第九話「友達の話③」※海里視点
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カラン。
私の後ろで再び雀荘の扉が開く音が鳴る。
その音に惹かれるように視線を向けた。
そして私は一瞬で理解する。
入口に立っていたのは一人の女の子。
ポニーテールに縛った髪。
中学生らしい制服。
不安そうに店内を見回しながら立っている。
明らかに雀荘慣れしていない様子だった。
《この子だ⋯⋯》
この機会を逃したらきっと後悔をする。
そう思った瞬間にはもう口から声が出ていた。
「あなたが緑って子ね!」
入口付近に立っていた女の子が、
びくりと肩を震わせる。
長めのポニーテールに赤系の制服。
中野から聞いていた特徴と一致する。
間違いない。
けれど──。
「⋯⋯っ」
その女の子は露骨に怯えていた。
視線が泳いでいる。
逃げ道を探しているみたいに落ち着きなく周囲を見ていた。
(あ、やば⋯)
勢いで話しかけすぎたかもしれない。
私はただこの子がどんな麻雀を打つのか、
それが見たいだけなのに。
このままだと怖がられて逃げられてしまう。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「え、えっと⋯⋯」
一度深呼吸。
(落ち着け⋯あたし!)
「あたしは星川 海里! あなたいったい何歳?」
(あたしのバカーっっ!)
失言を取り消すかのように笑って誤魔化すも、
おそらく私の顔は引きつっている。
その子はまだ警戒したままだった。
その後店員のめぐみさんの協力もあって、
何とかその子と卓を囲むことができた。
(前々からめぐみさんに、この子が来たら対局してみたいと伝えておいて良かった⋯⋯)
内心ほっと胸を撫で下ろす。
結局東風戦にはなってしまったけれど、
それでも打ち筋を見るには十分だ。
果たしてどれだけすごい麻雀を打つのか。
中野が言ってた実力をやっとこの目で見ることが出来る。
私はいつも通り全力でぶつかってみよう。
◇
東一局。
⋯⋯早くアガりすぎた?
◇
東一局 一本場。
⋯⋯またアガっちゃった。
◇
東一局 二本場。
めぐみさんに上手くアガられてしまった⋯⋯。
でもこの子はまだテンパイすら出来ていないような⋯⋯。
◇
東二局。
「うん⋯⋯」
◇
東三局。
「⋯⋯あれ?」
なんか、もっとこう、圧倒される何かがあると思っていた。
空気を変えるような打牌とか。
異常な読みとか。
高度な押し引きとか。
そういうのを期待していたのに、
ただ慎重なだけの初心者みたいな麻雀だった。
なんか拍子抜けだった。
「少しガッカリ」
──あっ。
つい口が滑ってしまった。
でもしまったと思った時にはもう遅い。
肩をブルブルと震わせていた。
結局東四局は私がめぐみさんに振り込んで、
対局は終了した。
最後までその子の打つ麻雀は平凡だった。
いや、平凡というより──弱かった。
少なくとも中野が言っていたような打ち手ではなかった。
当然愛万根さんのようなバケモノでもなかった。
しかも対局が終わった瞬間、
その子はビリだったのにも関わらず満足そうな表情を浮かべていた。
手も足も出せずに負けたのにどこに満足をしたのだろうか。
意識が低いと思った。
しばらくしてその子は逃げるかのように席を立った。
もう帰る気だ。
まぁ、でも別にもういいか。
この子とは何回対局をしても負ける気がしない。
正直私のライバルになると期待していただけにかなり拍子抜けだった。
⋯⋯でも。
「あ、ちょっと待って!」
気付けばその子を呼び止めていた。
びくっと肩を揺らして振り返る。
(そんなに怖がらなくてもいいのに⋯⋯)
話を聞くとどうやら勉強に困っているらしい。
そしてうるうるさせながら口を開いた。
「勉強⋯⋯教えてもらえませんか?」
麻雀のライバルとしては全然役不足。
だけど──。
友達にはなりたい。
⋯⋯かも。
そんなことを少しだけ思った。
「いいわよ、連絡先交換しましょ!」
そう言ってスマホを差し出すと、
初めて笑顔を私に見せてくれた。
◇
それから緑とは勉強と麻雀を教えるために、
よくファミレスで合流するようになった。
最初は勉強だけのつもりだったのに、
話題はどんどん麻雀の話になっていく。
「あ、これ鳴いた方がいい?」
「いや、それは我慢」
「なんで!?」
「今押したらそのうち死ぬから!」
そんなやり取りをしている時間は案外嫌いじゃなかった。
むしろ居心地が良かった。
友達が少ない私にとっては、
放課後に誰かと集まるなんて新鮮だった。
そして緑は変なやつだ。
オドオドしてるくせに、
麻雀になるとテンション上がるし、
こっちが思ってもないおり方をする時もあった。
でもやっぱりまだまだ打ち方は粗い。
だからこそ何故か放っておけなかった。
◇
この日もいつものように勉強を教えていると、
話題は自然と麻雀の話になり、
それから麻雀の大会の話になった。
「大会って、やっぱ緊張するの?」
緑が視線をノートからこちらに向ける。
「そりゃするよ。でも楽しい!」
そう答えながらふと思った。
緑と一緒に大会に出れたら、
大会はもっと楽しくなるかもしれない。
同じ会場にいて、
同じ決勝の卓を目指して、
勝った負けたって騒いで。
そんなのもきっと悪くない。
───でも。
胸の奥に負の感情が沸いてくる。
今年こそ決勝の舞台に行きたい。
去年よりも上へ行きたい。
【絶対に。】
だったら───。
もし、この子が。
緑が。
決勝へ行くための障壁になる可能性は?
「⋯⋯」
自問自答の末にその答えが浮かんだ瞬間、
胸の奥が冷たくなっていく。
「県大会、出ないの?」
思ってもないセリフが口から出てしまった。
けど緑は予想以上に強く首を横に振った。
「いやいやいや」
本気で断っている。
気を使っているとかではなかった。
本当に自分には関係ないと思っている顔だった。
「そうね⋯⋯まだ緑には大会は早いかもね」
気付けばそんな言葉が口から出ていた。
緑は少しだけ寂しそうな顔をしたあと小さく頷いた。
その表情を見て自分はなんて最低な人間なんだと思った。
緑と大会に出れなくて残念という感情より先に、
心のどこかで安心している自分がいた。
でもそれならそれでいい。
緑が大会に出ないことで決勝への道へまた一歩近づいた。
緑と一緒にいる時間はとっても楽しい。
そしてもっと麻雀を教えたいとも思う。
でもそれ以上に今年こそ決勝へ行きたい。
中野と大舞台で戦いたい。
そのためなら私はなんだってやる。
どんな感情だって飲み込んでやる。
「じゃあ、またね」
「⋯⋯うん」
その日もいつも通り緑と別れた。
夕方のファミレスのドアが閉まる。
帰っていくその背中を見送りながら、
胸の奥はずっとモヤモヤが残っていた。
◇
二学期が始まると、
私は勉強の時間を減らしてその時間を全部麻雀に回すようになった。
放課後。
休日。
家に帰ってからの時間。
大会までに使える時間は全て麻雀に使った。
プロの牌譜を見る。
ネット麻雀を打つ。
中野の打ち方を思い返す。
今年こそ勝ちきる。
そのためにやれることは惜しまない。
──でも。
いつも頭の片隅に引っかかる。
(緑、本当に大会出ないのかな?)
(もし出たら⋯⋯?)
(あの時出る意思を見せなかっただけで、
本当は──。)
「⋯⋯いや」
考えても仕方ない。
(そういえば明日が大会の締切だっけ⋯?)
そんなことを考えていた時だった。
ブルッ。
机の上の携帯が震える。
画面を見ると宛先は緑からだった。
──緑《麻雀やっても意味ないよね》
「⋯⋯は?」
思わず眉をひそめる。
(意味がない? 何を言ってるの?)
その後何回かメッセージがとんできて、
最後のメッセージが届く。
──緑 《私には何もないから》
その文字を見た瞬間、心配や怒りや悲しさやら
色々な感情が私を襲った。
(いったいなんて返したら⋯⋯)
海里 《何もないならなおさら麻雀くらいやれば?》
違う。
打ち終わって送信せずに消す。
海里 《何もないって言うなら作ればいいじゃん。
大会も出ない、麻雀からも逃げる、
それで何か変わると思ってるの?》
これも違う。
打ち終わって送信せずに消す。
──。
海里 《じゃあ麻雀辞めれば?》
その短い文字だけが画面に冷たく残る。
絶対に違う。
──送信。
──。
──。
――数分後。
送信した罪悪感に苛まれる。
「⋯⋯最低だ」
思わず呟いていた。
何をやってるんだ、私は。
あんなセリフを緑に伝えたかったわけじゃない。
心が焦っていた。
あんな言葉、弱ってる相手をただ突き放したに過ぎない。
慌ててもう一度LINEを開く。
幸いにもまだ既読は付いていなかった。
今ならまだ間に合う。
指が震える。
───削除。
メッセージが消えた瞬間、
胸の奥が少しだけ軽くなって──
それと同時にもっと自分が嫌になった。
私なりのケジメとして頬を思いっきり殴った。
乾いた音が静かに部屋に響く。
「⋯⋯っ」
痛い。
でもそれくらいじゃ全然足りない。
私が緑にやった事はこんな痛みではつり合わない。
◇
あれから緑とは連絡を取っていない。
緑からも連絡は来ていないし、
私からも送ることはなかった。
あの日消したメッセージの"削除"の文字だけが、
ずっと画面に残っている。
◇
雀荘へ向かう道を歩く。
夜風が少し冷たい。
「⋯⋯」
余計なことは考えるな。
今は大会だけにちゃんと向き合うんだ。
そう言い聞かせるように《緑一色》の扉を開けた。
カラン、とベルが鳴る。
いつもの匂い。
いつもの卓。
いつもの牌の音。
いつも通り卓に座る。
勝つために、
決勝へ行くために、
中野に勝つために、
そのためなら余計な感情はいらない。
───そう思っているのに。
牌を握る度にふと頭に浮かぶのは緑の顔だった。
◇
そして大会前日を迎えた。
その日もいつものように《緑一色》へ足を運ぶ。
カラン、とベルが鳴る。
店の奥を見るとそこには中野の姿があった。
牌を並べるその横顔は去年より少しだけ自信があるように見える。
つられて自然と笑顔になる。
「明日は大会だね。今年は優勝できそう?」
中野は手を止めず小さく笑う。
「もちろん優勝は目指すよ」
そして少しだけ視線を上げた。
「それと⋯⋯星川さんとの勝負も楽しみにしてる!」
その言葉に胸が熱くなる。
「あたしも負けない!」
思わず声が大きくなる。
「中学一年の時の借り、二年越しで返すから!」
中野は笑顔だ。
この空気が今の私には一番心地がよかった。
やっぱり私はこの場所が好きだ。
中野とのこの関係性が好きだ。
そして勝ちたい。
心の底からそう思う。
───だからこそ。
ある顔が頭に浮かぶ。
「⋯⋯そういえばさ」
何気ない風を装って尋ねた。
「あの子。緑とあれから会った?」
中野は少し考えるように視線を動かしたあと首を横に振る。
「いや。一度も」
「そっか」
軽く返したつもりだった。
けれど胸の奥がずっとモヤモヤしている。
気になって店の奥にいためぐみさんにも聞いてみた。
しかし返ってきたのは同じ答えだった。
「あれから一回も来てないねぇ」
その言葉だけが静かに胸に刻まれた。
そんな煮え切らない感情を抱えたまま、
"海里"は最後の中学生麻雀競技選手権 県大会の当日を迎えるのであった。
次回、視点は戻り、中学生麻雀競技選手権 県大会に出場を決めた緑は、絶対に勝たなければいけないプレッシャーの中、文字通り身も心も削りながら麻雀と向き合っていた。
第十話「Hollow」




