆弾をスルーし続けるのも限度があった。

次に敵がやってくるまで。

それまでに決めないといけないのだろうと思っていた。

しかし、その機会がやってくるよりも早く来訪者がやってきてしまった。その来訪者は幸か不幸か私たちの関係性を前に進めてしまうとはこの時はまだ知らなかった。

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