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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第二章 学院の異端児

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第15話 魔力量など必要ない

翌日の放課後。


私は授業が終わると同時に、リーナの席へ向かった。


「リーナ」


「なに?」


「実験、手伝ってくれない?」


リーナは一瞬きょとんとしたあと、私の顔をじっと見た。


「……実験?」


「うん。昨日の魔素操作について、もう少し詳しく調べたい」


「私の?」


「リーナ以外に誰がいるの?」


そう言うと、なぜか少し困ったような顔をされた。


「でも私、魔素少ないよ?」


「だから調べたいんだよ」


「……?」


どうやら、意味が伝わっていないらしい。


私は昨日書いたノートを鞄から取り出した。


『魔素操作精度と変換効率について』


表紙を見せても、リーナはまだ不思議そうに首を傾げている。


「昨日の授業で、リーナはほとんど魔素を無駄にせず十枚の板を動かしてた。普通なら途中でかなり散るのに、それがほとんどなかった」


「うん」


「それが魔法を使うときにも同じなら、面白いことになる」


「面白いこと?」


「実際にやってみれば分かるよ」


リーナはしばらく考えていたが、やがて小さく頷いた。


「分かった。何すればいい?」


「まず研究室へ行こう」


「研究室?」


「学院長に借りた」


「……もう?」


「昨日頼んだ」


リーナが呆れたような顔をする。


「アルって行動早いね」


「思いついたのに試さない方が気持ち悪いから」


「やっぱり変な人」


最近、この評価が定着しつつある気がする。


グレアムから借りた研究室は、学院の研究棟の端にあった。


それほど広くはないが、魔素量を測定する器具や小型の標的、簡単な魔法陣を描くための机まで揃っている。


私にとっては十分すぎる環境だ。


部屋へ入ったリーナが、珍しそうに周囲を見回した。


「ここ、学生が使っていいの?」


「学院長がいいって」


「アルだけじゃない?」


「多分」


「やっぱり……」


何が「やっぱり」なのだろう。


私は机の上に測定器を置き、昨日考えた実験方法を確認する。


「まず、普通に火の魔法を使ってみて」


「火?」


「うん。いつも授業でやってるのと同じのでいい」


「分かった」


リーナが標的へ手を向けた。


「炎よ、我が魔素に応え――」


短い詠唱のあと、小さな炎が生まれる。


大きさは拳より少し小さい。


決して強くはない。


だが、私は炎ではなく、そこへ至るまでの魔素の流れを見ていた。


やはり。


ほとんど散っていない。


リーナの内部魔素から放出された魔素は、極めて細い一本の流れとなって術式へ入り、必要な形へ整えられたあと、そのほぼ全てが炎の形成へ使われている。


「もう一回お願い」


「いいよ」


二回目。


今度は測定器へ接続する。


発動。


魔素消費量を記録。


三回目も同じ条件で行い、結果を比較する。


ほとんど誤差がない。


「……やっぱり」


「何か分かった?」


「かなり」


私はノートへ数字を書き込んだ。


一般的な生徒の実験結果は、学院に残っていた基礎資料から確認できる。


同程度の炎を作る場合でも、人によって消費魔素量にはかなり差がある。


もちろん属性適性の影響もあると考えられているが、それだけでは説明できない差があった。


そして、リーナの値は明らかに低い。


「普通の生徒が同じくらいの炎を作るときと比べて、かなり少ない」


「そうなの?」


「うん。もう一つ試そう」


今度は、学院で使われている標準的な火炎術式を机へ広げた。


以前、グレアムたちと測定したものと同系統の術式だ。


私が改良したものではない。


あえて、普通の術式を使う。


「これに魔素を流して」


「発動させればいい?」


「うん。ただし、できるだけ少なく」


リーナが魔法陣へ指を置く。


魔素が流れ込んだ。


術式の線を通り、分岐し、中央へ集まっていく。


だが途中で、私は妙なことに気付いた。


「……待って」


リーナが魔素を止める。


「どうしたの?」


「今、どうやってた?」


「普通に流しただけだけど」


「この部分」


私は魔法陣の一部を指差した。


本来なら流れ込んだ魔素の一部が余分な経路へ回り、そこでかなり損失する。


以前の私がこの術式を改良したのも、その無駄が気になったからだ。


だが今。


リーナの魔素は、その余分な経路へほとんど流れていなかった。


「ここ、通してないよね?」


「……通すの?」


「普通は勝手に流れる」


「でも、いらない感じがしたから」


私は黙った。


いらない感じ。


言葉にすればそれだけだが、実際にやっていることはかなりおかしい。


魔法陣というものは、基本的に入力された魔素を内部の構造に従って流す。


術者は入口へ魔素を供給し、その後の細かな処理を術式へ任せる。


だからこそ、誰でも同じ形の魔法を再現できる。


ところがリーナは、魔法陣内部を流れる魔素まで感覚的に把握し、不要な場所へ入る魔素を自分で抑えている。


つまり、術式に完全に任せていない。


魔法陣と同時に、自分でも制御している。


「リーナ」


「なに?」


「もう一回やって」


「うん」


今度はさらに細かく観察する。


間違いない。


魔法陣の経路に沿って魔素を流しながらも、必要な場所には必要な量だけを送り、不要な分岐へ向かおうとする魔素は寸前で止めている。


それも。


ほぼ無意識に。


「……なるほど」


私は一気に納得した。


リーナが少ない魔素量でも魔法を使える理由。


単純に保有魔素が少ないから、弱い魔法しか使えないわけではない。


一回の発動で失う魔素が、普通の魔法使いとはまるで違う。


「リーナ。次は少し難しい魔法を使ってみよう」


「難しい魔法?」


「今使える中で、一番魔素を使うやつ」


リーナの表情が曇った。


「でも、それは無理だと思う」


「どうして?」


「前にやったけど途中で魔素が足りなくなったから」


「何の魔法?」


「上級の火炎魔法。授業で一回だけやったことがあるけど、私は発動できなかった」


なるほど。


ちょうどいい。


「それやろう」


「え?」


「もう一回」


「でも無理だよ」


「前と同じやり方ならね」


私は机へ新しい紙を広げた。


「今回は、私が魔素の流れを見る。リーナは普段通りに発動して、無駄だと思うところにはできるだけ流さないで」


「それだけ?」


「まずはそれだけ」


リーナは少し不安そうだったが、最終的には頷いた。


上級火炎魔法用の術式を準備する。


複雑だ。


標準的な火炎魔法陣よりも遥かに多くの経路を持ち、出力増幅、安定化、形状維持のための術式が重ねられている。


当然。


必要魔素量も多い。


リーナが一度失敗したのも納得できる。


「始めるよ」


「うん」


リーナが深く息を吸い、魔法陣へ手を置いた。


詠唱が始まる。


魔素が流れる。


最初の経路。


問題ない。


二つ目。


三つ目。


徐々に術式が起動し、魔法陣の線が淡く光り始める。


私はその全体を観察する。


やはり。


上級術式でも同じだ。


普通なら大量の魔素が流れ込むことで、各経路にも余分な魔素が入る。


だがリーナは違う。


一本一本。


必要な場所へ。


必要な分だけ。


まるで、水滴を一滴ずつ正確に置いていくように魔素を流している。


術式の半分まで起動した。


まだ余裕がある。


三分の二。


それでも止まらない。


リーナの表情が変わった。


本人も気付いたのだろう。


「……まだ、ある」


「そのまま続けて」


魔素の流れがさらに細くなる。


無駄が削られる。


そして。


最後の術式へ魔素が届いた。


次の瞬間。


ボオッ!!


研究室の中央に、大きな炎が現れた。


先ほどの拳ほどの炎とは比較にならない。


人の上半身ほどもある火炎が安定した状態で浮かび、熱気が部屋全体へ広がる。


リーナが目を見開いた。


「……できた」


「うん」


「本当に?」


「ちゃんと発動してる」


「でも、前は全然足りなかったのに……」


私は測定器を見る。


数値を確認し、すぐにノートへ書き込んだ。


想像以上だ。


同じ上級火炎魔法を一般的な術者が発動した場合と比較すると、消費量が明らかに少ない。


術式そのものは変えていない。


私が改良した魔法陣でもない。


違うのは。


使っている人間だけ。


「そういうことか……」


リーナが炎を消す。


「何が?」


「リーナは魔素が足りないんじゃない」


私は測定結果を見ながら答えた。


「今までの魔法が、リーナに合ってなかったんだ」


「……どういうこと?」


「普通の魔法使いは、多少魔素が漏れても気にしない。持ってる量が多いから、それでも発動できる。でもリーナは最初から魔素が少ないから、無意識に一つ一つの操作を極端に精密にしてる」


私は術式を指差した。


「その精度なら、普通なら捨ててるような魔素まで全部使える」


リーナは、まだ信じられないような顔をしていた。


「じゃあ……私でも強い魔法使えるの?」


「使える」


即答した。


少なくとも今の結果を見る限り。


「むしろ、リーナだからできる魔法があるかもしれない」


「私だから?」


「うん」


出力だけを見れば、今のリーナは私には遠く及ばない。


それは当然だ。


内部魔素量そのものが違う。


私には外部魔素を取り込む技術まである。


だが、魔法は出力だけではない。


もし極端な精度が必要な術式が存在したら?


ほんの僅かな魔素量の違いで結果が変わる術式。


一度に数十、数百の条件を個別制御する必要がある魔法。


そういう領域なら。


リーナの能力は、間違いなく武器になる。


「……面白い」


思わず呟いた。


リーナが笑う。


「アル、それ昨日も言ってた」


「面白いから仕方ない」


私はノートへ新しい項目を書き足す。


保有魔素量。


実使用魔素量。


術式内部散逸量。


現象変換量。


そして、制御精度。


これらを別々に測れば。


魔法の強さをもっと正確に表現できる。


「もう一回やろう」


「え?」


「次は今の魔法を、もっと少ない魔素で発動できるか試したい」


「まだ減らすの?」


「できそうじゃない?」


リーナは少し考えたあと、自分の手を見る。


さっきまでの不安そうな表情は消えていた。


「……やってみたい」


「決まり」


そこから。


実験は続いた。


二回目。


成功。


一回目より消費量が下がる。


三回目では、発動直前の流れをさらに整理したことで、わずかだが消費量が下がった。


四回目。


出力を維持したまま、術式の一部を私が修正する。


さらに下がる。


「まだいける」


「ほんとに?」


「この経路、多分いらない」


「消して大丈夫?」


「試せば分かる」


「アル、それ大丈夫じゃない人の言い方だよ」


失礼な。


念のため防御術式を展開し、不要と思われる線を一つ削る。


発動。


成功。


「ほら」


「ほんとだ……」


その後も、リーナが実際に魔法を使い、私が結果を測定して術式を修正する作業を繰り返した。


どちらか一人だけでは難しい。


私なら術式の構造を解析して無駄を削れるが、リーナほど精密に最低量だけを流すことはできない。


リーナは異常な精度で魔素を扱えるが、それがなぜ効率に繋がるのかを理論として整理したことはなかった。


なら、組み合わせればいい。


「リーナ」


「なに?」


「もう一回」


「今ので八回目だよ?」


「あと一回」


「さっきも言った」


「今度こそ」


「本当に?」


「多分」


「多分なんだ……」


結局。


十回やった。


そして翌日。


私たちは同じ実験を、担当教師の前で再現することになった。


理由は単純だ。


研究室の使用記録と測定結果を見た教師が、何かの間違いだと思ったらしい。


「もう一度確認する」


教師が測定器を見ながら言う。


「これは上級火炎魔法だな?」


「はい」


「リーナ・フェルミアは、これまで一度もこの魔法を正常発動できていない」


「そうです」


リーナが答える。


教師は書類を見る。


「理由は保有魔素量不足と判定されている」


「それが違ったみたいです」


私が言うと、教師が眉を寄せた。


「どういう意味だ?」


「見てれば分かります」


リーナが魔法陣へ手を置く。


昨日より表情が落ち着いている。


詠唱。


魔素が流れ始める。


教師の目が、徐々に大きくなった。


おそらく分かったのだろう。


流している魔素量が異常なほど少ない。


それでも術式は止まらない。


最後まで起動する。


そして。


ボオッ!!


大きな火炎が現れた。


「……」


教師が黙った。


私は測定器を見る。


昨日とほぼ同じ、再現性も問題ない。


「成功です」


「……馬鹿な」


教師が測定器へ近づく。


何度も数値を確認する。


「この魔素量で、なぜ上級魔法が成立する?」


「必要なところ以外へ流してないからです」


「それだけで……?」


「それだけじゃないです。術式側にもかなり無駄があったので、少し削りました」


「少し?」


「はい」


「どれくらい?」


私は紙を渡した。


教師が見る。


固まる。


「……三割近く消えているぞ」


「不要だったので」


「上級術式だぞ!?」


「でも発動してますよ」


教師が炎を見る。


もう一度紙を見る。


再び炎を見る。


「……」


…この学院の教師はよく黙る。


やがて騒ぎを聞きつけた別の教師まで研究室へやってきた。


さらにもう一人。


気付けば、研究室の入口に人が集まっていた。


「本当にリーナが?」


「あの魔素量で?」


「測定器の故障じゃないのか?」


「三回測った!」


「術式を見せろ」


「これを誰が改変した?」


「アル・レイヴァンだ」


ざわつきが広がっていく。


リーナが私の隣で小さくなっていた。


「……アル」


「なに?」


「すごい人増えてる」


「そうだね」


「私、帰っていい?」


「もう少し待って」


「恥ずかしい……」


人に見られるのは苦手らしい。


一方、私はそれどころではなかった。


結果は十分揃った。


リーナは、保有魔素量だけなら学院でも最低水準。


それなのに、上級魔法を安定して発動できた。


通常より遥かに少ない魔素で。


つまり、今までリーナが上級魔法を使えなかった最大の理由は「魔素量が少ないから」だけではない。


既存術式そのものが、大量の魔素を持つ人間を前提として作られていたからだ。


無駄が多くても、力任せに魔素を流せば動く。


だから誰も問題にしなかった。


でもリーナにはそれができない。


だからこそ、無駄を削る必要があった。


削ってしまえば使える。


私はノートの最後へ、一つの文章を書き込んだ。


『魔法の成立条件を、保有魔素量のみで評価することはできない』


書いてから少し考える。


まだ弱い。


私はその下へもう一行書いた。


『十分な制御精度と高効率の術式があれば、少ない魔素量でも高位魔法は成立する』


「アル君」


教師に呼ばれる。


「はい?」


「これは……かなり大きな発見だぞ」


「そうですか?」


「分かっていないのか?」


「リーナがすごいのは分かりました」


リーナが驚いてこちらを見る。


「私?」


「うん」


「いや」


教師が頭を抱えた。


「君もだ」


私も?


私は別に。


魔法陣を少し直しただけだ。


「ともかく、この結果は学院長へ報告する」


「グレアム学院長に?」


「当然だ!」


また面白い研究ができるかもしれない。


それなら歓迎だ。


教師たちが騒いでいる横で。


リーナは、自分の手をじっと見ていた。


「どうしたの?」


私が聞く。


「……私」


少し迷ってから。


彼女が口を開く。


「ずっと、魔素が少ないから駄目なんだって思ってた」


「うん」


「どれだけ練習しても増えなかったし、みんなが使える魔法も使えなかったから」


リーナが顔を上げる。


「でも、本当に違うのかな」


私は頷いた。


「違うよ」


少なくとも。


今日の結果が証明している。


「魔素が多いのは便利だし、有利なのは間違いない。でも、それだけで魔法の全部が決まるわけじゃない」


むしろ今日、私自身が思い知らされた。


大量の魔素。


高い出力。


それは強い。


しかし同じ結果を、十分の一の資源で出せる技術もまた強さだ。


そして、その技術を今のリーナは持っている。


私は測定器の数値を見ながら、少し笑った。


「極端に言えば」


「うん?」


「こんな使い方ができるなら、魔力量なんて大して必要ないのかもしれない」


リーナが目を丸くする。


もちろん、本当に必要ないわけではない。


魔素は魔法を成立させるための資源だ。


ゼロなら何もできない。


だがこれまで、この世界が考えていたほど絶対的なものではない。大量に持っている者だけが強い魔法使いになれるわけではない。


その事実が今日、一人の少女によって証明され始めた。


保有魔素量。


学院最低水準。


それまで「才能がない」と評価されていた少女。


リーナ・フェルミア。


彼女の名前は、この日を境に少しずつ学院の中で知られ始めることになる。


そして、私にとってもリーナはただのクラスメイトではなくなった。


私が考え、リーナが試す。


リーナが感じた違和感を、私が理論へ変える。


そんな少し変わった共同研究が、ここから始まった。

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