第三十三話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑥
大丈夫ではなかった。
翌日クラスメイトたちは、入院中の青山宇宙、吉村夢奈、そして、飛び降りにより残念ながら亡くなった小松梨杏から、心霊スポット突撃動画の映像ファイルを送りつけられた。
連絡先を知るものはもちろんのこと、知らないものまで。
不思議なことに、教室に入った瞬間にスマホに届いたのだ。
当たり前だが、クラスは緊張の糸が張り詰め、ちょっとしたことで、それこそ集団ヒステリーやパニックが爆発しそうな雰囲気だ。
保護者説明会であったような現実の、科学で、人類の理解の及ぶ範囲の出来事と思っていた者も。
ほわっと、幽霊とかを信じて、でも自分には関係ない世界と思っていた者も。
先日の五人の行動のインパクトに加えて、ホラー映画のテンプレみたいな出来事が実際我が身に起きた。
理性が、恐怖に侵食されていく。
いや、一応説明はつくのだ。
怯える生徒の一部に、一柳が、自身も怯えながらも推理を話す。理性的で、ありえそうな話。
単に青山たちの悪戯だと。
入院して暇を持て余した彼らが、事態の深刻さに気付いておらず、もしくは本当に薬物などの影響で判断力がなくなっており、ともかくも、彼らの手で動画ファイルを送ってきたのではないか。
石川大聖は、薔薇にスマホを壊された。彼からは動画ファイルは届いていない。
ほらね、辻褄があう。
連絡先は、なんらかの方法で入手したんだろう。具体的にはわからないけれど。
小松梨杏については、例えば予約送信とか、自動的な送信設定をしておけば可能だ。なぜ、そんなことをしたのかは、わからないけれど。
なぜ、死者である彼女からの送り先が「動画を見ていない生徒ばかり」なのかは、わからないけれど。
そもそも、そんな機能が備わっているのか、わからないけれど。
わからない。
わからないままにしておきたい。
誰ひとり、その説を聞いてうなずくばかりでそれ以上深く考えたり、調べようとするものはいない。
一柳の説の矛盾点に気付くかもしれない。
予約送信なんて機能はないと、知ってしまうかもしれない。
だから、考えないし、調べないでおく。
見なかったことにする。
クラスの困った陽キャたちの、度の過ぎた、悪質な悪戯という、腹は立つが、平和で説明のつく話なのだと、自分に言い聞かせる。
だから薔薇は黙っていた。
日野凱斗から動画が届いたことを。
忘れられた死者からの、自らの殺害映像。
しかも、薔薇は日野と接点はゼロ。連絡先を知る術はどう考えてもゼロだし、そもそも日野はすでに廃墟で死んでいるんだし。
眉値を寄せて、薔薇は動画ファイルを削除。鶺鴒にだけ、事情をメッセージアプリで送る。動画が届いたのと同じ、みんなが使う無料のアプリ。予約送信機能はあるんだろうか?
元々クラスの半分が欠席していたが、この動画送信により、体調を崩す生徒が続出。結局、二時限目でクラス休校になった。
クラスメイトの、栄地以外の全員が顔面蒼白で帰っていくなか、薔薇は腕組みをして、両足を机に乗っけて、椅子の足二本だけでバランスを取りながら天井を見上げていた。隣には栄地が、常と変わらぬ美貌を、わずかに曇らせている。
「こっちの“一族”と父さんたちが話したんだけど、すぐには難しいって」
日野から動画ファイルが届いたことは、栄地にも教えてある。栄地には小松から動画ファイルが届いていた。
なんとなくだが、とにかく動画を見てほしいのだろう。そして、見た者程、体調が悪そうな気がする。まあ、薔薇はなんともないが。
「新市街には新市街の事情があるんだろうし、死んだのが人間だけじゃあ、わざわざ動いてはくれないよねえ」
至極冷静に薔薇は言って、足を下ろして、鞄を手に取る。
栄地の美しい顔が見つめてくる。慣れていないと心拍数がはね上がるような美貌だが、薔薇は四歳のときから見て、慣れている。美人は飽きはしないが、慣れるのだ。
「いろいろあるだろうから、今回は栄地はダーメ」
「じゃあせめて白夜に」
「白夜だって、新市街は権力外だし、あんなんでも一応人間だし、これだけ騒ぎになってるのに乗り込んでこないの、変じゃない?」
薔薇の言葉に、栄地が「あ、」と異変に気付く。
別のクラスの幼馴染み。すぐ怒るが、友達思いでなにより正義感が強くて、みんなを守るために怒る、刀塚白夜が、薔薇たちのクラスでの出来事を全く知らないなんて、おかしい。
「もしかして」
そう。もしかしてーー薔薇たちのクラスでの騒動に、気がついていないのかもしれない。そんなの、不自然すぎる。だとすれば、ますます巻き込めない。
というか、いつもの白夜なら「何しでかした?」って殺気を振り撒きながら、もうそこに立っているはず。
でも、今、彼はいない。
クラスメイトや学校、おそらくは日野凱斗の家族ですら彼を忘れているのだ。騒動も、一部の人間には、忘れられ、あるいは気付かれていないのかもしれない。
「鶺鴒には触るなって言われたけど、ちょっと見てらんなくなってきたから波風立ててくる」
「それならやっぱり俺も」
「栄地は、こっちの“一族”ともめることになったらマズイじゃん。その点、防人さんちはフリーだから」
ニンマリ笑って、鞄を肩にかける。
「いつもどおり、すぐ逃げるつもりだから大丈夫。それでも失敗したら、ひとりで怒られてくんない?」
大人から白夜まで、全員の叱責をひとりで引き受けてくれ、と恐ろしいことを頼まれた栄地は、絶世の美貌を、さすがの薔薇も目が眩むほどに輝かせた。
「そしたら、ヤケを起こして新市街をまっ平らにしちゃうから」
「頼もしい!」
とんでもないことを約束してケラケラ笑いあう、最悪の悪ガキ。だから白夜に怒られるわけだが、昔からなにも変わっていない。
コンコンコンと、ドアを叩く音。
薔薇も栄地も、彼が廊下でウロウロしていることには気付いていたから、聞こえない程度の小声で話していた。
なんだろな、と首を向けると、ウロウロしていた人物ーー姫川夕映が、すでに人のいなくなった教室に戻ってきた。
「話してるとこ、悪い。今日は防人はバイト休みだよな。オレはあるけど、一回家には帰るんだけど、そのちょっとだけ」
歯にものが挟まったような、微妙な早口なのは栄地がいるからだろうか。まだ緊張があるのか、夕映は複数人相手だとへどもどしがちである。
しかし薔薇たちがリアクションを起こす前に、夕映はよろめいて机に手をついた。
遅蒔きながら、彼の顔が紙のように真っ白だと薔薇たちは気付く。慌てて駆け寄り、夕映の大きな身体を支える。
「どうしたの?!」
「違う。いや、違わないんだけど……「みえてないフリ」すれば治まるから」
半ば抱きつくようにして彼を支える薔薇に、死人のような顔色の夕映がひきつった笑みを向ける。
「みえてないフリ」をすれば治まる。
なら、今は、みているということ?
「防人…と、月宮がなにをするつもりなのかよくわからないけど、でもまた守ろうとしてくれてるのは分かるよ」
「………うん」
夕映の黒い両目は、霊感の強い人特有の、超常の確信を持っていて、だから薔薇は頷いた。
「だよな。ずっとそうだもんな」
「とりあえず「みる」のやめて。身体に悪いから」
かつて夕映に向けて発したことのない、怒りのような感情の籠ったきつい薔薇の口調に、夕映は一瞬目をしばたいてから、力なく微笑んだまま続ける。
「あのな、違うんだ。本当は「みられてる」んだ。防人、月宮、「みられてる」のはオレたちで、「みてる」のはあっち…」
そこまで言って、完全に夕映の全身が脱力した。
幸い、薔薇と栄地という人の枠を越えた怪力二人が抱き止めていたので、夕映の体格もなんなく抱えて、そばの椅子を引いて座らせ、上半身はとりあえず机に預けさせる。
精悍な相貌は真っ白だが、「みる」のはやめたらしく、表情は穏やかになりつつある。
「…本気でめんどうくさくなってきたなあ」
「怒らないで」
「そう見える?」
「見えてるから言ってる」
いつもより声が怖いし、と栄地は天使のような美貌に慈母のごとき穏やかな笑みを浮かべる。昔から、薔薇がイライラしだすと見せる笑みだ。落ち着いて、と。
薔薇はふんっ鼻息も荒く、改めて鞄をつかむと歩き出す。
「どこから行くの?」
「一番言い訳が立つし、病院。全員のスマホぶっ壊してくる」
「動画を消すだけでいいんじゃ」
「むかつくからどっちもこの世から物理的に消す」
「怒らないでってば」
「じゃあ、姫川くんの調子が戻るまでいてあげてね。あともう絶対に「みるな」って脅してたって」
「うん、分かった。気をつけてね」
「うん。ばいばーい」
「ばいばい、また明日」
防人家の人間が「めんどうくさくなってきたなあ」は、敵への宣戦布告です
たぶん、浮草も言ってるはず
また、初日の騒動は学校じゅうで巻き込んだ騒ぎになりましたが、噂好きの他クラス生徒がこの件を聞きにきませんし、話題になっているようすもないようです…ふしぎですね




