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首吊り死体が呪う村、痣のスミレの狂い咲き  作者: 藤野
第六章 戻らない日常
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予兆

 結局僕達梅園家は、松竹の家が食事に手をつけるまで食事を食べるわけにはいかないので、最後に急いでちょっと食べただけだった。急いで食べる姿をみっともないと罵られて、向こうはますます盛り上がっていた。


「……スミレさん、家ではいつもあんな感じだったんですか」

 帰り道をとぼとぼ歩きながら、スミレさんに聞く。


「はい。愛さんはお酒が好きなので、私の悪口をお酒のつまみにされていました」

 ずきりと心が痛んだ。

 可哀想な話を聞けば聞くほど、僕の中のスミレさんを幸せにしたい気持ちが膨らむ。


「スミレさん」

「は、はい」

 こちらを見るその顔が愛おしい。紫の瞳は空の闇に溶けて、今ばかりは普通の色に見えた。呪縛が、解けたように。


「スミレさんは僕が許嫁で、嫌じゃないですか」

「嫌なわけ……あ、ありませんよ」

 俯かれてしまったので、どんな表情をしているのか分からない。


「——僕はスミレさんが許嫁で嬉しいです。一目惚れだったんです。その紫の目も、僕は……その、とても綺麗だと思います。それで苦労してきたのも知ってますし、嫌かもしれないですけど……」


 皆の足音と、隣で息を呑む音がする。


「あっ、も、もちろん見た目だけってわけじゃ無いですよ! あんな環境で育って、それでも捻くれずに優しくて、だからその……」


 ——あなたのことが好きなんです。


 言えずに黙り込む。

 奇妙な気持ちで沈黙が破られるのを待ちながら、結局家の前まで来てしまった。姉さん達に、先に入ってるよ、と手で合図される。


「すみませんスミレさん、いきなりあんなこと言われても嫌——」

 今度は僕が息を呑んだ。


 泣いていた。


 とても静かに、透明な涙が頬を伝っている。

「あ、あの、迷惑だったら、本当にすみません。でも僕、スミレさんは厄なんかじゃないし、不幸を呼ぶとも思わないんです。もし本当にそうでも、僕はスミレさんのこと——」


 いいや、言ってしまえ!


「……好きなんです」


 はっきり発音できただろうか。静かな夜なのに、蛙の鳴き声がうるさい。

 スミレさんの息の音がする。


「……迷惑なんかじゃ無いです」


 スミレさんが顔を上げて、目と目が合う。

 目の縁と鼻を赤くさせながら、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「家に、入りましょう」


 そう言って微かに微笑むと、スミレさんは——なんと——僕の手をぎゅっ、と握った。


 柔らかくて、温かくて、女の子の手だ。

 じわじわと目に何か込み上げてくる。顔が熱い。

 幸せなような、ドキドキして辛いような、変な感じ。



 心の中で惜しみながら、手を離し、靴を脱ぐ。無言で、……まるで何事もなかったかのように、ちょっと離れながら居間に向かう。


「やるじゃん」

 愛花姉さんが小声で言って、僕を小突く。


 聞かれてたのかな。ちょっと恥ずかしい。

「愛花姉さんも、できたらいいね」

 僕がそう言うと、一瞬ぽかんとして、すぐに顔を赤くした。

「な、生意気ー」

 ぶつくさ文句を言いながら、自分の部屋に行ってしまった。



 特にしたい訳でも無いんだけど、熱い顔を冷やす為に厠へ向かう。一人になって落ち着けば、元に戻るんじゃないか。


 ぎし、ぎし……と軋む扉を開けて、中に入る。電気はつけたんだけど、それでも家の中で厠は一番暗い。

 上の方についている曇りガラスの窓をぼーっと眺めていた。

 あそこから、縄が垂れてきて、外で人が首を吊るんじゃないかとか……変な妄想をして。


 外からポツ、ポツ、と音がして、次第にそれはザーッ、ザーッ、と言うバケツをひっくり返したような大雨に変わった。外は、まるで墨汁を染み込ませたように暗い。


 急に悪寒がして、僕はすぐに厠を出た。

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