第四十七話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑳
ご丁寧に地図を載せてくれたので、薔薇は小松梨杏宅に十分もかからず到着した。見咎められない程度に走ったこともあって、体は良い感じにほぐれている。
場所は、建て売り住宅が立ち並ぶ分譲住宅地というやつだ。築年数は十年かそこらだろう。新市街開発最盛期に、雨後の筍のごとく増えた「富裕な一般人」向けの住宅街だ。
小松家はそのうちの、ひとつ。一見して、通夜や葬儀の様子はない。しんと静まり返っている。
「うーん、風向きがちょっと危ないけど、言ってる場合じゃないもんなあ」
薔薇の通学カバンにいつもいれてある黒いポーチ。夜遊びセットの縮小版。ギリギリ、出先で被災した時に使えそうなものと良いわけができそうな品々ーー100円ライター、防水マッチ、ジップロック式ビニール袋大中小、防犯ブザーにホイッスル、安全ピン、キャンプ用の薪割りのときなどに使うグローブ、多機能の折り畳みアーミーナイフ(銃刀法ギリセーフの長さ)などなど。
薔薇はズボンのポケットに100円ライターとノートから破った焚き付け用のページ数枚をねじ込み、何度も使ってこなれたグローブをはめた。証拠は残らない予定だが、念のためだ。
不要なものーー通学カバンとスマホは、小松家から一件挟んだ家の脇に置く。隠せそうなところがないので仕方がない。
通りに人影はなく、他の家の庭や窓にも人の姿はない。薔薇の見える位置にひとつだけ監視カメラがあったがフェイクだ。線がどこにもつながっていないし、レンズではなく単なる丸いガラスが嵌め込まれているだけだ。
見ための景色だけでなく、気配も薄い。木々があまりないので、鳥や虫が少ないのわかるが、午後の半ばの住宅街はこんなにも閑散としているものだろうか。まるで夜中のように、人間の気配まで薄くて曖昧だ。
そんなことを考えながら、小松家へ戻り、まっすぐドアへと向かう。
よほど来訪が嬉しいのか。
三歩の余地を残して、ドアは勝手に開いた。
是非とも参列してほしいらしいが、記帳台のようなものも、受付も、案内の人もいない。
小松梨杏の遺体は今朝返されたので、今夜は通夜のはず。だから鯨幕や、家の宗派による装飾があまりないのはわからないではないが、それにしたってなにもなさすぎる。
来てほしいんだか、来てほしくないんだか、よくわからん。
薔薇は口をへの字にして、空いたドアの中へと入っていく。
案の定、バタンと背後でドアが閉まる。どうせ開かないだろうし、まだ出るつもりもないので確かめることすらしない。
それよりも、鼻を突くこの匂い。
昨夜、廃病院で嗅いだ腐敗臭に加えて、鮮血の匂いまでする。
ドアが開いたときは一切察知できなかった。旧飛綿離病院と同じで、建物の中に入るまで、全く嗅ぎとれなかった。
わずかな腐敗臭は、小松梨杏のものだろう。ご遺体の腐敗は止められない。彼女の体は警察に数日保管されていた。でも警察では冷蔵されていただろうし、返還された以上は葬儀屋がご遺体の匂いを消したり誤魔化したりする処置をするものだ。常人はほとんど気付けないほどに消せるものだがーー薔薇でなくとも嗅ぎとれそうな強い異臭がする。
更に厭なのは、新鮮な血の匂い。
まあ、あの動画が現実なら、匂うか。
強い匂いに嗅覚を潰されないよう意識しつつ、改めて家の中を見る。
動画で見た通りの光景。
明かりは点いておらず、それ以上に妙にほの暗い。
動画どおりであれば、リビングに通じるドアから人の声と気配がする。
靴を履いたまま、玄関を上がる。
なにしろ、そこらじゅう血まみれだ。
靴跡は後で消せるだろう。
真っ直ぐリビングのドアへ向かう。
やはり嬉しそうに、薔薇がドアノブに手を伸ばす前に開く。全自動は助かる。グローブの跡を消すことを考えずに済む。
溢れ出る、腐敗臭、鮮血臭、そして狂喜に満ちた声。動画を音声付きで再生していたら、彼の声を聞くのは二度目になったのかもしれない。
「さあ、真愛、もどっておいで、もどっておいで、お父さんのところに!!」
さすがに頬が軽くひきつるが、平静さは失っていない。薔薇はリビングに足を踏み入れた。
リビングとオープンキッチンという広くて優雅なくつろぎ空間は、邪教の儀式部屋になっていた。
ソファとテーブルがキッチン前に積まれて、祭壇の台座となり、その上には…その上には、人としての尊厳を破壊された小松梨杏の遺体があった。
彼女だけではない。薔薇の知らない中年女性の首が、小松梨杏の隣に接合されていた。他にも手足は切り離されて、冒涜的かつ使い勝手の悪そうな意味不明の位置につなげられ、前衛芸術を勘違いした変質者が造り出したおぞましいだけのクリーチャーと化している。
小松梨杏と中年女性の顔立ちは似たところがある。たぶん、母親だろう。
で、たぶん妻子を前にして金切り声を上げている、血まみれ全裸男は父親なんじゃないだろうか。
コレ、再生して見ちゃったクラスの子、いないといいけど…。
薔薇が、「参列」を即断したのは、動画に映っていたコレのためだ。
もう完全にアウト。待鳥さんがいつ来るのか確認をとる間も惜しい。
コンナモノをこのままにしておくわけにはいかない。
二つの女の首が並び、腕や足がデタラメな角度にくっ付けられた冒涜的な肉塊は、生きていた。蠢いている、というのが正確か? というか、生きて、意思などないと願いたいのだがーーふと小松梨杏の母とおぼしき中年女性と目があってしまった。彼女は限界まで目を見開き、血の涙を流し始めた。その唇が戦慄くのを見て、薔薇は考えるのをやめた。
だが女性の顔から視線をそらして、疑念が沸く。
手足と乳房が多くない?
二人分じゃなくないこれ?
もう肉塊を見るのはやめておこう。たぶん、コレを作り上げた狂人を見る方がマシだ。嫌悪と憤怒で、感情を上書きできる。
祭壇の前、ちょうど薔薇の前に跪いて「真愛~真愛~」と叫び続ける中年男性。
全裸を真っ赤に染め上げる血液からは、肉塊を構成する女性たちの匂いが突き刺すように漂ってくる。
平身低頭して祈っていた男が、ふっと顔を上げ、薔薇に気付いた。ああ、耳の形が小松梨杏にそっくりだ、たぶん父親だったんだな。
「真愛?!」
「えっ」
血みどろの真っ裸中年男性は、クワッと目を見開いて、とても嬉しそうに甲走った耳障りな叫びを上げる。
「真愛じゃないか! 真愛ではないけど、これから真愛になってくれるね?! 真」
喚きながら、脇に置いてあった血みどろのハモ切り包丁を掴んで立ち上がろうとしたので、薔薇は手加減なしで男の頭をぶん殴った。普通にキモかったし、もう彼はダメだろう。眼球が、片方裏返り、もう片方も右端によりすぎていた。上唇もなぜかなく、上の前歯は釘と入れ換えてあった。
薔薇は、産まれた時から鋭すぎる五感に加えて、力がとても強い。
手加減なしで殴れば、人の頭程度なら、コンクリートにスイカを叩きつけたように粉砕できる。
ボギャンっと、頭蓋骨と脳みそと顔面の肉が粉々になって、赤く細かく飛び散った。
「お?」
だが、血みどろの全裸で刃物を持った頭のない男は、動いた。包丁を持った手を振り上げる。
「頭やっても動くタイプか」
淡々と事実確認して、薔薇は一歩前へ踏み出して、男の二の腕を掴み、ぶちっと肩口から引っこ抜いた。
しかし、引っこ抜かれた両腕も胴体も動く。
だが、頭を潰しても動いていた時点で想定済。
高速の前蹴りを三発、両膝と胸に叩き込み、膝の骨を粉砕し、全身を部屋の奥へと蹴り飛ばす。膝の骨だけでなく、肋骨の折れる感触もあったが、どうなるか。
それから両手の中でジタバタしていた男の手首を捻り切って投げ捨て、肘も同じくボキッと折って千切り捨てる。
「おお、まだ動いてら」
手首・前腕・二の腕の三つに分断されても、釣り上げられた魚のごとく動いている。薔薇は手を踏み砕いて、指を全部潰す。それでも、肉は無意味に蠢いている。
視線を上げれば、動いてはいるものの、男の胴体と足は膝を粉砕したお陰で、もがくだけで移動できない。
「うーん…普通の火でも浄化作用はあるって鶺鴒が言ってたけど、コレ燃えるかなあ? おふたりさんはどう思う?」
「おや、やはりバレてましたか」
ちなみに薔薇は返り血をほぼ浴びていない。ちゃんと避けている。思いきり血まみれなのはグローブと靴底ぐらいだ。その足跡が来た先、リビングの入り口のドアに、春星高校の制服をきた知らない姿が二つあった。
真愛さんですが、生前は普通の病弱な人間であり、双頭だったり手足がいろんな方向へ生えていたりはしませんでした。




