第八話「友達の話②」※海里視点
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中学生麻雀競技選手権 県大会のAブロックの会場へ入り、指定された対局の席に着いた。
既に卓には三人が座っていた。
「よろしくお願いします」
挨拶を終えると対局開始の合図が鳴るまで無言で過ごした。
そして、
ブーーー。
ようやく一回戦の対局開始の電子音が会場に鳴り響いた。
合図と同時に各卓では一斉にサイコロが回る音が響く。
牌を混ぜる音。
牌が打たれる音。
静寂だった会場が一気に騒がしくなる。
その中で一番最初に声を出したのは私だった。
「リーチ!」
真っ直ぐな声。
迷いはない。
──私はただアガるだけ!
その後、山から牌を引いてきてそのまま手牌を倒した。
◇
◇
南四局。
「ロン。8,000点」
静かに手牌を倒す。
半荘を二回終え一回戦の対局が終了した。
点数を確認する。
52,000点。
卓内でトップ通過、
危なげなく二回戦の進出を決めた。
「ありがとうございましたー」
緊張感から少し解放され、
周りの声を聞く余裕ができた。
「やっぱ今年も星川さん強くない?」
「中学大会でもやっぱり頭一つ抜けてるよね」
「今年の優勝候補かなぁ」
ひそひそと友達同士で話す私の話題が聞こえてくる。
もちろん聞こえていないふりをした。
まだ一回戦を勝っただけだ。
油断はしない。
会場を見渡す。
Bブロックの様子はAブロックの会場からは分からなかった。
───中野っち、そっちはどうなの⋯⋯?
気になりつつも、
10分の休憩のあとすぐに二回戦が始まる。
水分補給をして二回戦の卓へ移動する。
この卓でも既に三人が座っていた。
「よろしくお願いします」
そこには見たことがない女の子が座っていた。
私はなぜかその子に釘付けになった。
何か不思議な圧を感じていた。
綺麗な長い黒髪。
白い肌。
感情の薄い顔。
まるで"お人形さん"のようだった。
「よろしく⋯⋯」
小さな声でその女の子から無機質な挨拶が返ってきた。
少しだけ目を細める。
こんなにおとなしそうな人は、
いったいどこで麻雀と出会うんだろう⋯⋯。
そんな事を考えているとまた会場にブザーが鳴り響いた。
ブーーー。
二回戦の開始を告げる音。
タン。
タン。
一斉に牌の音が会場に響き渡る。
一回戦と同じ様にただまっすぐアガればいい。
「リーチ!」
この局もただまっすぐに牌を打ち込む。
◇
◇
「⋯⋯ありがとうございました」
二回戦の半荘二回もあっという間に終了した。
私はしばらく席から立てなかった。
点数表を見る。
三着。
つまり二回戦敗退。
頭の中は真っ白だった。
何も考えられない。
ただ、負けたという事実。
決勝には行けない。
中野と戦うこともできない。
その現実だけは嫌という程痛感できた。
ゆっくり視線を上げる。
向かいに座るお人形さんみたいな子。
(何なのコイツ⋯⋯)
───この子さえいなければ⋯⋯。
喉がうまく動かない。
中野に決勝で会おうなんて言っといて。
あんなに偉そうなこと言っといて。
なんて情けない。
俯いたままAブロックの会場を後にした。
◇
会場の外を出て人の少ない通路を歩く。
さらに通路の奥。
人気のない場所へ足は自然に向かっていた。
この辺りに人の気配はない。
気を張っていたものが徐々に緩んでいく。
「っ⋯⋯」
涙が溢れてくる。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
拳を握る。
でも一番苦しかったのは、
中野と決勝戦で麻雀が出来ないことだ。
酸素が体に回っていないからだろうか、
頭が痛い。
重い頭を首が支えられず、
そのまましばらく顔を上げることができなかった。
◇
数時間後。
今頃は決勝戦が行われている時間だろうか。
会場の外にある休憩スペースで、
ぼんやり床を見つめていた。
「⋯⋯」
中野は休憩スペースには来ていない。
その事実だけでなんとなく分かってしまう。
「そういう事か」
乾いた笑いが口から漏れる。
「⋯⋯ははは」
小学校の大会の実績もあるし、
この大会も決勝に行けないなんて思いもしなかった。
「⋯⋯麻雀て難しいなぁ」
近くのモニターでは、
決勝戦らしき映像が流れていた。
でもその中継を直視できなかった。
あの場に自分がいない現実を受け止められなかった。
◇
ブーーー。
対局終了を告げる電子音と共に、
大会終了のアナウンスが休憩スペースにも流れる。
『これより表彰式を行いますので、
出場者の皆様は閉会式の会場へお集まりください』
重い足取りで会場へ戻った。
大きな会場の隅っこ。
目立たない場所。
壁にもたれかかってステージを眺めていた。
前方では決勝卓の四人が並んでいた。
賞状が渡されていく。
賞状を受け取る選手の顔をぼんやりと見ていた。
「⋯⋯」
(中野っち、四位か)
小さく息を吐く。
「⋯⋯すごいね」
素直にそう思った。
少なくとも私よりは上まで進んでいる。
そして他の上位三人へ視線を向ける。
全員知らない顔だった。
「小学校の大会にはいなかったのに⋯⋯」
目をそっと閉じる。
(こんなに中学の大会ってレベル高いの?)
今まで自分は同学年の中ではかなり強いと思っていた。
小学校の時は同年代に負けることなんてほとんどなかった。
なのに。
ここには自分よりも強い子がたくさんいた。
井の中の蛙大海を知らずとは正にこの事だ。
目を開けてもう一度ステージを見る。
それから優勝者に視線を動かす。
綺麗な黒髪に白い肌。
感情の薄いあの顔。
二回戦で対局したあのお人形さんみたいな子⋯⋯。
「⋯⋯」
(同学年であたしより強い子なんていっぱいいるじゃん⋯⋯)
その現実が胸に突き刺さる。
閉会式の途中だが、
誰にも気付かれないように会場を後にした。
◇
それからしばらくは雀荘へ行けなかった。
あの大会のことを思い出すから。
あの女の子に振り込んでしまった記憶は忘れたくても忘れられない。
何よりも中野にどういう顔で会えばいいのか分からなかった。
それでもやっぱり──
──麻雀は嫌いになれなかった。
むしろ負けたからこそもっと強くなりたい。
勝ちたい。
あの子たちに。
中野に。
(負けたままじゃ終われないよ⋯⋯)
自分の部屋で静かに拳を握った。
麻雀を好きでいるためには、
自分がもっと強くなるしかない。
そう思ってゆっくり立ち上がる。
向かう先は決まっていた。
──中野っちがいるあの雀荘
◇
カラン。
入口のベルが鳴る。
雀荘の空気が懐かしい。
中へ入って店内を見渡したその瞬間、
卓についていた中野がふとこちらを見た。
視線が合った。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
お互いに上手く言葉が出ない。
顔を合わせたのはあの大会の日以来だった。
謝るべきか、自虐に走るべきか、
中野に何を言えばいいのか分からない。
中野も少し困った顔をしている。
気まずい沈黙。
牌の音だけが店内に響く。
気まずさに耐えきれず自然と口が開いた。
「⋯⋯ま、麻雀打つ?」
少しだけぎこちない声。
中野は少し戸惑っていたけどすぐに小さく頷いてくれた。
タン。
タン。
やっぱり麻雀ってすごい。
言葉がなくても、
牌を切って、
鳴いて、
押して、
それだけでお互いが会話をしているような感覚になれた。
麻雀を通して私は中野との距離を再び縮めていく。
「⋯⋯テンパイ」
「⋯⋯テンパイ」
「流局だね」
牌を倒しながら小さく息を吐いた。
そして少しだけ視線を落とす。
「⋯⋯ごめんね」
私の言葉に中野が顔を上げる。
苦笑いをしながら続けた。
「あたしがすぐ負けちゃって! ははは⋯⋯」
思ったよりも上手く笑えなかった。
「あたしってこんな猪突猛進な打ち方だからさ⋯⋯」
中野は何か言いたそうに口を動かそうとしているけど、言葉が喉に詰まっているみたいだった。
そんな姿を見ながら続けてこう言った。
「でもあたしはこの打ち方、やめないよ!」
真っ直ぐな声だった。
「この打ち方を変えて勝っても、
あたしは自分の麻雀を好きになれないと思うから」
ここの卓の空気だけが静かになる。
少しだけ不安そうに笑った。
「⋯⋯この打ち方で来年もう一回。
あの舞台で中野っちに挑戦してもいい?」
中野はしばらく黙っていた。
それから少し照れくさそうに笑って口を開いた。
「大会、無理やり誘ってくれてありがとう」
「⋯⋯え?」
想定外の返答に目を丸くする。
中野は牌を触りながら続けた。
「ここで打ってるのとは全然違った。
すごい緊張感があって、あの独特の空気感の中で打つ麻雀は最高だった。
⋯⋯何よりとても楽しかった」
中野は大会に興味がない人だと思っていたから、
まさか楽しかったという感想が返ってくるなんて思ってもなかった。
「僕も決勝ではビリだったけどね」
中野は笑って場を和まそうとしてくれた。
「決勝戦は僕も全然歯が立たなかった。
でも男では一番県で上手いってことでいいかな?」
中野が冗談を言うなんて珍しい。
まぁ事実だから本人は冗談のつもりではないんだろうけど。
「はは、なにそれ!」
少しずつ大会前の声量に戻っていく。
すると中野はゆっくりこちらを見た。
それはとても真っ直ぐな目だった。
「でも、僕も来年はあの舞台で優勝したいと改めて思った」
数秒の沈黙の後、続けて中野が口を開く。
「もちろん星川さんを決勝で倒してね!」
その言葉に私の胸は再び熱くなるのを感じた。
負けた悔しさ。
実力不足の不甲斐なさ。
麻雀に対する折れかけていた気持ち。
全てが中野の言葉で前向きに切り替えることができた。
(ああ、そっか。
負けたのはあたしだけじゃなかったんだ⋯⋯)
小さく笑って返した。
「⋯⋯望むところです」
今度はちゃんと中野の目を見て言えた。
◇
時間はあっという間に過ぎ、翌年。
中学二年生となった中学校麻雀競技選手権 県大会。
会場の空気は去年と何一つ変わらない。
気持ちいい緊張感が会場を包んでいる。
一年で更に成長した私は、
気持ちの面から去年とは全然違った。
「よろしくお願いします」
卓につく。
手牌を並べる。
私は去年よりもちゃんと強くなった。
今度こそ。
決勝の舞台へ。
◇
一回戦。
一位通過。
二回戦。
二位通過。
準々決勝。
ここも危なげなく通過した。
「星川さん今年はかなり仕上がってない?」
「今年こそあるかもね?」
準決勝を決めた頃には、
周囲からそんな声が聞こえ始めた。
でも反応はしない。
私はもう挑戦者だ。
気持ちは次の卓だけを見ていた。
準決勝。
指定の卓へ座った。
左側に座っている女の子に目を向ける。
綺麗な黒髪に白い肌。
あの感情の薄い顔。
一日たりとも忘れたことはない。
去年、引導を渡されたお人形さんみたいな子。
「⋯⋯」
その子は私の事なんて覚えてなさそうだった。
静かに会釈だけ返してくる。
小さく息を吐く。
今の私には慢心なんて少しもない。
去年から精神面でも成長した。
今の自分がこの子にどこまで通用するのか。
成長した実力をこの子で測ってみたい。
タンッ!
始まりのブザーと共に牌が切られた。
◇
◇
「ロン。5,200点です」
静かな声でお人形さんの子が手牌を倒す。
準決勝の半荘二回の対局が終了した。
点数が読み上げられる。
静かに点数表を見つめた。
三着。
「⋯⋯負けたぁぁぁ!」
小さく息を吐く。
あと一歩だった。
決勝戦。
今年こそ中野とあの大舞台で戦いたかった。
でも去年とは全然違う今の気持ち。
去年みたいに一方的にやられたわけじゃない。
ちゃんと戦えた。
粘れた。
最後まで自分の麻雀を貫き通せた。
それだけはとても誇らしかった。
「ありがとうございました!」
席を立ち軽く頭を下げる。
向かいのお人形さんみたいな子も、
静かに会釈を返した。
廊下を歩く。
去年みたいに涙は出なかった。
悔しい。
もちろん悔しい。
でも去年よりも遥かに上まで登ってこれた。
来年はきっと⋯⋯。
そして、
「⋯⋯今年はちゃんと決勝戦を見れそう」
清々しい気持ちで呟いた。
中野とは今年も戦えなかったけど、
来年はきっと⋯⋯。
大会はあっという間に終わり、
寄り道もせず家へ帰った。
玄関を開けるとすぐにお母さんが出迎えてくれた。
「おかえり!」
「⋯⋯ただいま」
「惜しかったねぇ!」
その言葉に少し泣きそうになった。
リビングではお父さんもとても喜んでくれた。
「去年より随分強くなってたな!」
「うん、頑張った頑張った」
悔しさはちゃんと残っている。
でもがんばったと褒めてもらえたのはとても嬉しかった。
「ありがと!」
小さくそう返す。
自分の部屋に入りベットに体を預ける。
そのままぼんやりと天井を見る。
今日の対局を頭の中で振り返る。
あそこは押すべきだったか。
あの放銃は止められたか。
そんなことばかり考えてしまう。
そしてふと、中野のことを思い出す。
「⋯⋯中野っち、今年もまた四位か」
二年連続で決勝卓まで行っている。
「やっぱ中野っち、すげー!」
素直にそう思った。
その後スマホを手に取り、
今日の大会の記事を見た。
そこには大きく見出しが載っていた。
──『県大会 二年連続優勝!』
──『愛万根 凛子!!』
その名前と顔を見つめる。
そして小さく呟いた。
「⋯⋯バケモノめ」
そう言い放って私はゆっくり目を閉じた。
◇
次の日にはいつもの雀荘へ通っていた。
昨日の大会からもっと麻雀が好きになった。
三浦さんにからかわれて、
お客さんの人たちと話して、
そしてたまに中野と打つ。
そんな私の日常。
私にとってここはもう大切な場所になっていた。
「ロン」
「うわ、またそれ待ってたの!?」
「読めたから」
「ムカつくー!」
いつもの中野とのやり取り。
でもその日は珍しく、
中野の方から話題を振ってきた。
「⋯⋯そういえば」
牌を引きながら中野の顔を見る。
「ん?」
「この前、面白い子がここに来たよ」
「面白い子?」
中野は静かに視線を向ける。
「三浦さんにのせられて一局打ったんだけど、
なかなかセンスがあった」
牌を持つ手が止まる。
中野が他人をそんな風に褒めるのは珍しかった。
「⋯⋯へえ」
平静を装って返す。
「僕たちと同い年くらいだったかな?
でも中学生の大会では見たことない顔だった」
その言葉を聞いた瞬間、
胸がドクンと跳ねた。
まるで心臓を矢で撃たれたみたいな衝撃。
「⋯⋯へ、へぇ」
小さく返事をする。
でも心は間違いなくざわついていた。
なぜだろう。
その“知らない誰か”が妙に気になった。
麻雀が好きなら絶対またここへ来る。
そう確信した。
本当に麻雀が好きな子なら、
絶対中野とまた打ちたいと思うはずだ。
私がそうだった様に。
だからここへ通っていれば、
いずれその子にも会える。
◇
それから月日が経ったとある日の太陽が沈む頃。
いつものように私は《まーじゃん緑一色》の扉を開ける。
カラン。
ベルの音。
見慣れた店内。
「こんばんはーっと」
適当に挨拶しながら中を見る。
(今日は中野っちもいないし⋯⋯
中野っちが言ってた子もいないかー)
少しだけ残念そうに肩を落とした。
カラン。
雀荘のドアが数分後に再び開く音がした。
扉に視線を向けたその瞬間、
私は一瞬で理解した。
───あ、この子だ!
入口に立っている一人の女の子。
ポニーテールに縛った髪。
中学生っぽい制服。
明らかにこの場で浮いている。
そしてずっと不安そうに店内を見回している。
明らかに雀荘は慣れていない。
その情報だけでなぜか確信した。
中野が言ってた子って、
《この子だ⋯⋯!》
次回、とうとう探していた女の子 緑と出会うことができ、その場で麻雀を打つことになる。そしてその麻雀をきっかけに二人の仲は一気に深まっていく。
第九話「友達の話③」




