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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第三章 魔法物理学の誕生

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第23話 異変

三日後、私はグレアムと共に王都にある魔法協会本部を訪れていた。


巨大な石造りの建物で、正面には火、水、風、土、光、闇を表す六つの紋章が並んでいる。


……あまりにも分かりやすい。


「アル」


隣を歩くグレアムが小さく声をかけてきた。


「何です?」


「そこの紋章を見ながら笑うな」


「……笑ってませんよ」


「いや、笑っていた」


……どうやら顔に出ていたらしい。


別に六属性を馬鹿にしているわけではない。


ただ、これから『六属性は魔素そのものの性質ではないのではないか』という話をしに来た場所の正面に、六属性の巨大な紋章が並んでいることが少し面白かっただけだ。


案内された会議室には、魔法協会の研究員や術式管理官が十人ほど集まっていた。


中央に座っているのは白髪の男性で、名をベルク・オルデンというらしい。魔法協会の理論部門を統括する人物だと紹介された。


「アル・レイヴァン君」


「はい」


「まず最初に確認したい。君は六属性という体系そのものを否定するつもりなのかね?」


いきなり本題だった。


……助かる。


「分類としては否定していません」


会議室の空気が少しだけ変わった。


私は続ける。


「火を使う魔法を火属性、水を動かす魔法を水属性と呼ぶのは便利ですし、教育や術式管理でも使えると思います。ただ、その分類がそのまま魔素そのものの性質なのかについては疑っています」


「つまり、六属性は便宜上の名称にすぎないと?」


「その可能性がある、という段階です」


ベルクが論文へ視線を落とす。


「題名はずいぶん断定的だが」


「それはラウエル先生にも言われました」


横にいたグレアムが小さく咳払いした。


どうやら余計なことだったらしい。


「では聞こう。君の重力魔法は、六属性ではないと?」


「少なくとも、私は六属性を使って作っていません」


「土属性の応用では?」


「可能性を否定するなら、まず土属性とは何かを定義する必要があります」


ベルクの眉が動く。


「土を動かす力だ」


「それなら岩を浮かせるのは土属性になります。でも鉄を浮かせたら?」


「……」


「水も木も人間も同じ術式で作用します。地面へ落ちる強さそのものが変化するので、対象の材質を基準に属性を決めるのは難しいと思います」


ベルクはしばらく黙っていた。


別の研究員が口を開く。


「では、君は世界の魔法体系が間違っていると言いたいのか?」


「全部ではありません」


私は首を振った。


「むしろ、六属性はすごく便利な体系だと思います。ただ、便利な分類と自然法則は別です」


これは何度も説明してきたことだ。


思っていたより、話は普通に進んだ。


もっと怒鳴られたり、『異端だ』と決めつけられたりするのかと思っていたが、実際には細かい質問が続いただけだった。


重力魔法の再現性。


古代文献の信頼性。


発動前の魔素状態。


通常魔法との違い。


私が答えられることには答え、分からないことは分からないと言った。


一時間ほど経った頃、ベルクが論文を閉じた。


「現時点で、魔法協会が六属性理論を変更することはない」


「はい」


当然だと思う。


論文一本、それも未検証事項が大量に残っている状態で、何百年も使われてきた体系を変える方がおかしい。


「ただし、君の研究を誤りとして退けるだけの材料も、こちらにはない。重力魔法については協会側でも再現実験を行い、六属性外の現象として検討する」


「ありがとうございます」


「礼を言うところなのか?」


「試してもらえるなら、その方が早いので」


ベルクは何とも言えない顔をした。


その後、教会から届いた意見についても確認されたが、こちらはすぐに終わった。


私は神の存在を否定していないし、六属性が神から与えられたものかどうかも今の私には判断できない。


ただし、魔素や魔法が実際にどのような仕組みで動いているかは、観測できる範囲で調べる。


それだけだ。


最終的に魔法協会から出された結論は、驚くほど普通だった。


『属性魔法不存在論については未証明の仮説として扱い、追加検証を行う』


それでいい。


私は論文を勝たせたいわけではなく、本当のことを知りたいだけだ。


会議室を出たところで、グレアムが横に並んだ。


「……終わったな」


「思ったより早かったですね」


「不満か?」


「少し」


「ほぅ、なぜだ?」


「もっと面白い反論が来るかと思ってました」


グレアムが呆れたようにこちらを見る。


「君は喧嘩をしに来たのかね?」


「……研究です」


「似たようなものだな」


…違うと思う。


…たぶん。


ともかく、これで論文について私が今すぐやることはなくなった。


測定器の改良はソフィア、理論上の反証探しはラウエル、協会でも再現試験が始まる。結果が出たら、そのとき続きを考えればいい。


今は、もっとやりたいことがある。


翌日。


学院の大型訓練場。


私は地面から三十メートルほど上空にいた。


「アルー!」


遥か下からリーナの声が聞こえる。


「聞こえるー!?」


「聞こえるよー!」


答えたつもりだが、こちらの声が届いているかは分からない。


重力魔法による初の本格的な飛行試験。


これまでの実験で、自分自身へ作用させても大きな異常がないことは確認済みだった。


問題は飛ぶことそのものではなく、制御だ。


私は自分に働く重力を弱めるだけではなく、作用方向を少し前方へ傾ける。


すると身体が前へ落ち始め、速度が上がるにつれて風が一気に顔へ当たった。


「うわ……!」


思ったより速い。


慌てて作用方向を戻し、そのまま下方向へ切り替えると身体が降下を始める。少し強すぎたので出力を調整し、地面との距離を見ながらゆっくりと速度を落としていった。


二十メートル。


十メートル。


五メートル。


そして着地。


「アル!」


リーナが走ってくる。


「今、飛んでた!」


「うん」


「本当に飛んでたよ!」


「正確には、落ちる方向を変えてた感じだけど」


「それを飛ぶって言うんじゃない?」


そうかもしれない。


私はすぐにノートへ高度、移動距離、作用量、方向変更時の感覚、減速に必要な時間を書き込んでいく。


……まだ荒い。


特に高速移動から止まるときは身体への負担が大きい。


重力だけを変えても慣性までは消えないことは石柱を動かしたときにも分かっていたが、人間で試すと問題がよりはっきりする。


「次は横方向の加速をもう少し――」


そのとき、訓練場の入口から教師が走ってきた。


「学院長!」


その声に反応し、少し離れた場所にいたグレアムが振り返る。


教師の表情は明らかに普段と違った。


「どうした?」


「北東街道で魔獣の群れです!」


私も手を止める。


「数は?」


「確認できているだけで三十以上。街道警備隊が交戦中ですが、さらに森から出てきているとのことです」


三十。


……多いな。


魔獣が単独で人里へ近づくこと自体は珍しくないらしいが、群れで、しかも街道へ向かっているとなれば話は違う。


「種類は?」


グレアムが聞く。


「グラウスが少なくとも六体。それ以外に牙狼種と、確認できていない大型個体が一体」


グラウス。


その名前を聞いた瞬間、八年前の光景が頭をよぎった。


森で遭遇した巨大な魔獣。


傷ついた父さん。


そして、私が初めて魔法で生き物を殺した日。


「場所は?」


グレアムの声が少し低くなる。


「王都から北東へおよそ二十キロです。現在、近隣の村へ避難指示が出ています」


……北東。


その言葉に、なぜか少し引っかかった。


「北東って、エルグラッドの方向ですか?」


教師は一瞬黙り、代わりにグレアムがこちらを見る。


「かなり先だが、方角としては同じだ」


偶然である可能性の方が高い。


エルグラッドまでは遥かに遠く、二十キロ程度なら遺跡とは直接関係ないはずだ。


それでも妙に気になった。


「それと、王国騎士団から学院へ正式な緊急要請が来ています」


グレアムの表情が変わった。


「内容は?」


「本来なら騎士団と魔法師団が対応する規模ですが、現場が学院から近いため、本隊が到着するまで先行して街道確保と避難支援を行ってほしいとのことです。騎士団本隊は最短でも二時間前後、魔法師団はさらに遅れる見込みです」


なるほど。


学院だけで、この規模の魔獣群を討伐しろという話ではない。


到着が最も早い戦力として、初動対応を求められているらしい。


グレアムは一瞬だけ考え、すぐに指示を出した。


「分かった。戦技科の教師、治癒術師、それから上級戦技科の実戦資格保持者を集めろ。あくまで騎士団と魔法師団が到着するまでの先行対応だ。討伐を目的にするな」


「はい!」


教師が走っていく。


私はグレアムを見る。


「……私も行きます」


即答だった。


グレアムは私を見返す。


「理由は?」


「戦力になります」


「…それだけか?」


さすがに鋭い。


「……北東なのが気になります」


「エルグラッドとの関連を疑っているのか?」


「まだ何もありません。ただ、グラウスが群れで出てくるのは普通なんですか?」


グレアムは少し考えたあと、首を振った。


「珍しい。特に六体以上が同じ方向へ移動することはな」


……やっぱり。


八年前、村の森へ現れたグラウスも本来の生息域から外れており、しかも異常に大きく、魔素量も多かった。


その原因はまだ分かっていない。


「行かせてください」


今度はグレアムもすぐには否定しなかった。


「……戦闘では私の指示に従え」


「はい」


「単独で群れへ突っ込むな」


「分かりました」


「それと、飛んで先に行こうとするなよ」


「……考えてました」


「はぁ……だとおもったわ」


完全に読まれていた。


「実戦部隊と一緒に行け。現場の状況が分からないまま一人で飛び込めば、助ける側が増えるだけだ」


それは正しい。


私は素直に頷いた。


出発まで二十分。


学院の中が一気に慌ただしくなった。


上級戦技科の生徒、教師、治癒術師、魔道具科の支援員が装備を整え、次々と学院正門へ集まっていく。


私も一度寮へ戻り、研究ノートだけは置いてきた。


代わりに持っていくのは、魔法陣を書き込むための小さな板と魔素測定器、それから何枚かの簡易術式。


廊下を出たところで、リーナが待っていた。


「アル」


「リーナ?」


「……行くんでしょ?」


「うん」


彼女が少し不安そうな顔をする。


「……気をつけてね」


「大丈夫だよ」


「それ、一番信用できない言い方…」


……以前にも似たことを言われた気がする。


「ちゃんと帰ってくるよ」


そう答えると、リーナは少しだけ表情を緩めた。


「絶対ね…」


「うん」


正門へ向かう。


そこには昨日戦ったセドリックもいた。


「お前も来るのか」


「はい」


「一年生なのに?」


「先輩に勝ったので」


「…こいつ、言うようになったな」


……笑われた。


その横にはカイルもいる。


「おい、俺もいるぞ」


「三年生でも行けるんですか?」


「実戦資格持ってるからな」


…実践資格か、なるほど。


今回は敵ではなく、味方だ。


……少し不思議な感じがする。


グレアムが全員を見渡す。


「繰り返す。我々は先行部隊だ。目的は街道の確保と住民の避難支援、それから騎士団本隊が到着するまで戦線を維持すること。魔獣の数が多い以上、勝手に深追いするな」


その指示に全員が頷き、馬車が王都を出た。


一時間ほど走った頃、街道の空気が変わった。


普段なら商人や旅人が行き交う道に人影がなく、代わりに遠くから獣の咆哮と魔法による爆発音が聞こえてくる。


「近いぞ!」


先頭の教師が叫び、馬車が止まる。


全員が降りた。


私はすぐに森へ意識を向けた。


……魔素が濃い。


いや、単純に濃いだけではない。


流れ方がおかしい。


普段、周囲の魔素は風や生き物、植物、地形など様々な影響を受けながら複雑に動いている。


だが今は、森の奥から街道側へ向かって、明確な流れができていた。


「……何だこれ」


思わず呟く。


「アル?」


セドリックが振り返る。


「魔素の流れが変です」


「どう変なんだ?」


説明しようとした、その瞬間。


森の木々が大きく揺れた。


何かが来る。


「構えろ!」


教師の声が飛ぶ。


木が折れ、地面が震える。


そして街道へ、一体のグラウスが飛び出した。


八年前に見たものより大きい。


その後ろから二体、三体と続き、さらに牙狼種まで森から雪崩れ込んでくる。


十体。


二十体。


まだ奥にもいる。


「多すぎる……」


誰かが呟いた。


だが、私は魔獣そのものより、その周囲にある魔素を見ていた。


グラウスの身体から漏れている魔素量が明らかに普通ではない。


「……まただ」


八年前の森で見た、異常に巨大化していたグラウス。


あのときの私は魔獣そのものしか見ていなかったが、今なら分かる。


こいつらは、何かの影響を受けている。


「来るぞ!」


グラウスが吠え、巨大な身体でこちらへ突進してくる。


私は一歩前へ出た。


「アル!」


グレアムの声が飛ぶ。


「分かってます!」


単独で突っ込むなという約束は守る。


なら、こちらから行く必要はない。


向こうを止めればいい。


私は地面へ広く魔素を伸ばし、先頭のグラウスだけではなく、その後方にいる魔獣の群れまでまとめて重力場の対象へ捉えた。


「止まれ」


魔素を流した瞬間、轟音と共に地面が揺れた。


走っていたグラウスの巨体が一気に沈み、四肢を地面へ叩きつけられる。その後ろを走っていた牙狼たちも次々と姿勢を崩し、地面へ押し付けられた。


「なっ……!」


カイルの声が聞こえる。


私は重力場を維持したまま、範囲を十メートル、十五メートル、二十メートルと広げていく。


対象は魔獣だけ。


味方には一切作用させない。


「今です!」


その声を合図に、学院の魔法使いたちが一斉に動いた。


火炎が走り、風刃が飛び、地面から土槍が突き上がる。光魔法が視界を奪い、その隙をセドリックとカイルたちが詰めていく。


戦線は一気にこちらへ傾いた。


だが私は、目の前の戦闘とは別のものを感じ取っていた。


森のさらに奥から、魔素が流れ続けている。


魔獣たちはそこから逃げてきているのか?


それとも何かに引き寄せられているのか?


まだ分からない。


ただ、八年前に村へ現れたグラウスと、今日の群れが全く無関係だとは思えなかった。


そのとき。


森の奥から、これまでとは比べものにならない低い咆哮が響いた。


木々が大きく揺れ、何羽もの鳥が一斉に空へ飛び立つ。


セドリックが剣を構えた。


「……大型個体か」


グレアムも前へ出る。


私は森の奥を見つめた。


先ほどまで街道側へ流れていた魔素が、さらに強く押し寄せてくる。


そして木々の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現し始めた。

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