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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第三章 魔法物理学の誕生

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第24話 森の主

木々の向こうから現れた影は、想像していたよりも遥かに大きかった。


太い前脚が地面へ降りるたびに土が沈み、低く垂れた頭部からは湾曲した二本の角が伸びている。


身体を覆う暗褐色の外皮は岩のように厚く、その隙間からは淡い光を帯びた魔素が絶えず漏れていた。


グラウスより一回りどころではない。


体長だけなら十メートル近い。


「……巨角獣?」


カイルが呟く。


その声を聞いた近くの教師が、すぐに首を振った。


「違う。似ているが、あれほど大きくはならん」


「変異個体か?」


セドリックが剣を構え直す。


分からない。


私も初めて見る。


ただし、危険だということだけはすぐに分かった。


先ほどまで重力場へ押さえつけていた牙狼たちが、その魔獣の咆哮を聞いた瞬間に暴れ始めた。


こちらへ向かおうとしているのではなく、むしろ巨大な個体から少しでも離れようとしているように見える。


「グレアム学院長」


「分かっている」


グレアムも同じことに気付いたらしい。


巨大な魔獣が一歩進むだけで周囲に漂う魔素が大きく揺れ、その身体の表面では大量の魔素が外皮へ沿うように絶えず循環していた。


まるで防護膜だ。


「来るぞ!」


教師の声と同時に、巨大な魔獣が地面を蹴った。


あの巨体からは考えられない速度だった。


正面にいた者たちが左右へ散り、直後に巨大な角が先ほどまで人が立っていた地面を抉る。


土と石が一気に吹き飛んだ。


「風圧来る!」


カイルが叫ぶ。


魔獣が頭を振り上げただけで、飛び散った瓦礫と土砂がこちらへ降り注ぐ。


私は周囲の空気へ魔素を伸ばし、こちらへ飛んでくる破片の軌道を少しずつ逸らした。


全部を止める必要はない。


人に当たらなければいい。


「助かった!」


誰かの声が聞こえたが、巨大な魔獣はすでに次の動きへ入っていた。


前脚を高く持ち上げ、そのまま地面へ叩きつける。


「下がれ!」


街道全体が大きく揺れ、衝撃が地面を伝って前列にいた数人の姿勢を崩した。


その隙を狙うように、残っていた牙狼が飛びかかる。


「そっちは任せろ!」


カイルが火球を二発撃ち、一体の進路を塞ぐ。


セドリックは別の牙狼へ一気に距離を詰め、風をまとわせた剣で首元を斬り抜けた。


私は巨大な魔獣を見る。


……まず動きを止めたい。


魔素を広げて重力場を形成し、巨大個体だけを対象に指定した。


倍率は、まず二倍。


魔法を発動する。


魔獣の巨体が僅かに沈んだ。


だが止まらない。


「……二倍でこれか?」


さらに重力を強める。


三倍。


前脚が地面へ深く沈み、ようやく動きが鈍った。


「押さえられるか!?」


グレアムが叫ぶ。


「まだいけます!」


四倍まで引き上げた瞬間、ズンッ、と低い音が響いた。


魔獣の腹部が地面へ近づき、四本の脚が完全に沈み込む。


その隙を逃さず、教師陣が一斉に魔法を放った。


火炎、氷槍、風刃、岩弾。


複数の上級魔法が巨大な身体へ直撃し、激しい爆発と共に煙が立ち上がった。


「入った!」


カイルが声を上げる。


だが、私は違和感を覚えた。


魔素が消えていない。


むしろ、激しく動いている。


「待って!」


煙が晴れる。


巨大な魔獣は、まだ立っていた。


外皮には傷があるものの浅く、直撃したはずの上級魔法の多くが表面を削った程度で止まっている。


「硬すぎるだろ……」


セドリックが呟く。


「違う。皮膚だけじゃない」


私は魔獣の表面を流れる魔素を追った。


火炎が当たる場所へ魔素が集まり、氷槍が飛んだ場所では別の方向へ流れている。


偶然ではない。


こいつは攻撃に合わせて防御を変えている。


「アル?」


グレアムがこちらを見る。


「身体の表面に魔素を流してます。攻撃が来る場所へ集中させてる」


「防護魔法か?」


「多分。でも普通の結界とは違います」


結界を張っているというより、身体そのものへ魔素をまとわせ、外皮の強度や衝撃の伝わり方を変えているように見える。


細かい仕組みまでは分からない。


ただし、流れがあるなら崩せる。


私は魔獣の表面をさらに詳しく観察した。


頭から背中、背中から前脚、腹部から後脚へと魔素が複雑に循環しているが、完全に無秩序ではない。


何か所か、必ず通る場所がある。


血管に似ている。


全身へ流すための管。


「……あそこか」


右肩の少し後ろ。


そこへ魔素の流れが集まり、全身へ分岐している。


私は極細の魔素を伸ばした。


狙うのは破壊ではない。


僅かに流れを乱すだけでいい。


魔素を触れさせた瞬間、巨大な魔獣が突然こちらを見た。


「……気付いた?」


目が合う。


次の瞬間、魔獣が咆哮した。


凄まじい魔素が一気に噴き出し、私の干渉が弾かれる。


身体が僅かに後ろへ押された。


……魔素だけで!?


「アル!」


グレアムが叫ぶ。


魔獣が私へ向かって走り出した。


重力場はまだ四倍。


それなのに、脚を地面へ深く沈めながら土を抉り、それでも無理やり前へ進んでくる。


「なんて力だよ!」


カイルが火球を撃つ。


魔獣は止まらない。


セドリックも横から風刃を放ったが、外皮を浅く切っただけだった。


私は後ろへ下がりながら考える。


重力を五倍、六倍と上げれば止められるかもしれない。


だが、それだけでは倒せないし、地面へ沈め続けている間も魔素を消費する。


なら、防御そのものを崩した方が早い。


私はもう一度、右肩の後ろへ意識を向けた。


さっきは一か所だけを狙ったから弾かれた。


なら今度は複数。


「セドリック先輩!」


「なんだ!」


「右肩の後ろを狙えますか!」


「やってみる!」


セドリックが風をまとい、一気に横へ回り込む。


魔獣が私を追っている間に死角へ入り、そのまま剣を振り抜いた。


魔獣の表面を流れる魔素が、セドリックの攻撃へ集中する。


……今だ。


防御が偏った。


私は反対側から三本の細い魔素を伸ばし、異なる位置の流れを同時に乱した。


表面を循環していた魔素が、一瞬だけ途切れる。


「今!」


セドリックの剣が右肩へ入った。


今までより明らかに深い。


魔獣が大きく咆哮する。


「通った!」


……やっぱり。


外皮そのものが異常に硬いわけではない。


魔素で防御していた。


「全員、攻撃を合わせろ!」


グレアムの声が飛ぶ。


教師たちが動く。


だが私は、すぐに別の指示を出した。


「同じ場所じゃなくていいです! 同時に別方向から!」


グレアムが一瞬で意図を理解する。


「聞いたな! 皆、散開して撃て!」


火が左。


氷が右。


風刃が背後。


土槍が足元。


四方向からほぼ同時に魔法が飛ぶ。


巨大な魔獣の魔素が複数方向へ分散し、すべてへ対応しようとして循環が一気に乱れた。


その中心。


右肩の奥。


……また開いた。


私はそこへ魔素を差し込む。


今度は弾かれない。


全身の循環が崩れ、魔獣の表面を覆っていた魔素が一気に薄くなる。


「今です!」


教師たちの魔法が直撃した。


爆発音と共に外皮が裂け、血が飛ぶ。


巨大な魔獣が初めて大きく姿勢を崩した。


だが、まだ倒れない。


むしろ怒った。


全身から魔素が一気に膨れ上がる。


「まずい!」


私は反射的に重力場を強めた。


五倍。


脚がさらに沈む。


六倍。


地面に亀裂が走る。


七倍。


ついに巨体が地面へ押し付けられた。


それでも頭だけは上げようとしている。


本当に、とんでもない力だ。


「アル!」


グレアムがこちらを見る。


「維持できるか!」


「はい! できます!」


まだ余裕はある。


ただ、このまま下へ押し続ければ魔獣より先に地面が壊れる。


すでに巨体の下では土が沈み始めていた。


私はそこで考え方を変えた。


重力は下へ向けるだけではなく、方向そのものを変えられる。


なら、身体全体を一方向へ押さえ込む必要はない。


頭は右。


胴体は左。


前脚は下。


後脚は後ろ。


各部へ別々の方向から重力を作用させ、引き裂くほどの力はかけず、ただ動こうとする方向だけを封じる。


複数の重力場を同時に制御する方法は、石材ではすでに試している。


……生物相手は初めてだが。


「……いける」


私は魔素を分け、四方向から重力場を形成した。


巨大な魔獣の身体が、不自然なほどぴたりと止まる。


頭を振ろうとしても動かず、脚へ力を入れても前へ進めない。


「止まった……?」


カイルが呟く。


「今なら!」


セドリックが走る。


狙うのは、先ほど傷を付けた右肩。


だが魔獣も最後の抵抗に出た。


大きく口を開き、喉の奥へ大量の魔素を集め始める。


熱。


圧力。


そして魔素。


すべてが一点へ集中していく。


「何か来る!」


……ブレス。


おそらく、そういう類の攻撃だ。


だが、詳しく分析している時間はない。


「…撃たせない!」


私は喉周辺の空気圧を崩し、同時に口内へ集まっている熱を奪った。


魔獣の口から中途半端な炎が漏れ、爆発にはならないまま熱風だけが周囲へ広がる。


それで十分だった。


セドリックが跳ぶ。


風魔法で身体を加速し、魔獣の肩へ乗った。


剣を振り上げる。


「アル!」


「分かってます!」


私は魔獣の右肩へ集まる魔素を完全に乱した。


防御が消える。


セドリックの剣が深く突き刺さり、ほぼ同時にグレアムの巨大な氷槍が首元へ食い込んだ。


魔獣が咆哮し、全身を激しく暴れさせる。


私は重力場を維持する。


続いて教師の火炎魔法、カイルの風、騎士の槍が傷口へ集中し、最後には巨大な身体から急速に力が抜けていった。


ズン……と地面が揺れる。


今度は重力魔法のせいではない。


魔獣自身が倒れた音だった。


しばらく誰も動かなかった。


私は慎重に重力場を解除する。


「……終わった?」


カイルが呟く。


教師が巨大な魔獣へ近づき、状態を確認する。


数秒後、大きく息を吐いた。


「……討伐完了!」


声が上がった。


周囲に残っていた牙狼やグラウスの多くもすでに倒され、生き残った魔獣は森の奥へ逃げていく。


ようやく戦闘が終わった。


私は長く息を吐いた。


魔素自体はまだかなり残っているが、複数の重力場を同時に制御し続けたせいで、身体より頭の方が疲れている。


「アル」


セドリックが近づいてくる。


服も顔も土まみれだ。


「お前、さっき俺の剣が入る直前に何した?」


「防御用の魔素の流れを止めました」


「そんなことできるのか?」


「流れてたので」


「……説明になってないぞ」


カイルも寄ってくる。


「俺、途中から何してるのか全然分からなかった」


「火球撃ってましたよね」


「俺の話じゃない!」


怒られた。


そこへグレアムも歩いてくる。


「アル、怪我は?」


「ないです」


「本当に?」


「本当に」


グレアムは念入りにこちらを確認したあと、倒れている巨大な魔獣を見る。


「見たことのない変異個体だな」


教師の一人が外皮を調べながら頷いた。


「グラウス系統とも違います。巨角獣に近い特徴はありますが、魔素量がおかしい…」


「どのくらい?」


私が聞く。


教師が測定器を見る。


「死後でこれだぞ。生きている間は、この数倍あったはずだ」


やっぱり。


私は魔獣へ近づき、外皮や角、傷口、それから先ほど魔素が集中していた右肩を確認する。


そのとき。


遠くから、規則正しい蹄の音が聞こえてきた。


一つや二つではない。


かなりの数だ。


「……来たか」


グレアムが街道の向こうを見る。


しばらくすると、王国の紋章を掲げた騎馬隊が姿を現した。その後ろには複数の大型馬車が続き、さらに後方では杖を携えた魔導師たちの姿も見える。


王国騎士団。


そして魔導師団。


本隊が到着したらしい。


先頭の騎士が馬から降り、こちらへ駆けてくる。


「王立魔法学院の先行部隊か!」


「そうだ」


グレアムが応じる。


騎士は街道へ倒れている大量の魔獣を見回し、その先に横たわる巨大な変異個体を見たところで動きを止めた。


「……これを?」


「街道へ出てきた個体は概ね処理した。住民の避難も完了している」


騎士はもう一度、周囲を見る。


「学院の先行部隊だけで?」


「結果的にはな」


少し離れたところでカイルが小さく笑った。


「……驚いてる」


「そりゃ驚くでしょ」


セドリックも答える。


私もそう思う。


本来なら騎士団や魔導師団が対応する規模なのだ。


その初動を任された学院部隊が、彼らの到着前に大型個体まで討伐しているのだから、驚かない方がおかしい。


その後は急速に役割が切り替わった。


騎士団が街道と森の警戒を引き継ぎ、魔導師団が逃げた魔獣の追跡と周辺の索敵を始める。


学院側は負傷者の確認や戦闘記録を渡し、本来の先行任務を終えることになった。


「はぁ、これで帰れるな」


カイルが大きく伸びをする。


私は答えようとして、ふと足を止めた。


何かを感じた。


倒れた魔獣ではない。


もっと下。


地面の奥。


「……」


私はその場へしゃがみ込み、手を地面へ近づけた。


「アル?」


グレアムが気付く。


私は返事をせず、周囲へゆっくりと魔素を広げていった。


普段から外部魔素を取り込んでいるため、周囲にどれくらい魔素が存在しているかはかなり細かく分かる。


森。


空気。


植物。


魔獣。


そして地面。


それぞれに薄く魔素が存在している。


だが、今感じているものは違った。


地面の下に、明らかに魔素が濃い場所がある。


一か所だけではない。


細長く、どこかへ続いている。


「……何だ、これ」


私は立ち上がった。


グレアムが近づく。


「何か見つけたのか?」


「……魔素があります」


「魔素ならどこにでもある」


「そうじゃなくて、この下です。普通よりかなり濃い」


「地下に?」


「はい。でも、一か所じゃない」


私はゆっくり歩いた。


数メートル進んでも、まだ濃い。


そこから横へ外れると薄くなり、元の位置へ戻ると再び強く感じる。


まるで地下水や川のように、魔素が一定の幅を持った筋として地中を通っているようだった。


「アル?」


カイルが不思議そうに見る。


「この辺り、地面の下に魔素が集中してます。しかも多分、流れてる」


「流れる?」


「そう見えます」


私は測定器を取り出して地面へ近づけた。


数値が上がる。


少し離すと下がり、もう一度同じ場所へ戻すと再び上がった。


偶然ではない。


再現する。


私は周囲を見渡した。


魔獣たちは、この影響を受けたのだろうか。


大量の魔素がある場所へ集まったのか、それともこの流れに沿ってどこかから移動してきたのか。


今の時点では何も分からない。


ただ、一つ気になることがあった。


この地中の流れは街道を横切り、そのまま北東方向へ伸びているように感じる。


私は方角を確認した。


森の先。


さらに遥か遠く。


エルグラッドがある方向。


「……また北東」


小さく呟くと、グレアムにも聞こえたらしい。


「偶然かもしれん」


「……はい」


分かっている。


この場所とエルグラッドを結びつける証拠は何もないし、地中の魔素が本当にそこまで続いているかどうかさえ不明だ。


それでも、調べる価値はある。


「地中の魔素分布って、学院に資料あります?」


「研究記録ならあるだろうな。ただ、私も専門ではない」


「じゃあ帰ったら調べます」


「いや、今日は休め」


「……でも」


「アル」


少し強い声だった。


仕方ない。


「明日からは?」


「授業へ出てからだ」


「……分かりました」


カイルが笑う。


「学院長、お前の扱い完全に分かってるな」


「最近ひどいんですよ」


「お前が原因だろ!」


セドリックまで笑っている。


私はもう一度、足元へ意識を向けた。


もしこの世界の地中に、魔素が集まりやすく、さらに一定方向へ流れる経路が存在するなら。


それは魔獣だけではなく植物、人間、魔法、魔道具、場合によっては街や国の位置にまで影響している可能性がある。


前世にも、地下水や地熱、鉱脈、磁場のように、目には見えなくても地中を通り、地上へ影響を与えるものはいくつもあった。


そしてこの世界には、魔素がある。


ならば魔素にも、地形や地下構造によって集まりやすい場所や、流れやすい経路が存在しても不思議ではない。


私は測定器をしまった。


今日の戦闘は終わった。


魔獣の群れは退け、街道も王国騎士団と魔導師団へ引き継いだ。


だが私の中では、別の疑問が始まっていた。


地中を通る、目には見えない魔素の道。


まだ名前すら知らないその現象を、私は調べてみることにした。

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