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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第六章 封じられた研究

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第44話 一年後の扉

厄災級魔獣バルディオスとの戦いから、季節が一つ巡った。


正確に言えば、私が王立魔法学院へ入ってからもうすぐ一年になる。


十二歳で学院へ入り、適性検査で妙な結果を出し、魔法陣を弄り、論文を書き、王立魔法研究院へ顔を出し、魔脈を追い、最後には厄災級と戦った。


改めて並べると、少し詰め込みすぎな気がする。


そして私は十三歳になった。


「アル、聞いてる?」


「聞いてるよ」


「……絶対聞いてなかった」


向かいに座るリーナが呆れた顔をしている。


場所は学院の食堂。


昼食の時間だった。


「何の話だっけ?」


「ほら!」


「いやいや、確認しただけだよ」


「聞いてなかったんじゃん」


……ばれた。


バルディオス戦のあと、私はしばらく強制的に休まされた。


と言っても完全な休養ではない。


通常の講義には出たし、リーナと測定結果を整理したり、ミレイユと治癒魔法について話したりもした。


禁止されたのは、大規模実験と危険な術式だけだ。


その期間が明けると、今度はセレナから空中魔法陣の基礎を教わった。


最初の課題は、空中に円を一つ維持するだけ。


簡単だと思ったが、実際は全然簡単ではなかった。


紙や地面へ描いた魔法陣なら、線はそこに残る。


空中魔法陣では、線を作ること、形を維持すること、座標を固定すること、魔素を供給すること、その全てを術者自身が続けなければならない。


最初の一枚は歪んだ。


二枚目は途中で消えた。


三枚目でようやく安定した。


そこから一週間ほどで三枚。


さらに増やそうとしたところでセレナに止められた。


「増やす前に精度を上げなさい」


と言われたので、今は一枚を動かしながら変形させ、途中で術式を書き換える練習をしている。


……面白い。


非常に面白い。


ただし、今日はその話ではない。


「ユリーカ、今日からだよね?」


リーナが言った。


「ああ、その話?」


「……それを話してたんだけど」


また怒られた。


学院が終わったあと、私はリーナと一緒に西側の職人街へ向かった。


例の工房へ着くと、中から金属を削る音が聞こえてくる。


扉を開ける。


「遅い!」


ユリーカがいた。


作業着姿で髪をまとめ、手には工具を持っている。


完全に馴染んでいる。


「はぁ、学院があるんだから仕方ないでしょ」


「今日は記念日なんだから、もう少し急いでもいいじゃない!」


「記念日?」


リーナが聞く。


ユリーカが胸を張った。


「今日から正式に弟子入りしたの!」


「おお」


私は拍手した。


「反応薄くない?」


「いや、前から毎日来てたし」


「それとこれとは違うの!」


確かに違う。


王都へ来てから、ユリーカは何度もこの工房へ通っていた。


最初は見学、次に簡単な手伝い。


そのうち加工機の整備や術式板の交換まで任されるようになり、バルディオス戦の後も王都に残って働いていた。


そして今日。


正式に工房へ弟子入りした。


奥から工房主が出てくる。


「こいつは手先が器用だ。それに魔道具を怖がらん」


「褒められてる…よね?」


ユリーカが聞く。


「半分な」


「…半分なんだ」


「こいつは勝手に分解するからな」


それはなんか分かる。


「村には帰らないの?」


リーナが聞く。


ユリーカは少しだけ表情を変えた。


「しばらくは王都にいる。ここで覚えたいことがいっぱいあるし、親方も置いてくれるって言ってくれたから」


「寝るところは?」


「工房が紹介してくれた部屋。そんなに遠くないよ」


私は頷いた。


少し不思議だった。


家族三人で暮らしていた頃から考えれば、随分変わった。


私が学院、ユリーカが工房。


工房を出たあと、王都西門まで向かった。


そこには馬と荷物を用意したダンネルが待っていた。


「本当に今日帰るの?」


私が聞く。


「何回目だ、その質問」


「んー、三回くらい?」


「はぁ……五回目だ」


いつのまにかそんなに聞いたらしい。


ダンネルは騎士団本部での仕事を終えたあとも、しばらく王都に残っていた。


理由は私とユリーカ。


本人は「たまたま任務が続いただけだ」と言っていたが、もはや誰も信じていない。


ユリーカの弟子入りが正式に決まり、私も学院で一人で生活できている。


ようやく、帰る気になったらしい。


「ユリーカは工房。アルは学院。俺がずっと王都にいても仕方ないからな」


「寂しくない?」


「お前がそれを言うのか」


「何で?」


「お前は研究が始まったら、三日くらい俺の存在を忘れるだろ」


……否定できない。


「それにな」


ダンネルは少しだけ声を落とした。


「バルディオスとの戦いを見て、さすがに分かった」


私は顔を見る。


「何が?」


「いつまでも俺が前に立って守る子供じゃないってことだ」


少し言葉に詰まった。


「もちろん十三歳は子供だ」


「どっち?」


「親としては子供。戦場では……俺より厄介だ」


「…それ褒めてる?」


「多分な」


……デジャブ。


どこかで聞いた言い方だった。


ダンネルは私の頭へ手を置いた。


昔なら、そのまま少し乱暴に撫でただろう。


でも今回は一度だけ軽く触れただけだった。


「危ないことをするな、とはもう言わん」


私は少し驚いた。


「本当に?」


「…言ってもどうせやるだろ」


正しい。


「だから、無事に帰ってきさえすればそれでいい。前にも言っただろ」


その言葉は覚えている。


生きて帰ってこい。


あの約束。


「うん」


「それでいい」


ユリーカも隣に立つ。


「父さん、たまには来てね!」


「お前もいつでも帰ってこい」


「忙しくなければね!」


「なんか二人とも似てきたな……」


ダンネルが頭を抱える。


それから馬へ乗った。


王都の門を出る直前、一度だけ振り返る。


「アル」


「何?」


「十三歳になったからって調子に乗るなよ」


「はぁ……乗らないよ」


私、前世で七十四歳だったんだよ?


「ユリーカ、こいつを頼むな!」


「任せて!」


「……何で私が頼まれる側なの?」


返事はなかった。


ダンネルは笑いながら馬を進め、そのまま街道の向こうへ小さくなっていった。


……少し寂しいかな。


でも、家族が離れたわけではない。


それぞれが自分の場所へ進んだだけだ。



その翌日。


私は王立魔法研究院へ呼び出された。


連絡を持ってきたのはラウエルだった。


用件は一つ。


S-071。


バルディオス戦以来、北東山地とエルグラッド周辺の魔素流について再調査が進められていた。


その過程で、以前停止されていたS-071関連資料の再照合も行われたらしい。


研究院地下の保管室には、現在もS-071-01がある。


黒い石のような人工物。


周囲の魔素を吸収する。


通常の方法では、吸収した魔素を外へ戻さない。


そして四十一年前。


S-071-02へ最大量の魔素を与えた実験で、ノエル・バークとS-071そのものが消えた。


私とリーナが研究院へ着くと、ラウエル、ソフィア、グレアムがすでに待っていた。


机の上にはあの透明な石もある。


「観測を再開するんですか?」


私が聞く。


ラウエルは首を振った。


「今日は塔を見るためではない」


「じゃあ?」


ソフィアが一枚の記録紙を出した。


「実は、透明な石の周期が変わったの」


私は紙を見る。


以前、約三・一分。


それが今は、二・七分。


「……短くなってる」


「ええ」


「いつから?」


「バルディオス出現の直後からよ」


私は顔を上げた。


……偶然?


その可能性はある。


だがもう一つ記録があった。


S-071-01はこれまで、周囲の魔素を静かに吸収するだけだった。


その吸収量に変化が出ている。


「増えた?」


リーナが聞く。


ソフィアが頷いた。


「平均値で約一割。ただし常時じゃない。周期的に増えるわ」


「周期は?」


私はすぐ聞いた。


ラウエルが答えた。


「約二・七分」


部屋が静かになった。


透明な石、S-071-01。


別々のもののはず。


少なくとも私たちが知る限り、それが同じ周期で反応している。


「……同期してる?」


リーナが呟く。


「現状ではそう見える」


ラウエルの言い方はいつも通り慎重だった。


私は透明な石を見る。


これが現れたのは、ノエルが消えた約三か月後。


当時は約十七・四分。


そこから四十一年かけて少しずつ周期が短くなった。


そして今、S-071-01まで同じ間隔で反応し始めた。


「……バルディオスが原因?」


リーナが聞く。


「分からない」


私は答えた。


バルディオスが魔脈を吸ったことで、広範囲の魔素流は大きく乱れた。


その影響がS-071へ届いた可能性はある。


ただそれだけなら、透明な石まで完全に近い周期で動く理由が分からない。


「もう一つある」


ソフィアが言った。


出されたのはS-071-01の最近の測定記録。


「吸収量が上がる直前だけ、周囲の魔素流向が変わるの」


「どっちへ?」


ソフィアが地図を出した。


研究院、王都、北東山地、古代エルグラッド。


矢印は北東。


……また、同じ方向。


「偶然にしては、そろそろ重なりすぎてるね」


私が言うと、ラウエルも否定しなかった。


グレアムが腕を組む。


「それで、研究院はどうするんです?」


ラウエルは少しだけ間を置いた。


「低出力でS-071-01へ魔素を与える」


私は目を見開く。


これまで基本的には観察だけだった。


四十一年前、ノエルがS-071-02へ魔素を与えた。


出力を上げ、像を見て、最後には消えた。


だから再現実験は止められていた。


「最大出力は?」


私が聞く。


「使わん」


即答。


「中出力も?」


「使わん」


「じゃあ?」


「過去の最低記録より、さらに下だ。吸収量の変化を見るだけにする」


それなら理解できる。


「誰がやるんですか?」


ラウエルが私を見る。


嫌な予感。


「お前だ」


「…やっぱり」


「嫌か?」


「いえ、逆です」


グレアムが深くため息をついた。


「はぁ…そう言うと思ったわ」


私はS-071-01を見る。


黒い表面。


今は何も映さないし、何も語らない。


四十一年前、ノエルをどこかへ連れていった物。


そして、その後現れた透明な石。


三つの輪の塔。


こちらを見た人影。


繋がっている証拠はない、でも少なくとも切り離して考えるのはもう難しい。


私は実験台の前へ立った。


「どれくらい入れます?」


「ほんの少しだ」


ラウエルが答える。


「異常が出たら即停止。反応がなくても今日は一回で終わる」


「分かりました」


私は自分の魔素を細くS-071へ流した。


ほんの少し石の内部へ吸われる。


何も起こらない。


一秒、二秒、三秒。


そこで透明な石が光った。


全員がそちらを見る。


淡い光。


以前三つの輪の塔を映したときとは違い、像ではない。


一度、明滅。


そしてもう一度間隔を空けて。


二回、三回と明滅する。


リーナが小さく言った。


「これ……」


一回、二回、三回。


また。


一回、二回、三回。


繰り返している。


けど。


「周期反応じゃない?」


私は透明な石へ一歩近づいた。


規則的だが、自然な脈動ではない。


少なくともそう見える。


まるで誰かが回数を分けているような。


ラウエルが言った。


「出力停止」


私はS-071への魔素供給を止めた。


透明な石の明滅も止まる。


部屋が静かになった。


誰もすぐに話さなかった。


以前、向こう側の人影がこちらへ数字のような合図を送った。


二、三、一、一、二。


今度は。


一、二、三。


意味は分からない、ただ一つだけ以前と違う。


こちらが観測したから起きたのではない。


S-071へ魔素を入れた瞬間透明な石が応答した。


私はS-071、透明な石、二つを交互に見る。


「……繋がってる」


ラウエルがすぐ返す。


「まだ断定はするなよ」


「はい」


分かっている証拠は足りない。


でも四十一年前から止まっていた何かが、また動き始めている。


私は透明な石を見る。


三つの輪の塔、向こう側の人影、ノエル・バーク、S-071。


一年、学院で魔法を研究してきた。


最初はただ魔法が存在する理由を知りたかった。


でも今は、その先にこの世界そのものへ繋がる何かがある。


そんな気がしていた。

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