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第四十話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑬

「幸ちゃん、これヤバいかも」

「さすがに、そうだろうな」

 一階、件の部屋の真下にあたる部屋。

 その床もまた崩落して、地下一階にまで及んでいた。

 そして二人は気付く。

 “穴”だ。

 本当にきれいな、(まどか)を描いて、床が抜けているのだ。


 これは、たぶん例の「穴」だ。


 見上げれば、くり貫いたようなきれいな真円が頭上にある。廃墟の、経年劣化による自然な壊れ方では、ない。

「作為しか感じない」

「呼ばれてるかなあ、これ」

 鈍感な二人は、「よぶこえ」とかそういうのは聞こえないが、目の前の現象の異常さが、「なにものかの超常的な力」を推測させる。

 さすがに幸広もめんどくさそうというか、彼の中ではすぐそばにある危険と、持ちこたえれば家族は助かるかもという天秤が揺れている。


 よばれている。


 まちかまえている。


 そんな気がしてならない。いや、絶対に、そう。

 何かあってはイヤなので、薔薇と幸広は自分のスマホを家に置いてきた。やることは決まっているのだし、不測の事態は自分達の対応するだけだ。鶺鴒を含めて、誰にも連絡する必要はない。

 というか、本当に二人の命が今すぐに危ないなら、一階に降りてきた時点で、なぜか鶺鴒が待っていて帰ることになるはずだ。だから、現状は最悪ではないのだ。

「地下かあ……ラスダンといえば地下か、最上階」

「何も見えないんだよなあ、この下」

「え? 幸ちゃんでも見えてないの? 瓦礫とかも?」

 暗視に関しては、幸広の方がよく見える。距離なら薔薇の方がよく見えるが、光源の極端に少ない状況なら幸広の目の方が良い。

 幸広が、病院に来てから初めて、ペンライトの小さな明かりを灯して床の穴に向けるが、まるで塗りつぶされたかのように不自然な闇に打ち消される。


 しばしの沈黙。


「……一応、あたしの命かかってるし、幸ちゃんも日野くん見たから危ないかもだし、鶺鴒来ないし、見るだけ見に行こう。階段から」

「いいけど、どうして? さすがに鶺鴒さんが何かしてくれると思うけど」

 薔薇は慎重に穴から離れつつ提案する。幸広は、危険度を分析しつつ問う。薔薇はこれで案外、すぐ逃げる(フライト)方だ。自分より強いものや、やる気のあるものに上手いこと押し付けて、安全と楽を取る。その彼女が、ここまでお膳立てされて、進むという。

「ここで帰っても、たぶん無意味になる。相手はわざわざ日野くんを()()()

「……たしかにね。でも、そろそろ俺たちの領分じゃなくなってきたよ」

「うーん……やだなあ。何人生き残れるのかなあ」

「新学期早々、大変なことになったなあ」

「うっわ、超他人事の声だった今!」

「俺は、俺の家族と友達が無事なら、知らない人のことはあんまり」

「姫川くん入ってるから! リアルで遊ぶ約束して、うちに呼ぼう!」

「よし、じゃあ、鶺鴒さんをどうやって焚き付けようか?」

「はい、手のひらクルーっ!!」

 なんとも楽しげに、二人は歩き出した。これでも至極真面目、というか日常会話なのだ。

 真っ黒な地下への階段に、楽しそうな声が反響する。



◆ ◇ ◆



 霊感がなくても、生物としての、そして経験則というものが、二人に激しく警告してくる。


 ここから先は、危険だと。


 映画やゲームで、BGMが切り替わるように、階段を降り始めたとたんに、「せかい」が変わるのが分かった。


「いる」

「うん、いる」


 日常的に、防人家には「かみさま」が来る。わりと気楽に。新年なんか、親戚ばりのノリで来る。

 だから二人は知っている。

 「かみさま」の気配を。

 神社仏閣あるいは教会その他、「かみさま」に祈りを捧げる場所でも近い感覚ーーいわゆる「神聖な感じ」を覚えるが、ああいった場所は「かみさま」が人間と会うために整えられているので、間違いなく「そこに(いま)す」が、当然人間に悪影響を与えなることはない。

 けれど、プライベートで来ちゃった「かみさま」というものは、だいたい調整をミスっているので、()()()()()()()()()()()だと、思い知らされる。とはいえ、「人間の家に遊びに行くぞ」という無意識が働くので、最低限の安全性は保たれている。薔薇と幸広が、もとの素質があるにしても、霊障にやたら強いのは、幼い頃からそんな環境で育ったからだろう。


 でも、この地下はちがう。


 ただ、そこに、いる。


 それが最も危険なのだ。


 奉られているわけでもなく、遊びに来るわけでもなく、()()()()()


 そして。

 そして、薔薇は「理解」してしまった。動画を見たからだろう。




「みられている」




 夕映が言っていたこと。

 浮草が言っていたこと。




 それは、そこにいて、薔薇の方を「みている」。



「薔薇!」

「え?……あ、」

 プチプチと音がして、視界が真っ赤になった。薔薇の目玉の毛細血管が弾けたのだ。両目から涙のように血が溢れ出る。

「だいじょう……」

 幸広の問いが途中で止まる。彼の灰色の目が、虚空をさ迷い、その両手がスッと両目にねじ込まれそうになるのを、すんでのところで薔薇の両手が掴み止めた。

「う、わ……これか」

 ガクガク震えながら、幸広は階段に座り込んだ。

「手、放して平気そう?」

「ああ、うん。自分の目玉をほじくり出したくてたまらないけど、ちゃんと今、狂ってること分かってる」

「うわーい…なにそれえ」

「そっちこそ、目、大丈夫なのか?」

「あー、うん。目玉、破裂し続けてるけど、()()()()()()()()()()、こんな感じで済んでる。痛いだけ。あとよく見えんくなった」

「怖すぎるんだが」

「怖いねえ」

 幸広は自身の目玉をえぐり出したい衝動に抗い、薔薇は両目から滂沱の血の涙。

 床が抜けたであろう部屋の方をチラッと見る二人。



「みられている」



「もうちょっと近づいてみるから、幸ちゃんそこで頑張ってて」

「本気かよ」

「あたしは、あたしの目玉に殺意持ってないから、症状が違うじゃん」

「たしかにそうだけど、お前に()()()()()()()()()()()()()()だろ」

「うん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 きっぱりと、薔薇は廊下の先を睨んで言いきる。半身で振り向いているが、その手は、力強く幸広の腕を掴んで、幸広の狂った衝動から彼を守ってくれている。


 幸広は、狂気と戦いながら夜目のきく目でーーああ、抉りたいーー薔薇を見上げた。


 地下の階段下は、無明の闇だった。窓からわずかでも入ってきていた外光がなくなったからだ。だから、二人は降りる途中で、胸元に取り付けた夜間ジョギングなどに用いるチェストライトを点灯している。ヘッドライトは頭の重心が変わるし、腕につけるタイプは腕と共にブンブン動くのでしっくりこないから、胴体に固定できるチェスト型が二人のお気に入りだ。黒いジャージに、チェストライト、リュックの上の方に懐中電灯やタオル類、水のボトル、エナジーバーを詰めておけば、夜中二人で歩いているところを警察官に職務質問されてもギリギリ怒られるだけで済む。リュックの底には、特に幸広は、一般人には見られたくないものが入っているがーー地元では巡回ルートを熟知しているので滅多なことはない。


 薔薇と幸広の「夜遊びセット」。陽が落ちてから夜な夜な、ひっそりと街中を歩き回る。時に二人の判断で、時に鶺鴒の独り言を受けて行う、「夜遊び」。

 試行錯誤と経験を重ねて、夜遊びセットがほぼ完成したのは三年くらい前だったか。



 幸広は、目玉を抉りたい狂気を、楽しくて危険な思い出で押し返し、夜遊びの相棒を見つめて正気にすがり付く。

 血の濁流を頬に流す薔薇の目は、胸元のLEDライトに下から照らされて、濃い蜂蜜のような金色に見える。白目は充血と破裂と出血を繰り返すスプラッタだが、眼差しそのものに曇りはなく、この上なく正気。ヤケを起こしているわけでもない。

 彼女の「今、日野凱斗の遺体を持ち帰るべき」という判断は、薔薇の普通とは程遠い16年の異常な日常の積み重ねの上に成り立つ、経験に裏打ちされたものだ。この経験のうち7年を幸広は共に歩いてきた。


「いけるとこまで、いってみるか」


 幸広は膝に手をついて立ち上がる。両手は、膝じゃなくて目玉を掴むべきだと主張するが、拳をグッと握りしめ、血が出るまで手のひらに爪を食い込ませる。だから目玉にその爪を食い込ませるんだよ!

「動けるの?」

「目玉のことを考えないためにも」

「なるほど。あたしが部屋に入る。パッと見て、見つけられなかったら、逃げる」

「了解」


 血みどろの顔が幸広を見返す。濃い蜂蜜のような金色に、幸広が映り込む。


 薔薇の目は、赤くけぶっている。もちろん、めちゃくちゃ痛い。治らなければ潰れたままなのだろうが、下手に回復力が人間を越えているので、破裂するそばから治るを繰り返していて、結局痛い。視界も悪い。

 ふだんなら明瞭すぎるほどの視界が赤く濁る中で、7年寝食を共にした「家族」だけが確実に見えていた。

 幸広の顔色はいつも以上に悪くて、灰色を通り越して、なんか紫色っぽく見えるがそれは自分の目玉が破裂し続けてるせいか。

 しかし、雨雲のような灰色の両目はしっかりと薔薇を見返している。穏やかで冷静な意思が宿ったいつもの眼差し。灼熱の陽射しを遮り、恵みの雨をもたらす雲の色の目はいつもどおりで、エグい精神攻撃を受けているとは思えないほど。

 7年前に初めて出会い、以来いっしょに色々やらかしてきたが、不思議と幼馴染みたち以上に落ち着く。幸広と一緒の時は「楽勝」という、出所不明の確信が常にある。そして、それが外れたことはない。


 だから、二人は今宵も並んで夜を歩く。


 血みどろの金と、正気と狂気に揺れる灰の瞳が、交錯し、互いの心中を確信する。


 今回も楽勝だ。


 歩き出す。




「みられている」




 薔薇の目から吹き出す血が増えた。見えづらい。破裂速度が、治癒速度を上回り始めた。

 それを合図に、二人は同時に走り出す。




「みられている」




 でも、だから、扉が閉じた真っ暗闇でも、どの部屋なのかすぐわかった。何の部屋かもわからないが、両開きのドアの片方ずつに飛び付いて一気に開く。


「うあああ!!」


 幸広が、血がこぼれ出る片手でドアを握りしめ、もう片方の手を壁に叩きつけた。拳を砕かんばかりだ。指の骨が折れた音がした。目玉を抉りたい衝動が増したのだ。

 だが、耐えている。

 だから薔薇は、一瞥だけで幸広から視線を外し、赤く濁る目で部屋の中を見た。




「みつめかえされた」




「んぐっ」

 思わず、一歩後ずさる。

 部屋は、瓦礫で半分が埋もれた、おそらくは霊安室。奥に遺体安置用の扉がいくつも、血の紗幕ごしに見える。

 山になった四階層分の床の瓦礫と、丁寧に梱包された人サイズの青いビニールシートの包みも。


 真っ赤な視界と破壊と再生を繰り返す激痛を耐えて瓦礫の小山を駆け登り、薔薇は青いビニールシートの包みを肩に担ぎ上げると、即座に瓦礫の傾斜を飛び下りて、ドアが閉まらぬように、かつ己の目玉を抉らないよう耐えている幸広を引っ付かんで小脇に抱えた。




「ずっとみつめられている」




 出血多量で、頭がグラグラするが、根性で耐える。うまい具合に、狂気に耐えるために幸広が腕に思いっきり爪を立てているので、痛みのおかげで、意識は明瞭だ。痛いのを我慢すれば良いだけ。痛いのは嫌いだが、耐えれば良いだけ。血を流しすぎたことの方がよほどマズイ。


 ああ、でも、やっぱり楽勝だった。


 一度動き出したら、薔薇は止まらない。

 肩の上に梱包された死体を、脇の下に幸広を抱えて、脱兎の毅然さで地下の廊下を駆け抜け、階段を飛ぶように跳ね上がり、エントランスを走り抜けて、とっくにドアガラスが割れてなくなり枠だけなっている廃病院のドアから外へ、言葉通りに飛び出した。


 ズシャアッと廃墟の前に広がる元駐車場ーー今はコンクリートやアスファルトが雑草に押し退けられてデコボコになっている空き地ーーに、二人と一体は転がり、倒れ込む。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"…」


 バッタリという言葉がこれほど相応しい姿勢はないだろうというザマで、薔薇は両手両足を広げてうつ伏せに倒れている。

 幸広は、放り出されて転がった勢いのまま起き上がって座り込み、自分の脳内に「血塗れの手が痛い」以外の考えがないことに安堵するも、心身ともに疲労困憊で項垂れる。

 「救助」された日野凱斗の遺体は、死者らしく沈黙と不動を保っている。なんて素晴らしい。


「まだ終わってないとか、もうやだー」

「ご遺体を、家まで運ばないとな」


 大の字でうつ伏したまま、薔薇が半分涙声を出す。だが今宵の夜遊びは、それが最終目的なのだ。

 鶺鴒曰く、さすがに目の前に実体があれば、日野凱斗の存在を家族が思いだせる。家族が彼を「認識」すれば、「この世界」も彼のことを()()()()

 スマホを壊し、歪められた理をひとつ正せば、今薔薇のクラスを襲う災厄もかなり減じる。はず。


「あー、もうほんと、許可なく心霊スポットに入るヤツ「だけ」が呪われて死ねよ」

「ははは。ほんとになあ」

 ゴロリと仰向けになった薔薇の顔は変わらず血塗れだが、瞳は済んだ焦げ茶色に戻り、新たな出血はない。

 まあひとまずということで、薔薇と幸広は拳を軽くぶつけあった。

「イテ…ちょっとヒビ入ってんなコレ」

「だいじょぶかー? 救急セット出すねー」

超みえるひと視点による解説(ここに鶺鴒がいたら教えてくれるお話的な)


今回、薔薇は目に実際にダメージが入り、幸広には精神にダメージが入っています


これは、薔薇も普通なら「抉りたい」狂気にかられるはずなのですが、やっぱり薔薇なので無効化されているため、精神はノーダメです

実際に目玉が破裂してるのは、「みられている」と「認識」したせいで、外さんの存在も同時に「認識」したことになり、外さんが無配慮に「穴」から「ちょくし(直視)」しているせいで破裂しています


幸広は、さすがに慣れてはいても精神的な防御力を、精神攻撃が上回ったために狂気に陥りました

目玉が破裂していないのは、外さんの気配までしか「認識」していないからです

「認識」してたら、目玉が破裂する上に抉りたいという、地獄みたいなことになってました

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