第十一話「緑の麻雀」
「ちはやふる」「ヒカルの碁」といった青春文化系部活モノが好きな方には絶対に刺さる作品になります。
テーマは麻雀ですが、麻雀が分からない方にも読みやすい内容となっています。(異能力はないです)
1話あたりのボリュームが多いですが、お手柔らかに、読んで頂けると大変恐縮です。
※今回は緑のネット麻雀の描写が多く御座います。
⚠︎麻雀が分からない方は終局まで流して頂けますと幸いです。
ネット麻雀をするために、
パソコンのスイッチを入れる。
そしてネット麻雀を開く。
数秒間の沈黙のあと映る画面。
ようこそ。
《Hollow》
ログイン画面。
それからまもなく対局開始のボタンに手をかけた。
無機質な電子音と共に画面へ対局者の名前が並ぶ。
私よりもレートは全員上だった。
指先が冷たい。
今までの努力が無に返るという恐怖感が襲う。
それでも大会というプレッシャーを感じずに打つ麻雀は久々だった。
◇
東一局。
最初に動いてきたのは《orange》だった。
鳴かない。
なのに捨て牌を見ると、
目の前までテンパイに辿り着いている様に見える。
緑は小さく眉を寄せる。
卓がとても静かだ。
誰も宣言をしない。
ただ《orange》の捨てる牌が引っかかる。
すると、
《orange》 リーチ。
緑は数秒手を止める。
(染まってるか?)
理由は分からない。
ただ押してはいけない気がした。
数巡後。
《orange》ロン
《MONEY》の放銃。
リーチ、混一色、裏ドラ。
無駄のないアガリだった。
『《orange》+8,000』
画面へ淡々と点数が表示される。
「……」
緑は無意識に唇を噛む。
◇
東二局。
今度は《KAN_or_yU》。
この局も相変わらず静かだった。
誰も鳴かない。
押し引きが全く読めない。
存在感が薄いのに気づくと危険な香りがする。
対局画面越しなのに妙な完成度を感じる。
数巡後。
《KAN_or_yU》がダマテンのツモ。
『《KAN_or_yU》+3900』
派手じゃない。
けれど、
何か流れを切るようなそんなアガリ。
◇
東三局。
今度は親の《MONEY》が動いた。
明らかに速い。
この局は攻め気が強い。
《MONEY》リーチ。
すごい圧。
緑は配牌を見つめながら小さく息を呑む。
有効牌を引くも押し返せない。
(ここは一旦降りるしか......)
怖いくらい真っ直ぐな押してくる。
《MONEY》ツモ
『《MONEY》 +12,000』
高打点。
画面へ点数が表示される。
すぐに次局が始まる。
緑だけがこの卓から置いていかれている。
「……っ」
やっぱり私は.....。
部屋の空気がどんどん重くなっていく。
◇
東三局(一本場)
《MONEY》の親が続く。
タン。
タン。
誰かこの親を流して......
そう願うも虚しく響く。
《MONEY》リーチ
緑は安全牌を切っていく。
数巡後、また緑が牌を引く。
安全と呼べる牌もなくなった。
......。
これなら....
タン。
《KAN_or_yU》ロン
『《KAN_or_yU》 +4,200』
ダマテンだった《KAN_or_yU》に振り込んでしまった。
点数が減っていく......
◇
東四局。
緑は結局、
この局も大きく攻めることは出来なかった。
これ以上点棒を取られてしまったら、
緑の心が折れてしまいそうで。
気づけば《MONEY》の一人テンパイで局が終わる。
東場終了。
順位表示。
一着《MONEY》
二着《KAN_or_yU》
三着《orange》
四着《Hollow》
「……」
緑は小さく息を吐いた。
でもまだいける点差だ。
今までなら、
もうイライラして負けてもいいと思っているのに。
この局の緑は全然諦めていなかった。
◇
南一局。
配牌を見た瞬間、緑はふーっと息を吐く。
落ち着け。
悪くない。
むしろ今日の中では一番まとまっている。
「……」
画面を見つめる。
けれど、不用心には押せない。
この卓では勝つには“良い配牌”程度じゃ決めきれない気がした。
一歩間違えれば一瞬で狩られる。
緑は慎重に牌を並べる。
誰がテンパイしていてもおかしくない。
そんな緊張感の中緑はテンパイへ辿り着いた。
打点も高い。
ドラも絡む。
ここでアガれれば上位まで捲れる。
だが――。
『危ない』
なんとなく九頭龍ならそう思う気がした。
緑の指が止まる。
この牌。
押していいのか分からない。
今までなら切っていた。
けれどこの牌は、
どうしても嫌な感覚が消えなかった。
緑は数秒迷った末、手を崩して迂回する。
その直後。
《MONEY》 リーチ
「っ……!」
緑の背筋が冷える。
さらに数巡後。
《orange》が追いかけるように押し返してきた。
二人とも真っ直ぐ来ている。
逃げ場が無い。
.......これは通る....か?
タン!
緑は息を呑んだ。
宣言はない。
心臓がうるさい。
他の三人は牌を捨て終わる。
そして緑はまた牌を引く。
《赤五索》
「……あ」
来た。
高め良形テンパイ。
これは押し返せる。
鼓動が早くなる中、
静かにリーチボタンを押した。
《Hollow》リーチ
そして。
《Hollow》一発ツモ
『《Hollow》 +12,000』
画面へ点数が表示される。
アガりきれた。
逆転トップ!
でも緑は今までとは違う別の緊張に襲われた。
◇
南二局。
残り局数も僅か。
みんなトップを狙って押してくる。
確かに卓の圧は強くなっている。
《MONEY》の押しが強くなる。
《orange》の間合いが狭くなる。
《KAN_or_yU》も冷静に攻めている。
緑もそれらを交わしながらテンパイまで持ち込んだ。
「テンパイ」
「テンパイ」
この局は全員テンパイだった。
◇
南三局。
親は《MONEY》
配牌は悪くない。
この局も攻められる。
巡目が進む。
《MONEY》リーチ
嫌な親リーだ。
緑は画面を見つめたまま呼吸を止める。
そして。
ツモ牌を持った瞬間に走る悪寒。
「……これ」
背筋が凍る。
"三筒"
出してはいけない。
理由は説明できない。
でも、
この牌だけは絶対に切ってはいけない気がした。
指が止まる。
手牌を崩して別の牌を切る。
タン。
タン。
ーーそして
《MONEY》ロン
放銃したのは《orange》
『《MONEY》 +12,000』
当たり牌は緑が察知したあの牌 "三筒" だった。
そしてトップがまた入れ替わる。
一着《MONEY》
二着《Hollow》
◇
南三局(一本場)
ここでアガりまで遠い配牌。
しかしこれ以上トップから離されると絶望的だ。
緑は必死で手配を揃えていく。
次巡。
《MONEY》 リーチ
「……っ」
(流すことすら出来ない.....)
タン。
タン。
緑は上手く避けながら一向聴まで辿り着いた。
しかし次に引いた牌は "白"。
これも感じる危険な香り。
理由なんてそんなものはない。
それが説明できるほど麻雀が上手くないのは、
緑自信が一番理解している。
手配を崩して別の牌を捨てる。
《MONEY》が牌を引く。
ーー宣言はない。
《MONEY》が牌を捨てた。
《KAN_or_yU》ロン
『《KAN_or_yU 》 +2,300』
点数は高くない。
でもこのアガりは親を流すことが出来た。
点数以上に価値のあるアガりだ。
結局《MONEY》の当たり牌は分からなかったが、
恐らく..."白"
そんな気がした。
◇
南四局。
オーラス。
親は私。
順位は二着。
《MONEY》は恐らく振り込まない。
つまりここでトップを取るには上がらないといけない。
呼吸の仕方を忘れるくらい息苦しい。
(この局が最後。
この局に今までの思い全てのせる......!)
《MONEY》が先に動く。
《MONEY》リーチ
速い。
流しに来ている。
それでもここは追いつかないと.....
タン。
タン。
捨て牌が増えていく。
「……」
引いた牌....。
鼓動が一段と大きくなる。
(......追いついた!待ちも悪くない。ダマテンで待つ?
でも、それじゃトップを捲れない。)
「……」
海里の顔が浮かぶ。
『少しガッカリ』
あの言葉。
悔しかった。
寂しかった。
(私も海里に認められたい。
海里が打ちたいと思ってくれる打ち手になりたい!)
緑は小さく息を吸う。
そして。
《Hollow》リーチ
押した。
数巡の沈黙。
画面越しなのに息苦しい。
《orange》が降りる。
《KAN_or_yU》も動かない。
二人ともただ見ている。
緑は祈るようにツモを引く。
違う。
次。
これも違う。
心臓が痛い。
《MONEY》も引いては捨てる。
お互いにあと一歩が来ない。
山が減っていく。
そしてこれが緑の引く最後の牌。
緑は祈りながら画面の牌を見る。
「……...来た!!」
脳が真っ白になる。
《Hollow》ツモ
裏ドラものった。
『《Hollow》 +12,000』
画面へ点数が表示される。
最後にまた順位が入れ替わった。
一着《Hollow》
二着《MONEY》
三着《orange》
四着《KAN_or_yU》
勝利した。
誰からの黄色い歓声もない。
緑がこの対局でトップだった事実は
誰にも知られることはない。
それでも。
緑はしばらくマウスを握ったまま動けなかった。
ーー《勝った。》
久しぶりになんだろう。
楽しい!
と麻雀を感じた。
絶対に勝つと決めた対局で勝った。
必死に考えて、
怖くて、
押して、
止めて。
今の持てる全部を使ってその上で緑は勝った。
緑は結果画面をぼんやり見つめる。
《Hollow 一着》
それだけが静寂の中表示されている。
改めて実感をした。
麻雀って楽しい!
それでも私は明日の大会では打たない。
きっと今の局で勝てたのは運が良かっただけだ。
でも明日の大会では運ではだめだ。
必ず勝たないといけない。
必ず勝たないと。
ーー必ず。
だから明日、卓へ座るのは私じゃない。
九頭龍だ。
それでも、
この局で全てを出せたことに緑の気持ちは救われた。
緑は静かにパソコンを閉じる。
部屋が暗くなる。
ベッドへ倒れ込む。
疲れた。
九頭龍は今の対局を見ても何も言わない。
ただ眠そうに目を閉じる緑を静かに見ていた。
「……おやすみ」
小さく呟く。
返事は無い。
緑はもうゆっくり呼吸をしていた。
その夜は。
本当に久しぶりに熟睡することができた。
朝。
カーテンの隙間から差し込む日差しが緑の顔へ落ちる。
「……ん」
ゆっくり目を開く。
眩しい。
窓の外は雲一つない晴天だった。
夏が終わりを告げたあとの特有の澄んだ青空。
その全部が今の緑の心を落ち着かせた。
大会当日。
ついに来てしまった。
昨夜の対局が少しずつ眠気を覚まさせる。
ーー。
緑はゆっくり身体を起こした。
不思議なくらい頭は重くない。
それでも不安で心は落ち着かない。
洗面所。
冷たい水。
鏡へ映る自分。
目の下のクマは少し薄くなっていた。
普段着へ着替える。
髪を整える。
スマホ。
財布。
必要な物を確認する。
「……行ってきます」
玄関で小さく声をかける。
リビングからお母さんの声が返ってくる。
「気をつけて行っておいで」
いつも通りの声。
それが逆に少しだけ苦しかった。
お母さんはきっと今日の緑を良く思っていない。
それでも緑は靴を履く。
ドアを開ける。
日差しが体全体に降り注いだ。
会場までの道を緑は九頭龍と並んで歩いていた。
秋なのに日差しが強い。
休日の朝の独特の空気。
周囲から見れば、
制服姿の女子高生が一人で歩いているだけだ。
当然九頭龍の姿なんて誰にも見えていない。
「……」
緑は空を見上げる。
不思議と昨日までみたいな息苦しさは薄れていた。
今日は九頭龍が打ってくれるからか。
昨夜の対局のおかげかもしれない。
緑は小さく息を吸う。
そして隣を歩く九頭龍へ視線を向けた。
「……私、麻雀が好き」
ぽつりと呟く。
九頭龍は何も言わない。
ただ静かに続きを待っていた。
「楽しい」
その言葉を久々に口から出した気がした。
勝ちたいとか。
怖いとか。
海里と並びたいとか。
そういう感情の奥にちゃんと“好き”が残っていた。
「その麻雀をこれからも続けるために」
緑は少しだけ笑う。
「今日は、私の代わりによろしくお願いします」
九頭龍は緑を見下ろす。
その表情はいつもより少しだけ真剣だった。
「……本当に、我が打っていいのか?」
静かな問い。
緑はすぐには答えなかった。
数秒の沈黙が流れる。
歩く音。
遠くの車の音。
夏の風。
やがて緑は小さく前を向いたまま口を開く。
「今日は九頭龍が打つの」
その声はどこか言い聞かせるみたいだった。
「私が打って負けたら」
少しだけ笑う。
でもその笑顔はどこか寂しげだった。
「もう一生、この呪い解けないんだよ?」
冗談みたいに言う。
けれど。
その言葉の奥にある重さを、
九頭龍はちゃんと理解していた。
そんな会話をしながら会場へ到着した。
緑は思わず足を止めた。
人。
人。
人。
想像していたより遥かに多い。
同年代の選手。
付き添い。
大会スタッフ。
そして。
マスコミらしき人影までちらほら見える。
カメラ。
マイク。
大会名のパネル。
県大会とは思えない熱気だった。
ざわざわとした会場を鳴らす音が緑の胸をざわつせる。
緑は小さく俯いた。
人混みの中へ紛れるように歩く。
なるべく端を。
なるべく目立たないように。
海里に見つかった時、
どんな顔をすればいいのか、
その答えはまだ出ていなかったから。
今日この会場にいることは海里には連絡をしていない。
この大会に応募したことも。
あの日から逃げたままだ。
緑は視線を落としたまま人の隙間を縫って進む。
歓声。
笑い声。
緊張した声。
全部が遠く聞こえる。
「参加受付はこちらでーす」
スタッフの声。
緑は小さく息を吸って受付へ向かった。
名前を書く。
参加証を受け取る。
簡単な説明。
ルール確認。
対局の流れ。
進行形式。
一通り話を聞き終え、
最後にスタッフから一枚の紙が手渡された。
トーナメント表。
「……」
緑は静かに視線を向ける。
これだけの人数の上を目指さなければいけないのか。
トーナメント表を見つめながら緑は小さく息を呑んだ。
名前。
名前。
知らない名前ばっかり。
緑は自分がどこにいるのか探した。
「……Aブロック」
自分の位置を確認した瞬間、
次に探していたのは障壁となる別の名前だった。
中野くん。
視線を滑らせる。
そして見つける。
「……Bブロック」
思わず小さく息が漏れた。
よし。
決勝までは当たらない。
その事実だけで少しだけ肩の力が抜ける。
そしてもう一人の名前を探す。
海里。
「あ……」
見つける。
Aブロック。
同じブロック。
鼓動が早くなる。
それでも。
「……準決勝までは、当たらない」
緑は小さく呟く。
それが安心なのか、
怖いのか、
自分でも分からない。
この大会はトーナメント方式。
固定メンツで半荘を二回。
その合計ポイントで一位と二位だけが勝ち上がる。
つまり。
一回のミスで終わる。
上位に食い込むには簡単な事じゃない。
「それでは出場者の方は、
それぞれのブロックの部屋へ移動してください」
スタッフの声が会場へ響く。
周囲が一斉に動き出す。
緑は小さくトーナメント表を握り直した。
そして人の流れへ紛れるように、
Aブロックの部屋へ向かった。
後半まで既に展開は構想立てております。
かなりの長編ものになりますが、頻繁に更新をしていきます。末永くよろしくお願いします。
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