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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第三章 魔法物理学の誕生

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第26話 大地を流れる物

翌日の放課後。


私は学院の正門前に立っていた。


手には学院周辺の地図。


腰の鞄には魔素測定器が三台と記録用のノート、それから測定地点へ立てるための細い木杭を二十本ほど入れてある。


隣にはリーナ。


少し離れたところには、なぜかグレアムまでいた。


「学院長も来るんですか?」


「昨日、大規模な魔獣発生に遭遇した一年生が、翌日から学院外で魔素調査をすると言い出したんだ。誰か付ける必要があるだろう」


「学院周辺ですよ?」


「君の場合、学院周辺から始めて気付けば山の向こうにいる可能性がある」


「……そこまでは行きません」


「今日は、だろう?」


……否定しづらい。


リーナが横で笑っている。


今日の目的は単純だった。


学院周辺の魔素濃度を一定間隔で測り、それを地図へ記録する。


昨日図書館で見つけた資料が正しいなら、魔脈と呼ばれるものは地中に帯状の高魔素領域として存在する可能性がある。


問題は、それが本当に一本の筋として続いているのか。


そして、本当に流れているのか。


まずはそこを確かめる。


「最初は学院の正門を基準点にします」


私は地面へ木杭を一本立てた。


「測定高さは全部同じ。地表から十センチ、五十センチ、一メートル。それから、できる限り地下方向の反応も取る」


リーナが測定器を受け取る。


「私は?」


「地表側お願い。私は地下を見る」


「分かった」


こういうとき、リーナは話が早い。


細かい魔素の変化を見るなら、私より彼女の方が向いている部分もある。


グレアムは少し離れたところから私たちを見ていた。


「私は何をすればいい?」


「記録」


「学院長の私に記録をさせるのか?」


「……嫌ですか?」


「……貸せ」


紙を渡した。


学院長を記録係にした生徒は、たぶん私が初めてだと思う。


測定を始める。


正門、異常なし。


そこから東へ五十メートル、少し上昇。


さらに五十メートル。


今度は北、西、南。


学院を中心に十字へ測り、その後は間隔を広げていった。


一時間ほど歩いた頃には、地図の上へ数十個の数字が並んでいた。


「これだけ見ると普通だね」


リーナが地図を覗く。


「地表はね」


昨日の資料にあった通り、学院周辺の平均魔素濃度は特別高くない。


だが、地下方向へ意識を伸ばしてみると微妙に違う。


学院の北東側。


そこだけ、地表から深くなるほど魔素が増えている。


「もう少し行こう」


学院から北東へ進む。


住宅地を抜け、畑が増え始める。


百メートル。


二百。


三百。


測定値は緩やかに上がっていた。


しかし。


四百メートルを超えたところで、急に下がった。


「……外れた?」


リーナが言う。


「多分」


私は少し戻る。


今度は東へ移動する、上がる。


さらに北、もっと上がる。


「……なるほど」


「分かったの?」


「線じゃない」


私は地図へ鉛筆を走らせる。


「少なくとも細い線ではないね。幅がある」


昨日、北東街道で感じたときもそうだった。


一点だけ濃いのではなく、ある程度の幅を持った領域そのものが濃くなっている。


そこから左右へ外れると徐々に薄くなる。


川に近い。


中央ほど流れが強く。


岸へ近づくほど弱くなる。


ただし。


まだ「流れている」とは言えない。


濃度の高い帯があるだけだ。


私は木杭を五十メートル間隔で立て、そこへ簡易測定器を置いた。


「何するの?」


「待つ」


リーナが首を傾げる。


「どれくらい?」


「一時間くらい」


「……今日は地味だね」


「研究って大体こんなものだよ」


「一トンの石を浮かせてた人が言っても説得力ないよ」


それは別の研究だ。


三台しか測定器がないため、一度に測れる地点は限られる。


三地点へ置いて十分ごとに数字を記録し、終わったら場所をずらす。


かなり地味。


だが、四十分ほど経ったところで、リーナが紙を見ながら眉を寄せた。


「……アル」


「なに?」


「ここの数値、さっきから上がったり下がったりしてる」


「どれ?」


私は見る。


……確かにそうだ。


一定ではない。


一つ目の測定地点。


十二・四。


十二・九。


十三・二。


十二・八。


十二・三。


変動している。


それだけなら珍しくない。


周囲の魔素は完全に静止しているわけではなく、人や動物、魔法の使用によって多少変化する。


二つ目。


十二・一。


十二・六。


十三・〇。


十二・七。


十二・二。


三つ目も、似ている。


時間差がほとんどない。


私はすぐに記録を並べ直した。


「……同じ周期で動いてる?」


グレアムが紙を覗き込む。


「測定器の誤差ではないのか?」


「三台とも同じタイミングで誤差が出る可能性は低いです」


もちろん、同じ種類の測定器なら共通した原因で数値が変わることはある。


気温。


湿度。


周囲で使われた魔法。


私は辺りを見る。


近くで魔法を使っている人はいない。


風も大きく変わっていない。


なら、もう一つ試す。


「リーナ」


「うん?」


「これ持って、ここに立って」


地図上の一番西側。


リーナへ小型測定器を渡す。


私は中央。


グレアムには東側を頼んだ。


「数値が上がった瞬間に声に出してください!」


「分かった」


三人で待つ。


十秒、二十秒、三十秒。


そして。


「上がった!」


リーナの声。


ほぼ同時に、私の測定器も動く。


グレアムを見る。


「こちらもだ!」


……やはり。


次。


約四十秒後、また同時に上がる。


「……脈打ってる」


思わず声が出た。


魔素濃度が一定ではない。


周期的に増えて、そして減っている。


もちろん、これだけで地中を魔素が移動している証明にはならない。


ただ魔素が溜まっているだけの場所なら、こんなふうに広い範囲で同時に濃度が上下する理由は説明しにくい。


「魔脈って、本当に脈みたいだね」


リーナが言う。


「まだ、偶然かもしれないけどね」


そう答えながらも、私は少し笑っていたと思う。


名前としてかなり上手い。


ただ、気になる。


もし同じ場所で同時に変動しているなら、魔素が川の水のように横へ流れているだけではない可能性もある。


何か大きな領域全体が、周期的に変化している?


「今度は時間差を見たい」


私は三台の測定器を、魔脈と思われる帯に沿って離して配置した。


百メートル。


さらに百メートル。


もう百メートル。


もし魔素が一方向へ移動しているなら、濃度変化が順番に伝わる可能性がある。


三地点を同時に記録する。


最初は、一番西側。


少し遅れて中央。


さらに東側。


私は数字を見直した。


完全に同じではない。


だが、僅かな時間差がある。


「……動いてる」


今度は、かなり確信に近かった。


リーナが目を丸くする。


「じゃあ本当に地面の下を魔素が流れてるの?」


「少なくとも、何らかの変化がこの方向へ伝わってる」


私は北東を見る。


昨日の街道とは、まだかなり距離がある。


だが、方向は合っている。


学院周辺にも存在し、昨日の街道にも存在する。


同じものなのか、途中で繋がっているのか。


それはまだ分からない。


でも、調べる方法は見えてきた。


「学院長」


「今度は何だ」


「測定器、もっと借りられます?」


「何台だ」


「三十くらい」


「そんなにないわ」


「じゃあ作れます?」


「私に聞くな」


「ソフィア先生なら――」


「王立魔法研究院を便利な道具屋のように使うな」


怒られた。


だが、必要だ。


これを本格的に追うなら、複数地点を同時測定しなければならない。


一台ずつ持って歩いていたら、時間変動と位置変動を区別できない。


「学院の魔道具科に相談しろ」


グレアムが言う。


「簡易型なら数を揃えられるかもしれん」


「ありがとうございます!」


……結局教えてくれた。


学院へ戻る頃には日がかなり傾いていた。


門を通ったところでリーナが伸びをする。


「疲れた」


「明日はもう少し遠くまで行こう」


「明日も!?」


「今日は学院から一キロも離れてないよ」


「十分歩いたよ!」


体力の問題も考えた方がいいかもしれない。


私はその日の記録を持ち、図書館へ寄った。


目的は昨日見つけた資料。


『広域魔素流動観測』


現物は研究院へ戻されている。


だが、タイトルだけならほかの文献から引用されている可能性がある。


著者、ノエル・バーク。


その名前を索引で探す。


いくつか出た。


直接の論文ではない、別の研究者が引用した記録。


私は一冊を開いた。


『北部魔石鉱床形成に関する考察』


本文中に、ノエルの研究を引用した部分がある。


『バークは広域魔素流動の測定において、固定点観測では魔素濃度の時間変動を排除できないと指摘し、複数地点を同時に測定する方位式探査法を提案した』


私は手を止めた。


複数地点、同時測定。


「……同じこと考えてる」


今日、私が必要だと思った方法。


それを、四十一年以上前にすでにやった人間がいる。


続きを読む。


詳細な方法は書いていない。


ただ、複数の測定点から魔素の増減と時間差を比較し、流れの方向を推定する。


原理はほぼ同じ。


私はノートへ書き写す。


『ノエル・バーク――方位式探査』


そして、昨日書いた一文を見る。


四十一年前、失踪。


少しだけ、興味が強くなった。


この人はどこまで追った?


魔脈が存在することに気付いただけなのか。


それとも、流れの先まで調べたのか。


私はさらに別の引用文献を探した。


二冊、三冊、四冊。


断片的な記録しかない。


だが、共通しているものが一つあった。


ノエル・バークは広い範囲の魔素を測っていた。


一つの鉱山や、一つの森ではない。


王国北東部。


……かなり広い。


その中には、昨日の街道周辺も含まれている。


「……やっぱり北東」


偶然。


まだそう考えるべきだ。


資料が少なすぎる。


私は地図へノエルの調査地域を書き込んだ。


今日測定した学院北東。


昨日の戦闘地点。


過去の高魔素地点。


ノエルの調査地域。


……重なる。


完全ではない。


だが、無視するには少し多い。


「アル」


突然声をかけられた。


顔を上げる。


グレアムだった。


「まだいたのか」


「もう少しだけ」


「もう閉館時間だ」


窓を見る。


外はもう暗かった。


……またやったか。


私は本を閉じた。


「学院長」


「何だ」


「ノエル・バークって、知ってます?」


グレアムは少し考えた。


「名前だけだな。私が若い頃にはすでに失踪していたはずだ」


「研究院の人ですよね」


「ああ。確か魔素分布か、魔石関係の研究者だったと思うが」


「広域魔素流動です」


「そうだったか」


グレアムは私の地図を見る。


「気になるのか?」


「かなり」


「失踪したことが?」


私は首を振った。


「研究の方です」


失踪も、もちろん気になる。


だが、まだそこではない。


ノエルが何を見つけたか。


それを知れば、今日見つけた魔素の流れを四十一年前の記録と比較できる。


「研究院に資料が戻されてるみたいなので、今度ラウエル先生かソフィア先生に――」


「まず自分の調査を進めろ」


言われた。


「なぜです?」


「他人の答えを先に見れば、それに引っ張られるだろう」


私は少し黙った。


以前、私がリーナに言ったことと同じだ。


エルグラッドと関係があると思い込めば、関係する証拠ばかり探す。


ノエルも同じ。


先に彼の結論を知れば、自分の測定結果をそこへ合わせてしまうかもしれない。


「……分かりました」


「珍しく素直だな」


「正しいので」


「そうか」


グレアムが笑った。


私は地図を畳んだ。


まずは自分で測る。


学院周辺から始めて、少しずつ範囲を広げる。


濃度、幅、深さ、変動周期、流れる方向。


それを地図へ落としていく。


そして、もし本当に一本の流れとして続いているなら、その先へ行く。


翌日。


私は魔道具科から借りた簡易測定器を十台、机の上へ並べていた。


希望した三十台には届かなかったが、昨日の三倍以上ある。


……十分だ。


リーナがそれを見る。


「……今日も歩くの?」


「うん」


「どこまで?」


私は地図を広げた。


昨日確認した魔脈の推定方向。


北東、その先へ。


指で線を伸ばす。


「今日は、この流れがどこまで続いてるか見たい」


「遠くまで?」


「戻れなくなるところまでは行かない」


「……その言い方、不安なんだけど」


私は笑いながら測定器を鞄へ入れた。


まだ魔脈について分かったことは少ない。


だが昨日までと違い、もうただの「魔素が濃い場所」ではない。


濃度は周期的に変化し、その変化は距離を置いた場所へ僅かな時間差を伴って伝わっていた。


大地の下で、何かが動いている。


そして四十一年前、同じものを追っていた研究者がいた。


ノエル・バーク。


彼がどこまで辿り着いたのかは、まだ知らない。


だから今は、自分で追う。


地面の下を流れる見えない道を。

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