梅園愛梨
「人殺し! 人殺しっ!」
普段のお母さんからは想像もできないような恐ろしい声で、僕に手当たり次第物を投げつけてくる。
僕はそれからスミレさんを庇うことしかできない。
弁解なんてする暇も無いし、僕もまともに喋れない。
スミレさんの冷たい体が、僕の体温で微かに暖かくなり、まるで生きているかのようだった。紫色の瞳と、首の痣が全く同じ色をしている。……偶然なんかじゃ、無いみたいに。
「お母さん!? なにやってるの——香寿、菫ちゃ……」
愛花姉さんがやってきてお母さんを取り押さえたのか、背中に何かが投げつけられる感覚が無くなった。
ドタドタと暴れる音と、うめき声と、姉さん達の声がする。
僕はただ、スミレさんを抱きしめ、泣いていた。
いつの間にか、涙は枯れて、辺りも静かになっていた。肩を叩かれたので振り返ると、千愛姉さんだった。
「今ね、愛花姉さんと結愛がお母さんを別室に移してるから。……多分、疲れてて……おかしくなっちゃっただけだと思うの……。私達は香寿がやったなんて思ってないから……、香寿、菫ちゃんが大好きだったでしょう。だから、犯人、見つけようね……」
千愛姉さんは静かにそう言うと、部屋を出て行った。
僕は抱きしめているスミレさんを見つめる。そこに命があるようには、とても見えない。等身大の人形のように見えた。紫の目には、僕が反射して映っている。
前は誰が映っていたかさえ分かれば、犯人が分かるのに。
そう思うけど、そんなことはできない虚しさで胸が痛む。また涙が溢れてきて、僕はそれをボロボロと自分の服に落とした。
ひとつひとつ、服に涙の染みができる。どんどん繋がって、大きくなって、それでも涙は止まらなかった。
今までこんなに泣いたことは無かった。前のお母さんとお父さんが事故で死んだ時も、何も思わなかった。
スミレさん……。
いろんな人から差別されて、見下されて、それなのに最後までこんなに酷いだなんて。
せめて、ちょっとでも救ってあげたかった。自分が情けない。
あんなに、スミレさんはあんなに優しくていい人なのに、なんでこんな仕打ちを受けなければならないんだろうか。
僕はスミレさんの手を握った。
冷たい。皮膚が前よりも硬く感じる。
足音が聞こえて振り返ると、愛花姉さんだった。
「香寿……。お母さん、あたし達のこと、分からないみたい」
絶望した顔でそう言われた。




