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第四十六話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑲

 ほどなくして、教室にやってきた折笠ーーさすがに少し、青ざめているーーから、石川大聖、青山宇宙、藤田ここみ、吉村夢奈の訃報が正式に告げられ、強引に日常が再開された。できることはもうないからだ。再度の保護者説明会があるらしいが、何をどう説明するのだろうか。

 裏事情を知る者は、特に薔薇は気楽に日常に戻った。夕映と栄地もだ。学校の通常の授業が終わるまで、久しぶりに呑気に過ごした……そして、再び悪夢に引き戻される。


 帰りのホームルームは暗いものだったが、なにしろできることはない。早々と解散していくクラスメイトたち。特に六人と仲の良かった明るめの層の雰囲気が暗いのでなおさらだ。特に仲良くなくても、高一の新学期に六人のクラスメイトがあんな風にいなくなってしまったのだ、普通ネガティブになる。だが、やれることなどなにもないから、日常へ戻る。


 戻ろうとしていた。


 三々五々、帰宅や部活へ散り行く生徒の中に薔薇と夕映と栄地も混じっている。栄地は帰宅、薔薇と夕映は久しぶりにならんでバイト先へ歩きだし、



 十数台のスマホが絶叫した。



 薔薇がとっさに見た限り、全員クラスメイトだ。

 無味乾燥な初期設定のコール音が、最大音量でのべつひしりあげる。

 数名のクラスメイトが、コール音に負ける弱々しい悲鳴と共にうずくまり、勇敢なものや恐怖で感情が麻痺したものはスマホの画面を見てしまいガクガクと震えだす。

 薔薇と栄地だけが、異様なまでの冷静さでスマホを見て、そこに表示された名前に、激しい怒りを無言で燃え上がらせた。


 小松梨杏。


 だが間違いなく、送信者は彼女ではない。彼女は利用されているのだ。薔薇たちクラスメイトの繋がりとして。

 そういえば、小松梨杏が「あちら」へ行ったかどうか聞いていない気がする。鶺鴒はたぶん言ってなかったし、薔薇のもとへ来たのは吉村夢奈と日野凱斗だ。


「栄地、あと姫川くんも、みるな」


 ふだんとは思いもよらない、鞭打つようなきつい命令口調。薔薇は返事を待たずに、通知をタップ。

 連絡先を一度も登録したことのないクラスメイトから、メッセージアプリに届いたのは動画ファイル。


「……サムネが違う」


「え?」

 最初に見える静止画が、今までの突撃動画と違う。あれは、自撮り棒を使った六人の楽しげな笑顔で始まる。何度も見た。もうこの世に存在しない六つのキラキラした笑顔。


 しかし、いま届いたものは違う。


 家のドアだ。説明が逆に難しいくらい、普通の、ドア。


 薔薇はスマホの音量ボリュームをゼロにし、マナーモードになっていることも確認した上で、スピーカー部分を手で覆って、指を動画に伸ばす。


 タップ。動画再生。


 もともと無音だったのだろうか。

 いやさすがにスマホの機能が優先されたのか。

 ともかく、無音の動画内で、ドアが開く。

 ドアの先は、ごく一般的な、たぶん建て売りの一軒家の玄関。クツ箱、その上のなにやら小物類、上がり框に敷かれた小さな絨毯マット、来客用と家族用とおぼしきスリッパの入った棚、二階へ続く階段、いくつかのドアとそれらを繋ぐ廊下。


 録画者の一人称視点で動画は前へ進み、ひとつのドアを開く。ドアノブは、誰の手にも触れられることなく動いた。


 部屋は、たぶん、広々としたリビングだったのだろう。


 動画内では、一家団欒の片鱗は全くなく、かつてあったとも思えないような惨状が映し出されていた。

 舐めるように部屋全体を映した動画は、最後に小松家への簡単な地図を表示し、「式にご参列ください」との文章が添えられていた。


「防人……それ……」

「?! みるなって言ったよね?!」

 青くなっている夕映に、薔薇は思わず鋭い声を発してしまう。

「見てない! でも、()()()()()()。それは、「こっちをみてない」!」

 だが、夕映は薔薇には全く怯えることなく、しかし「みえるひと」として、またしても助けてくれた。


「……じゃあこれは、旧飛綿離か」


 遠雷のごとく低く、威嚇の限界に来て攻撃体勢に入った猛獣の唸りが、薔薇の歯の隙間から押し出される。


「栄地、姫川くんも、動画は見ないで消して。あと栄地は鶺鴒に電話して「式に参列する」って伝えて。姫川くんはバイトへ予定どおり行って同じこと店長に伝えて」


 反論を許さない異様な圧を伴う早口で二人に頼む。もはや命令に近い。もう薔薇は決めている。止めることは不可能だ。


「それはいいけど、もう今度こそオレも行くよ?」

 動画を消して、栄地が応じる。赤茶色の瞳が、赤い燐光を放ち始めている。

「ダメ。あたしが失敗したときのためと、今後三年新市街に通うんだから、勝手にするのはすでにやってるあたしだけでいい……今回は」


 栄地の赤く瞬く瞳が、輝きを増した。薔薇は今回だけはスジを通すつもりだ。でも、もう、次はない、そう決めたらしい。


「……そう。でも、どうするの?」

「早めの火葬」

「ああ、なるほど」

「うん。それにもう、次があったら、白夜にもチクって暴れよう?」


 薔薇が()()()


 焦げ茶色の瞳が、背筋に悪寒を伴うほどに無慈悲に見開かれている。

 人間性の欠片もない、不満が頂点に達したときの、危険極まりない、悪鬼羅刹の笑顔。

 栄地の期待どおりだ。思わず笑みがこぼれてしまう。絶世の美貌に、目映い赤い瞳、そして魅惑的な唇を割るように太い犬歯が覗き出る。

 ここに、幼馴染みのひとり緋水がいたら、「全面戦争確定かあ」といってスーッと逃げ出し始めるだろう。

 栄地は違う。大人しい性分だが、彼は本質的には荒ぶる存在だ。だが、ここは新市街。天狼川を境に、月宮の縄張りではない。川のこちらのあれこれは、夢殿一族が担うのが、数百年前にこの地に根付いたときよりの「掟」。月宮の直系である栄地が勝手なことをするのは、自衛といえども、政治的に、そして神秘の事象にまつわる理にすら影響が出る可能性がある。あの超問題児の兄・炎緒ですら大人しくしているのが、問題の根深さを物語る。

 そして、今は他のクラスで、この事件を認識できていない刀塚(なたつか)白夜も同じ立場だ。中学の頃なら、とっくに白夜に頼るし、三人で旧飛綿離病院など更地にし、さっさと平和な日常を取り戻したことだろう。

 薔薇は、大人たちの間やその他のしがらみ、規則、掟による不自由さから、ずっと栄地と白夜の「立場」を守りながら、この四日間を過ごしてきたのだ。


 でも、もう「次」はない。


 だがきっと、「次」は起こるだろう。


 その時は、もう薔薇は怒られようがなんだろうが最初からフルパワーで暴れる。そう、()()()()()()()()


「姫川くん、だいじょうぶ?」

 栄地がワクワクしている隣で、正反対の反応をしている夕映に薔薇は優しく声をかけた。さきほどまでとうってかわって、いつもの他者を気遣う穏やかな声音。心配そうに首を急角度にして見上げる。栄地も見上げるような大きな体は怯えていた。

 なにかーー薔薇の背後から、震えながら顔を背けている。


「こわいものがいるんだね」

 敵への憤怒と、友への労りを含んだ、はっきりとした問いに夕映は生唾を飲み込みながらうなずく。

「たぶん……たぶん小松さんだ……でも、()()()()()()()()()()()()

「だろうね」

 うんざりした様子で、薔薇は通学カバンを肩に掛けなおす。

「まあ、なんかダメだったら、後頼むわ」

「任せて。大暴れしてあげる」

「それ昨日も同じこと聞いた気がする。超任せる。姫川くんも気をつけてバイト行ってね」

 喜色満面の幼馴染みの美しいキラキラエフェクト(心象が生んだ幻覚)に苦笑してから、薔薇はいつもの調子で夕映に向かって手を振り、踵を返そうとする。


「あ、ああ……防人、店長には伝える、ちゃんと。でも、もうこんなの防人の責任じゃないんだろ? だから、ダメそうなら、そのなんか月宮が暴れる前に逃げてこいよ? 防人だけが頑張らなきゃならないのは、おかしいだろ」


 大きな拳をギリギリと握りしめて、恐怖と、「自分はなにもできないという現実」に耐えながら、夕映は必死に言葉を振り絞る。

 どうも栄地は普通の人ではないようで、本当ならきっと薔薇について行って共に戦えるのだろう。昨夜の幸広のように。でも、夕映にはそんな力はないのだ。

「……大人のする事って、だいたい後手だし、わけわからん裏事情あるし。先に突っ走って怒られるのには慣れてるから、お任せあれ」

「隠蔽工作もどんどんレベルアップしてるから、何にも心配いらないよ姫川くん」

 謎に胸を張る薔薇と、やはり謎のフォローで魔性の美しさを輝かせる栄地。

 強者の余裕綽々の不敵な姿に、夕映はなぜだかちょっとだけ怯える自分がアホらしくなった。ほんのちょっとだけだが。

薔薇の座右の銘は、「巧遅より拙速」

あの「冷たい記憶」以来、ずっと「早くやっておけばよかった」と後悔していますし、そうならないように生きています

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