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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第六章 封じられた研究

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第47話 開くためではなく

地下百メートルの結界が三重円の術式と約二・七分の周期に反応し、検査棒が最初の境界を越えた。


その事実だけを見れば、私たちが最初に立てた仮説は単純だった。


あの結界には通過条件がある。


八十七メートル地点に残されていた『許可』『維持』『接触』という古代文字、三つ並んだ円形の窪み、三重円にだけ強く反応した結界、さらに外側の境界を越えた検査棒。


少なくとも前回の調査では、それらが一つの仕組みを構成しているように見えた。


ただし、研究というものは都合のいい結果が出たときほど疑った方がいい。


特に今回は、私自身が結界の向こうへ行きたがっている。


そんな人間の解釈ほど信用できないものはない。


翌日、王立魔法研究院の会議室には前回の測定記録が広げられていた。


私、リーナ、グレアム、ラウエル、ソフィア、それに古代文字を専門とする研究員が二人加わり、壁面の写しと結界反応の記録を朝から何度も見直している。


「だから私は『開いた』とは言っていない」


ラウエルが言った。


「私も言ってませんよ」


「お前は言った」


「『通せる』って言っただけです」


「ほぼ同じだろ」


……違うと思う。


隣でリーナが小さく笑った。


ソフィアはそんなやり取りを無視して、前回採取した波形を机へ並べている。


「気になるのはここなのよね」


指されたのは、三重円を結界へ接触させた直後の記録だった。


外側の境界が変化し、検査棒が約五十センチ進入できた瞬間、結界全体の魔素密度が僅かに上昇している。


私は紙を覗き込む。


「開いたなら、普通は下がりそうですね」


「そうなの。通路を作ったなら、その部分の出力が落ちるか、少なくとも局所的に薄くなると思った。でも実際は逆」


「強くなってる」


リーナが言う。


ソフィアが頷いた。


「ほんの数パーセントだけどね」


私は前回の状況を思い返した。


三重円を接触させ、二・七分周期と重なった瞬間に外側へ光の輪郭が現れた。


そこへ検査棒を入れると、それまで止められていた位置を越えて五十センチほど進み、その先にもう一層の境界があった。


私たちはそれを、一段目の認証が通った可能性として考えた。


だがもし違うなら。


「外側が開いたんじゃなくて、押し込まれた?」


私が言うと、ラウエルがこちらを見た。


「続けろ」


「三重円に反応して結界面が一時的に変形しただけなら、検査棒が入ったように見えた説明がつきます。外層を通過したんじゃなく、外層そのものが奥へ下がった」


リーナが記録を引き寄せる。


「だから五十センチ先でまた止まった?」


「多分。二層目だと思ってたものが、本当に別の結界だったのかも怪しい」


グレアムが腕を組んだ。


「一枚の結界に厚みがある、ということか」


「それか、複数の層が連動していて、一つを押すと別の層が補強する」


言いながら少し嫌な感じがした。


もしそうなら、これは門とは正反対だ。


そこへ、古代文字を調べていた研究員が声を上げた。


「ラウエル主任、八十七メートル地点の刻印ですが、前回の読み方を修正した方がいいかもしれません」


全員の視線が集まる。


机の上には壁面を写し取った紙がある。


『この先』


『許可』


『維持』


『接触』


そう読んでいた部分だ。


研究員は三番目と四番目の文字を指した。


「この時代のエルグラッド文字は、単語だけでは意味が確定しない場合があります。前後の記号が欠けているので断定できませんが、『許可』と訳した部分は、正確には『許す』『通す』に近い語幹です」


「同じじゃないの?」


リーナが聞く。


「単独なら。ただし直前に否定記号があった可能性がある」


私は顔を上げた。


「この削れてるところですか?」


「ええ。ここです」


写しを見る。


確かに『許可』と読んだ文字の手前には、欠損した小さな刻みが残っている。


「もしこれが否定記号なら?」


研究員が少し間を置いて答えた。


「『通すな』、あるいは『許すな』になる可能性があります」


部屋が静かになった。


ラウエルが椅子へ深く座り直す。


「前回と随分意味が変わるな」


「だから確定できなかったんです。ただ、今回追加で見つかった文字と合わせると、こちらの方が文章として自然です」


研究員が別の写しを並べた。


前回、『三』『順』『段』に近いとされた部分。


そこにも追加で読み取れた文字がある。


「これは『順序』というより、『重ねる』『重なり』の意味かもしれません。そして、その後ろにある文字は……」


研究員が指でなぞる。


「『維持』ではなく、『封じる』に近い可能性があります」


私は椅子から少し身を乗り出した。


「つまり?」


「まだ文章全体は復元できません。ただ、少なくとも『三段階の許可を得て進め』という内容には見えません」


ソフィアが呟く。


「逆かもしれないってことね」


誰も聞き返さなかった。


数時間後。


私たちはもう一度、エルグラッド地下遺跡へ向かっていた。


前回より人数は少ないが、実験装置は増えている。


今回は人間が結界へ近づく必要をできるだけ減らすため、長い測定棒だけではなく、魔素を流せる細い導線と圧力を測る器具まで持ち込んだ。


もちろん、S-071は研究院に置いたままだ。


ラウエルがそれだけは譲らなかったし、私も今回は賛成だった。


結界が本当に「通すための門」ではない可能性が出てきた以上、正体不明のS-071を持ち込む理由はさらに減った。


地下百メートル、昨日と同じ場所。


何も見えない透明な境界が、今日も変わらず通路を塞いでいる。


私は距離を取り、空中へ三重円を形成した。


一枚。


まだセレナの二十一枚には遠いが、昨日と同じ形を再現する程度なら安定して維持できる。


「昨日と同じ出力でいくよ」


リーナが記録板を構える。


「うん。私が時間見る」


三重円をゆっくり結界へ近づける。


接触。


薄い波紋。


ここまでは昨日と同じ。


私は魔素量を固定したまま二・七分周期を待った。


やがて測定器の針が動き、結界面に淡い光の輪郭が現れる。


昨日なら、ここで「開いた」と思った。


今日は違う。


「測定棒、入れます」


調査員が長い測定棒を光の輪郭へ押し込む。


十センチ、二十センチ、三十センチ。


昨日と同じように入っていく。


だが今回は、棒の先端だけでなく途中にも複数の測定点を付けている。


「負荷、上がってます」


「どの位置?」


「先端じゃありません。結界に入った部分全体です」


私は眉を寄せた。


「全体?」


「はい。奥へ押すほど、棒の側面にも圧力が掛かってる」


やはり、通路が開いているわけではない。


もし穴が開いたなら、通過した部分への圧力は消えるはずだ。


ところが実際には、結界の中へ入った部分すべてが締め付けられている。


「もう少しだけ」


ラウエルが許可する。


測定棒を四十センチ、四十五、五十。


昨日止まった位置。


そこで急激に圧力が上がった。


棒が軋む。


「止めろ」


すぐに引き抜く。


戻ってきた金属棒には傷こそないものの、僅かな歪みが残っていた。


リーナが触れずに覗き込む。


「これ、人だったら……」


「……試さなくて良かった」


グレアムが結界へ微量の魔素を送る。


昨日と同じ三重円の反応中、その魔素は光の輪郭へ入り込んだ。


だがその直後、結界内部で細く引き伸ばされ、複数方向へ分散してこちら側へ戻ってきた。


「やはり、通してない」


私は言った。


グレアムが頷く。


「取り込んで、崩して、返しているように見えるな」


「じゃあ昨日の反応は……」


リーナが言葉を止める。


私は結界を見る。


「侵入を許可したんじゃない。何かされたから、それに合わせて形を変えただけだ」


三重円は鍵ではなかった。


少なくとも、鍵として機能した証拠はない。


私は空中魔法陣を消した。


光の輪郭も薄れ、結界は再び何も見えない状態へ戻る。


その直後、測定器の数値が少し変わった。


「待って」


ソフィアが別の計器を見る。


「結界の魔素密度、上がったままよ」


「どれくらい?」


「昨日の調査前より二・三パーセント高い」


ラウエルの表情が固くなる。


「自己補強か?」


私も測定する。


結界へ触れさせた三重円の構造を、向こう側が覚えたわけではないだろう。


だが、刺激を受けたあとに強くなっている。


「これ……突破されそうになったから補強した?」


リーナが言う。


誰も否定しなかった。


私は外部魔素の流れを見る。


昨日までは、結界の数メートル手前から大半の魔素が左右へ避けていた。


今は避け始める位置が少し遠い。


昨日より早く、流れが曲げられている。


結界そのものだけではない、周囲の環境まで変えている。


「……適応してる」


思わず声が出た。


ラウエルがこちらを見る。


「何に?」


「私たちの干渉に。昨日三重円を当てたから、今日はその影響を受けにくいように外側の流れが変わってる可能性があります」


「二千年前の術式が?」


ソフィアが驚いたように聞く。


「分からないです。でも固定された壁なら、昨日と今日で反応が変わる理由がない」


私は測定器を動かしながら、結界の左右を確認する。


完全な学習というほど高度なものなのか、それとも単純に負荷を受けると防御層を補強する仕組みなのかは分からない。


ただ一つだけかなり確信が持てた。


これは、人を通すための結界ではない。


「……昨日の仮説、撤回します」


私が言うと、ラウエルが少し意外そうな顔をした。


「随分素直だな」


「間違ってたら直します」


「そこは研究者らしいな」


……褒められたのか分からない。


リーナが結界を見る。


「じゃあ、何のため?」


私は少し考えてから答えた。


「……中へ入れないため」


「それだけ?」


「多分、それだけじゃない」


壁ならもっと簡単な作り方がある。


通路そのものを潰してしまえばいいし、物理的に埋めてもいい。なのに古代エルグラッドは、二千年以上動き続ける術式を使ってまで、この先を封じている。


しかも一度何かが干渉すれば、結界は形を変え、負荷を分散し、さらに補強する。


守っているというより、閉じ込めている。


そんな印象の方が近い。


「向こう側に、出したくないものがある?」


リーナが言った。


その可能性もある。


私は通路の向こうを見る。


結界越しに見えるのは、昨日と同じ石造りの通路だけだ。


何かが動いている気配はない。魔獣の反応もない。


それなら、別の可能性。


「物じゃなくて、機能かもしれない」


グレアムが聞く。


「機能?」


「この遺跡自体に、動かしたくない何かがある。だから人が入って触れないようにした」


言いながら、透明な石に映った景色が頭をよぎった。


三つの輪を持つ塔、遠くからこちらを見ていた人影、S-071、そしてノエル。


まだ繋げれるだけの証拠はない。


それでももし、古代エルグラッドが何かを残したのではなく、何かを止めたのだとしたら、意味は大きく変わる。


そのとき、ソフィアが結界の右側にある壁を調べながら声を上げた。


「ここ、昨日より見えるわ」


何のことかと思って近づく。


壁面には古代文字がある。


結界へ魔素を流した影響なのか、薄く光が走り、これまでただの傷だと思っていた線が文字として浮き上がっていた。


古代文字の研究員が写しを取り、その場で対応表と照合する。


「読めるか?」


ラウエルが聞く。


「一部だけです。ただ……これはかなり重要かもしれません」


研究員の指が最初の文字へ移る。


「『起動』」


次。


「『再び』、あるいは『再度』」


そして最後の部分。


「『防ぐ』」


全員が黙った。


起動、再び、防ぐ。


私はその三つを頭の中で繋げる。


再起動を防ぐ。


「……何の?」


リーナが聞いた。


誰も答えられない。


文字の前後は欠けている。


対象を示す部分も読めない。


まだ何が再び動くのかは分からない。


でも、結界の目的について初めてかなり直接的な言葉が出てきた。


私は結界を見る。


昨日までは、向こうへ行くための扉に見えていた。


今は違う。


この先へ誰かを通すためではなく、誰にも触れさせないため。


そして、何かを二度と動かさせないため。


そのために作られた。


……封印、か。


「……これ、入らない方がいいやつでは?」


リーナが言う。


グレアムが即答する。


「ようやく気付いたか」


「いや、入る気はあります」


「アル」


「調べるためです。今すぐ入るとは言ってません」


ただ今回は私も少しだけ怖かった。


未知だからではない、二千年以上前の人間たちがここまでして止めようとしたものがある。


その事実が初めて形を持ったからだ。


ラウエルが調査終了を宣言し、結界へ触れた機器をすべて回収する。


今日はもう刺激を与えない。


それには私も反対しなかった。


八十七メートル地点へ戻る途中。


私は三つ並んだ円形の窪みの前で一度だけ足を止めた。


前回は通過条件に見えたが、今なら別の意味にも見える。


三つの鍵ではなく。


三つの封鎖…?


一つ破られても次が止める。


二つ破られても最後が止める。


そういう思想?


「アル?」


先を歩いていたリーナが振り返る。


「今行く」


私は壁から離れた。


S-071との関係はまだ分からない。


ノエルがこの結界をどう考えていたのかも、透明な物体が見せた三つの輪の塔が、この先に実際に存在するのかさえ証明されていない。


それでも私たちは一つだけ。


大きく考えを改めることになった。


地下百メートルにあるのは、開かれるのを待っている門ではない。


何かが再び動き出すことを防ぐために。


二千年以上。


今も働き続けている封印だった。

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