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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第三章 魔法物理学の誕生

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第25話 魔脈

北東街道での戦闘から学院へ戻ったのは、すでに日が沈んだあとだった。


王国騎士団と魔導師団へ現場を引き継いだことで、学院の先行部隊としての任務はそこで終了した。


逃げた魔獣の追跡や周辺地域の安全確認は本隊が担当することになり、私たちは負傷者と一緒に学院へ戻された。


幸い、学院側に重傷者はいなかった。


街道警備隊には何人か怪我人が出ていたものの、近隣住民の避難も間に合っていたらしい。


結果だけを見れば、かなり上手くいったと言っていい。


ただし。


私の頭の中には、戦闘とは別のものがずっと残っていた。


地面の下を通っていた、異常に濃い魔素の流れ。


街道を横切り、そのまま北東方向へ伸びていた見えない筋。


学院へ戻る馬車の中でも考えていたし、夕食を食べている間も考えていた。



翌朝。


「アル」


教室へ向かおうとしたところで、後ろからグレアムに呼び止められた。


「おはようございます」


「ああ。授業へ行くところか?」


「はい」


「珍しいな」


「……最近ちゃんと出てますよ」


「昨日の今日だから、図書館へ直行すると思っていた」


「……もちろん、授業が終わってから行こうと思ってました」


「ならいい」


グレアムは少し笑った。


「昨日の件について、騎士団から礼状が来た。学院の先行対応がなければ、街道警備隊だけでは二時間も持たなかった可能性が高いそうだ」


「大型個体について何か分かりました?」


聞くと、グレアムの表情が少し変わった。


「早速それか……」


「気になるので」


「現在、魔導師団が死体を調べている。既知種の変異個体である可能性が高いそうだが、まだ断定はできない。それと、君が言っていた地中の魔素についても現場へ伝えておいた」


「測ってくれます?」


「ああ。だが、そちらは君自身で調べた方が早いかもしれんな」


「ですよね」


「嬉しそうだな」


……仕方ない。


調べたいことがある。


それだけで十分楽しい。



その日の授業を終えると、私はリーナを連れて図書館へ向かった。


「なんで私も?」


歩きながらリーナが聞く。


「昨日見つけた魔素の流れを調べたいから」


「それは聞いた。でも私、昨日行ってないよ?」


「だから先入観がない」


「便利な言い方してない?」


……しているかもしれない。


図書館へ入り、まず一般区画にある魔素関連の資料を探す。


これまで私は、魔法そのものや魔法陣、古代術式の本を読むことが多かった。だが今回は少し分野が違う。


魔素分布。


地質。


魔石鉱床。


魔獣の生息域。


植物の魔素吸収。


地下魔素。


そういった資料を片端から集めていった。


「……多くない?」


リーナが机の上に積み上がった本を見る。


「まだ十五冊だよ」


「……もう十五冊だよ」


同じ数字でも受け取り方は違うらしい。


最初の数冊は、期待していた内容とは少し違った。


地域ごとの平均魔素濃度。


標高による変化。


森林と平原の差。


都市部における魔素消費量。


魔石鉱山周辺の濃度上昇。


どれも参考にはなる。


だが、昨日見たような「細長い流れ」についてはほとんど書かれていない。


私は地図を広げ、昨日の現場へ印を付けた。


王都から北東へ約二十キロ。


その地点を中心に、過去の魔獣出現記録も重ねていく。


「これ、何してるの?」


リーナが隣から覗き込む。


「魔獣が多く出る場所と、魔素濃度が高い場所を比べてる」


「関係ありそう?」


「まだ分からない。ただ、魔獣が魔素の多い環境を好むなら、生息域に偏りが出る可能性はある」


資料を読み進めると、確かに魔獣の分布と魔素濃度にはある程度の相関があった。


特に大型魔獣ほど、高濃度地域で確認される割合が高い。


これは不思議ではない。


魔獣が大量の魔素を体内へ持つなら、周囲に魔素が多い場所の方が生きやすい可能性はある。


だが、昨日の場所は、記録上ではそこまで高濃度地域ではない。


「……変だな」


「何が?」


「この辺」


地図を指す。


「学院に残ってる過去二十年の測定記録だと、北東街道周辺の平均魔素濃度は王都近郊とほとんど変わらない」


「でも昨日は多かったんでしょ?」


「少なくとも地下はね」


つまり、地上だけを測っていては分からない。


私はさらに資料を探した。


地下、地下水、魔石、鉱脈、地質。


関連しそうな言葉を変えながら索引を追っていく。


そして、かなり古い一冊の地質調査記録で手が止まった。


『王国東部地下資源調査』


目的は魔石鉱床の探索。


百年以上前の調査だ。


その中に。


奇妙な一文があった。


『魔石鉱床周辺において、鉱床そのものでは説明できない魔素濃度の帯状上昇を確認する例あり』


「帯状……」


ページをめくる。


簡単な図が載っていた。


山脈、川、地下構造。


そして、その下を横切る一本の線。


『地下魔素集中帯』


……これだ。


昨日、私が感じたものに近い。


さらに別の記録を探すと、同じような現象について少数ながら研究例が見つかった。


呼び方は統一されていない。


地下魔素流。


魔素集中帯。


大地魔素路。


地方によっては『魔脈』そう呼ばれている例もあった。


「魔脈……」


私はその文字を見つめる。


リーナも横から読む。


「聞いたことない」


「うん、私も」


少なくとも学院の通常授業では習っていない。


資料によれば、魔脈とは地中や地形に沿って魔素濃度が高くなる領域を指す言葉らしい。


ただし、それが本当に「流れている」のかについては研究者によって意見が分かれている。


単に魔素が溜まりやすい地下構造が帯状に続いているだけだという説。


魔石鉱床同士の影響だという説。


地下水のように、魔素そのものが移動しているという説。


どれも決定的な証拠はない。


「ちゃんと研究されてるじゃん」


リーナが言う。


「されてる。でも少ないね」


関連資料は驚くほど少なかった。


理由も分かった。


魔素は目に見えない。


しかも地下深くなるほど測定が難しい。


地表から測れる魔素濃度だけでは、地下にある流れを正確に追えない。


さらに、魔素を直接感じ取れるとしても、普通の魔法使いが認識できる範囲は自分の周囲が中心だ。


何十メートル、何百メートル先の地下を連続して追跡するなど簡単ではない。


だが、私なら少し違うかもしれない。


周囲にある魔素を取り込み、その流れを意識的に感じ取ることができる。


昨日も、測定器より先に気付いた。


「……調べられるかもしれない」


「またその顔してる」


リーナが言う。


「どんな顔?」


「実験すること決めた顔」


……リーナまで分かるようになってきたらしい。


「でも、今回はいきなり何か壊したりしないよ」


「今回は?」


「言葉の綾」


リーナが疑わしそうな目を向ける。


私は気にせず、地図へ線を引き始めた。


まず昨日の現場。


そこから、資料に記載されている魔素集中帯をいくつか書き込む。


王都の東。


南東。


北。


そして北東。


「……繋がってる?」


リーナが呟いた。


「まだ分からない」


地図上では、いくつかの高魔素地域が線状に並んで見える。


ただ、点が少なすぎる。


人間は三つ点が並べば線に見たがる。


これは危険だ。


もっと測定点が必要になる。


そこで私は、学院周辺の過去測定記録も追加した。


魔道具研究で行われた地表濃度測定。


植物研究の調査地点。


魔石採掘候補地。


魔獣の生息数。


目的の違う調査を重ねれば、使えるデータは意外と多い。


一時間ほどして、一つの傾向が見えてきた。


「リーナ」


「うん?」


「これ見て」


王都北東。


昨日の戦闘地点の、そのさらに先。


複数の高魔素地点が、完全ではないものの同じ方向へ並んでいる。


しかも、途中から記録が急に少なくなる。


「ここから先、あんまり測ってない?」


「そうみたい」


「なんで?」


「山岳地帯だからじゃない?」


地形図を見る。


平地が終わり、森林と山が増える。


調査が難しくなるのは分かる。


そして、さらにその先。


私は手を止めた。


……エルグラッド。


位置だけを見れば、同じ方向だった。


ただし、距離がありすぎる。


今のデータで繋げるのは無理がある。


「……これは保留」


私は地図に小さく疑問符だけを付けた。


「エルグラッドと関係あると思う?」


リーナが聞く。


「分からない。むしろ今は、関係あると思わない方がいい」


「なんで?」


「そう思い始めると、関係ある証拠ばっかり探しちゃうから」


最初に結論を決めてはいけない。


昨日の魔獣。


地下魔素。


エルグラッド。


全部繋がっているかもしれないし、全部偶然かもしれない。


だから、まずは魔脈そのものを調べる。


私は新しいノートを一冊取り出した。


表紙へ書く。


『魔脈調査』


リーナがそれを見る。


「……また増えた」


「何が?」


「研究」


「仕方ないよ」


「今いくつあるの?」


……数えたくない。


その日は夕方まで資料を調べた。


魔脈という言葉自体は古いが、体系的な研究はほとんど残っていない。


過去に何人か研究者はいたものの、測定精度の問題から「存在するかもしれない地質現象」程度で止まっている。


資料を戻そうとしたとき、一枚の古い索引カードが落ちた。


「…ん?」


拾う。


古びた紙。


そこには。


『広域魔素流動観測』


という題名が書かれていた。


著者名を見る。


『ノエル・バーク』


……知らない名前だ。


発行年は、四十年以上前。


私は棚を探した。


指定されている番号。


……ない。


もう一度確認するが、やはりない。


「リーナ」


「どうしたの?」


「この資料、見つからない」


彼女も棚を見る。


索引番号は存在する。


だが、本がない。


貸出中?


それなら記録が残るはずだ。


図書館員へ確認すると、少し時間をかけて古い管理台帳を持ってきてくれた。


「ノエル・バーク……」


職員が名前を見て。


手を止めた。


「知ってるんですか?」


私が聞く。


「名前だけなら。昔、王立魔法研究院にいた研究者だったはずです」


「魔脈を研究してた?」


「そこまでは分かりません。ただ……」


職員は少し考えながら、さらに古い台帳を開いた。


そして、一つの欄を指す。


『資料封入』


「閲覧禁止?」


「違います。禁書指定ではありません」


「じゃあ何です?」


「関連資料ごと研究院へ戻されたようですね」


理由は空欄。


日付は四十一年前。


……妙だ。


「ノエル・バーク本人は?」


職員は少し困ったような顔をした。


「確か……同じ頃に、行方不明になった研究者です」


私は索引カードを見た。


広域魔素流動観測。


魔脈。


四十一年前に研究院へ戻された資料。


そして、同じ時期に消えた研究者。


「……何を調べてたんだ?」


思わず声が出た。


リーナが隣から索引カードを見る。


「また増えたね」


「何が?」


「調べたいこと」


否定できなかった。


だが今は、一つずつだ。


まず魔脈。


昨日の街道で見つけた地下魔素の流れが、本当に存在するのか。


どこから来て、どこへ向かい、魔獣へどんな影響を与えるのか。


その先に、ノエル・バークという研究者が何を見つけていたのか。


私は索引カードの内容をノートへ写した。


『ノエル・バーク――広域魔素流動観測』


そして、その下へ。


『四十一年前、失踪』


書いたところでペンを止める。


四十年以上前。


私が生まれる遥か前に、同じように大地を流れる魔素を追っていた人間がいた。


偶然かもしれない。


けれどもし、その研究が途中で終わったのなら、続きを調べてみたい。


私はノートを閉じた。


明日から、まずは学院周辺の魔素分布を測る。


机の上だけでは分からない。


歩いて、測って、地図へ落とす。


そうすれば、昨日見つけたものが本当に「流れ」なのか確かめられるはずだ。


そしていつか、その線を辿った先に何があるのかも、きっと分かる。

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