第四十八話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!21
「はじめまして」
半身で振り向く薔薇に、見知らぬ二人組の片方が明るく返した。
「はじめまして! このような場で、こんな形で初対面になってしまったのが悔やまれますよ、防人さん」
名前を知ってる。
薔薇の警戒度が上がる。祭壇の肉塊、今自分が解体した肉塊、そしてリビングの入り口を視界にいれられるよう、二歩下がって、リビングのドアを見る。ほぼ180度の視野角を要するが、リビングの窓側は一応なんもないから、警戒薄めでもなんとかなるだろう。ともかく目に見える脅威を視界から完全に外せない。
そこには、薔薇と同じ春星高校の制服を着た男子が二人立っていた。
二人は、容姿に似通ったところがある。兄弟か、少なくとも血縁者。しかし表情というか、纏う空気がまるで違う。
フレンドリーかつ薔薇の名字を口に出した方は、若干の胡散臭さはあるものの人当たりのよい笑顔、声も早口ぎみだが耳障りがよくハキハキしていて聞き取りやすい。
もう片方は、一体何日徹夜したのかと、この状況にも関わらず心配になってしまうほど目の下の隈がエグい。表情も暗く、何もかもを諦めたイラストのモデルなりそうな陰鬱な虚無に支配されている。マジでどうしたの彼。
「私は、待鳥真名火と言います。アナタと同じ春星高校の二年です。一個先輩ですけど、どうかお気になさらず! こっちの、この世の不幸の大半を背負ってるみたいな顔をしてるのは私の弟の律火。あのネットミームのチベットスナギツネも駆け寄ってきて心配してくれそうでしょ? 恐ろしいことに、ほぼデフォルトなんですよ、この虚無顔!」
立て板に水とは、こういうのを言うのだろう。滑らかにペラペラ喋るが、不思議と聞き入ってしまう。
「待鳥さんって、新市街の人間の方のトップの家の人だっけね?」
「ご存知でしたか! はいまあそうなんですが、名ばかりと言えばそんな感じで、一族として存続してる一番大きな集団というだけでして。身内の恥さらしで恐縮きわまりないのですが、今回新市街が動けなかったのも、その辺の会議だのなんだので上の腰が重くって、B組さんは大変なことになってしまいましたね……とはいえ、私も弟も、今朝唐突にそれに気付いた次第で」
眉を「八」の字にして、びっくりしちゃいましたーと笑う、待鳥真名火。
「防人さんが動いてくれたお陰だと、朝方説明を受けましてね。不思議ですよ。なんで忘れてたのか、自分自身でもなにがなんだかわからなくてちょっと不愉快なくらいです。それはともかく、初動の遅れや、B組の皆様のご心痛、もしかすれば五人の死の責任すらも、我々新市街側のトロくささのせいですね。申し訳ありません」
たぶん真名火も祭壇と、バラバラの肉塊が気になるのだろう。腰を折って謝意を示すものの、視界から外そうとしない。わりと実戦慣れしている。まあ、この状況を見て普通に喋っている時点で、そうなるか。
「本来なら旧飛綿離病院にまつわる忘却関連の呪術は、我が家でもかけてるものなので、ウチの人間は気付けるんですけどねえ……」
「あー、例のアレが関わったから変な風になってた?」
「理解が早くて助かります! メインの術者はさすがに気付いたんですが、別件で家を空けてまして。なにしろ富士山が噴火…」
「…なあ、真名火兄…」
軽快にペラペラ話し続ける真名火に、どっしり構えた薔薇が聞く構えになってこのまま会話が続きそうなのを危惧したのか、律火の疲れきった声が割り込んだ。本当にだいじょうぶなの、きみ。
「話すのは、もう真名火兄の好きにしたらいい。でもここでするのは絶対に違うから。片付けないと」
日本語がわからない者でも、待鳥律火が疲れきっていることを察することが可能だろう。それぐらい、彼の声は重苦しい。
そして、まごうことなく、彼の言う通り。
助けを求めるように血涙を流し唇を震わせる中年女性の首を接合された肉塊、バラバラにされたにも関わらず蠢き続ける血みどろの男。
そして、血と肉片で真っ赤な、リビングルーム。
絶対に長話すべき場ではない。
なぜ、真名火どころか、この防人さんまで、平然と会話のキャッチボールをしているのか。律火には深く考えたり、反射的に突っ込む気力は残っていないらしい。いや、体調は普通だ。異常なのは、たぶんこの二人。
「それもそうですね! 上の許可は出てませんが、先刻のスマホが一斉に鳴った時にさすがに見過ごせないと思って、律火を探して防人さんを追いかけてきたんですよ」
「ふーん。で、どうするか眺めてたんだ」
「ええ。「御山」の現在の主である防人さんに、私、とても興味がありまして…って、うわ」
「おっと?!」
火の手が上がった。
「祭壇」のモノ、動き続ける男、そして部屋中のあらゆるものが、何の前触れもなく一斉に燃え始めた。
火勢は強く、肉も木製品も、金属類すらどんどん焼け崩れていく。
薔薇、真名火、律火の立つ空間を除いて。
普通、こんな猛火の真っ只中にいたら、熱い。息もできないだろう。火が生む熱風に煽られるはずだが、それもない。
「いやあ、ついつい話に花が咲いてしまいますね! 律火のいうとおり、ここから出ましょう!」
にこやかに言う真名火の瞳が、チラチラと金色に光る。
業火に閉じ込められていると言うのに、真名火の余裕の笑顔は揺るがない。まあそれは薔薇もだが。
真名火は優雅に手をリビングのドアに向ける。彼が腕を差しのべると、スッと炎が避けて道を作った。床の焼け跡は無残だが、まだ十分歩ける程度に焼け残っている。というか、床と天井の火勢は、肉塊を黒く炭化させていく猛火と比べてかなり穏やかなようだ。
薔薇が歩き出そうと足を浮かせると、律火が疲れきった声で「ちょっと」と囁く。その瞬間、グローブと靴の裏が燃えた。一瞬で鎮火したが。
片足立ちで靴の裏を見た薔薇は、ほんのちょっと焦げたものの、汚れた血液だけが拭ったように消えていることを確認する。
「え?! すげえ! こっちも!」
「順応が早すぎる」
まだ床についていた足裏を向けると、同じく汚れだけが焼却された。
「すご!! 待鳥さんちは、炎使いなんだ」
「律火は特に細やかなことが得意ですし、炎の浄化力も高いのです。私なんか大雑把でお恥ずかしい限りで」
さっさと律火はリビングから出ていき、薔薇は楽しげに後を追う。その横に並んで笑顔で説明する真名火の背後で、どんどん火勢が強まり、三人の通り道も今度こそ容赦なく焼いていく。それでも、薔薇は熱を感じないし、呼吸も出来る。完全に制御され、三人の周囲だけ安全圏が確保されているのだ。
「上も燃やしちゃいましょうね」
リビングから出れば玄関ドアはとっくに灰になっていて、バックドラフトの心配は絶対になかろう。むしろ、酸素がどんどん入り込んでいるのに、炎は小さいくらいだったといえる。
三人が外に出たところで、一軒屋全体がキャンプファイアのように一気に燃え盛った。そして、やはりキャンプファイアのように完全に制御されている。自然の風と、炎が産み出す風で火花が飛び隣家に被害が及びそうな大火災と化しているにも拘らず、蝋燭の炎のように真っ直ぐ上に延びるばかり。小松家のみが、炎に食われている。
敷地から道へ出ると、火災に相応しい熱波と風を浴びたが、それでもやはり躾のできた猟犬のように小松家にのみ牙を剥いている。この勢いで燃え続ければ、消防が駆けつける前に、すべて灰塵に帰すだろう。よしんば間に合ったとして、多少の金属が残るぐらいか。
薔薇は改めて、新市街随一の能力者一家を名乗る兄弟を見る。
「やるねえ」
「いえいえ。大人の事情で無用の犠牲が出た可能性があります。後始末くらいはしませんと、沽券に関わりますよ」
「上のやつら、忙しかったとはいえ、頭が固すぎる」
笑顔のまま眉尻を下げる真名火と、隈の濃い無表情にわずかに苛立ちを滲ませる律火。
「まあそんなこんなで後手後手はもうコリゴリだとは思いませんか?」
「うん?」
「ええ。私たちは仲良くしません?」
隠したカバンを拾いに歩き出す薔薇の背後についてくる真名火。振り向けば、彼の笑顔は炎で半分が明るく照らし出され、もう半面は暗闇の紗幕がかかっている。もちろん、笑顔は満面のまま。
よくよく見れば、真名火の両目は不思議な青みを帯びた色をしていた。黒や焦げ茶ではなく、金青色ーー紫を帯びた深い青色なのだ。
ニコニコと薔薇に差し出されるのは、スマートフォン。画面には使いなれた、そして今回の呪いの主役だったメッセージアプリの、友達追加画面。
通学カバンを拾い上げ、ポケットにねじ込んでいた使わずに済んだライターなどをとりあえず中に放り込むと、真名火のほうへと薔薇は振り向き、しっかりと相対した。
一瞬、ほんの寸毫、真名火の全身がピクリと動く。しかし、笑顔も差し出される手も揺るがない。
だから、薔薇も満面の笑顔を見せた。
「いいよ」
「ありがとうございます! ホラ、律火も! 同じ学年なんですし、アナタが一番お世話になる可能性が高いのですよ!」
「いやあの、そういうのは本人の意思を…」
「あんたが迷惑でないなら……その、コレから変な連絡が来たらすぐに通報して欲しい」
陰鬱な顔でよってきた律火は、理由が違った。だが、強い意思を宿した眼差しに、なにかこう、同族的な匂いがする…これはーーヤベエヤツが身内や身近にいる者の目。
彼の両目もまた、良く見ると焦げ茶や黒ではなく、深い青だ。夜になる寸前のほの暗い夕暮れ時の色。その深く渋みのある青色が訴える感情を、薔薇は知っている。
「…めっちゃ仲良くしよう」
「…分かってくれると思った」
「こっちからは炎緒兄の情報を提供できるよ。ほら月宮の……生徒会長だって聞いてもう震えが止まらないんだよ」
「とても助かる」
寄り添いあってフレンド登録を完了、挨拶スタンプまで送りあう。
「え?! なんですか?! どうして急に、全力で殴り合った少年漫画のキャラ並みに互いを理解しあってるんです?!」
そういう真名火は、言葉だけは仲間はずれにしないでとばかりの騒ぎようだが、罠にかかった獲物を見る詐欺師と同じ種類の声で楽しげに笑っている。
「炎緒兄には可能な限り近づいちゃダメ。アレはなんていうか、プロのデスゲーム主催者系シリアルキラーだから本来は」
「そういうことなら、真名火兄は劇場型愉快犯系」
「最悪かよ。なんとなく察してたけど」
「私の目の前で言います?」
「だって隠してないじゃん、待鳥パイセン」
「そうだよ。ふだんはもっと巧妙にネコかぶるのに」
「防人さんには無駄かなーと直感がありまして」
燃え盛る一軒の家と、さすがに気付いてーーおそらく魔性の隠蔽作用も炎により浄化されたためーー家々から現れた人々、近づきつつある消防車のサイレンを背に、防人さんちの一人娘と、待鳥さんちの兄弟は、何事もなかったかのように、灰へと還りゆく小松家を後にした。
今回も、ホラー耐性MAXの人がホーンテッドハウス訪問するだけになるかと思いきや……拙作にお詳しい方、あるいは2025年から仲良くさせていただいている青空の住人の方には、なんか見たことある名字と顔が出てきましたね?
はい、親戚です!
多少の説明は次回にて!
ちなみに、「多かった分」の出所は不明です
どこかから持ってきたのか、それとも増殖したのか
わたしは、知りたくないです




