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第四十五話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑱

 鶺鴒から電話。

 不吉な予感しかしないが、本人が現れるよりは一段階危険度が低い。いや、さすがに高校に現れるわけにはいかないからだろうか。

 そもそも空き教室にきたのは兄に電話するためだったと今更ながらに思い出し、薔薇は通話ボタンをタップ。


『もしもし? 姫川くんにも聞いてもらっていいよ』


 もう慣れてはいるが、鶺鴒からはなにもかも丸見えなのは若干うんざりする。あらゆるもののなにもかもがみえているので、プライバシーに関わることや言ってはいけないことの線引きはしっかりしているが、たまに浮草のような暴言をぶちかますこともあるので油断できない。

 ともあれ、薔薇はスピーカーをタップして、夕映も聞きやすいようにスマホを手のひらに乗せ、ふたりの間でとどめる。


『お話しするのは初めてだね。はじめまして、姫川夕映くん。オレは薔薇の兄の防人鶺鴒。今度ウチにきたとき、怖がらせないからお話しようね。みえるひとあるあるとかさ。でも今はそれどころじゃないのが残念だ』


 名指しされた上に、明らかに先ほどの会話内容まで知られていて、夕映の精悍な顔がひきつる。怯えた目で薔薇を見ると、彼女は珍しく全てを諦めた暗い笑顔で、外国人のごとく大仰に眉を左右非対称に歪めて、肩を上下させた。あとで、こういう生き物なのだともう少し説明してあげようーー余計怖がらせることになるが。


『まず、吉村さんたちの死の原因は動画関係ではない。彼女たちは、なんというか本来の運命で死んだ。旧飛綿離病院の呪いだよ』


「ん?」

「あ。そうか。動画から「みてる」ひとの呪いが解決しただけということですか? 解決しきれていないけど」


『そういうこと。オレも「みてる」ひとに気を取られ過ぎて、忘れてたよ、彼らが一体どこへ入り込んだのかってことを。「みてる」ひとの影響力が強すぎて、旧飛綿離病院の本来の力は抑え込まれていた。だから完全に見落としてしまった。薔薇がスマホを壊して、日野くんを思い出させたことで、「みえる」ひとの力が弱まって、多くの人は助かった。だから、吉村さんたちは、元々の運命に追い付かれたんだよーー旧飛綿離病院の呪いで、病院に取り込まれて死ぬという運命に』


 雨が降ってるから、傘とレインブーツを使おうーーとでもいうような、当たり前のことのように言う鶺鴒。


 やっぱり、鶺鴒的には吉村さんたちは死んでもしょうがないと思ってたわけか。外さんの介入で、うっかり忘れてたのも本当だろうけど。


 薔薇は、表情筋ひとつ動かすことなく、スマホを見つめる。夕映の視線を横顔に感じる。


「ええと、つまり、スマホを壊したりしたのは関係あるけど、関係ない?」

『そうなる。本来ならあの六人は病院内で死ぬはずだった。そもそも、日野くんのように()()()()()()はずだった。でも、動画を撮って、それをクラスメイトに見せようと決めたときに、「みてる」ひとが「どうがをみてほしい」と前のめりになったおかげで、生きて病院を出られたんだよ』


 本来なら病院内で死に、忘れ去られるーー昨夜幸広と病院で感じた大量の腐敗臭、しかし()()()()()()()()()()は、そういうことか。


「あれ? あたし普通に出てきたんですけど。幸ちゃんも」

『それは、薔薇だから出られるよ。いつものこと。幸広は、薔薇が手に持ってたから』


 なるほど。

 ということはやはり、薔薇にまで物理的な影響をもたらした外さんは、本当にとんでもないもののようだ。


「つまり、そ…「みてる」ひとの影響力で先延ばしになってた、旧飛綿離病院の呪いで、吉村さんたちは死んだんだよね? それって、あたしが殺したことになるよね」


『それは違う。旧飛綿離病院へ入ったのは、本人たちの判断と意思で、今回はイレギュラーだっただけだ。むしろ、迷惑が拡大してる。本来なら、残酷ではあるけど、あの六人が怖い思いをして死ぬだけだった。そして、彼らが()()()()()()()()()()を忘れ去られたんだよ』


「あ! ()()()()()()()()()()()()


 鶺鴒の説明に、夕映だけがついていっているようだ。薔薇は眉間にシワを寄せて、あからさまにワカランという顔をしているが、話は進む。


『そういうこと。石川くん、青山くん、藤田さんも、病院に取り込まれることなく、家族の手で葬儀をしてもらえるし、ちょっと早めだけど無事に旅立ったよ。なにしろイレギュラーだったからね』


「……つまり?」

「ええと、本当なら吉村さんや石川くんたちは、旧飛綿離病院の呪いによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだったんだ。でも、「みてる」ひとのせいで、病院から出られたし、誰にも忘れられずに済んだ。だから、成仏できたんだよ。本当なら……あの病院にずっと囚われる」

 夕映が言い方を変えてくれたので、やっと薔薇も腑に落ちた。結果的には死ぬ運命だったが、マシな死に方ができた。


 ()()ら、()()()()()()()()()()()()


 薔薇的には、死んだことには変わらないのだが、「みえるひと」たち的には大きな違いなのだろう。とりあえず、一旦呑み込むことにする。


「なるほど。つまり、本来なら金髪タテロールメイドさんは来なかった?」

「うん、そうなる」

『古風なというか、19世紀の英国にいそうなロングスカートのメイドさんだった?』

「!! そう! そうです! 「光の中にいるひと」は、知ってたんですけど、あんなはっきりみたのは初めてだし、それ以前にメイドさんなのに金髪タテロールはおかしいじゃないですか。だから久しぶりに、自分の目を疑いました」

「本物のメイドさんなら、髪は邪魔にならないようにまとめるはずだもんね」

「そう!! そこなんだよ!!」

 珍しく大きめの声で訴える夕映。よほど衝撃だったに違いない。薔薇の指摘に、激しく頷く。

 ツッコミが不足しているが、日常が異常なひとたちの会話である。さもありなん。


『あの「かたがた」のあいだで、最近流行ってるんだよ、メイドさん。ちなみにメイドさんだけじゃなくて、老紳士風執事、片眼鏡美形執事、女装、男装、色々豊富だよ』


 まさか、金髪タテロールメイドは、わりと普通枠だったのか。キュートな美少年女装メイドさんとか来てたら、薔薇もみたかったと歯軋りしているところだ。


『そういうわけで、薔薇と姫川くんにとって現在残っている問題はひとつだけ。小松さんの動画だけだよ。幸い拡散されずに、彼女のスマホの中の動画ひとつだけだから、あとは流石に新市街の人たちに片付けてもらう。まだ不安はあるし、クラスメイトを六人も失ったけれど、一段落だよ』


 高一の一学期に、一学年から11人失うとは。なかなかハードモードな始まり方をしたものである。

 ふっ、と浅くため息を吐いて横目に見ると、怯えをはらみつつも心配そうな精悍な顔が薔薇を見ていた。


「ま、正義の味方でもヒーローでもないから。気にしないよ。いやヤバかったのは気にするけど」

「あのな、成仏して「あっち」へ行けるのって、普通のことだけど、でも当たり前じゃないんだ。だから、その、やっぱり防人は、()()()を助けたんだ。本当に、そうだから」


 夕映の精悍で鋭い目付きは、一見して迫力があって怖い。でも、よくよく見れば眼差しそのものは、とても優しくて、内面も繊細かつ臆病であることは、短い付き合いでもわかる。そして、こんな異常な薔薇のことを、本気で心配してくれている。


 自分には、そんな優しさはないし、返せないから勿体無いなあ。


 なので、とりあえず、夕映に安心してもらうためにも、「うん、分かった」と頷いて見せた。まだ少し気にしているようだが、踏み込みすぎない距離感の取り方も、夕映は心得ている。本人は元苛められっ子で三年間引きこもりのコミュ障だと思い込んでいるようだが、薔薇は全くそんなことはどうでも良い。薔薇にとっては、大きくて優しい頼りになる、繊細な生き物だ。


 目を合わせて頷きあうと、見ていたかのように鶺鴒が話を再開した。


『まあそういうわけで、新市街の方にはそろそろ本気で動いてほしかったから、「みてるひと」の名前を正式な発音で言っておいたよ』


「えおあ?!」

「?! え、なに、怖い話?!」

「名前聞いただけで、あたし、耳から血ぃ噴いた!」

「ええええええ?!」

「鶺鴒?! ナチュラルに怖い話を姫川くんにするのやめてよ?! あたしはその手のやつ、ほぼ効かないのにああなった話だよ?! 危ないじゃん!!」


 わりと強めの怒声を張り上げる薔薇。青白さを増す夕映。


「オレ、けっこうヤバいもの「みようと」しちゃってたんだな…」

「はっ! そうだった! 今さらだけど、体だいじょうぶ? こわくない? 具合悪くなってきてない?!」


 外さんの存在を一番はじめに口にだしたのは夕映だ。なんらかの異変が起きていたら、いったいどうすれば。

 珍しく狼狽しかける薔薇に、夕映は首を左右に振る。

「いや、なんともないよ。動画が届くのが恐かったぐらいで、実際怖いものは「みて」ないんだ」

 だから平気だと、精悍な容貌に似つかわしい、本来の彼らしい頼りになる微笑みを浮かべた。薔薇は一気に気が抜けたが。


『二人ともが危険を感じないということは、とても安全ってことだよ。だからこうして同時に聞いてもらってる』


「「なるほど」」


『それにね、姫川くん、きみは自分自身が思っているほど弱くなんかない。きみの、それは強さの証だから、()()()()()()()()


「え? あ、はい…?」


 スマホ越しの鶺鴒が、珍しく感傷的な湿った声で夕映を褒めたので、ひそかに薔薇は驚いていた。めったに鶺鴒は「人間」を認めるようなことは言わないのだが。


 一方、たぶん褒められただろうと理解した夕映も、意味が分からず当惑していた。相変わらず怖がりで、なにもできない役立たずなのに。

 薔薇を追いかけてまで、吉村と日野の言葉を伝えられたのも、言われているのが薔薇だったからだ。彼女は、夕映が霊感が強いことを知っているどころか、まるで普通のこととして受け入れてくれている唯一無二のひとだから、吉村たちの「ことば」を信じてくれると、思ったから。こわくなかったからだ。

 二度もはっきり守ってもらい、今もこの異常事態を解決するために動いている。そんな人に、お礼の言葉が届かないなんて、理不尽だ。せめて、それぐらい貰うべきだ。そして、伝えられるのは、夕映しかいない。だから、ちょっと殺気立って歩いていったけれど、勇気を出して着いてきただけだ。まさかの反応と、その後の出来事には面食らったし、脳内は未だ軽くパニックだが。


「じゃあ、やっと事の深刻さが伝わったんだ? あたしの越境行為というか独断専行は、見逃して貰える感じ?」

『そうだね。どう考えても自衛だし、名前をきいた人はそれどころじゃないし』

「耳から血出た? もしかして死んだ?」

『あはは、さすがに命までは。向こうもプロだし。まあでもしばらくは、不眠か眠れても悪夢に苛まれるんじゃないかな』

「鶺鴒、姫川くんが怖がるから、もうやめて。あたしも怖いです。ちなみに一番怖いのは鶺鴒だから」


 夕映が首を縦にブンブン振って同意を示す。絶対にこれ以上詳しく聞いてはならない、と夕映の第六感が警鐘を鳴らしまくっている。薔薇は、夕映を我が家に招くときは鶺鴒を縛り上げて仕舞っておくことに決めた。


「あー、じゃあもう、とりあえず、あたしはなんもしなくていい? おまかせ?」

『ああ。彼ら六人のところには、待鳥さんたちが行って細かいことは処理してくれる。小松さんのほうも、葬儀を終えて落ち着いたらスマホを壊しに行ってくれるそうだから、耐えきれるよ』

「………めっちゃ急いでほしいな」

『当事者はそうなるよね…でも、この前も言ったけど待鳥さんもサボってるわけではないから。で、旧飛綿離病院のほうは、オレや流火さんや、夢殿・待鳥の最高戦力が揃い次第行くよ。万が一、小松さんのスマホから被害者が増えても、それはもう薔薇の責任を越えてる。そもそも新市街の住人が起こしたことだからね』

「じゃあ、今日は心置きなくバイトへ行ける?」

『うん。二人とも、お仕事頑張って。オレも頑張るから…』

 鶺鴒のあまりにも厭そうな口ぶりは珍しい。外さんは、そして旧飛綿離病院の「穴」は相当に厄介なのだろうことが伺える。

 長年手をつけられないレベルの禁域に、名前を音にするだけで人体に害をなす存在に対応するのだ。たぶん、ごく当たり前に命がけなのだろう。鶺鴒たちがいるのは、そういう業界で、彼ら彼女らが多大な犠牲を払ってくれているからこそ、わりと簡単に壊れる日常は守られている。

「お給料で、なんか美味しい甘いもの買ってあげるからね。なんかほら、あの、通販で買えるやつ。美味しそうって言ってたやつ」

『ありがとう、頼んだよ。それじゃあね、薔薇。姫川くん、妹のこと、よろしくね。すぐに腕力で解決しようとするから…』

「あ?」

「え?! あ、え、はい?!」


 そして通話は切れた。


 大きな体を、小さく体育座りにしていた夕映が薔薇に訊く。

「……部分的にわからないこととか、まあまああるんだけど、これ以上は知らないのが一番?」

「そうだね、あたしも半分くらいわかってないし。世の中、知らない方がイイコトが多いから…特に、あたしら情報源多いから」

「だな……」

「はぁー、でもバイトに行ける! 良かったー! 現金収入ー!!」

「そうかもう、四日ぐらい出られてないのか……まだ、あの日から四日ってことのほうが驚きだけどな」

「そうだよ、まだ週末になってないんだよ、ヤバくない?」


 薔薇と夕映は、制服の埃を払いつつ立ち上がり、久しぶりにお互いの表情が綻んでいることに、ほのぼのとした嬉しさを感じた。



 しかし、戻った教室の混乱と陰鬱さは変わっておらず、黒板には「自習」の殴り書き。半数の生徒は元から休みか、早退。残っている生徒も幾人かの塊になって、泣いていたり、怯えていたりする。

 数少ないひとりだけでぼんやりしてる生徒のうち、栄地だけが二人の帰還に気付いて、アイドル並みの美貌に問うような表情を浮かべる。見慣れていなければ、美少年に見つめられたとしか考えられない輝かしさだが、薔薇はちゃんと彼のあまり変わらない表情から疑問符を読み取り、笑顔でサムズアップしてみせた。栄地は、今度ははっきり驚いた顔をしてから、疑わしげに眉を潜めて、その美しい眼差しを夕映に向ける。

「確認とろうとしてる?!」

「え?! オレ?! え、あの、本当? だよ?」

「姫川くんが言うなら信じて良さそう」

 席に歩み寄る二人に、栄地の可愛らしさと麗しさが絶妙にブレンドされた微笑みが返される。

「なんでさ!」

「薔薇は嘘はつかないけど、本当のこと言わないことがあるから」

「むむう…」

「そうなんだ」

「そう。だから気をつけてね」

「栄地、姫川くんのあたしへの好感度下げないでくれる?」

 この教室の中、三人だけだかアホらしいかけがえのない日常が戻った。ほどなくクラス全体にも、学年にも学校にも戻るだろう。六人もの人命を失っているがーーあとは、大人にやってもらう。

 できることをやりきったなら、人は日常へ戻らねばならない。それが、危険を冒して日常を維持し守るひとびとへ返せる唯一無二の「お礼」なのだから。




 そして、薔薇は今日もバイトへ行けなくなった。

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