第三十一話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!④
先月に続き、再び救急車とパトカーのサイレンの音が春星高校に響き渡った。
しかも今回は1クラスが丸ごと巻き込まれた大惨事だ。話の分からないあの教頭が、急な退職をしていたおかげで、冷静な大人たちが迅速に対応した。
とはいえ、恐怖と混乱とは、あっという間に学校じゅうに伝播したが。
不幸中の幸いというには、あまりにも些細だが、今回の現場には担任の折笠やクラスメイトたちという大量の目撃者がいた。
そして、多くの生徒が、己が目にしたもっともショッキングな事実のみを証言した。記憶にそもそも残っていないのだろう。
全員が口を揃えて言う。
三人の生徒が急に暴れだした。
そのうちのひとりは、自ら窓から飛び下りた。
少し冷静な者は、担任の折笠や数名の生徒が、暴れだした生徒を止めようと奮闘した、とも証言した。
主にメンタル面で疲れきった薔薇と栄地、心身共に疲労困憊の夕映と学級委員長ーー一柳明日翔は、保健室で斑目先生と相対していた。折笠先生は警察と話しているという。
「おまえたちの勇敢な行動が誤解を生むことがないように、しっかり事実確認しているから安心しろ!」
「うっす」
「ありがとうございます」
薔薇と栄地はへらっと笑う余裕があるが、夕映と一柳はうなずくだけだ。正常な反応である。
「旧飛綿離病院か…あそこは、先生がガキのころから、既に廃墟だったんだよなあ」
薔薇は、スマホをぶっ壊した理由を「めっちゃうるさかったから」と四角四面に説明した。嘘ではない。その流れで、朝から石川たちが、心霊スポット突撃動画をクラスじゅうに見せて回ったことも話した。そして、異常行動をとったのは、動画の突撃メンバーだ。
「ううむ…おまえたちは、動画は見てないのか?」
「あたしは、最後のとこちょびっと…どこ行ったのかなあって思って」
「そうかあ…まあ気になるわなあ…」
斑目は、ぶっとい筋肉が束になった腕を組み、顔をしかめる。おそらく、彼の脳裏に描かれているストーリーは、やんちゃのすぎる陽キャグループが羽目を外して、深夜の廃墟でテンションをアゲすぎた上に妙なクスリでもキメてしまったのでは、とかだろうか。日本の中高生の間にも、違法薬物というものは浸透するところにはしているし、合法薬物でも用法用量を間違った使い方をすれば違法薬物のような効能があるものもざらにある。薬はすべて、扱いを間違えれば毒となるのだ。そして、わりと簡単に、制御不能な暴走状態に人を陥れる。
違法薬物による凶行は、アングラな好奇心のあるものならいくつか有名事件を上げられるだろうし、海外では警察官が装着したボディカメラの「衝撃映像」がネットニュースになることもある。さすがの薔薇も、撃たれながら突進してくる薬物乱用者には脅威を覚えた。同じくボディカメラ映像を見ていた幸広は、「全弾命中させてる」と撮影者であり射撃者を褒めていたが、それはつまり、銃社会の通常の携行武器では止められないという恐ろしい事実ということでもある。
だが、全てをボディカメラで撮影しているということは、カメラ装着者が逃げずに真っ向から立ち向かったということでもある。世の中には、勇敢な人もちゃんといるのだ。問題は、壊す側のもたらす被害が、大きすぎるということ。
「とりあえずおまえたちは、保護者が来てくれたら、今日は帰宅でいい。事情聴取は明日の昼休みだ。一晩、ゆっくり休んでこい。しっかり食べて、さっさと寝るんだ」
斑目の優しい言葉。この流れ、つい最近もあったな。
「バイトが…」
「またかよおおお」
夕映と薔薇が、嘆きに満ちた小さな悲鳴を上げて、顔を両手で覆う。
「さすがに二人とも運が悪いな…厄除けのお祓いでもした方がいいんじゃないか」
「マジでそうかも」
斑目の痛ましげなご意見に、薔薇は顔を覆ったまま、血を吐くような声を絞り出した。
◆ ◇ ◆
薔薇を迎えに来たのは、彼女の未成年後見人であり、栄地の祖父でもある月宮岩雄だった。保護者のひとりとして学校側に登録されているので、栄地共々身柄を引き渡される。夕映と一柳はまだ保護者が来ておらず、手を振って別れた。
岩雄は、名の通りの岩のような大男だ。面相も岩を荒く彫り上げた仁王のごとしだが、栄地と同じくほんわか笑うので、マスコットのクマっぽさがあり、子どもにも怖がられることはない。
薔薇は、斑目といい松郷といい、デカめのおっさん率高いな、などと現実逃避しながら、岩雄が乗ってきた黒く滑らかに光る、やたら長い車に乗り込む。
幼い頃から見慣れた車で、ド田舎で道も入り組んだ旧市街を、なんでかスムーズに走り抜けていく。後に、映画やドラマの中でセレブが降りてくるのと同車種だと気付いてから、若干緊張しながら乗降している。
とはいえ、月宮は超高級車だのなんだの、そんな次元の「存在」ではないのだが。
ゲッソリしながら、素晴らしい座り心地の椅子に孫と庇護者が座ると、音もなく車が動き出す。
「おいおい栄地や、何があった。薔薇までおったっちゅうに」
轟くような岩雄の声は、心配はしてくれているが、明らかに楽しそうだ。
「じっちゃん、ガチだよ」
「お?」
薔薇の低く唸るような不機嫌な声に、岩雄から愛嬌のある表情が消える。
栄地も頷き、薔薇とも視線を交わして事の深刻さを確認し合う。
「どっから説明すればいいやらなんだけど……」
「そういう時はな、最後からだ。つまり結論だな」
なら、簡単だ。
「アイツら、廃墟で友達をひとり、殺してる」
◆ ◇ ◆
クラス1の陽キャグループは、六人組だった。よく知らないが、新市街で生まれ育った幼馴染みらしい。
石川大聖。
青山宇宙。
藤田ここみ。
吉村夢奈。
小松梨杏。
そして、日野凱斗。
不可解なことに、担任の折笠も他のクラスメイトも、日野凱斗を忘れているようなのだ。
薔薇と栄地もそうだった。そして、忘れていることに気付いたのが、動画の終盤。
そこで、助けを求める日野の断末魔が「聞こえた」のだ。
薔薇が「みえる」わけでもないのに、動画を見に行き、判断できたのはそのため。
見せて貰ったラストの30秒ほどの部分は、手に手にその場に落ちていたのだろう適当な凶器を日野凱斗に突き刺す石川大聖たちの姿。
これだけで充分ヤバイのだが、それを見せられているクラスメイトたちは、誰ひとりその殺人映像が「見えていない」ようなのだ。でなければ、あんな大暴れ前に大パニックになっている。
なんらかの、幻術あるいは超常現象が動画に込められている以外にあり得ない。日野凱斗という存在を、みんなの頭から忘れさせる呪いとでもいうべきものが、クラス全員にかかっている。
そして、薔薇と栄地はその手の術があまり効かない。だから、現実の「声」が聞こえたし、「見る」こともできた。だが、「聞く」まで忘れていたのだから、かなり強力なものだ。
夕映は、わりと強めの「みえるひと」だ。おそらく彼は、真実の映像を「みえないひと」に見えなくさせたなにがしかの「力」を察知して、怯えていたのだろう。
「旧飛綿離か…新市街は、ワシらの縄張りじゃないから、どうこう言えんし、詳しくも知らんのだがな。確かにあそこは本物よ。触ってはならんくらいに最悪の本物」
「うええ…」
「それは、ダメなやつ…」
珍しく渋面になる岩雄、その事実に孫とほぼ孫の子ども二人は震え上がった。
「お前さんたち、その六人の連絡先やら一緒に撮った写真やらあるなら、今すぐ消せ」
「ラジャりました。元々ないです!」
「はい」
毅然と告げる岩雄に、薔薇と栄地は応えて、栄地はちょっとスマホをタップしている。
岩雄は難しい顔で、顎をさする。表情は晴れない。本当にやばいんだと、薔薇は気持ちが沈み始めた。
「明日、緊急の保護者説明会があるってことだが、その「六人目」がどういうふうに「認識」されてるかで、深刻さの度合いが変わるな。あとは、その心霊スポット突撃動画とやらが、どんだけコピーされちまってるか。大元は薔薇が、物理的に破壊しとるわけだが」
「残ってそー」
「確実に四人のスマホにはあると思う。五人かもだけど。顔が思いきり映ってるからネットには上げてないとは言ってたよ」
「待って、日野くん、自分の殺害シーン動画持ったまま廃墟で死んでるかもなの? かわいそうすぎるんだが」
「とりあえず明日は、先生に説明したのと同じことだけ警察に話せば良い。旧飛綿離病院が絡むなら、新市街のこととはいえ、ワシらがやる。鶺鴒さんにもご足労いただくことになるだろうな」
自分の兄まで行かなきゃならないとこなの?と内心、本気で怯えながらも、薔薇はわざと陽気に喋り続ける。だって怖いから。
「それにしてもさあ、スーパーナチュラルな皆さんは、現代ツールに強いよね。電話とか写真とかビデオとかさ」
「そらあ、そういうものは人間が集中して見るモノで、愛着を抱くだろ。それなのに「魂」を持っとらんからな。入り込みやすいんだ。ヒトガタとはまた違った意味で、人間と「繋がりやすい道具」というところも、利用しやすい」
「あー、お人形さんたちと同じで、中身はないけど「お話できる通訳」みたいな?」
「そんな感じだな。意志疎通がしたいわけだからなあ」
その後、四方山話をしているうちに、薔薇の家がある小高い丘の麓へ到着し、車を降りた薔薇は無事に帰宅。栄地もそのまま無事に帰った。
翌日、事態は悪化していたが。
学級委員長のフルネームが明らかになる回




