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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第五章 北東山地の異変

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第41話 研究者の戦い方

バルディオスの視線が、はっきりと私を捉えていた。


さっきまでは騎士団も魔導士団も等しく敵として認識していたはずなのに、今は違う。


砕けた甲殻の隙間から黒い魔素を漏らしながら、巨大な頭だけをこちらへ向けている。


自分へ流れ込む魔素を逸らした存在が誰なのか、理解したらしい。


「アル、下がれ!」


グレアムの声とほぼ同時にバルディオスが動いた。


二十メートルを超える巨体が、信じられない速度で地面を蹴る。


ガルドが真正面から割り込み、大剣を横薙ぎに振った。


刃が巨大な角へぶつかり、金属が割れそうな音とともに火花が飛ぶ。


「行かせるか!」


ガルドの両足が地面へ沈む。


止めきれない。


それでも真正面から軌道を僅かにずらし、その数秒で騎士団が私とバルディオスの間へ滑り込んだ。


「第一列、盾!」


巨大な盾が並ぶ。


だが、私はそれを見た瞬間に叫んだ。


「正面で受けないで! 右へ逃がして!」


騎士たちが反応する。


バルディオスの質量を考えれば、受け止める意味はない。


私は右前方へ重力場を作り、同時に左側の地面へ圧縮空気を叩き込んだ。


地面が爆ぜたことでバルディオスが僅かに顔を逸らし、その一瞬に騎士団が盾を斜めへ構える。


巨体が盾列へ触れた瞬間、正面衝突ではなく滑るように右へ流れた。


「今だ!」


ガルドが追いつく。


すでに砕かれていた肩の甲殻へ大剣を振り下ろし、さらに二人の騎士が同じ傷へ槍を突き込む。


血が飛んだ。


だが、バルディオスが吠えると地面の下から黒い魔素が湧き上がり、傷口へ流れ込んでいく。


再生が始まる。


「させない!」


私は外部魔素へ意識を広げた。


さっきは戦場全体を一方向へ流した。


今度はもっと狭く。


傷口へ集中する流れだけを見る。


地下から上がってくる一本。


右側から回り込む二本。


背後から補う細い流れ。


……全部止める必要はない。


合流する直前、方向をずらせばいい。


私は三つの流れへ順番に干渉した。


傷へ向かっていた魔素が横へ滑り、一部はバルディオスの背中を通り過ぎて大気へ散っていく。


再生速度が落ちた。


「セレナ団長!」


私が叫ぶ。


彼女はすでに術式を準備していた。


「分かっているわ!」


十数枚の魔法陣が空中へ広がり、それぞれが炎の生成、圧縮、収束、軌道補正を担当する。


《灼穿》


白熱した光が、ガルドの開けた傷へ突き刺さった。


今度は再生が追いつかない。


肉が焼け、巨大な肩が大きく沈んだ。


それでも倒れない。


バルディオスは左前脚を地面へ叩きつけ、衝撃だけで周囲の騎士を吹き飛ばした。


そのまま身体を回し、尾を振る。


「伏せろ!」


グレアムの風が走る。


尾そのものを止めるのではなく、騎士たちの身体を地面へ押し付けるように空気を流し、直撃を避けさせた。


数人が転がったが、まともに受けた者はいない。


「学院長、左!」


「見えている!」


グレアムが片手を振る。


三枚の魔法陣がバルディオスの左側へ並び、その全てが一度に起動した。


一枚目で空気を集め、二枚目で圧縮し、三枚目で方向を絞る。


撃ち出された風は、私の圧縮空気とは比べものにならない。


巨体の顔面へ直撃し、バルディオスの頭が大きく横へ振られた。


「すご……」


こんな状況なのに、少し見入ってしまった。


私と考え方が近い。


一つの術式ですべてを行わず、処理を分割して効率を上げる。


セレナもそうだった。


術式分割という考え方は、極めれば王国最高峰の魔導士たちが使う領域へ届くものだったらしい。


なら、私ももっとできる。


バルディオスが再び口を開いた。


黒い魔素が集まる。


さっき王都の上空へ飛んでいった攻撃と同じものだ。


「来るぞ!」


魔導士団が障壁を展開する。


だが私は、口元へ集まる魔素の流れを見ていた。


右、左、地下、後方。


一気に口へ集めて圧縮している。


だったら。


完成してから防ぐ必要はない。


「セレナ団長! 攻撃準備だけしてください!まだ撃たないで!」


「何をするつもり?」


「作らせません!」


私はバルディオスの口元ではなく、その周囲へ意識を広げた。


魔素が集まる経路を一つずつ潰すのは間に合わない。


だから、合流点をずらす。


右から来る流れを上へ。


左を下へ。


地下から上がる太い流れだけは、真正面から動かそうとせず斜め後方へ逃がす。


供給そのものを止めなくても、流れが適切に合流しなければ術式は崩れる。


以前、工房で見た加工機は内部魔素と外部魔素がぶつかり回転が止まった。


同じだ。


規模が違うだけ。


バルディオスの口元で集まりかけていた魔素が、急に乱れた。


黒い球体が歪む。


「……崩れてる!?」


セレナが声を上げる。


「今!」


私は叫んだ。


セレナの《灼穿》が飛ぶ。


狙いはバルディオス本体ではない。


形成途中の魔素塊。


白い光が端を貫いた瞬間、不安定になっていた黒い塊が内部から弾けた。


轟音とともにバルディオスの頭部が跳ね上がり、黒煙が噴き出す。


自分の攻撃を、自分の目の前で暴発させた。


ガルドが笑った。


「おいおい、あいつ自分で食らったぞ!」


「笑ってる場合じゃありません!」


「笑える時に笑っとけ! ガハハハ!!」


……豪快すぎる。


バルディオスは怒った。


今までとは明らかに違う。


地面を蹴り、周囲の騎士を無視して一直線に私へ向かう。


完全に標的を変えた。


「アル!」


グレアムが防壁を張ろうとする。


「大丈夫です!」


私は身体を浮かせた。


久しぶりに使う飛行。


重力方向を調整し、地面へ落ちようとする自分自身を前方へ滑らせる。


一気に十メートル。


バルディオスの角が、直前まで私がいた場所を通過した。


「飛んだ!?」


誰かが叫ぶ。


まだ安定した飛行とは呼べない。


だが、避けるだけなら十分だ。


私は空中で身体を反転させる。


バルディオスの背中。


甲殻。


そこには先ほどまで見えなかったものがあった。


……魔素が流れ込む場所が偏っている。


前脚、胸、首、傷ついた場所だけではない。


背中の甲殻の隙間を通り、体内へ入っている。


吸収口がある?


いや、違う。


身体全体で吸収しているが、甲殻の構造によって流れやすい場所ができている。


北東山地の岩層。


……同じだ。


魔素は通りやすい場所へ流れる。


「見つけた」


私は空中から圧縮空気を撃った。


狙いは背中そのものではない。


甲殻の境目。


一発、二発、三発。


破壊力を最大にする必要はない。


隙間へ空気を叩き込み、甲殻同士の噛み合わせを浮かせる。


バルディオスが身体を揺らす。


まだ足りない。


次は冷却。


浮いた甲殻の隙間へ冷気を集中させ、急激に温度を落とす。


直前までセレナの炎で熱を持っていた甲殻が、一気に冷える。


熱膨張、収縮、温度差。


岩甲獣で使ったものと同じ発想だ。


ただし、今回は規模が違う。


「セレナ団長! 背中の中央、もう一発熱を!」


「何を狙ってるの!?」


「割ります!」


それだけで伝わった。


セレナが笑う。


「いいわね!!」


《灼穿》が背中へ突き刺さる。


赤熱。


私は直後に熱を奪う。


赤から黒へ。


そして、白い霜。


バキッ。


巨大な甲殻に亀裂が入った。


騎士団から歓声が上がる。


だが私は止めない。


「ガルド団長! 背中! 割れますか?」


「待ってたぞ!」


……言っといてなんだがどうやって?


と思った瞬間。


ガルドが走り出した。


飛び出した甲殻。


まさか、登る気か!?


「嘘でしょ」


本当に登った。


巨体の側面を駆け上がり、大剣を両手で構える。


バルディオスが嫌がるように身体を振る。


ガルドの足が浮き、落ちそうになる。


私は反射的にガルドへ弱い重力場を掛けた。


下ではない。


バルディオスの背中へ。


「うおっ!?」


一瞬、ガルドの身体が甲殻へ引き付けられる。


踏ん張った。


「今です!」


「そんな使い方もできんのか! 面白ぇ魔法だな!」


大剣が振り下ろされた。


亀裂へ正確に刃が入る。


甲殻が砕けた。


その下に、柔らかい組織が露出する。


私は右手を向けた。


……電気。


岩甲獣のときは、割れた関節から内部へ通した。


今回はもっと大きい。


狙う範囲も、深さも。


私は一発の巨大な雷ではなく、複数の小さな放電点を露出した組織の周囲へ作る。


一つ、二つ、四つ、八つ。


全部を同時に発動させる。


短い青白い光が、バルディオスの背中を走った。


巨体が硬直する。


たった一瞬。


でも、十分だった。


「魔導士団、集中攻撃!」


セレナの声が戦場に響く。


炎、氷、風、雷。


今まで甲殻へ弾かれていた魔法が、砕けた背中へ集中する。


バルディオスが咆哮した。


地面が震える。


私は空中から距離を取る。


その直後。


バルディオスの周囲の魔素が、一気に地下へ引かれたように見える。


……いや違う、地下から吸っているのではない。


もっと深い。


北東山地で見た複数の支流。


さらにその下にある太い流れ。


魔脈そのものへ、直接触れている。


「まずい!」


私が叫んだ瞬間。


地面が割れた。


黒い魔素が、柱のように吹き上がる。


騎士たちが吹き飛ぶ。


グレアムが即座に防壁を広げ、後方の魔導士団を守る。


セレナも攻撃を止め、防御へ回った。


バルディオスの傷から、黒い魔素が噴き出す。


……再生したか。


だが、今までと違う。


私は流れを見て、地表へ出てから逸らしていた。


……それでは遅い。


こいつはもっと下から、脈から直接吸っている。


なら、入口を変える。


私は地上へ降りた。


「アル!?」


グレアムがこちらを見る。


「学院長! 北東山地でやった五点観測、覚えてますか?」


「忘れるわけがない。数日前だぞ!」


「魔脈は一本じゃなかった。分岐して、合流して、また広がっていました」


グレアムの目が変わる。


「まさか……」


「バルディオスが吸ってるこの流れも、上流では何本かに分かれてるはずです」


一か所を止めるのは無理だ。


だが分岐する前、あるいは合流する前。


流れの比率を変えれば、こいつへ来る量をもっと減らせる。


「位置が分かるのか?」


「正確には無理です」


私は目を閉じる。


魔素の脈動。


さっきから周期がある。


北東山地で何度も見た。


変化は流れに沿って伝わる。


バルディオスが吸い上げるたび、地下の流れが僅かに遅れて変わる。


その時間差、方向、五点観測、ノエルの方位式探査。


全部、ここで使える。


「測定器!」


近くの魔導士がこちらを見る。


「北門側と、街道東、それから西側! 三点でいい、針が大きく動いた時間を叫んでください!」


「何をする気だ!?」


「魔脈の方向を取ります!」


魔導士は走りだした。


戦闘の真っ最中だが、王国の兵士たちも動いてくれる。


北門、東、西、三地点。


「東、変動!」


少し遅れて。


「北門!」


さらに。


「西!」


順番、時間差、方向。


私は頭の中で線を引く。


もう一度、バルディオスが吸う。


「北門!」


「東!」


「西!」


違う支流が二つ、合流している。


戦場の地下で。


なら、北東側数十メートル先。


そこに、合流点がある!


私は目を開いた。


「見つけた」


バルディオスがこちらを見る。


もう驚かない。


「お前が魔脈を使うなら」


私は小さく呟いた。


「こっちは流れを変える」


外部魔素制御を地下へ。


直接届かせる必要はない。


地上側から流れやすい方向を作る。


分岐した一方へ、別の道を用意する。


私は自分の魔素を、広く、薄く戦場へ伸ばした。


術式ではない、攻撃でもない。


ただ、環境条件を変える。


北東から来る支流。


右へもう一本。


左へ合流させない。


流れが揺れる。


バルディオスが吠えた。


地下の黒い魔素柱が細くなる。


「嘘……」


セレナが初めて呆然とした声を出した。


「魔脈そのものを……?」


「動かしてません!」


私は叫ぶ。


「流れる先を変えてるだけです!」


言っていることは、似たようなものかもしれない。


でも、私の中では違う。


巨大な力を、力で押し返しているわけではない。


流れ、抵抗、経路、条件。


それだけをコントロールしてる。


研究室で何度も考えた。


山で何日も測った。


全部、無駄じゃなかった。


「再生が止まった!」


魔導士の声。


完全には止まっていない。


バルディオス自身の魔素もある。


体内へ蓄えている分も、当然残っている。


だが、圧倒的だった補給が消えた。


それだけで、別の生物に見える。


「ガルド団長!」


セレナが叫ぶ。


「分かってる!」


騎士団長がもう一度走る。


今度は騎士団全体が続く。


前脚へ、関節へ、傷へ。


魔導士団も撃つ。


グレアムがその全体を補助する。


防御、偏向、風。


敵の動きを少しずつ崩す。


私は中央に立ったまま、魔素の流れを維持する。


一人で、戦場全体へ触れている。


それが不思議だった。


今まで、私の魔法は強い現象を作るものだった。


でも今は違う。


私自身が何かを撃っているわけではない。


それでも私がいることで、騎士団の剣が通る、魔導士団の魔法が届く、バルディオスの再生が追いつかない。


戦場そのものがこちらへ傾いている。


「アル!」


グレアムの声。


前を見る。


バルディオスが、こちらへ最後かのように突っ込んでくる。


傷だらけで、甲殻も割れ、血を流し。


それでも速い。


ガルドが横から斬る。


一撃。


止まらない。


セレナが魔法を撃つ。


肩が焼ける。


それでも、来る。


狙いは私か。


……当然だな。


「下がれ!」


グレアムが叫ぶ。


私は下がらなかった。


ここで動けば、魔素流の制御が崩れる。


なら、別の方法。


重力、圧縮空気、冷却、電気、全部。


一つずつ使う必要はない。


分割して、同時に組む。


前脚へ重力。


地面へ圧縮空気。


傷口へ冷却。


そして、砕けた甲殻の奥へ電気。


四つ同時。


私の頭の中で術式が分かれる、そして重なり、一つの目的へ繋がる。


こいつを止める。


バルディオスが踏み込む。


重力が前脚の荷重を一瞬だけ増す。


同時に地面が圧縮空気で斜めに爆ぜる。


足がずれる。


傷口が冷却され、筋肉の動きが僅かに鈍る。


そこへ電撃。


巨体が硬直した。


あと一歩、私の目の前から数メートル。


止まった角の先が、こちらを向いている。


誰もすぐには動かなかった。


私も動けない。


四つ同時。


……かなり持っていかれた。


でも、立っている。


「……止まった?」


誰かが呟く。


いや、まだだ。


まだ目が動いている。


バルディオスがもう一度、脚へ力を込める。


その瞬間、ガルドの大剣が横から首へ入った。


さらに、セレナの《灼穿》が同じ場所へ突き刺さる。


グレアムの風槍がさらに傷を押し広げた。


厄災級の巨体が大きく傾く。


地面が揺れるほどの衝撃とともに倒れた。


今度こそ、本当に倒れた。


だが誰も歓声を上げなかった。


まだ、死んだか分からない。


ガルドが、大剣を構えたままゆっくり近づく。


セレナも術式を消さない。


グレアムが私の前へ立つ。


バルディオスの胸が、ゆっくり上下する。


……生きている。


まだ終わっていない。


そして、地面の下で、私はもう一つ感じていた。


さっき逸らした魔脈の流れ。


その一部がさらに北東へ続いている。


バルディオスがどこから来たのか、この魔脈のもっと先に何があるのか、考えるのはあとだ。


今は目の前の厄災級。


まだ息をしている。


私はもう一度、右手を上げた。


「……次で終わらせる」

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