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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第四章 禁じられた研究

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第32話 家族が来た

向こう側の観測は、一時停止になった。


正確には禁止されたわけではなく、王立魔法研究院がこれまでの記録を整理し、次にどこまで実験を許可するか決めるまで、透明な石を使った観測を行わないという判断だ。


三つの輪を持つ塔だけならまだしも、向こう側にいた二人の人影がこちらを認識し、何かを伝えようとしていた可能性まで出てきた以上、私としても異論はない。


少なくとも、今は。


その代わりと言っては何だが、私は久しぶりに普通の学院生活へ戻っていた。


朝から講義を受け、昼にはリーナと食堂へ行き、午後は魔法理論の課題を片付ける。


研究院へ行かない一日は随分長く感じた。


「……普通の学生ってこんなに暇なんだ」


「その感想、学院中の学生に謝った方がいいよ、アル」


隣で課題を書いていたリーナが、呆れた顔でこちらを見る。


「課題、もう全部終わったけど…」


「私はまだ半分なんだけど?」


「手伝おうか?」


「それは腹立つからいい」


……難しい。


私は自分の課題を片付け、何となく窓の外を見る。


向こう側について考えないようにしていても、頭の片隅には昨日の光景が残っていた。


三つの輪を持つ巨大な塔。


こちらを見ていた人影。


二、三、一、一、二という意味不明な動作。


そして、二人目の人影がこちらへ手を伸ばした瞬間、急激に強まった透明な石の反応。


……ものすごく調べたい。


だが、だからこそ今は触らない方がいい。


そう自分に言い聞かせていたところで、教室の扉が開いた。


「アル・レイヴァン」


職員の一人が私を呼ぶ。


「はい?」


「正門に君の家族が来ているそうだ。ダンネル・レイヴァンと、ユリーカ・レイヴァンと名乗っている」


一瞬、意味が分からなかった。


「父さんと姉さん?」


「そう聞いている」


私は椅子から立ち上がった。


リーナも顔を上げる。


「家族?」


「うん。ちょっと行ってくる」


「何かあったの?」


「……分からない」


そう答えた瞬間、少しだけ胸がざわついた。


手紙では何も聞いていない。


村で何か起きたのか。


騎士団の任務で問題があったのか。


……いや、まさか。


考え始めると自然に足が速くなり、私はそのまま教室を出た。


学院の正門が見える。


その向こうに、大きな荷物を背負った男と、隣で学院の建物を見上げている少女が立っていた。


見間違えるはずがない。


「父さん!」


私が呼ぶと、ダンネルがこちらを向いた。


その横でユリーカも気付き、大きく手を振る。


「アル!」


私は二人のところまで走った。


「どうしたの? 何かあった?」


開口一番そう聞くと、ダンネルが眉を上げた。


「何かないと息子に会いに来ちゃいかんのか?」


「そういう意味じゃなくて、急だったから」


「手紙は出したぞ」


「……来てないよ?」


「いつ出したの?」


ユリーカが聞く。


ダンネルが少し考える。


「三日前だ」


ユリーカがため息をついた。


「……父さん、私たちの方が早いよ」


村から王都までの日数を考えれば当然だった。


「じゃあ先に言ってよ」


「驚かせようと思ったんだ!」


ユリーカが笑う。


「成功したでしょ?」


……うん、驚いた。


私は二人を改めて見る。


最後に家を出たときと大きく変わったわけではない。それでも、学院や研究院で過ごす時間が長くなったせいか、二人の顔を見るだけで妙に懐かしく感じた。


ダンネルが私の頭へ手を置く。


「元気そうだな、アル」


「うん」


「怪我は?」


「ないよ」


「本当に?」


「本当」


「魔獣と戦ったとか、変なことは?」


私は少し黙った。


ダンネルの目が細くなる。


「今、間があったな」


「……なかった」


「いや、あった」


ユリーカまで頷く。


「絶対あった」


久しぶりなのに相変わらずの扱いだ。


「大きな怪我なんてしてないよ」


「……言い方が嫌なんだが」


「細かいなぁ、父さんは」


ダンネルはため息をついたが、私が元気なのを確認できたからかそれ以上は追及しなかった。


二人を学院の来客用区画へ案内すると、ようやく王都へ来た理由を聞くことができた。


「それで、本当に何しに来たの?」


私が聞くと、ダンネルは腰を下ろし、持っていた荷物を足元へ置いた。


「騎士団からの招集だ」


「招集?」


「ああ。北東街道の魔獣騒ぎがあっただろ」


私は少しだけ姿勢を正した。


先日の大規模な魔獣出現。


王国騎士団と魔法兵団が本隊として動き、その前段階で学院が応援要請を受けて先行対応した事件だ。


私自身もその場にいた。


「周辺の駐屯地や地方騎士から、警戒状況や魔獣の動きについて報告を集めるらしい。俺も数日、王都で会議と訓練に参加することになった」


「父さんも北東方面を見てたの?」


「直接あの街道へ出たわけじゃないが、周辺地域の警戒命令は出ていた。今回の件で、地方側の対応もまとめ直すらしい」


……なるほど。


「何日くらいいるの?」


「予定では十日ほどだ。報告が長引けばもう少しかかるかもしれん」


思ったより長い。


「それでユリーカも?」


私が聞くと、ユリーカが少し胸を張った。


「ついてきた!」


「それだけ?」


「それだけじゃないよ。王都の工房を見てみたかったし、父さん一人だと宿と騎士団を往復するだけで終わりそうだから」


「余計なお世話だ」


「絶対そうなるでしょ!」


ダンネルは否定しなかった。


ユリーカは工房仕事や魔道具に興味があり、村でも簡単な修理や加工を手伝っているらしい。


せっかく王都まで来るなら、大きな工房や市場を見てみたいそうだ。


「王都の魔道具店、種類がすごいって聞いたんだよね」


目が少し輝いている。


「工房にも行くの?」


「入れてもらえるところがあればね。見学だけでもしたい!」


「じゃあ、学院が終わったら一緒に探す?」


「本当?」


「うん」


ユリーカが一気に嬉しそうな顔になる。


ダンネルが横で笑った。


「お前たち、そういうところは昔から変わらんな」


「何が?」


「何か面白そうな物があると、すぐ二人で覗きに行くところだ」


言われてみれば、そうかもしれない。


そこへ扉が開いた。


「アル、先生が戻ってきたら――」


リーナだった。


途中まで言って、部屋の中にいる二人を見る。


向こうも止まった。


少し妙な沈黙が生まれる。


「……こんにちは」


リーナが頭を下げる。


ユリーカが私を見る。


それからリーナを見る。


もう一度、私を見る。


嫌な予感がした。


「アル」


「何?」


「紹介して?」


声が楽しそうだ。


非常に嫌な予感がする。


「リーナ・フェルミア。学院の友達で、最近は研究も一緒にやってる」


「へえ…」


「……何その反応?」


「別に?」


……絶対に別にではない感じだが。


リーナも少し困った顔をしていたので、今度は家族を紹介する。


「こっちが父さんのダンネル・レイヴァン。王国騎士団員。こっちが姉さんのユリーカ・レイヴァン」


「よろしくお願いします」


リーナが改めて頭を下げる。


ダンネルも笑って返した。


「アルが世話になってるみたいだな」


「いえ、私の方が助けてもらうことも多くて」


「そうなのか?」


ダンネルが意外そうに私を見る。


「何で驚くの?」


「いや、お前が誰かと一緒に研究できてることに少し感動してな」


「どういう意味?」


ユリーカはもう笑っている。


リーナまで笑い始めた。


……なんでだよ。



その後は、久しぶりに研究とはほとんど関係のない時間を過ごした。


学院での生活。


授業。


寮。


食事。


友人。


そして、リーナが知っている範囲で話す私の学院生活。


特別試験で壁を壊した話になったところで、ダンネルの表情が止まった。


「一割って言ったよな?」


「抑えてたよ魔力…」


「一割って言ったよな?」


「……はい」


特別試験前日の会話を、まだ覚えているらしい。


ユリーカも腕を組む。


「王都まで来て最初に聞くのが、アルが学院の壁壊した話なんだけど」


「最初じゃないよ」


「重要なのそこ?」


久しぶりに三人で話していると、学院へ来る前の生活へ少しだけ戻ったような気がする。


けれど、何も変わっていないわけではない。


私は学院へ入り、ユリーカは村で工房仕事を覚え、ダンネルは王国騎士として今も各地の警戒や任務に出ている。


それぞれの場所で時間は進んでいた。


夕方。


リーナが寮へ戻り、私たち三人だけになったところで、ダンネルが少しだけ声の調子を変えた。


「アル」


「何?」


「本当に危ないことはしてないな?」


さっきまでとは違う。


……冗談ではない。


私は少し黙った。


ダンネルは、私が前世の記憶を持っていることを知っている。


そして昔、危険な実験をするなら必ず誰かへ伝えること、一人でやらないこと、最後には必ず生きて帰ることを約束した。


今回の研究について、細かな内容を話すことはできない。


S-071も、ノエルの事故も、研究院の秘匿情報だ。


それでも、嘘をつく必要はない。


「危険性がまだ分からない研究には関わってる」


ユリーカがこちらを見る。


ダンネルは何も言わず、続きを待った。


「でも、一人ではやってない。学院長も研究院の人もいるし、危険だと判断した実験は止めてる」


昨日もそうだった。


本当なら、もっと見たかった。


返事もしてみたかった。


それでも止めた。


「約束は守ってるな?」


ダンネルが聞く。


私は頷いた。


「うん、守ってる」


しばらく私を見ていたダンネルが、ようやく小さく息を吐いた。


「ならいい」


それだけだった。


何を研究しているのか追及もしない。


やめろとも言わない。


「ただし」


やっぱり続いた。


「生きて帰ってこい」


昔と同じ言葉だった。


「分かってる」


「それと、無茶をするな」


「それは努力する」


「努力じゃなくて守れ」


ユリーカが吹き出す。


「そこは父さんの方が正しいね」


「二人とも厳しくない?」


「アル相手だからね」


その声を聞きながら、私は少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。


翌日から、ダンネルは王国騎士団の本部へ向かうらしい。


北東街道の魔獣騒ぎについて、地方騎士側からの報告、警戒配置の見直し、今後の合同訓練について話し合うという。


ユリーカはその間、王都の工房や魔道具店を見て回るつもりらしい。


「学院が終わったら来る?」


帰り際、ユリーカが聞く。


「行く」


「じゃあ王都の工房、一緒に見に行こうよ!」


「いいよ」


「絶対、勝手に分解しだしたりしないでね」


「……しないよ」


ユリーカがじっと私を見る。


「今の間は何?」


「何もないって」


ダンネルが笑いながら先に歩き出す。


私は二人の背中を見送った。


三つの輪の塔。


向こう側の人影。


S-071。


透明な石。


調べなければならないことは山ほどある。


けれど、急いだから答えが出るとは限らない。


明日は久しぶりに、研究とは少し違うものを見てみよう。


そう思いながら、私は学院へ戻った。

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