↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第六章 封じられた研究

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/48

第45話 地下百メートルの結界

S-071-01へほんの僅かな魔素を与えた瞬間。


透明な石が一回、二回、三回と規則的な明滅を返した。


あれから三日。


王立魔法研究院では、その反応を再現する実験は行われていない。


やろうと思えばできるのだろうが、四十一年前にノエル・バークとS-071-02が消失した事故を考えれば、反応が確認できたからといって何度も魔素を流し込むのは危険すぎる。


ラウエルの判断は賢明だった。


ただし、何も調べないわけではない。


次に調べるべきなのは装置ではなく、反応が示している可能性のある場所。


古代エルグラッド地下遺跡だった。


私たちがエルグラッド地下遺跡へ入るのは、今回が初めてだ。


「まさか、こんなに早く出発するとは思ってませんでした。」


私は遺跡へ続く石造りの階段を見下ろしながら呟いた。


先頭に立つラウエルが振り返りもせずに答える。


「行きたがっていた人間が言うことか?」


「もっと準備に時間がかかると思ってたんですよ」


「かけたわ。お前が知らんところでな」


「………」


今回は初めての調査ということもあって、準備の規模が大きい。


私とリーナ、グレアム、ラウエル、ソフィアに加え、王立魔法研究院の調査員が四人。


さらに王国騎士団から護衛が付き、地上の入口と地下の中継地点には、それぞれ別の待機班まで配置されている。


バルディオス戦のあと、私たちが北東山地で確認していた魔脈と、古代エルグラッド周辺の魔素流が改めて調べ直された。


北東山地で観測した複数の流れのうち、一部がエルグラッド方面へ続いている可能性は、以前よりかなり高くなったらしい。


さらに、S-071-01の吸収量が増える直前だけ周囲の魔素流が北東へ偏ること、透明な石とS-071-01の反応周期が一致し始めたこと、そして低出力実験で両者が同時反応したことまで重なった。


どれか一つなら偶然と言える。


全部が同じ方向を向き始めると、そう簡単には片付けられない。


「S-071は持ってこなかったんですね」


隣に立つリーナが聞いた。


ラウエルが今度は振り返った。


「持ってくるわけがない」


「……ですよね」


「四十一年前に人間一人と一緒に消えたS-071を、正体も分からんまま初めて入る地下遺跡へ運ぶほど、私は勇敢ではない」


「……臆病の間違いでは?」


小声で呟いた。


「ばかもの! 慎重と言え!」


……怒られた。


今回持ち込まれたのは、通常の魔素測定器、流向計、距離計、それに複数の記録板だけだ。


透明な物体も研究院に残してある。


つまり今日の目的は、S-071とエルグラッドの関係を調べるわけではない。


地下遺跡の構造を、安全を確認しながら調べること、そして可能なら既存の記録より深い場所まで進むことだ。


私は階段の先へ視線を向けた。


地上から見えるのは、崩れた石壁と、地下へ続く暗い入口だけ。


これまで資料の中でしか知らなかった場所。


ノエル・バークが調査した場所。


S-071の手掛かりがあるかもしれない場所。


その地下へ、私たちは今から初めて入る。


「アル」


リーナが声を掛けてくる。


「何?」


「緊張してる?」


「…してないよ」


「アル…嘘でしょ」


「…まぁ少しだけね」


「やっぱり」


私は否定しなかった。


階段を降り始める。


最初の数段は、地上から差し込む光がまだ届いていた。


だが十段、二十段と進むにつれて、周囲は急速に暗くなっていく。


調査員たちが魔法灯を点ける。


淡い光が石壁を照らした。


石造りに見える壁の一部には、現在の加工技術では再現が難しいほど滑らかな面がある。


その一方で、天井の一部は崩れ、床には長い年月で積もった砂や細かな石が残っていた。


古代文明だからといって、全てが完全な状態で残っているわけではないらしい。


「本当に地下遺跡なんだな」


私が呟く。


「何を想像していたの?」


ソフィアが聞いた。


「もっと全部が綺麗に残っているのかと」


「古代のものだもの、崩れるものは崩れるわ」


「それもそうですね」


壁へ触れない程度まで手を近づける。


微弱な魔素。


地下へ入ったばかりだというのに、壁の奥からかすかな反応が返ってきた。


「……術式が残ってる」


私が言うと、ソフィアが隣へ来た。


「どこ?」


「壁の中。かなり薄いけど、何かが動いてる」


ソフィアが測定器を向ける。


「本当ね。古い術式の残滓かしら」


「残滓にしては安定してますね」


「まだ入ったばかりよ。詳しくはわからないわ」


その通りだ。


私たちはまだ、遺跡の入口に近い場所にいる。


ここがどれほど広く、どれほど深いのかも分かっていない。


「これ、本当にどうやって維持してるんだろう」


「……また始まった」


リーナが言う。


「気にならない?」


「気になるけど、今日は先に進む日でしょ」


正しい。


……最近、リーナまで私を止めるようになってきたな。


入口付近では、崩落した区画や古い調査用の目印がいくつも見つかった。


過去に何度か調査隊が入っているらしい。


ただし、記録によれば地下五十メートル付近から先は通路が複雑になり、安全確認にも時間が掛かっていた。


そのため、まとまった調査はあまり進んでいない。


私たちは既存の記録と照らし合わせながら、一つずつ深い区画へ進んでいく。


二十メートル、三十、四十。


途中には、古い調査隊が残した印があった。


壁に刻まれた番号。


床に置かれた金属杭。


崩落の危険がある場所を示す赤い布。


それらを確認するたびに、ここが誰かの記録の中だけに存在する場所ではなく、実際に人が歩いてきた場所なのだと実感した。


地下五十メートル付近に到達すると、ラウエルが記録板を確認した。


「ここから先は、過去の調査でも進行速度が落ちている」


「危険だから?」


「そうだ。危険な場所が増えるし、魔素の流れも複雑になる」


「じゃあ、いよいよここからが本番ですね」


「そういう言い方をするな。これは調査だ」


「はい!」


「楽しそうに返事をするな!」


……怒られた。


六十メートル、七十メートル。


この辺りから、壁面に残る術式の密度が少し増えた。


ただし何かが暴走しているわけではない、魔素が異常に噴き出しているわけでもない。


むしろ逆だった。


「……綺麗すぎる」


私が言うと、ソフィアが頷いた。


「私もそう思ったところ」


「壊れてないってこと?」


リーナが聞く。


「全部ではないけれど、この辺りの術式は上層より状態がいいわ。魔素の流れも安定している」


私は測定器を見る。


確かに変動が少ない。


初めて入る古代の地下施設へ深く潜っているのに、危険な場所へ近づいている感覚とは少し違う。


……何かに守られているような。


いや、その表現はまだ早い。


単純に、重要区画ほど維持機構が多かった可能性もある。


地下八十メートルを過ぎたところで、通路の形が変わった。


それまで何度かあった分岐が急に減り、幅の広い一本の通路へ収束していく。


ラウエルが足を止める。


「ここから先は記録が薄い」


「未調査?」


「正確には、途中まで調査されている。ただし四十年以上前のものが多い」


その言い方で分かった。ノエルの時代だ。


「ノエルも来た?」


「可能性は高い。本人の名前が残っている記録はないが、年代が一致する」


私は通路の奥を見る。


S-071を研究していた時期に魔脈を追ったノエル、地下施設。


ここまで来たのか、それとももっと先まで進んだのか。


「アル」


グレアムが横から声を掛ける。


「勝手に走って進むなよ」


「走りません」


「顔が走っている」


……いや顔は走らないだろっ! 


声には出してないが、心の中で思わず突っ込んでしまった。


八十五メートル、八十六、八十七。


その付近で、先頭の調査員が手を上げた。


「壁面に刻印があります」


全員が止まる。


右側の壁。


古代文字が一列だけ刻まれていた。


かなり擦れているが、ソフィアが携帯していた対応表と照らし合わせる。


「完全には読めないけど……『この先』『許可』『維持』『接触』。そんな単語がある」


「警告文?」


リーナが聞く。


「可能性はある。でも『危険』に相当する文字は見当たらない」


私は壁面を見る。


そのすぐ下に、小さな円形の窪みが三つ並んでいた。


……三つ。


その数だけで三つの輪の塔を連想してしまう。


だが形が違うし、意味も分からない。


ラウエルが記録を取らせる。


「ここから先、測定間隔を半分にする。壁、床、天井すべて確認しろ」


「…これってもしかして結界なのでは?」


私が聞く。


ラウエルがこちらを見る。


「ほう、なぜそう思う」


「『許可』と『接触』。重要区画へ入る前の制限に見えるからです」


「推測としては悪くない。ただし、あくまで推測にすぎん」


「分かってますよ」


……最近この会話増えたな。


そこから十メートルほど進んだところで、私は違和感に気付いた。


魔素の流れそのものは安定している。


だが、前へ伸ばした感知が途中で妙に薄くなる。


消えているわけではない。


戻ってくる感じに近い。


「止まってください」


全員が止まった。


グレアムが私を見る。


「何だ?」


「前方です。魔素が通らない」


ラウエルがすぐ測定器を確認する。


「位置は?」


私は慎重に前へ進み、手を伸ばさずに距離を測る。


「あと六メートルくらい」


ソフィアが別の測定器を向けた。


反応が、正面から返ってくる。


「……何かある」


リーナが目を細める。


「何も見えないけど?」


私にも見えない。


通路はそのまま奥へ続いているし、壁も床も変わらない。


ただ、そこには明確な境目がある。


全員が慎重に距離を詰める。


残り三メートル、二メートル、一メートル。


そこで、ラウエルが用意させていた細い検査棒を前へ出した。


金属棒の先端が、空中で止まった。


音はない、火花もない。


しかし、透明な壁に触れたようにそれ以上進まない。


「……結界だ」


リーナが呟いた。


グレアムが前へ出る。


手では触れず、微量の魔素だけを飛ばす。


魔素は境界へ到達した瞬間に拡散し、こちら側へ戻ってきた。


「……これは、かなり強いな」


「壊せそうですか?」


私が聞く。


グレアムがこちらを見る。


「そんなこと聞くな!」 


「…気になっただけです」


「壊せたとしても壊さない」


分かっている。


私は結界を観察した。


攻撃性はない、触れた検査棒を弾き飛ばすわけでも、こちらへ魔法を返すわけでもない。


ただ通さない。


二千年以上、ここにあり続けている。


ソフィアが壁際を調べていた。


「こっちに術式があります」


結界の左右。


壁の内部へ埋め込まれたような古代術式。


上層のものより遥かに複雑で、線の大半は壁の奥へ続いているため全体像すら見えない。


「稼働してる?」


「してる。しかもかなり安定してる」


私は思わず笑ってしまった。


「はは……二千年もの間稼働しているとは」


「笑うところ?」


リーナが聞く。


「すごすぎて」


……研究者なら当然そうなる…はず。


ラウエルが古い探索記録を広げた。


現在位置。


地下約百メートル。


そこで指が止まる。


「記録と一致する」


「昔にも見つかってたんですか?」


「存在だけはな。ただし突破方法が分からず、長期間保留されていたようだな…」 


「ノエルの時代も?」


ラウエルが少し黙った。


「恐らく」


私は結界を見る。


ノエルはここを知っていた。


それから魔脈を追い、S-071へ辿り着き、最大出力実験で消えた。


順番が重要だ。


エルグラッド地下遺跡、結界、魔脈、S-071。

 

どれが先に繋がったのかはまだ分からない。


「記録にS-071との関係は?」


私が聞く。


「ない」


ラウエルは即答した。


「少なくとも現存資料には、この結界とS-071を直接結びつける記述は見つかっていない」


……やはり。


そこを勝手に繋ぐべきではない。


私は結界の前に立った。


向こう側は見える、通路がさらに続いている。


十メートルほど先で緩く曲がり、その先は見えない。ただそれだけ。


三つの輪の塔も、人影も、何もない。


それでも、妙に気になる。


「アル」


リーナが横へ来る。


「何?」


「また変な顔してる」


「どんな?」


「入りたいって顔」


……どんな顔だよ。


でも否定はできない。


グレアムが後ろから言う。


「今日は入らんぞ」


「分かってます」


「本当に?」


「今日は、ですよね?」


「はぁ、まったくそう言うとこだぞ…」


調査員たちは結界の幅、高さ、魔素反応、壁面術式の位置を記録し始めた。


私は邪魔にならない範囲で周囲を見る。


そこで一つだけ気付いた。


結界へ向かう魔素の流れ、周囲の魔素が結界を避けている。


ぶつかって散っているのではない、境界の少し手前から左右へ分かれている。


私はしゃがみ込み、測定器を床近くへ置く。


「リーナ、こっち見て」


「何?」


「流向」


リーナも測定器を見る。


「……曲がってる」


「うん」


上、下、左右。


どこも同じ。


結界へ真正面から魔素が流れ込まない。


壁に当たる水ではなく、岩を避ける川のように。


「結界そのものが、周囲の魔素の通り道を変えてる?」


リーナが言う。


私はすぐに答えなかった。


外部魔素制御。


私がバルディオス戦でやったことに少し似ている。


もちろん規模、精度、維持時間も比べ物にならない。


私は数十メートルの範囲を数十分しか維持できない。


それに対して、この結界は二千年以上。


「……古代人、嫌になるくらい先を行ってるな」


グレアムが聞いた。


「何か分かったか?」


私は測定結果を見せる。


「結界が魔素を止めているだけじゃないです。近づく前から流れを変えてる。多分、真正面から受ける量そのものを減らしてる」


ラウエルも測定値を見る。


「負荷軽減か」


「可能性はあります。全部を弾くより、最初から避けさせた方が維持に必要な魔素は減る」


ソフィアが壁の術式を見る。


「だから二千年保ってる?」


「それだけが理由とは思わないですけど、少なくとも効率はかなりいいはずです」


私は結界を見る。


以前なら、どう壊すかを最初に考えたかもしれない。


でも今は違う。


どう作られているのか、なぜここを閉じたのか。


そこが知りたい。


そのとき、私の腰に付けていた測定器の針が僅かに動いた。


しばらくしてもう一度。


私は時計を見る。


「……待って」


「何だ?」


ラウエルが寄ってくる。


再び針が動く。


大きな変化ではない。


だが間隔、約二・七分。


私は結界を見る。


「これ……」


リーナも気付いた。


「S-071と同じ?」


誰もすぐには答えなかった。


私は測定器を結界へ近づける。


反応は僅かに強くなった。


二・七分。


また揺れる。


S-071-01、透明な石、エルグラッド地下百メートルの結界。


同じ周期。


ラウエルの表情が完全に変わった。


「全記録を取れ。今日はそれ以上近づくな」


「……もう近づいてますけど?」


「アル」


「……はい」


怒られる前に私は黙った。


私は結界の向こうを見る。


何も見えない。


ただ通路が続いている。


でも初めて、S-071とエルグラッド地下深部の間に、偶然では片付けにくい一つの数字が重なった。


二・七分。


それが何を意味するのかまだ分からない。


S-071が結界を作っているとも、結界を開く鍵だとも何も証明されていない。


ただ、四十一年前にノエル・バークが追いかけていたもの。


その足跡の先に、私たちはようやく立った。


地下百メートル。


透明な結界の前。


その向こう側へ行く方法はまだない。


でも、扉があることだけは分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。