第四十一話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑭
薔薇は夜遊びセットから応急手当キットを引っ張り出して、幸広の両手を簡単に手当てする。最近は防災関係で役立つものがワンセットで売られていて、とても助かる。リュックに入っていても、「出先で災害に遭遇することがあるから」と持ち歩く人も増えているので、何とも思われない。薔薇自身には不要だが。
なにしろ、大抵の怪我は爆速で治るし、そもそも頑丈なので怪我をしない。バールのようなもので殴られても、バールのようなもののほうが折れるし、暴力に慣れてなければ殴った方が怪我をする。
だが、薔薇以外の家族は普通だ。みんな、なんかの拍子に怪我をする。だから、手当ては得意だ。
手際よく手当てを終えて、今度は水のボトルを開けて濡れタオルをつくって顔面をふく。さすがにこの顔で歩いていたら、ホラー映画のクライマックス過ぎる。乾ききる前だったので、簡単に拭い去れた。
こうして身繕いを終えると、薔薇一人で青いビニールシートを抱えあげた。幸広は想定外に手を負傷したし、人一人分くらい、彼女にとってはどうというものでもない。
中身は死体だが、それも別に気にならない。
いつか必ず、死体になるんだし。
深夜にコソコソ死体の運搬なんて、「普通の人」にとっては悪夢でしかなかろうが、薔薇と幸広にとってはーー梱包の手際から推して知るべし。
薔薇が口頭で道順を説明し、幸広が先導して人を避けて、無事に日野家のあるマンションにたどり着く。何年も、たぶん生まれたときから住んでいるマンションなのだろう。幸広も容易く追えるほど、はっきりと日野凱斗の匂いが染み付いていた。
住み慣れた我が家に、帰ってこられた。
深夜である。
人目と監視カメラを警戒しつつ、上手く避けて、ミッションは完了した。
日野家のドア前にて、青いビニールシートとロープを外して、日野凱斗の遺体を横たえると、幸広がシートとロープを纏めながら撤退を始め、薔薇はインターフォンを連打。むろん、カメラとボタンをハンカチで覆ってある。
家の中からドアに向かう人の足音を聞き取ると、薔薇はダッシュで、幸広が隠れ潜む階段の踊り場へ逃げ込む。静かにシートを畳んでいると、ドアの開く音。少しの間のあと、マンションを揺るがすような悲痛な叫び声が上がる。日野家にとって、恐怖と混乱と、なにより悲嘆の夜の幕開けだろう。
だが、彼は家に帰れたのだ。
泣き叫ぶ家族の声を確認して、薔薇と幸広は「だあー、疲れた」と異口同音に囁いて、帰途についた。
◆ ◇ ◆
「ふたりとも、すぐにお風呂に入って」
「ギャッ?!」
「うわ、なんですか」
玄関開けたら、仕事中のはずの鶺鴒が真顔で待っていて、薔薇は本気の悲鳴を上げ、幸広もたじろいだ。
「あとでちゃんと話すし、夜食の用意もしておくから」
二人を引きずるようにして風呂場へ向かう鶺鴒。非力な彼が、化け物並みの筋力の薔薇と幸広を引っ張るのは、一重に鶺鴒の真剣さに二人がドン引きしてされるがままだからだ。
まあたしかに、一応拭いたとはいえ薔薇は顔面が一時血塗れで垂れ流された血は黒のジャージに吸われているし、幸広の手もちゃんと洗ってもう一度手当てをしなおし、明日は病院はいくべきかよく確認しないとならない。
それになにより、「忌み地」へ行ってきたのだ。「みそぎ」が必要なのだろうとは察しがつくが、こんなに鶺鴒が急かすのは珍しい。ていうか真剣な鶺鴒、というのが心底怖い。
「どっち先入る?」
「薔薇の方がまずいんじゃ…いやでも狂いかけた俺の方が危ないのか?」
「二人が気にならないなら、いっしょに入って、とにかく早く水に流して」
世間一般からすれば、思春期真っ只中の男女に、一般的な広さの風呂に混浴するよう家長が命じるという、すわ虐待かという発言だが、言っているのは鶺鴒である。
そして、薔薇と幸広は、この世の何よりも真顔の鶺鴒が怖い。
「ラジャりました」
「はい」
二人はさっさと服を脱ぎ捨て、幸広の手からは応急手当の包帯やガーゼも取り払い、今夜一番の俊敏さで風呂場へ飛び込んだ。
◆ ◇ ◆
幸広の片手は、指にヒビが入っているようだったが、利き手は使えたので頭と体は自分で二回しっかり洗い、両手は薔薇が洗った。念入りに。幸広は、たぶん物凄く痛かっただろうが、無言。
で、幸広が湯に浸かると(湯量はたっぷり、ちょっと熱いくらいの湯加減ではってあった)、薔薇は長い髪をほどいて、念入りにシャンプーを泡立てて洗い、ふだん使わないトリートメントも念入りに刷り込み、目から流れた血でうっすら汚れていた首から胸元はもちろん、全身二回洗った。
湯気がほんのり漂う浴室に、泡が舞うほど泡立てまくったため、しっかり流してもまだ泡が消えきらずに残っている。
薔薇が濡れ髪をしぼり、ヘアゴムで器用にぐるりとひねって頭上にくくると、幸広と対面になるように湯船に入った。浴槽はわりと広めなので、二人でもゆったりつかれる。
「…塩が入ってる」
「えっ」
「手にめちゃくちゃ沁みる…岩塩砕いたのかな。少し底がざらつかないか? 湯船に塩は近年のやり方って聞いた気もするんだけど、とにかく本気は伝わるな」
「……ねえ幸ちゃん、このあと、部屋の四隅に盛り塩を置いた部屋にこもって、朝までなにがあっても開けちゃ行けないみたいなの始まる?」
暖かい湯船に浸かっているのに、今夜一番の絶望を満面に張り付けて震える薔薇。幸広も眉間にシワを寄せて、
「あ、でも、俺が作っておいた夜食は食べられるみたいだったぞ。用意しておくって言ってたし」
「ごはんがあるんなら、いいや」
「いいんだ…」
「だって幸ちゃんが作ってくれたお夜食だし……あー、お香とか焚かれてないといいけど」
「前にもらったって言う、「蘭奢待」が焚かれてたら、俺は泣き出すかもしれないけど。怖くて」
「なにそれどういうこと。お夜食食べられないくらい怖いの? え、やだむりかも」
ちょっと熱いかなと思っていたお湯だが、二人の寒気は増すばかりだった。
◆ ◇ ◆
いつまで経っても子どもたちが風呂から出てこないので、鶺鴒が見に行くと、想像を逞しくした子犬がお湯の中で震えていた。帰宅時の自分の態度が、ちょっと怖がらせ過ぎたらしい。
手を仰いで、食卓の香りを届けてあげると、薔薇が湯船から躍り出てバスローブを羽織って走り去る。祓いのお香の香りがしないことに安堵した幸広も続く。
いったんキッチンで風呂上がりの麦茶を一杯飲み干した薔薇と幸広は、きちんと体を拭いたあと、ダルダルのTシャツと腰回りがゴムの楽なズボンを着て、リビングへ戻ってきた。
幸広の手は、やはり手慣れた薔薇によって手当てされた。幸広本人は「医者はいらないかなあ」とか言っているが。
着ていったスポーツジャージが、薔薇の血は専用洗剤で洗われていたものの、普通に洗濯されており、焼いて浄化されてなかったことも、薔薇と幸広から恐怖の妄想を拭い去った。
ビニールシートと紐は、明日、いつもどおり庭に穴を掘って焼けばいいとのこと。
リビングの食卓には、バカデカイおにぎりの山と、インスタントのスープ、ちょうどレンジで解凍されたタコ焼が並べられた。
ソースの香り、出来合いとはいえ味噌の香りの暖かさに、薔薇と幸広の鼻腔が幸せに満たされる。
おにぎりも、とにかくお腹いっぱいに、という目的のもと、おにぎり用ふりかけと、王道ゆえに絶対王者たる塩おにぎりのみ。家を出る前に幸広が、途中から薔薇も手伝って準備していったものである。
世界最高の食卓。
いつもの椅子に座り、薔薇は元気いっぱいに、幸広は常のごとく厳かに「いただきます」と手を合わせ、まずはお味噌汁をひとすすり。そこから、おにぎりに手を伸ばす。薔薇は、両手に一個ずつという、アニメでしかみないようなスタイルである。
「ふたりとも、なんだか怖がらせてごめんよ。あまりにも「異界」の空気が絡みついてたから、さすがに良くないと思って。でも、完全に成功だよ」
対面に座った鶺鴒は微笑む。平常運転の笑顔だ。優しくもあり、どこか騙されているようでもある、謎を帯びた不思議な笑顔。彼もコップ一杯の麦茶を手元に置いているので、説明してくれるつもりらしい。
おにぎりを、どうやってか二つ同時に食べ終えてひとごこちついた薔薇は、家の中の気配を探る。浮草は自室でスヤスヤ寝ている。「店」にはダレカきているが、君影ーー防人家で12年共に暮らす猫の気配もある。接客を任せているのだろう。
「さっきのお風呂ね、あれは色んな「ヨゴレ」を水に流してもらったよ。廃墟の埃から、外さんの「視線」まで、全部ね」
一部、意味不明の単語があったが、薔薇と幸広はおにぎりをムシャることに専念する。
「でも、日野くんは「帰ることができた」し、動画もひとつこの世から消えた。外さんが、こちらを覗けるのは、残りの動画ひとつだけ。これなら、なんとか、もうほとんど大丈夫」
当初の予定どおりということだ。
「幸ちゃん、タコ焼、半分こっつね」
「もちろんいいよ。ところで、外さんが、その「覗く」というのは、病院内の「穴」からはできないんですか?」
「病院内に入らなければ大丈夫。伊達に山ほどの幻術や魔術で、意識をそらしてないからね。だから余計に外さんは動画から興味津々で「こちら」を「みて」いたし……あとこれ」
そう言って、タコ焼を仲睦まじくわけ合う二人に差し出されたのは、ちょい大きめだがキーホルダーになっているぬいぐるみと、ハンカチ。
「あ、それって」
「あー? 浮草が出掛けにくれたやつ? 良く見てなかった。新作じゃん」
すっかり忘れていた。邪魔にならないように、とメッシュの外ポケットにいれてくれるように幸広が頼んだ品物。
ひとつは、ぬいぐるみ型キーホルダー。わりと大きめ。浮草お手製の最新作であり、本人曰く最高傑作。薔薇リクエストで、イメージイラスト及び型紙作りには薔薇が全力監修した合同作品ーーB級モンスターパニック映画シャークトパス、そのひと(?)である。
二つ目は、市販の無地のハンカチであり、正確にはその刺繍。縫ったのは浮草、作画は薔薇というやはり合同作品。絵柄は幸広がパッと思い付いて口走ったーーアブダクションされゆくホルスタインと円盤形UFO。窓からグレイタイプのエイリアンが覗いているという超絶技巧。
「外さんは、これを「みてた」んだよ」
「えええ」
「それでだけであんなに、俺たちおかしくなったんですか?」
「薔薇が地下の部屋に駆け込んだときは流石に薔薇を「みた」けど、「よくみてた」のはこの二つ。でなければ、いくら二人でも、なんか、こう、爆発とかしちゃったんじゃないかな頭が」
「え!?」
「なにそれ怖い」
「床を崩落させたのも、意地悪しようとかじゃなくて、このぬいぐるみとハンカチが「みたかった」ようだね」
出掛けに「お守りがわりに」と渡されたものが注意を引いてしまうとは。いやでも、そっちに「しせん」を引き付けてくれた、ということでもあるのか? 持っていかなかったら、どうなったのかは、今や知りようがない。
「じゃあ、近くで良くみたいから床抜いたの? もー、これだから神様はさぁー」
「なんでシャークトパスとアブダクションに興味を引かれたんですかね…いやわかるわけないか」
「理由はわかってるよ。「あっち」で浮草のぬいぐるみが人気になってるから」
「なんて?」
「ああ、この前神隠しにあったときの、サカバンバスピスですか」
「そうそれ」
呆れてから困惑する薔薇、幸広は骨の折れてない方の手でおにぎりをもうひとつ取って納得する。
「あの時、浮草からぬいぐるみを貰った女神が、「あっち」で貰ったんだよーって話したら、どういうわけだか、自分も欲しいなあって神様が多数…」
「多数?!」
「よくできてますからね」
たしかに出来映えは良い。だが、色々な意味で、そこなのだろうか。
「まあ外さんも、噂を聞いてたんだろうね。「しせん」を完全に切るために、軽く流して貰ったんだよ。外さんの「みよう」って意志が憑いてきてたから。でも動画も減ったし、川も越えて、こうして無事帰宅できたから大丈夫。明日、学校もバイトも普通に行けるよ」
外さん的には「まさかこれが噂の?!」ってノリだったらしいが、外さんは「かみさま」、しかも「よくみられた」ため、流石の薔薇と幸広でもひどいめにあったということらしい。
鶺鴒の説明に、口をお米でいっぱいにした子ども二人はもぐもぐ頷く。
「そういうわけで、お疲れ様」
「おつかれー」
「おつかれさまでした」
すべてを平らげるのに合わせて改めて微笑む鶺鴒、手を合わせる薔薇と幸広。いつものように幸広が食器に手を伸ばしかけるが、それより早く薔薇の手が集めてしまう。
「幸ちゃん、明日の朝ごはんは、あたしがやるからあんま手使わなくていいよ」
「ゴム手つけるし、片手でもどうにか」
「ダーメでーす」
帰る家があるということ
待っている「ほんものの」家族がいるということ
それはかけがえのない宝物であり、歪められた世界の理を癒す力があるのです
もちろん、そうでないこともありますが




