第七話「友達の話①」※海里視点
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「おはよー」
眠そうな声を出しながら、
私(海里)はリビングの椅子に座る。
テーブルには既に朝食が並んでいた。
焼き魚。
味噌汁。
卵焼き。
どこにでもある朝の風景。
「海里、寝癖出来てるわよ?」
「あとで直すー」
朝ごはんを食べながら適当に返事をする。
向かい側ではお父さんが新聞を読んでいた。
「いただきまーす」
いつものように家族で朝食を食べる。
するとお父さんが新聞を見ながら口を開いた。
「最近、外出増えてないか?」
「うん」
「夏休みもあんまり家にいなかっただろ」
味噌汁を飲みながら適当に答える。
「まあ」
「友達でもできたか?」
その言葉にご飯を食べる箸が止まる。
「そんなところ⋯⋯かな」
「へえ!良かったじゃないか!」
お父さんがやさしく笑う。
お箸を回しながら続けた。
「最近麻雀始めた子⋯⋯なんだけどさ?
結構かわいいの、その子。緑って言うんだけど」
「へえ、麻雀が打てるのか」
「そ」
なぜか少しテンションが上がる。
最近の私は自分でも分かるくらい機嫌が良かった。
理由はただ一つ、新しい友達が出来たからだ。
緑と麻雀の話をしている時は本当に楽しい。
教えたらちゃんと覚えて成長をしてくれる。
打ち方はまだぐちゃぐちゃなのに時々妙な降り方をする。
そんな所も含めて、
「なんか放っとけないんだよね」
小さく笑った。
「そういえば」
味噌汁を飲みながらお母さんが思い出したように言う。
「もうそろそろあるんでしょ? 麻雀の県大会」
「あるよ」
「今年はどうなの?」
その質問に自信満々に即答した。
「もちろん狙うは優勝!」
迷いのない声。
お父さんが小さく笑う。
「応援してるぞ!」
「任せといて!」
得意げに胸を張る。
「去年は準決勝で敗退だったけど、
今年は絶対決勝に行くからね!」
「おぅ、期待してるぞ!」
「だから当日は絶対見に来てよね!」
心が踊っている。
その姿を見てお母さんもうれしそうだ。
「去年は惜しかったものねぇ。
決勝まであと少しだったじゃない?
だから今年は決勝期待してるわよ!」
お母さんは海里に親指を立てて言った。
「任せて!」
その言葉には不安なんて一切ない。
麻雀も自分の意思も、いつだって真っ直ぐだ。
私は昔からなんでもそつなくこなせるタイプだった。
勉強。
運動。
ピアノ。
ダンス。
少しやればすぐできるようになった。
でも私にはとってそれは別に特別なことじゃなかった。
努力して、覚えて、できるようになる。
ただそれだけ。
その中でも両親が真剣に教えてくれた麻雀だけは私にとって特別だった。
小さい頃からお父さんとお母さんと打つ麻雀がとてもかけがえのない時間だった。
だからその時間を作ってくれる麻雀は私にとって何よりも大切なものだった。
小学生の頃は同学年相手ならまず負けなかった。
大人相手でもそこそこ戦えた。
中学校へ入ってもそれは変わらない。
自分より強い同年代なんて、
本当にいるのかとさえ思っていた。
◇
【回想】
私(海里)が中学生一年生になった頃、
お父さんに連れられてとある雀荘へ行った。
そこである男の子と出会った。
「初めまして」
お父さんの後ろから軽く頭を下げる。
するとその男の子は緊張した様子で会釈を返してくれた。
「⋯⋯どうも」
大人しそうな子だった。
黒髪。
細い体。
どこか自信なさげな目。
なんとなく気になって聞いてみる。
「ねぇ、あなた麻雀は打てるの?」
「⋯⋯少しだけだけど」
その返事にお父さんも少し驚いたように目を丸くする。
「この年で打てるのか、すごいなぁ」
男の子は困ったように小さく笑う。
「祖父に少し教えてもらってて⋯⋯」
「なるほどねぇ」
男の子をじっと見る。
同年代で麻雀を打つ。
それだけでも十分珍しい。
すると近くで様子を見ていた三浦さん(店員)が笑いながら言う。
「せっかくだし⋯⋯一局打ちます?」
「この子こう言ってはいるけど結構できますよ?」
私はそれなりに麻雀が強かったために同年代相手だとまず負けることはなかった。
だからなのか、何回も私と麻雀を打ってくれる人も多くなかった。
そんな私に友達が出来ないことを心配してくれていたお父さんは、この男の子が友達になってくれればと期待をしていたのだろう。
「お、いいな! 海里、お前も入れ」
お父さんが楽しそうに頷く。
「はーい」
「えっ、僕もですか?」
男の子が慌てる。
「せっかくだから打とうぜ!」
お父さんが笑う。
こうして
私、
お父さん、
その男の子、
三浦さん(店員)の四人で卓を囲むことになった。
◇
東一局。
「リーチ」
お父さんが静かに牌を横向きで河に置く。
リーチを受けられるか手牌を見る。
私の手牌も悪くない。
押せる。
そう判断して手を進めるための牌を切った。
次の瞬間。
「ロン、8,000点だ」
お父さんの低い声。
ガックリと肩を落とす。
「え、そこ!?」
「甘いなぁ」
お父さんが笑いながら牌を倒す。
「うーわ最悪⋯⋯」
不満そうに頬を膨らませた。
────
星川 海里 25,000 → -8,000
三浦さん(店員) 25,000
お父さん 25,000 → +8,000
男の子 25,000
────
◇
東二局。
今度は反撃する。
「リーチ」
真っ直ぐな声。
私も迷いなくアガリを目指す。
男の子が少し驚いたようにこちらを見る。
数巡後。
「ツモ!」
自信満々に手牌を開いた。
「よしっ!1,300、2,600」
小さくガッツポーズ。
三浦さんが感心したように手を叩く。
まず一回アガれたことで焦りも少しずつ落ち着いていく。
────
星川 海里 17,000 → +5,200
三浦さん(店員) 25,000 → -2,600
お父さん 33,000 → -1,300
男の子 25,000 → -1,300
────
◇
東三局。
この局も続けてリーチをかける。
今度も押し切れる。
そう思っていた。
「ロン、5,200です」
静かな声。
リーチ棒を持つ手が止まる。
声の先はあの男の子だった。
「⋯⋯え?」
思わず男の子を見る。
すると少し申し訳なさそうに牌を倒していた。
「す、すみません」
「いや別にいいけど!」
慌てて言い返す。
でも内心かなり驚いていた。
男の子がテンパイをしていたことに気付けなかった。
テンパイを一切悟らせないくらいずっと冷静な表情だった。
────
星川 海里 22,000 → -5,200
三浦さん(店員) 22,400
お父さん 31,700
男の子 23,700 → +5,200
────
◇
東四局。
「リーチです」
今度は三浦さんが仕掛けてきた。
全員が警戒しながら牌を切る中、
「ツモ、2,000、4,000!」
三浦さんが穏やかに笑った。
これで全員が一回ずつアガった。
かなりの接戦。
「へぇ⋯⋯」
自分と同じくらいの年で、
こんなに打てる人がまだいるんだ。
その事実に少しだけ興奮していた。
そんな感情が胸の奥で静かに熱を帯びていく。
────
星川 海里 16,800 → -2,000
三浦さん(店員) 22,400 → +8,000
お父さん 31,700 → -2,000
男の子 28,900 → -4,000
────
後半戦に差し掛かる。
◇
南一局。
「リーチ」
再びお父さんが先手を取る。
安定した打牌。
無駄がなく速い。
うん、やっぱりお父さんは強い。
改めてそう感じる。
数巡後。
「ロン、8,000だ」
穏やかな声が卓に響く。
牌を捨てたのは三浦さんだった。
「やられちゃいましたー」
笑いながら点棒が動く。
────
星川 海里 14,800
三浦さん(店員) 30,400 → -8,000
お父さん 29,700 → +8,000
男の子 24,900
────
◇
南二局。
「ポン」
またもやお父さんが仕掛ける。
その一巡後、
「カン!」
卓の空気が大きく揺れる。
しかし男の子は次の牌を引かなかった。
「⋯⋯ロン、12,000です」
静かな声。
男の子だった。
「槍槓⋯⋯?」
思わず目を見開いた。
お父さんも少し驚いた顔をしている。
「すごいな⋯⋯」
その反応を見て胸がざわつく。
同い年くらいの子がお父さんと互角に戦ってる。
(そんな光景、初めて見た⋯⋯)
────
星川 海里 14,800
三浦さん(店員) 22,400
お父さん 37,700 → -12,000
男の子 24,900 → +12,000
────
◇
南三局。
深く息を吸う。
同い年の子には負けたくない。
その感情がさらに海里を熱くさせた。
「リーチ」
高打点の良形。
山にもたくさんアガリ牌は残ってる。
これなら押し切れる。
そう確信していた。
⋯⋯。
これも違う。
これも⋯⋯。
あと一枚が手元に来ない。
巡目だけが進んでいく。
その時。
「ロン、8,000です」
またしても男の子にアガられた。
「⋯⋯っ」
また押し返された。
この良形を避けながら。
倒された牌を見て圧倒される。
《いったいコイツ何者なの?》
────
星川 海里 14,800 → -8,000
三浦さん(店員) 22,400
お父さん 25,700
男の子 36,900 → +8,000
────
◇
南四局。
オーラス。
点数はお父さんと男の子の一騎打ち。
いや、私のせいで男の子の方が頭二つほど抜けている。
そんな空気の中。
「ツモ、1,000、2,000よ」
最後にアガったのは三浦さんだった。
お父さんが「あちゃー」と笑う。
終局。
点数表を見る。
────
星川 海里 6,800 → -1,000 → 5,800
三浦さん(店員) 22,400 → +4,000 → 26,400
お父さん 25,700 → -1,000 →24,700
男の子 44,900 → -2,000 → 42,900
────
私がビリ。
しかもこの男の子がトップ!?
こんなに打てる同年代の子がいるなんて。
終局後口から自然に言葉が出てきた。
「⋯⋯あなた、名前は?」
点棒を片付けながら男の子は答える。
「中野 竜です」
「中野、ね」
その名前を頭の中で繰り返す。
そしてすぐに続けた。
「そんなに打てるのに、
小学校の時に大会とか出たことないの?」
中野は少し困ったように笑う。
「そういうの、あんまり興味なくて」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
興味ない?
小学生の時に優勝した私が全否定された気がした。
私よりも打てるのに、
こいつにとって麻雀ってそんな価値なの⋯⋯?
私にとって麻雀はずっと特別だった。
努力してそして勝ってきた。
大会でもちゃんと結果を残してきた。
時には負けて悔しくて、
それでもまた強くなろうと思ってきた。
なのに目の前のこの男はまるでそんなものに価値を感じていないみたいに言う。
「⋯⋯」
唇を噛む。
悔しかった。
純粋に悔しかった。
負けたことも。
中野が麻雀を特別だと思っていないことにも。
───全部。
「⋯⋯あたしさ」
重い口を開けて言う。
「小学校の時、
麻雀大会で優勝したことあるんだよね」
中野がこちらを見て笑顔で言う。
「星川さん凄いんだね!」
今はそんな言葉が聞きたいんじゃない。
ビリになった私に言われてもイライラするだけだ。
真っ直ぐ中野を見て言葉を返す。
「中野も今年、中学の県大会に出て!
そこで今日の借りを返すわ!」
そう言い切った。
「⋯⋯あと」
立ったまま中野を見る。
「中野はここによく来るの?」
中野は視線を逸らしながら答える。
「⋯⋯時々、来ます」
「ふーん」
短く返す、それだけ。
「わかった。
じゃあまたあたしの相手をしてよ」
中野はビクッとした。
そのまま続けた。
「あたし、星川 海里って言うの」
「⋯⋯中野 竜です」
「さっき聞いた」
そしてまっすぐ中野を指差した。
「仲良くしましょ?」
そうは言ったが友達みたいに仲良くする気なんてなかった。
──絶対に麻雀で負けたくない。
それが中野に対する感情の全てだった。
◇
それから私はちょくちょくその雀荘へ通うようになった。
そこへ行けば中野に出会える可能性がある。
同年代で自分が勝ちたいと思える人。
そんな存在初めてだった。
麻雀は運の要素も強い。
十回、二十回と対局すれば誰でも勝つことはある。
案の定中野に勝つことだって何度もあった。
綺麗にリーチを決めて押し切った日も、
読み切って中野のアガリを止めた日も。
でもあの時のもやもやは私の心から晴れなかった。
ここでの勝負はただの雀荘の一局。
勝ち負けにそこまで執着が出ない。
でもそうなってしまうのは理解できた。
◇
それから数ヶ月。
「ねえ、中野っち」
ある日の雀荘での対局中、
牌を引きながら中野に言う。
「初めて会った時に言ったこと、覚えてる?」
中野は私から視線を逸らす。
「今年の大会、出るよね???」
中野は困った顔をしている。
「⋯⋯考えとく」
「は?」
血管が今にもキレそうだった。
「考えるって何!?」
「別に、大会とかそこまで——」
「出るよね????!」
身を乗り出して迫る。
目を逸らしながら小さくため息を吐いた。
「⋯⋯分かった。出るよ」
その返事を聞いて安心した。
良かった私がぶちギレる結末にならなくて。
だって中野はまだ知らないもの。
大会という場所を。
ここで打つようなただの一局じゃない。
負けたら終わる。
そんな空気の中で打つ麻雀を。
この雀荘で打つのとはまるで違う。
だからお互い真剣に勝ちを意識する大会の舞台で中野に勝たなければ意味がないと思った。
「ロン」
静かな声。
「⋯⋯え?」
体が固まる。
「12,000点だよ」
中野が淡々と牌を倒していた。
「はっ?」
自分の捨てた牌を見る。
完全に見落としていた。
「あーもう!!!!」
卓に突っ伏して深く息を吐く。
三浦さんは笑っている。
「また中野くんにやられてるじゃん」
「違うし! 今のは中野っちが悪い!」
「はいはい」
三浦さんになだめられながら、
中野っちは少し困ったように、
でも楽しそうに笑っていた。
◇
そうして中学麻雀競技選手権 県大会の当日を迎えた。
中学一年生の私にとっては、
今回が初めて中学生としての大会になる。
会場にはやっぱり独特の緊張感が漂っていた。
牌を混ぜる音。
点棒の触れる音。
観客のざわめき。
取材のシャッター音。
雀荘とは違う。
ここには勝つために来ている人間しかいない。
私は受付を済ませ、トーナメント表を見る。
「⋯⋯」
大会はAブロックとBブロックに分かれていた。
固定メンツで半荘を二回行う。
その合計ポイントで、
一位と二位が次へ勝ち上がる。
つまり各テーブル、
上位二名の勝ち上がり。
Aブロックの最終勝者二名。
Bブロックの最終勝者二名。
その四人で決勝戦が行われる。
「あたしはーっと⋯⋯」
Aブロック。
他のAブロックの名前を見るが中野の名前はない。
つまりBブロックだった。
「そっか⋯⋯」
肩を落とす。
なぜなら中野と戦うためには決勝まで行かなければならないからだ。
もちろん私は決勝まで負けるつもりはない。
中野がちゃんと決勝まで上がってこれるのか、
手を抜いたりしないか、それが気がかりだった。
そして会場の奥へ視線を向けた。
そこには相変わらず無表情で座っている中野の姿があった。
いつも通りすぎて小さく笑ってしまった。
「中野っち、ミスして初戦敗退とかやめてよ!」
「あたしは絶対、決勝まで行くから。
中野っちもしっかり決勝まで来てよね!」
そう言って中野を見る。
少し困ったように笑ってこう返した。
「善処します」
あまり緊張しているようには見えない。
いつも通りの中野に少しほっとする。
「絶対来いって言ってんの!!」
思わず声が大きくなる。
そう言って軽く手を振り、
私はAブロックの会場へ入っていった。
次回、いよいよ中学校麻雀競技選手権 県大会が始まる。海里は決勝まで行けるのか?また中野は決勝まで行けるのか?
第八話「友達の話②」




