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牌アガる!  作者: ぺー村様
中学生編
10/14

第十話「Hollow(虚ろな・空っぽ)」

「ちはやふる」「ヒカルの碁」といった青春文化系部活モノが好きな方には絶対に刺さる作品になります。

テーマは麻雀ですが、麻雀が分からない方にも読みやすい内容となっています。(異能力はないです)

1話あたりのボリュームが多いですが、お手柔らかに、読んで頂けると大変恐縮です。


※今回はかなり鬱な展開となっております。

⚠︎鬱表現が苦手な方は心の準備をしてから読んでください。

挿絵(By みてみん)


視点は戻り、

暗い部屋で椅子に座る緑。


県大会まで残すところあと三日になった。


深夜二時を過ぎても、

緑の部屋の明かりはまだ消えていなかった。


重苦しい空間。


パソコンのモニターの青白い光だけが、

緑の顔を照らしている。


カチ、カチ、とマウス音が響く。


ネット麻雀。


今日も、ずっと麻雀を打っていた。


「……ロン」


小さく呟きながらマウスを動かす。


画面の向こうの相手は格上だ。


以前の緑なら反応できなかった相手の危険牌も、

今の緑には少し分かるようになってきた。


押し引き。


待ち選択。


残るアガり牌の数。


数日前とは明らかに違う。


その変化は九頭龍も感じていた。


緑は強くなっている。

間違いなく。


既に同世代を相手にするなら、

それなりに通用するレベルに届いている。


だが――。


今の緑には出来るようになった喜びよりも、

出来ないことによる焦りの方が強く感じていた。


しかしそれは

経験値でしか得られないところもある。


それだけは、この短期間ではどうしても埋まらない。


あるレートを越えた瞬間、全く勝てなくなる。


読み合いで押し切られる。


勝負所で一歩遅れる。


最後に放銃する。


「……また」


小さく表示される順位。


緑は無言で次の対局ボタンを押した。


勝てない。


届かない。


まだ。


まだ海里には届いていない。


その現実だけが、緑の胸を静かに締め付けていた。



気が付けば朝になっていた。


カーテンの隙間から差し込む光が、

ぼんやりと部屋を照らしている。


「……はぁ」


緑は重い身体を起こした。


寝た気がしない。


頭も痛い。


それでも制服に着替え、学校へ向かう。


授業。


友達との会話。


先生の声。


全部が遠かった。


帰宅。


少しだけ横になって。


また塾へ行く。


問題を解く。


帰る。


そして深夜。


またパソコンの前へ座る。


青白いモニターの光。


静かな部屋。


アカウント名を入力する。


《アカウント名:Hollow》


アカウント名に大きな意味はない。


別になんでも良かった。


咄嗟に頭を過ぎった単語だった。


今の私にはぴったりな名前で。


皮肉にも気に入っている。


ログイン。


対局開始。


ーー


ーー


――結果。


二戦とも負けが続いた。


「……っ」


緑は奥歯を噛む。


勝てない。


読み負ける。


押し返される。


最後の牌にあと一歩届かない。


画面に映る順位を、緑は受け入れられない。


焦る。


心臓が妙にうるさい。


勝たなきゃ。


もっと。


もっと強くならなきゃ。


これじゃまだ海里に届かない。


もちろんテッペンにも。


その焦燥感だけが、頭の中を埋め尽くしていく。


緑は震える指でマウスを握ったまま、

小さく口を開いた。


「ねぇ……九頭龍」


挿絵(By みてみん)


「……本番、あなたが打ってよ.......」


ーー。


ーーー。


重い言葉だった。


部屋の空気が止まる。


パソコンファンの音だけが小さく響いていた。


九頭龍も、さすがに言葉を失った。


緑はモニターを見たまま。


こちらを見ようともしない。


その横顔は、もう“弱音”というより、

壊れかけた人間の顔だった。


九頭龍は口を開きかける。


だが、何を言えばいいのか分からない。


否定するべきか。


怒るべきか。


励ますべきか。


沈黙。


重い沈黙。


数秒なのに妙に長く感じた。


そして緑は、

小さく続ける。


「……どうせ私じゃ勝てないし」


乾いた声。


感情を押し殺しすぎて、

逆に何も入っていないような声だった。


緑は、この数日で理解していた。


九頭龍は、本当に麻雀が上手い。


最初は半信半疑だった。


幽霊みたいに突然現れて、

好き勝手に助言してくる変な存在。


その程度に思っていた。


でも違った。


ネット麻雀を打てば打つほど分かる。


読みが深い。


危険牌の察知の角度が異常に高い。


相手の手牌進行を、

まるで見えているかのように当ててくる。


何度も助けられてた。


何度も放銃を避けられてた。


――だけど。


緑は、あることにも気づいていた。


九頭龍は、

“アガるための助言”は最近までほとんどしていない。


「それは危ない」

「その牌は切るな」


そんな助言は最初からしていた。


でも、


「ここは押せ」

「この形でアガれ」


みたいな、勝つための助言はしていない。


守るための助言だけ。


最初は気づかなかった。


けれど、

ネット麻雀を繰り返すうちに理解した。


九頭龍は、緑を“負けさせない”ように、している。


でも、

“勝たせよう”とはしていない。


「九頭龍が本気で打てば、

大会でも優勝できるでしょ?」


緑はモニターを見たまま言った。


その声には、もう感情の起伏がほとんど無かった。


深夜三時。


パソコンの青白い光だけが、

暗い部屋を照らしている。


机の上には飲みかけのペットボトル。

解きかけの塾教材。

散らばったメモ。


何日もまともに眠っていない部屋だった。


九頭龍は静かに緑を見下ろす。


長い白髪が、モニター光を受けて淡く揺れていた。


普段なら。


こんな問いに対して九頭龍は、

「当たり前だ」

と即答していただろう。


実際、それは嘘にならないくらいの実力がある。


でも。


今の緑を前にして、

その言葉は喉で止まった。


言えなかった。


緑の声が、

あまりにも震えていたから。


ーー。


ーーーー。


沈黙。


マウスカーソルだけが、画面上で小さく揺れている。


そして緑は、

絞り出すように続けた。


「私に、これからも麻雀を楽しんでほしいと思うなら」


言葉が少し震える。


「愛してほしいって言うなら」


そこまで言って。


緑は初めて、少しだけ顔を伏せた。


長い髪が影になって、表情を隠す。



ーー「……今だけは、私の代わりに打ってよ......」



懇願だった。


叫びじゃない。


泣き声でもない。


心を押し殺したまま、

最後の力を振り絞って口から出した願い。


その姿は、

勝ちたい人間ではなく、


もう、自分では立てなくなった人間の姿だった。


九頭龍は、すぐには答えなかった。


深夜三時半。


暗い部屋の中、

パソコンのモニターの青白い光だけが緑を照らしている。


九頭龍が口を開くまで緑は俯いたまま動かない。


《今だけは、代わりに打ってよ》


その言葉だけが、静かに部屋に残っている。


九頭龍は緑を見る。


ボサボサの髪。


血色の悪い顔。


眠っていない目。


削れきった精神。


ここ数日、

どれだけ自分を追い込んできたのか。


見ていれば誰だって分かる。


本来なら、断るべきだ。


これは緑自身で決着を付けなければいけない。


ましてや麻雀を代わりに打つなんて、

許されることじゃない。


そんなこと、九頭龍が一番理解している。


――でも。


今の緑に、

その言葉を突きつけることができなかった。


「……本当に、馬鹿だな」


九頭龍は小さく呟く。


怒っているわけじゃない。


呆れているわけでもない。


ただ、

痛々しかった。


こんなになるまで、

一人で抱え込んで。


そこまでして、

麻雀をするために縋っている。


九頭龍は静かに目を閉じる。


そして。


「……分かった」


小さく答えた。


緑の肩が、びくりと揺れる。


「.......今回だけだ」


静かな声。


緑はすぐには返事をしなかった。


ただ張り詰めていた糸が切れたみたいに、

小さく息を吐く。


「……うん」


掠れた声。


その返事を聞いた瞬間。


緑の身体から、急激に力が抜けていった。


安心したのか。


それとも、

もう限界だったのか。


椅子から立ち上がる足取りは、酷く不安定だった。


ベッドへ向かう。


途中で一度だけふらついて、

壁へ手をつく。


九頭龍は何も言わない。


ただ静かに、その背中を見守っていた。


緑はパーカーのままベッドへ倒れ込む。


毛布を引き寄せる力すら弱い。


パソコンのモニターだけが、

まだ部屋を青白く照らしている。


「……海里。」


小さく名前を漏らす。


その声には、

憧れも、

悔しさも、

全部混ざっていた。


九頭龍はただ、ベッドの傍で静かに見守っている。


やがて、

緑の呼吸が、少しずつ深くなっていく。


限界まで張り詰めていた意識が、

ゆっくり沈んでいく。


九頭龍は長い沈黙の後、

眠りについた緑へ小さく視線を落とした。


「……本当に、面倒な子だ」


その声だけが、

静かな深夜の部屋へ溶けていった。



翌朝。

大会の前日だ。


緑は、珍しく目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


カーテンの隙間から差し込む朝日が、

ぼんやりと天井を照らしている。


頭は重い。


でも昨日までみたいな焦燥感は、

少しだけ薄れていた。


「……」


ベッドの上で身体を起こす。


机の方を見る。


昨夜つけっぱなしだったパソコンのモニターは

既にスリープで黒く沈んでいた。


緑はゆっくり立ち上がる。


制服へ着替える。


鏡を見る。


目の下のクマは消えていない。


顔色も悪い。


それでも。


「……明日だ。」


誰に言うでもなく呟いた。


明日大会があろうと学校はあるし、塾もある。


世界は当たり前みたいに回っている。


「行ってきます.....」


そう言って家を出た。



授業を受ける。


先生の声。


ノートをめくる音。


クラスメイトの笑い声。


全部が遠い。


緑は窓の外をぼんやり眺めながら、

何度も頭の中で牌を切っていた。


この形なら何を残す?


親ならどう押す?


海里なら。


九頭龍なら。


気づけばそんなことばかり考えている。


明日は緑が打たなくてもいいのに。


不安感が緑をそうさせていた。



放課後。


本来なら、塾に向かわなければならない時間。


スマホの画面には、

今日の授業予定が表示されている。


けれど。


「……今日は、無理」


小さく呟く。


さすがに行く気になれなかった。


大会前日。


頭の中には麻雀がぐるぐると回っている。


今さら英単語を覚えたって、

数式を解いたって、

何も入ってこない。


塾へ行ってもきっと上の空だ。


だからといって、

帰る場所があるわけでもなかった。


このまま家へ帰ればお母さんに怒られる。


何か言われるのは分かっていた。


今は自分の背中を押さない言葉は聞きたくない。


「……」


緑はスマホを制服のポケットへしまう。


行き先は決まっていない。


それでも立ち止まることができなくて、

ただ足を動かした。


日が沈む街。


信号。


コンビニの光。


通り過ぎる学生たち。


全部がどこか遠い。


緑は俯いたままゆく宛もなく歩き続けた。


ーー。


ーー。


どれくらい歩いただろうか。


ふと緑は顔を上げた。


視線の先。


遠くに、小さく見える緑一色の看板。


「……」


無意識だった。


気づけばここへ足が向いていた。


これが帰巣本能というものなのか。


疲れた時、

苦しい時、

結局戻ろうとしてしまう。


この場所へ。


緑一色が少しずつ近づいてくる。


見慣れた看板。


入口の光。


ジャラジャラと今にも牌の音が聞こえてきそうだ。


その全部が胸をざわつかせた。


――海里がいるかもしれない。


その考えが浮かんだ瞬間。


緑の足が止まる。


「……っ」


胸が痛む。


会って今さら何を言えばいい。


どんな顔をすればいい。


あの日から一度も連絡を取っていない。


自分は海里から逃げた。


なのに今さら都合が良すぎる。


緑はしばらく入口を見つめたまま立ち尽くす。


そして。


挿絵(By みてみん)


小さく俯いて、来た道を引き返した。


何かから逃げるみたいに。


そのまま近くのコンビニへ入る。


冷房の匂い。


明るすぎる照明。


緑は見たくもない雑誌売り場や、

お菓子コーナーを意味もなく歩き回った。


何かを探しているわけじゃない。


ただ、時間を潰していた。


家に帰りたくなかった。


でも行く場所も無い。


結局。


十分ほど店内を彷徨った後、

緑は静かにコンビニを出た。


夜風が少し冷たい。


緑は小さく息を吐いて

遠回りをしながらそのまま家へ帰った。



家に帰ると緑は制服のままベッドへ倒れ込んだ。


身体が重い。


天井をぼんやり見つめる。


部屋は静かだった。


「……明日か」


小さく呟く。


中学校麻雀競技選手権 県大会。


明日は九頭龍が打ってくれる。


それだけで緑に重くのしかかった緊張、不安、

焦りは一気に軽くなった。


なぜなら私が打つよりも何倍も、何百倍も勝ちに近づくから。


そう考えると気分が楽になった。


「……」


大会当日は九頭龍が打つ。


だから今日、自分が麻雀と向き合う必要はない。


それなのにどうして。


今日は早く寝よう。

そのつもりだった。


でも。


「……最後に、一局だけ」


小さく身体を起こす。


私にもまだ、

良心というものが少し残っていたのだろうか。


大会前の最後の一局。


胸の奥にはずっと罪悪感が残っていた。


これで本当に胸を張ってこれから麻雀が出来るのか.....


九頭龍へ頼った瞬間から、

どこかで“逃げた”感覚が消えない。


だからかもしれない。


最後くらいは。


この一局くらいは、

自分の全力を試したいと思った。


緑はパソコンへ向かう。


暗い部屋。


パソコンの電源を入れる。


ブゥン、とファン音が響く。


青白いモニター光が、静かに顔を照らした。


ログイン画面。


緑はキーボードへ手を置く。


ようこそ。

《Hollow》


ログイン画面が映る。


そして対局開始のボタンを押す。


無機質な電子音と共に、画面へ対局者の名前が並ぶ。


「……」


緑は静かにマウスを握り直した。


これが私の麻雀大会としての一局だ。


この一局は出場者には誰も見られることはない。


誰にも気づかれない。


私が今から打つ麻雀を。


誰にも。


それでも。


この局に、

今まで積み上げてきた全部をぶつけることで、

頑張ってきた成果を実感したいと思った。


そうしなければ

今までの努力が意味のなかった行為であったと、

自ら証明してしまうみたいで。


焦りも。

不安も。


勝ちたいと思って努力したいと思ったあの頃の感情も。


全部。



《この一局へ。》


挿絵(By みてみん)

二巻

~完~

全体を通して序章となる中学生編。

その中学生編を大きく分けると3部構成になります。


この第10話でその2部が終了となります。

最終的にはハッピーエンドになりますので、引き続きご愛読の程よろしくお願いします。

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