第三十四話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑦
阿惜夜市立病院。新市街でもっとも大きな総合病院であり、いわゆる個人の医院では手に負えない病気や怪我に対応し、救命救急センターを備えている。旧市街にはない、新しくて大きくて、たくさん科で分けられていて、入院ができる「大きな病院」だ。
つまりは、ひとがたくさんいて、何ものが紛れ込んでも目立たない。
薔薇はエントランスへ入ると、クラスメイトのお見舞いなんですけど、と総合受付で普通に告げる。受付の中年女性は「病室は教えられませんが、ご存知ですか?」
昨今、プライバシーの問題から病室前のネームプレートはなくなり、救急で運ばれた以外では患者の居場所は教えて貰えない。
薔薇はもちろん、石川たちの入院している部屋を知らないが、彼ら彼女らの体臭を探せばいいだけだ。
「分かります」
「では、どうぞ。もしもドアに「面会前にナースセンターへ」という札があったら、その通りにお願いします」
「はい。ありがとうございまーす!」
◆ ◇ ◆
「さて、誰が見つかるかな」
薔薇は、不自然ではない程度に首を回し、あるいは上を向いて鼻を高く掲げたりして空気中の匂いを探る。
病院は、薬品や消毒薬の匂いがキツイのだが、幸い院内のコンビニで石川大聖の匂いを嗅ぎ付けた。
「元気そう。よかった」
端から見れば、しっかりと目的地を目指しているような迷いのない足取りで、薔薇はクラスメイトの匂いを追って歩き出した。
◆ ◇ ◆
エレベーターで少し迷いかけたが、石川は何度もエレベーターを使って行き来をしたのだろう。見事、間違えることなく彼のいる病棟で降りることができた。
そのまま匂いを追って、病室へーー向かう途中の、こざっぱりとした雑談スペースに、目的の人物は座っていた。今まさにコンビニからここへ戻ってきたのだろう。
薔薇の胆力と淡白さでなければ、今の石川大聖の姿を見たら狼狽えて動けなくなるに違いない。
それほどに、彼の様相は変貌していた。
明らかに病的な痩せ細り方で、落ち窪んだ目がギョロギョロ動き、目の周りには包帯が厚く巻かれている。実際のところ、目の焦点はあっておらず、足はずっと貧乏揺すりをしている。それでも、両手に包んだ紙パックのジュースを持つ手は、骨が浮くほど痩せてはいるものの、目玉をえぐろうとはしていない。
「石川くん、お見舞いにきたよー」
朗らかに、周りの注意を少し引く程度の明るい声を上げて、薔薇は手を振った。
だが、石川はホラー映画のジャンプスケアが見事に決まったかのようにびくんっと全身を跳ね上げ、紙パックのジュースを握りつぶしてしまった。
「わ、ごめんなさい」
「あらあら、たいへん。貴方、お友達?」
「はい、クラスメイトの」
近くにいた看護助手の女性がすぐさま駆け寄ってきて、石川の身のまわりに飛び散ったジュースを拭い始める。薔薇もゆっくり近づいて、床に落ちた紙パックを拾うとゴミ箱に分別表示に従って捨てた。
「あの、お見舞いとかダメな感じなんですか。聞いてなかったんですけど」
さらにひとり増えた職員に小声で聞く。看護師の名札をつけた女性は、曖昧な笑みを浮かべる。
「学校とか誰からも聞いてない?」
「あー…プライバシー的なやつかも…? でも、ダメだって話は聞いてなくて」
石川はよろめきながら、先の看護助手に手を取られて、雑談スペースから去っていく。
「なんか、ごめんなさい」
「いいのいいの。学校も親御さんも、まだだいぶ混乱してるみたいだから。面会禁止とかでもないのよ。でも少し精神的に不安定になっていて、ご家族でも無理なときもあるくらいだから、貴方は悪くないのよ」
「凄い騒ぎになったんで、そらそうだと思います。たぶん、あたしが一番冷静で、ヒマなんで来ました」
「そうなのね、確かに彼の様子を見たときも医療関係者かなってくらい落ち着いてたわねえ」
おっとりと笑う女性看護師に、薔薇も笑い返す。
「あの、教えられないとかならアレなんで、帰るんですけど、他のみんなも無理な感じだったりしますか…?」
「私は担当じゃないから分からないけれど、さっきも言ったとおり面会謝絶というわけではないの。それを確認して教えることはできるから、ついてきて」
「ありがとうございます!」
◆ ◇ ◆
薔薇が会うことができたのは、あの日錆びたメスでクラスメイトを襲おうとした吉村夢奈だった。
石川同様、生命力溢れる陽キャ女子高生の見本のようだった夢奈は、今や余命数ヵ月の闘病者のごとく窶れていた。やはり、目は血走り、目蓋は傷だらけ、目の周りにもガーゼがあてられているものの、メンタル面では、一番落ち着いているという。そして何より、夢奈本人が、薔薇の来訪を知らされて会いたがっていると夢奈の主治医から面会了承とともに伝えられた。
夢奈は一人用の病室で、入院着に身を包み、化粧もネイルもないすっぴんで、半分起こされたベッドに背を預けていた。
「吉村さん、お友達が来てくれましたよ」
主治医とともに入室し、薔薇はさっさと折り畳まれたパイプ椅子を広げて夢奈の横に座る。当たり障りのない会話が、普通の雰囲気で始まったのを、主治医が興味深げに見ている。夢奈の方から「あの時、助けてくれてありがとう」と頭を下げるのを見て、少し驚いてから、医療者らしく嬉しそうに「あまり無理しないでね」と優しく告げて、病室を出ていった。
引戸が閉まり、医師の足音が遠ざかるのを聞き届けてから、薔薇はいつもの、なんでもないことを喋るのと同じ口振りで訊いた。
「何がこわかったの?」
その声音には、大仰な憐れみや労りはなく、冷酷と呼んですらいいほどだ。だが、この真剣で冷静で、毅然とした態度こそが、今の夢奈に必要なものだ。
夢奈は生唾を飲み込み、石川大聖と同じく異様にギョロつく目玉をそこかしこに動かしてから、首を横に振った。
「分からない。ほんとに分からないの。なにかオバケを見たとかじゃなくて。でも、とにかくものすごく、人生で一番こわくて、こわくて」
ガクガクと全身が震え始める。急激に痩せ細った身体は、砕け散ってしまいそうだ。
「そっか。わかんないのは、一番こわいよね」
少しだけ、湿り気を帯びた薔薇の声に、夢奈は首をブンブン縦に振り、大粒の涙が溢れ出す。
「一応確認するけど、そのー、なにがしかのヤク的なサムシングは…?」
涙を飛ばしながら左右に首が振られる。そうだろうとは分かっていたが、確認は必要だ。薔薇は少し動いて座り直してから、本題にはいる。
「じゃあ、あの動画持ってる? 今朝さ、うちのクラスに動画が届いて大パニックになって、うちのクラスだけ休校になったんだよね」
「え?! わ、わたし、そんなことしてない!」
「そんな気はしてた。でも吉村さんのアドからきてる人いるんだよ」
「スマホ、つかないから操作できないのに…」
「おっと?」
大慌てで夢奈はベッド脇の小さな棚の抽斗を開け、煌びやかに装飾されたスマホを、薔薇に差し出した。
電源ボタンを押してみるが、確かにつかない。充電ケーブルを繋いでみても、スマホは死んだようにうんともすんとも言わない。真っ黒な液晶画面に不機嫌そうな薔薇が反射しているばかりである。
「あの動画って、一緒に行ったみんな持ってるの?」
「うん……撮ったのはタイセーだけど……」
タイセー、石川大聖か。
「ネットのなんか、短いのをSNSに上げたり、動画投稿サイトに上げたりとか」
「ううん、そういうのはしてない。全員顔写ってるし、入っちゃダメなとこだし」
「そこは気にしてたんかい」
思わず薔薇が笑ってしまうと、夢奈もぎこちなく笑みを浮かべた。悲しみが頂点に達した者の微笑みだ。
「ホント、ネットの洒落コワみたい」
「あー、ありそうだねー」
心霊スポットに行って大騒ぎしながら動画撮影をした陽キャの高校生の仲間たち。しかし心霊スポットの大怨霊の怒りを買って次々に不幸が…。更に撮影した動画を見た者にまで災いが…。
「あの、防人さんは…なんか話が普通に進んでるけど、おうちがお寺とか神社だったり…?」
「いや、全然」
「霊感がある…?」
「ない。ミリも」
謎に堂々と胸を張る薔薇に、夢奈は狼狽える。洒落コワなら、ここでこうして夢奈の話を聞くのはお祓いができる霊能力者とかのはずだ。
「うーん……ネットにないなら、物理だからイケるかな。石川くんから動画届いた人いないし」
「ぶ、ぶつり…?」
「このスマホ、壊していい?」
「え?!」
「石川くんのスマホは、あの日壊し済みなんだけど、石川くんから動画届いた人いないんだよね」
「……な、なるほど?」
分かるけど、わからん。だが、夢奈の直感や第六感が、不思議なくらい同意している。
夢奈は頷いた。
「オッケー」
バキグシャメキャガギャグシグシバシン
「!?」
薔薇の、ごく普通の女の子の手のひらの中で、夢奈のスマホは、折れ砕け粉々にされたあと丸められ、最後にはぺしゃんこになった。
「…あ、ゴメン、スマホケースごとやっちまった」
薔薇はぺらんぺらんになった金属クズを丁寧に折り畳みつつ謝るが、あんまり謝ってる声音ではない。
あの日以来、最大のパニックが夢奈を襲ったが、なぜか全身を苛んでいた「よくわからないもの」が消え失せるのを感じた。
「……こわくない」
「うん?」
「こわくなくなった」
今しがた目の前で、かなり怖いことが起きたが、それは「普通に怖いこと」だ。自分と同い年の女の子が、スマホを素手で粉砕してペラペラにするのは「普通に怖い」。
でも、今まで夢奈を苦しめていた、何がなんだか分からないが、とにかくこわくてたまらないものは、消えた。
「ふーん。そら良かった。石川くんはまだダメそうだったけど」
あくまでも、平静というか、いっそ興味すらないかのような薔薇に、夢奈は吹き出してしまった。緊張のほどける笑い、絡まりあった感情が吐き出されるための笑いだった。
「ありがとう、防人さん」
「どういたしまして。でもあたし、本当にみえるとかそういうのない人だから、退院したら菩提寺? ご先祖様のいる寺? とかお宮参りとか初詣でよく行く神社で、ガチのお祓いして貰った方がいいと思う。あたしはマジでわかんねーから」
「うん、そうする」
素直に夢奈が、頷くと用はすんだとばかりに薔薇はさっさと立ってパイプ椅子を畳む。
「じゃ、お大事に」
「あ、え、うん。あ、あのえっと……新しくスマホ買ったらさ、その、連絡先、交換しよう?」
「…良いけど、二度と心霊スポット行かないんなら」
「行かない!」
「ならいーよ。マジでスマホケースまでぶっ壊してゴメンね。ばいばーい」
「ありがとう、本当にありがとう、防人さん!」
夢奈は涙を滲ませつつも、笑顔で頭を下げてから、顔を上げて手を振る。薔薇も手を振り返す。
夢奈は、薔薇の霊感のない目にも、窶れてはいたが、先刻までの正体不明の何かに対する怯えはなくなり、「普通に痩せ細った人」にしか見えなくなっていた。
◆ ◇ ◆
青山宇宙、藤田ここみの病室には、勝手に入って、勝手にスマホをぶっ壊した。
運良く二人とも自分の病室にいなかったし、ここは普通の病棟だ。迷いなく堂々と歩いていれば、お見舞いの人たちに容易く紛れられる。
二人のスマホもまた、夢奈のスマホと同じく起動しなかった。
夢奈と同様に正気を取り戻したか確認したかったが、さすがにこれ以上の長居は怪しまれる。現在移動中の人探しとなると、あちこちウロウロすることになるからだ。
とりあえず薔薇にできることはした。
本当にこれで、三人分の動画が消え、クラスメイトに送られてこなければそれで良し。石川から届かなかったから、可能性は高い。
残るは、死者からの送信。
飛び下りて死んだ小松梨杏。
多くの人の記憶からも消えた日野凱斗。
だいぶ陽の傾いた空を見上げて、薔薇は次はどっちへ行くのがいいかなあ、でもお腹減ってきたなあと考えながら、三つのスマホの残骸をコンクリの床の上で念入りに踏み散らかした。
匂いの話というか、探知犬のお話なんですが、麻薬の匂いを見つけるとかは有名ですが、「一定以上の現金の匂い」を判別できる探知犬がいるんですよ
すんごいですよね
※高額の現金の持ち込みには申請が必要なため、空港で働いてらっしゃいます
ちなみにこの時の薔薇は、探知犬というより、捜索犬ですよね。ナチュラルに高鼻使ってるし。




