空に浮かぶ城 4
扉の先は、風が吹き荒れる城の門の前だった。城を一周するくらいの石畳がある他は、遥か遠くに雲の間から地上の風景が見える。
「ここが、空に浮かぶ城の入口か……」
感極まった様子で城を見渡し、ディックは開け放たれた門を指さした。
「よし、では行くとしよう、みなの者!」
「ちょっと待って、アスタは?」
「あら。いませんわね」
ディックに静止をかけつつカティヤたちは周辺を見渡したが、さっきまで傍にいたはずのアスタの姿は見当たらなかった。
「ホムンクルスはあの扉では移動できないのか? それとも別の場所に出たというのか」
「心配ではあるけれど――アスタなら人より丈夫なのだから、一人でもなんとかなるんじゃないかしら」
そう思いたくて、カティヤは希望的観測を語る。
「それもそうか。む、単身攻略ならむしろ俺がやりたかった」
「お一人で行かれて構いませんよ。わたくしを連れていると時間がかかるでしょう」
「なにが出て来るかわからぬ城に、怪我人を置いていけるか。さあ、いまこそ突入のとき!」
令嬢二人は顔を見合わせる。アスタもいなくなった以上、ディックの相手をしつつ城を進んで行くしかなさそうだった。
門をくぐり、城の中へ入って行く。ディックが先頭に立ち、その後ろでカティヤがファニーを気遣いながら、三人は城内を進んで行った。
「さて、目指すは玉座、あるいは塔の最上階だな!」
「物語でよくある展開通りになるとは限らないわよ。敵はこの城の王というわけではないのだから」
「そうか、魔女だったな。魔女は人が立ち入らない森の奥に居を構えて、迷い込んだ人間を食べようと待ち構えているものだったか」
「だからそれは、昔話に語られる魔物としての魔女の特性でしょう」
「ヒスキの妹が魔物に乗っ取られたという話ではないのか? 魔物を倒せば妹はもとに戻るのだろう?」
「その仮説が間違っていたら? ネアがネアのまま、魔女として覚醒してこの国を滅ぼそうとしているのだとしたら」
「む」
「敵が人間だとしたら、ディック、あなたはどうするの? それとも、王都や街を破壊する存在なんて、人間ではなく化け物だと定義するのかしら」
カティヤの問いに、ディックは考える素振りを見せて黙り込んだ。
長い廊下の両側には明かりが灯り、曲がり角や階段が随所にある。この中から正解を選び取るのは骨が折れそうだった。
「参考までに聞くが、カティヤならどうするのだ?」
「私に魔女を倒せる力があると思う?」
「あるとしたら。それこそ、劇で演じたと聞いた英雄のように」
ディックへの問いかけが、カティヤにそのまま打ち返される。
「魔女だけではないな。ヒスキと遭遇したらどうする?」
「刺し違えてでも止めないと」
カティヤの言葉に、隣を歩くファニーの杖をつく音が乱れた。
「ですがお姉様は……」
「――と、あのときは言ったのだけれどね」
笑い混じりに、カティヤはそう付け足した。
やがて広いホールに出た。視線の先にはこれまでに見かけたものよりも立派な階段が上に向かって伸びている。階段の両脇には武器を手にした甲冑が飾られている。
「いかにも玉座の間に続いていそうな階段ね。ディックの予想だと、この上に親玉がいるんだったかしら」
「うむ。しかし妙だな」
「妙というと?」
「こうした敵の本拠地には、侵入者を阻むために護衛がいるものではないのか?」
「英雄譚の読み過ぎよ。そもそも空に浮かぶ城なんて、誰かが侵入してくるものだと思う?」
「我らは突入できたではないか」
「望む場所に開く扉と鍵という、普通なら思いつかないようなものがあったからよ」
「普通なら、か。我らの常識ではそうだな」
そういえば相手は魔女だった。常識外の力――邪悪な力を使うことができて、炎を操り空を飛べる、神出鬼没な存在だ。
神出鬼没。空を馬車以上の速さで飛べるだけでなく、望む場所に瞬時に移動できる力さえあるのかもしれない。
そしてそれが魔女にとっての普通なのだとしたら、そうした手段を持って侵入してくる者に対する対策も、立てていてもおかしくないのではないか。
「お二人とも、甲冑が!」
ファニーの声に、我に返った。階段の両脇に飾られた甲冑が動き出し、斧と大剣を振りかざすのが見えた。
「ふっ、こうでなければ面白くない」
ディックが前に出て、剣を抜き放つ。切っ先が明かりを反射してきらめいた。
「カティヤ、ファニーを頼むぞ」
「ええ、もちろん」
カティヤはファニーの手を引き、近づいた階段の傍から離れて行った。
振り下ろされた大剣を避けつつ、ディックは剣を振るう。
「敵が階段に立ち塞がるようでなければ、ここは任せて先に行けと言ってみたかったのだがな!」
襲いかかる甲冑と嬉々として戦うディックを余所に、もと来た廊下のほうに下がっていったカティヤたちは、異音を感じて振り返った。
大きな黒い鳥が何羽も、カティヤたちに向かって飛んで来るのが見えた。鴉を大きくしたような鳥で、薄暗い廊下で瞳が光っているように見えた。鋭い眼光は、侵入者を発見した合図かのようだ。
「挟み撃ち!?」
このままホールに鳥が突入したら、ディックの負担が増すだろう。近づいて来る鳥と、甲冑の相手をするディックを見比べ、カティヤは決心した。
「ディック、私たちはこちらの通路に行って、鳥を引きつけるわ。後で合流しましょう」
「鳥!? 待てカティヤ、二人だけでは――」
「あなたが戦っている相手のほうが大物でしょう。こっちは大丈夫よ」
そう言い残し、ホールの横に伸びている廊下に向かって、カティヤはファニーと手を取り合って駆け込んだ。しばらく走るが、鳥の羽ばたきの音は消えない。
「ファニー、足は?」
「へ、平気ですわ」
「どこかに隠れてやり過ごせればいいのだけれど……」
視線の先に、半開きになった扉が見えた。罠かもしれない、という思考が過ぎるが、後ろから追い立てられていることに急かされて、思わず部屋の中に入って行った。
扉を閉めると、鳥が扉に当たる音がいくつも上がった。
「ひとまずなんとかなったようですね……」
ファニーが扉を背にするようにしてへたり込む。
周囲を見渡しながら、カティヤは部屋の中央に進んで行った。家具や調度品の類のない、がらんとした部屋だ。
「少しここで休んでから、ホールに戻りましょうか」
振り返ってそう提案した直後、足元に丸い形と複雑な模様が描かれ、光が立ち上った。カティヤがいる中央部だけでなく、ファニーが座り込んでいる部屋の扉近くにも、別の色の光がファニーを囲むようにして発生した。
「ファニー!」
「カティヤお姉様っ」
円から出ようとするよりも一瞬早く、二人の姿が部屋から消える。
その直前、カティヤは思い出した。ついさっき、瞬時に移動できる力を魔女は持っているのではないかと予想したことを。
気がついたら、ファニーは見知らぬ廊下に座り込んでいた。身体を起こしかけた体勢で手を伸ばし、その手は目的の人物には届かずに宙をつかんでいた。
目の前にも、周囲を見渡してもカティヤはいない。あの部屋に駆け込んだ廊下とも違う場所のようで、ディックが戦っているホールに戻る順路もわからなかった。
「……参りましたわね」
杖を頼りに立ち上がる。敵地で一人になるなんて無謀もいいところだが、さらにファニーは戦う手段を持たない怪我人だ。自暴自棄になってここまで来たわけではないが、この状態で先程のような敵と遭遇したら簡単にやられてしまうだろう。
敵。カティヤとディックの会話がファニーの頭の中に蘇った。ラミは魔女の側についた。この城にやって来た侵入者の前に立ち塞がることもあるのだろうか。魔女とともに、この国を滅ぼそうとしているのだろうか。
そんなことを考えながらファニーは周囲を警戒しつつ進んで行き、扉が開くようなら部屋の中を覗き込んで、ラミがいないか探した。杖をつきながらなので移動の速さは遅いが、その分丁寧に一部屋ずつ探していく。
扉を開けて魔女や魔物が出てきたらどうしようとも思ったが、幸いどの部屋も無人だった。最初に駆け込んだ部屋ほどの簡素さではないが、家具があっても必要最低限で、装飾性は低い。王侯貴族が住まう贅を尽くした城というよりも、戦場における防衛拠点かのようだ。
いくつかの部屋を覗いた後に開けた部屋に、これまでとは違うものがあった。ベッドに人が横たわっていて、ファニーは肩を跳ねさせつつも中を観察した。
入口を背にするようにして横たわっている人物は、髪をほどく余裕もなかったのか、長い銀髪を青いリボンで結わえていた。わずかに覗いている襟元は、見覚えのあるドレス姿だ。
駆け寄ろうにもそれが難しいとわかっているファニーは、もどかしく思いながらも杖をつきながらベッドに近づいた。
見下ろした先の横顔は、こんな場所にまで探しに来た目的の人物に相違なかった。
規則的な寝息が聞こえる。眠っているだけで、生きている。
「ラミ、起きてください!」
ラミは魔女に味方しているかもしれない。ヨルンを連れ去ったとアスタは言った。それでも後先考えずに声をかけるしかできなかった。
肩を揺すりつつ声を張り上げていると、ラミは顔をしかめてから目を開けた。寝起きでぼんやりとしている目と、視線がかち合う。
「ファニー……なぜここに。夢……そうか、夢か」
「夢じゃありません」
「じゃあ魔女による幻……」
「幻だとしたらラミにどんな言葉をかけるでしょうね。わたくしと再会したら、ラミはどんな扱いをされることを希望していましたの?」
身体を起こしたラミは、ファニーをまじまじと見つめて、目の前にいる双子の片割れが実物だと認識したようだった。
「――どうして」
「それより、寝込んでいたようですが無事ですの? 怪我でもしたのなら――」
「ああ……大丈夫。危害を加えられたわけじゃない。魔女に力を引き出されて城を動かすのを手伝って、消耗しただけだから」
「そうですか。ならよかったですわ」
「よかったって……」
ファニーの返事にラミは釈然としない様子で、居心地悪そうにしていた。
そんなラミの手を、ファニーは握り締めた。
「ラミ、帰りましょう」
「帰れないよ」
静かな声でラミは答えた。
「魔女に報復を望んだ。ぼくが原因だとわかったら、ハイメリン家はどうなるか。きみは家の名に傷がつくのは嫌なんだろう?」
「そんなものはどうでもいいです! わたくしが大事なのはラミだけですわ!」
滅多に声を荒げない令嬢が、張り裂けんばかりに叫んでいた。
「……カティヤより?」
「それは別枠です!」
「はは、ファニーらしい」
いつもの皮肉げな笑みではなく、思いもかけずおかしくなったという顔で、ラミは破顔した。
「それに、外の状況は見ましたの? 魔女はこの国を滅ぼすつもりであちこち破壊しています」
「そうだろうね」
「魔女に願ってわたくしの怪我を治したところで、そんな荒廃した世界に置き去りにしたら簡単に死ぬでしょう。アスタさんと違って頑丈にできていませんから」
「……そうだったね」
「ラミはそれでいいのですか?」
沈黙の後、ラミは息を吐き出した。
「まったく、ファニーがいなかったら、こんな世界を滅ぼすことに躊躇なんてしなかっただろうに」
「嘘ですね。アスタさんやヨルンさんのことも気に入っているでしょう」
「確かに」
「ラミが好きなものくらい、わかっています」
窓のほうに目をやってから、ラミはつぶやいた。
「こんな世界、どうでもいいと思っていたけど――滅びるというなら、ぼくやきみが死んでからがいいな」
目頭が熱くなるのを感じつつ、ファニーは微笑んだ。
「そんな風に言っている時点で、ラミは魔女の手下らしくありませんわ」




