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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第一章 七十四年越しの夢

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第8話 父との約束

「全部だ」


父さんは、まっすぐ私を見ていた。


怪我のせいで顔色はまだ悪い。


右腕は固定され、身体を少し動かすだけでも痛むはずなのに、その目だけはいつものように力強かった。


「……全部って?」


何を聞かれているのかは分かっている。


それでも私は聞き返した。


父さんは少しだけ黙り、それから口を開く。


「お前の魔法だ」


やはり。


「あれは普通じゃない」


「……」


「俺だって騎士だ。魔法を使う奴は何人も見てきたし、魔獣と戦ったことだってある」


父さんがゆっくり息を吐いた。


「あの魔獣を止めるなら、普通は何十人も集めて挑む相手だ」


昨日村を襲った魔獣は、グラウスと呼ばれる種類だったらしい。


本来はこの辺りに生息していない。


もっと山奥、人間が滅多に立ち入らないような場所に棲む危険な魔獣で、討伐するなら熟練した騎士を何人も集めて挑む相手なのだという。


「それを四歳のお前が一人で止めた」


父さんはそこで一度言葉を切り、こちらを見る。


「しかも、俺が今まで見たこともない魔法でな」


冷却。


凍結。


私としては必要な現象を起こしただけだ。


魔素を使って熱運動を抑え、温度を下げる。それによって周囲の水分を凍らせ、魔獣の動きを封じた。


理屈としては、それほど複雑ではない。


少なくとも私にとっては。


だが、この世界では違うらしい。


氷を作る魔法そのものは存在している。


ただ一般的には、水属性魔法の一種として扱われている。水を生み出して凍らせるか、最初から氷そのものを形成するという考え方だ。


私のように、対象から熱を奪うことで温度そのものを下げるという方法は、少なくとも父さんは知らなかった。


「アル」


「うん」


「お前は何者だ?」


静かな声だった。


責めているわけではない。


怖がっているようにも見えない。


ただ。


知りたい。


そんな声だった。


私は父さんを見る。


言うべきか、ずっと迷っていた。


私には前世の記憶がある。


七十四歳まで生きた。


医師だった。


物理学者だった。


ノーベル賞を受賞した。


そして死んだ。


目を覚ますと、この世界にいた。


そんな話を。


信じてもらえるのだろうか。


「……父さん」


「ん?」


「変なこと言っても、笑わない?」


「内容による」


「そこは笑わないって言ってよ!」


父さんが少し笑った。


「分かった分かった、笑わん」


私は小さく息を吸った。


「私には……前の人生の記憶がある」


父さんの笑顔が消えた。


「前の……人生?」


「うん」


そこから私は話した。


別の世界。


魔法が存在しなかった世界。


鉄で作られた巨大な機械が空を飛び、地球の反対側にいる人間とも瞬時に会話ができる。


人間は月へ行き、目では見えないほど小さな物質を調べ、星がどう生まれ、宇宙がどのように始まったのかまで研究していた。


病気を治す技術も発達していた。


心臓。


脳。


細胞。


細菌。


ウイルス。


人体の仕組みを調べ、壊れた部分を治し、ときには身体の中を切り開いて命を救う。


父さんは一度も口を挟まなかった。


ただ、黙って聞いていた。


「私はそこで七十四年生きた」


口にすると、自分でも妙な気分になる。


目の前にいる私は四歳。


小さな手。


小さな身体。


なのに頭の中には、七十四年間生きた人間の記憶が残っている。


「最初は医者になった」


「医者?」


「この世界でいう治療師に近いかな。病気や怪我を治す仕事」


父さんの表情が僅かに変わった。


昨日、私が怪我人の扱いに妙に詳しかった理由に気付いたのだろう。


「それから研究者になった」


物理学者。


世界の仕組みを研究する人間。


光。


熱。


電気。


重力。


物質。


宇宙。


目の前で起きている現象がなぜ起こるのか。


私はずっと、それを知りたかった。


「でも」


私は自分の小さな手を見る。


「本当に知りたかったものは、別にあった」


「何だ?」


「…魔法」


父さんが少し意外そうな顔をする。


「魔法?」


「うん」


子供の頃からずっと憧れていた。


炎を生み出す。


空を飛ぶ。


手を触れずに物を動かす。


現実には存在しない、不思議な力。


「だから勉強した」


世界の仕組みを知れば。


科学を突き詰めれば。


いつか、自分が魔法と呼んでいるものへ辿り着けるのではないか。


そんなことを本気で考えた時期もあった。


だがいくら調べても、いくら研究しても魔法は見つからなかった。


「最後には……存在しないって結論を出した」


父さんは黙っている。


「それから私は死んだ」


「……どうやって?」


「心臓が止まった」


正確には心筋梗塞だった可能性が高い。


だが、今それを説明しても仕方がない。


「それで次に目を覚ましたら……父さんたちがいた」


知らない天井。


知らない言葉。


小さくなった身体。


何が起きたのか分からなかった。


そして、指先に浮かんだ小さな光。


今でも覚えている。


あの瞬間を。


「嬉しかった」


七十四年間探して。


結局、存在しないと結論を出したものがここにはあった。


本物の魔法が。


「だから研究した」


魔素を調べた。


火を出した。


水を動かした。


空気を操った。


電気を発生させた。


自分の中にある魔素だけではなく、周囲に存在する魔素を取り込み、自分の魔法へ利用する方法も見つけた。


同じ魔素量でも、現象を理解して無駄なく作用させれば、より大きな結果を生み出せることにも気付いた。


私は覚えている限りのことを話した。


すると、父さんの顔がだんだん険しくなってきた。


「……待て待て」


「なに?」


「お前、いつからそんなことやってた?」


「…三歳くらいから」


「夜中に?」


「……主に」


「一人で?」


「……はい」


「危ない魔法も?」


「…危ないの定義によるかな」


「アル」


まずい。


声が一段低くなった。


「電気でちょっと腕が痺れたり」


「おい」


「風で木を切ったり」


「おい!」


「石を溶かしたり――」


「待て待て待て!」


父さんが勢いよく身体を起こそうとして。


「痛っ!」


「ほら! 動かない!」


「誰のせいだと思ってる!」


「私!?」


「今の話を聞いて誰が悪いと思う!」


怒られた。


前世の話より。


転生の話より。


夜中に一人で実験していたことの方を怒られた。


「お前な! もし何かあったらどうするつもりだった!」


「安全には気をつけてたよ」


「四歳児が夜中に一人で石を溶かすのを安全とは言わん!」


「それは……確かに」


反論できない。


父さんは頭を押さえ、大きく息を吐いた。


「ったく……」


「……信じるの?」


私は聞いた。


父さんの動きが止まる。


「前世の話」


「……」


「…普通は信じないと思うけど」


父さんはしばらく私を見つめた。


そして。


「分からん!」


そう答えた。


「え?」


「俺には、お前の言ってることが本当かどうか確かめる方法がない」


その答えは、少し意外だった。


「空を飛ぶ鉄の塊だの、月に行っただの、正直何を言ってるのか半分も分からん」


「……うん」


「前世なんて話も聞いたことがない」


父さんが左手を伸ばす。


私の頭へ乗せた。


「でも、お前が俺を助けてくれたのは本当だ」


「……」


「ユリーカを守ってくれたのもな」


大きな手。


温かい。


「それで十分だ」


「……前世が誰でも?」


「ああ」


父さんが笑う。


「七十四歳の爺さんだろうが」


「爺さん……」


「偉い学者だろうが、医者だろうが」


少し乱暴に頭を撫でられる。


「今のお前は、俺の息子だ」


「……」


まただ。


胸の奥が熱くなる。


視界が滲む。


昨日。


父さんと呼んだときと同じ感覚。


どうにもまだ慣れない。


「だから」


父さんの声が低くなった。


嫌な予感。


「二度と一人で危険な実験はするな」


「……」


「返事」


「はい」


「夜中に勝手に外へ出ない」


「はい」


「あと電気とかいうやつ」


「うん」


「一人では禁止」


「……一人では?」


父さんが私を見る。


「完全に禁止したところで、お前どうせ隠れてやるだろ」


「…そんなことは」


「やらないのか?」


「……」


答えに詰まった。


父さんは呆れたようにため息をつく。


「なら最初から、俺か誰かがいるところでやれ。危ないと思ったら止める」


「……分かった」


正直、完全禁止と言われると思っていた。


これなら研究は続けられる。


「ただし」


父さんが続ける。


「魔法を研究するなとは言わん」


私は顔を上げた。


「……いいの?」


「ああ」


「本当に?」


「お前からそれ取り上げたら、それこそ何するか分からんからな」


否定できない。


「その代わり、約束しろ」


父さんが小指を出した。


「自分の命を粗末にするな」


「……」


「知らないことを知りたい、魔法を研究したい、好きにすればいい」


父さんは私をまっすぐ見る。


「だが、生きて帰ってこい」


その言葉を聞いた瞬間、前世の最後を思い出した。


深夜の研究室。


誰もいない部屋。


胸の痛み。


床へ倒れ、一人で死んだ。


怖くはなかった。


七十四年生きたし、やりたい研究もした。


ノーベル賞まで取った。


もう十分だと、そう思っていた。


だが今は違う。


「……分かった」


私は父さんの小指へ、自分の小さな指を絡める。


「約束するよ」


この世界ではまだ知りたいことが山ほどある。


研究したい魔法も。


見たことのない現象も。


知らない場所も。


帰ってきたい場所もある。


「よし!」

 

父さんが笑った。


「約束だからな!」


「うん!」


そのとき、扉が勢いよく開いた。


「父さーん!」


ユリーカが入ってきた。


手には食事の乗った皿を持っている。


「ごはん持ってきた!」


「おお、ありがとうユリーカ」


ユリーカがこちらを見る。


「あれ? アルもいたの?」


「いたよ」


「何話してたの?」


「……」


私は父さんを見る。


父さんも私を見る。


一瞬だけ目が合った。


「男同士の秘密の話だ」


父さんが答えた。


「ちょっと、なにそれ!」


「秘密は秘密だ」


「もー!ずるい!」


ユリーカが頬を膨らませる。


私は思わず笑った。


前世のことはユリーカにはまだ話さないことにした。


隠したいわけではない。


ただ、すぐ全てを話す必要もないと思った。


いつか話せるときが来たらそのときでいい。


数日後。


父さんはまだベッドから動けなかった。


それでも村は少しずつ日常を取り戻し始めていた。


問題はあの魔獣だった。


私が凍結させたグラウスは、その後騎士たちによって処理され、身体や周辺の森についても調査が行われた。


その結果、いくつか奇妙なことが分かった。


グラウスが現れた森には、通常では考えられないほど濃い魔素が残っていた。


さらに、魔獣そのものにも異常があったという。


通常の個体より明らかに大きく、身体能力も高い。

何より保有する魔素量が多すぎる。


「……突然変異?」


私は机に広げた森の地図を見ながら、父さんから聞いた情報を整理する。


本来の生息地から遠く離れた場所に現れた魔獣。


異常な巨大化。


通常個体を上回る魔素量。


そして、森に残された高濃度の魔素。


偶然か?


もちろんその可能性はある。


だが、あまりにも条件が重なっている。


調べたい……


「駄目だぞ」


背後から声。


振り返る。


ベッドの上から父さんがこちらを見ていた。


「まだ何も言ってないよ」


「顔に書いてある」


「……」


「約束したばかりだろ」


「一人では行かないよ」


「誰かとなら行くつもりだったのか?」


「……」


「アル」


「分かってる」


今すぐ森へ向かうつもりはない。


少なくとも今は。


「それより」


父さんが一枚の紙を差し出した。


「何これ?」


「王都からだ」


「王都?」


この国の中心、国王が住む都市。


当然行ったことはない。


私は紙を受け取った。


だがまだこの世界の文字を完全には読めない。


「何て書いてあるの?」


「魔獣の件を報告した」


「うん」


「当然、お前のこともな」


「……」


嫌な予感がする。


「四歳の子供が、一人でグラウスを止めました」


「そうなるな」


「信じてもらえた?」


「信じてもらえなかったよ」


だろうな。


私でも報告書だけ見たら疑う。


「それで」


父さんが続ける。


「確認したいそうだ」


「何を?」


「お前を」


「……」


私は紙を見る。


王都。


今まで私が知っている世界のほとんどは、この村と周囲の森だけだった。


だが王都なら。


本がある。


魔法の専門家がいる。


研究施設も。


見たことのない魔道具も。


そして何より。


この世界で積み重ねられてきた魔法の知識がある。


「……行きたい」


即答だった。


父さんが呆れた顔をする。


「はぁ、そう言うと思った」


「いつ?」


「今すぐじゃない」


「明日?」


「違う!」


「一週間後?」


「話を聞け!」


どうやら正式に呼び出されたわけではないらしい。


今回はあくまで状況確認。


それに、四歳の私を王都へ連れていくつもりも、今のところ父さんにはない。


「じゃあ、いつ行ける?」


「そうだな……」


父さんが少し考え。


「まずは、ちゃんと魔法を学べ」


「学んでるよ」


「独学じゃなくてだ」


「……誰に?」


父さんが笑った。


「ユリーカの母親が使っていた魔法書が残ってる」


「……魔法書?」


思考が止まった。


「そんなものが家にあったの?」


「ああ」


「どこ!?」


「落ち着け!」


無理だ。


魔法書。


この世界へ来て初めて手に入る。

体系的に書かれたまともな魔法の資料。


「見たい!」


「分かった分かった!」


「今!」


「飯食ってからだ!」


「先に本!」


「飯!」


「本!」


「飯だ!」


「……」


父さんは頑固だった。


怪我人なのに。


夕食後。


一冊の古い本が私の前に置かれた。


革張りでかなり使い込まれている。

表紙にはこの世界の文字。


私はゆっくりと読む。


『魔法基礎理論』


「……」


胸が高鳴る。


ようやく。


この世界の人間が、魔法という現象をどのように理解しているのか知ることができる。


これまで私がやってきたのは。


観察。


実験。


推測。


ほとんどが独学だった。


だが、この世界では私より遥か昔から魔法が使われている。


何百年。


あるいは何千年。


その間に蓄積された知識があるはずだ。


私が知らない法則も。


魔素の正体へ近づく理論も。


すでに発見されているかもしれない。


期待しながら私は表紙を開いた。


最初のページ。


そこには、こう書かれていた。


『魔法とは、魔素を六つの属性へ変換することで発生する現象である』


「……」


手が止まった。


もう一度読む。


火。


水。


風。


土。


光。


闇。


世界を構成する六属性。


全ての魔法は、この六つのいずれかに属する。


「……違う」


思わず声が漏れた。


父さんがこちらを見る。


「どうした?」


「……いや」


私は答えず、ページをめくった。


火属性、魔素を炎へ変換する。


水属性、魔素を水へ変換する。


風属性、魔素を風へ変換する。


土属性、魔素を大地へ変換、あるいは干渉する。


光。


闇。


ページをさらにめくる。


しかしどこにも書かれていない。


なぜ?


どうやって?


魔素が炎になるとは、具体的に何が起きている?


魔素そのものが物質へ変換されるのか?


それとも既存の物質へ作用している?


どれだけの魔素を使えば、どれだけの熱量が生まれる?


変換効率は?


損失は?


温度は?


圧力は?


魔素量と現象の規模には、どんな関係がある?


何もなかった。


代わりに書かれているのは。


イメージ。


詠唱。


適性。


感覚。


より鮮明に炎を想像せよ。


魔素の流れを感じよ。


属性との親和性を高めよ。


「……これが」


私は本を見つめる。


「この世界の魔法理論……?」


一瞬、落胆しかけた。


もっと進んでいると思っていた。


私が八十年近く待ち続けた魔法という現象を、この世界の人々は生まれたときから知っている。


なら当然、私より遥か先まで研究しているものだと思っていた。


だが違う。


少なくとも、この本に書かれている内容を見る限りでは。


この世界は、魔法を使う方法は知っている。けれど、魔法がなぜ起こるのかはほとんど説明できていない。


私はもう一度、最初のページへ戻る。


『魔法とは、魔素を六つの属性へ変換することで発生する現象である』


本当に?


なぜ六つなのか。


なぜ火と水と風と土と光と闇なのか。


昨日、私が使った冷却はどこに入る?


熱を奪っただけなら水属性なのか?


では電気は?


風属性?


なぜ?


魔素そのものに属性が存在するという証拠は?


「……」


口元が。


勝手に上がっていった。


「アル?」


父さんが怪訝そうにこちらを見る。


落胆ではない。


むしろ逆だった。


まだ分かっていないことがある。


それも山ほど。


この世界では何千年も魔法が使われているのかもしれない。


だが、使えることと理解していることは違う。


前世でも同じだった。


人類は物が地面へ落ちることを、重力という言葉が生まれる遥か昔から知っていた。


雷も。


星も。


病気も。


ずっと存在していた。


それを、なぜ起こるのか。

どういう法則に従っているのか。

一つずつ調べていったから科学になった。


なら魔法だって同じはずだ。


「父さん」


「なんだ?」


「紙ほしい」


「紙?」


「いっぱい」


「何に使うんだ?」


私は魔法書を閉じる。


頭の中ではすでにいくつもの疑問が並び始めていた。


魔素とは何か。


属性とは何か。


魔素量と出力の関係。


現象ごとの消費量。


距離による損失。


制御精度。


詠唱の意味。


魔法陣の構造。


そして、そもそもこの本に書かれていることは、本当に正しいのか。


私は笑った。


「新しい魔法理論を作る」


父さんはしばらく黙っていた。


「……お前、四歳だよな?」


「今はね」


前世では、世界の法則を研究した。


光を。


熱を。


物質を。


宇宙を。


そして今世ではそこに、魔法という未知の現象が加わった。


ならば、やることは同じだ。


観察する。


仮説を立てる。


実験する。


結果を見る。


間違っていれば修正する。


何度でも。


火とは何か。


水とは何か。


魔素とは何か。


属性とは何か。


そして魔法とは一体何なのか。


既存の理論が答えてくれないのなら。


自分で調べればいいし、自分で確かめればいい。

そしていつか答えを見つければいい。


こうして、後に世界中の魔法使いが学ぶことになる全く新しい学問。


『魔法物理学』


その最初の研究が。


小さな村の一冊の古びた魔法書と、一人の四歳児から始まった。


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