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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第五章 北東山地の異変

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第38話 外にあるまま

北東山地での調査を終え、王都へ戻ったのは翌日の昼過ぎだった。


数日ぶりに学院の門をくぐると、見慣れた建物なのに妙に静かに感じる。


山では朝から晩まで騎士の声や魔獣の気配、測定器の確認に追われていたせいだろう。


ダンネルとユリーカは、あと数日王都に滞在する予定らしい。


ダンネルは騎士団本部へ報告に向かい、ユリーカは例の工房へもう一度行くと言っていた。


「今日は壊さないでね」


別れ際、ユリーカに言われた。


「前回私、何も壊してないじゃん」


「学院の壁」


「……まだ言うの?」


「多分ずっと言う」


もう勘弁してくれよ…


とはいえ、今日の私は何かを壊すつもりはない。


むしろ、できるだけ小さく試すつもりだった。


学院へ戻ると、グレアムが小型の実験室を一つ空けてくれた。


山で使った測定器より精度の高い装置を壁際に並べ、中央には簡単な術式板を置く。


参加者は私、リーナ、グレアム、それに測定担当の研究員が一人だけ。


大掛かりな研究にはしない。


北東山地で何日も測定を続けたばかりだし、何より私自身、そろそろ答えを出したかった。


「今日は四種類全部やるの?」


リーナが聞く。


「全部やる。でも一回ずつでいい」


「…珍しい」


「何が?」


「アルなら十回ずつやるって言うと思った」


「条件差が大きければ一回でも分かるよ」


グレアムが笑った。


「ようやく研究の切り上げ方を覚えたか」


……最近みんな私の成長を確認したがる。


実験自体は簡単だった。


同じ魔素量。


同じ距離。


同じ位置。


違うのは術式だけ。


最初は圧縮空気。


私が小さな空気弾を作ると、周囲の魔素が術式形成部へ僅かに寄った。


次に冷却。


こちらも引き込みは起こるが、空気弾より広い範囲からゆっくり巻き込んでいる。


電気では反応が短く鋭く、重力ではさらに違う形になる。


四回。


それだけで十分だった。


「違うね」


リーナが測定値を並べる。


「うん」


魔法を使えば周囲の魔素が多少巻き込まれる。


それ自体は分かっていた。


だが、巻き込み方は術式ごとに違う。


量だけではない。


方向。


範囲。


速度。


すべて違う。


つまり外部魔素は、ただ術者へ吸い寄せられているわけではない。


術式そのものが、周囲の魔素に流れやすい方向を作っている。


私は工房で見た加工機を思い出した。


傷んだ術式へ引かれた魔素。


山で見た魔脈。


岩層に沿って変わる流向。


全部が同じ仕組みだとは言わない。


けれど、一つだけ共通している。


魔素は、条件によって流れる。


「もう一個だけ試したい」


私が言うと、リーナがすぐにこちらを見た。


「何?」


「魔法を発動しない」


「……どういうこと?」


私は術式板を片付けた。


「現象を起こさずに、流れだけ作る」


グレアムの目が少し細くなる。


「危険性は?」


「動かすのは、この辺にある魔素をほんの少しだけです。体内にも取り込みません」


「できるのか?」


「…分かりません」


正直に答えた。


グレアムは少し考えたあと、研究員に測定器を確認させた。


「一度だけだ。異常値が出たら即座に止めろ」


「はい」


許可が出た。


私は実験室の中央に立った。


周囲には、いつも通り魔素がある。


普段ならそれを自分へ引き寄せる。


体内へ取り込み、自分の魔素と合わせ、術式へ流す。


今回はそれをしない。


工房で見たように、流れやすい条件だけを作る。


右側を僅かに濃く。


左側を僅かに薄く。


いや。


それでは結局、自分の魔素で押しているだけになる。


私は一度やめた。


「失敗?」


リーナが聞く。


「まだだよ」


「顔が失敗した顔だった」


……そんな顔まであるらしい。


考え方を変える。


魔素そのものを掴もうとするから駄目なのかもしれない。


魔法陣も魔道具も、魔素を手で押しているわけではない。


術式が、通り道を作っている。


なら、必要なのは力ではなく方向。


私は自分の魔素を極端に小さく広げた。


魔法を発動させるためではない。


周囲の魔素へ直接混ぜるためでもない。


ただ、一方向だけ流れやすい条件を作る。


測定器の針が、少し動いた。


「今!」


リーナが声を上げる。


私も分かった。


右側にあった魔素が、ほんの僅かに左へ寄った。


自分の中には入っていない。


もう一度。


今度は反対。


うまくいかない。


やり直す。


少しだけ条件を変える。


すると今度は、先ほどよりさらに小さい動きだったが、確かに逆方向へ偏った。


「……できた」


声に出すと、思ったよりあっさりしていた。


派手な光はない、爆発もしない、魔法らしい現象すら起きていない。


ただ、部屋の中に漂っていた魔素が数センチ動いただけ。


それでも、私にとっては今までの何より大きい。


外部魔素を使うには、一度自分へ取り込む必要がある。


ずっとそう思っていた。


でも違った。


外にある魔素は、外にあるまま動かせる。


「もう一回」


私は言った。


グレアムが即座に返す。


「もういいだろう」


「…まだ一回しか」


「二回やった」


「……数えてたんですか」


「当然だ」


リーナが笑う。


「今日は結論出たんだから、それでいいでしょ」


……悔しい。


でも、その通りだった。


測定結果を確認する。


変化は小さい。


誤差と区別できるぎりぎり。


ただ、私が方向を切り替えた瞬間と測定値の変化が一致している。


偶然だけで説明するには少し苦しい。


もちろん、これで完全に証明されたわけではない。


再現性。


距離。


操作できる量。


術式への影響。


調べることはいくらでもある。


だが、今日はそこまでやらない。


私はノートを開き、一行だけ書いた。


『外部魔素は、体内へ取り込まずに流向へ干渉可能』


少し考えてから、その上に題名を付ける。


『外部魔素制御』


リーナが横から覗く。


「名前付けるの早くない?」


「名前がないと不便だからね」


「まだ数センチでしょ?」


「数センチもだよ」


「嬉しそう」


「…かなり」


隠す理由もなかった。


グレアムは測定結果を見ながら、少し難しい顔をしている。


「アル」


「はい?」


「これを人の魔法に使おうとはするなよ」


そう言われて、私は止まった。


そこまでは考えていなかった。


いや、正確には考え始めるところだった。


術式によって周囲の魔素の流れが変わる。


なら逆に、術式の周囲にある魔素の流れを変えれば魔法の成立へ影響を与えられる?


「その顔だ」


グレアムに言われた。


「まだ何もしてないし、言ってません」


「だから先に言った」


……最近、本当に先回りされるな。


ただ、確かに今は早い。


一般の魔法使いは自分の内部魔素だけでも魔法を発動できる。


周囲の魔素を動かしただけで、すべての魔法が消えるわけではない。


それに、術式が周囲の魔素をどの程度必要としているかも人によって違うだろう。


だからこれはまだ、魔法を無効化する技術ではない。


ただ外部環境側から、魔法へ触れられる可能性が出てきた。それだけで十分だ。


実験を切り上げ、研究室を出たところで、廊下の向こうから職員が走ってきた。


「学院長!」


グレアムが振り返る。


「何だ?」


「王立魔法研究院から至急の連絡です。北東山地の調査記録と照合したい資料が見つかったと」


私とリーナは顔を見合わせた。


「ノエル関係?」


私が聞くと、職員は首を横に振った。


「詳しくは聞いていません。ただ……」


少し息を整えてから。


続ける。


「古代エルグラッドの地下観測記録だそうです」


グレアムの表情が変わった。


私も、さっきまでの実験結果を一瞬だけ忘れた。


北東へ流れる魔脈。


ノエルが追った方角。


S-071。


そして、古代エルグラッド。


止めていたはずの謎が、今度は向こうからこちらへ繋がってきた。

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