第四話「友達!」
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塾の帰り道、
綺麗な女性が気になって跡を付けて行くと、
以前一度訪れた《まーじゃん 緑一色》に辿り着いた。
その女性がこの建物に入っていくのを見て、
再び訪れることを拒んでいた雀荘の扉をもう一度開けるのであった。
「いらっしゃ──」
カウンターの奥にいた三浦さんが顔を上げる。
そして次の瞬間。
「あっ!」
ぱっと表情を明るくした。
「久しぶり!緑ちゃん!」
その声に少しだけ肩をすくめる。
「三浦さん⋯⋯」
「もう来ないかと思ったー!」
三浦さんは驚いた後、ニコニコと笑っていた。
その反応に少しだけ申し訳なくなった。
あの日“また来ます”なんて言っておきながら、
結局数ヶ月も空いてしまった。
「⋯⋯しばらく来れなくてごめんなさい」
「全然いいっていいって!」
三浦さんは軽く手を振る。
「受験生でしょ?」
「まぁ⋯⋯はい」
「大変だよねぇ中学三年生。私の頃は──」
苦笑いをしながら相槌を打つ。
九頭龍は後ろで静かに店内を見渡していた。
「何してたの?やっぱり塾?」
「ほぼ毎日塾です⋯」
「うわ、せっかくの青春なのに大変だね」
「ひどくないですか!?」
「でもちゃんと勉強してるのは偉い偉い!」
三浦さんは笑いながら、
冷たいお茶をカウンターへ置いた。
雀荘独特の空気。
牌の音。
どこか懐かしい感じ。
すると、
「あなたが緑って子ね!」
突然横から声が飛んできた。
「え?」
声がする方を振り返る。
そこに立っていたのはまさに目で追いかけてきた綺麗な女性だった。
明るい綺麗な長い髪の毛。
そして整った顔立ち。
その女性はまっすぐ私を指差していた。
「初めまして!」
勢いよく放つと続け様にこう言った。
「あたしは星川 海里!
あなたいったい何歳?」
思ったより⋯⋯礼儀がない。
さっきまで大人っぽいと感じていた私を殴ってやりたい気分だ。
でも思っていたよりずっと雰囲気は明るかった。
というか距離が近い。
「えと、あ⋯⋯15歳です」
「ふーん」
星川さんはじっと私の顔を見てくる。
その目が少しだけ細くなった。
そして少し口角を上げてこう言った。
「いいわ。あたしと一局打ちなさい!」
「え?いやなんで!?」
「麻雀が打ちたいからここに来たんでしょ?」
目の前にいるあなたを追いかけて来ました......なんて言えるはずもなく、
「打ちたいけど⋯⋯でも」
星川さんはピクっと眉を動かす。
私は時計をちらりと見る。
さすがにこれ以上遅くなると怒られる。
「でも早く家に帰らないといけないから⋯⋯」
何とか帰るための言い訳を探す。
「ギャルっぽいのに随分と良い娘ちゃんなのね」
星川さんはイライラを見せながら続けてこう言った。
「いいわ。じゃあ東風戦にしましょ!」
「とんぷうせん?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
すると三浦さんが横から説明してくれた。
「半荘より短いやつだよ。
東場だけで終わるからそんなに時間はかからないと思う!⋯⋯どうかな?」
「へぇ⋯⋯」
星川さんは身を乗り出す。
「じゃあ決まりね!」
私はまだ首を縦に振っていないんだけど!
想像と違い過ぎる星川さんのキャラに圧倒された。
でも数ヶ月ぶりの雀荘。
懐かしい牌の音。
そして目の前にいる美人で騒がしい女性。
ほんの少しだけなら打っても良いかな......
気が付くと麻雀を打つための言い訳を探していた。
「一回だけですよ?」
「じゃ、座って」
星川さんは迷いなく卓へ向かう。
その姿を自然と目で追っていた。
星川さんの動きは妙に慣れ過ぎていた。
「あ、すみませーん!」
近くの卓を見回しながら大きめの声を出す。
「誰か東風戦なんですけど入りませんか?」
すると近くでタバコを吸っていた四十代くらいの男性が手を挙げた。
「じゃあ俺、良いかな?」
「ぜひお願いします!」
星川さんはすぐに卓へ案内する。
そのまま周囲を見回し少し考えるように首を傾げた。
「んー。じゃあ、めぐみさん入って!」
「え、私?」
三浦さんが目を丸くしている。
「この子、気になってたんじゃなかったの?」
「しょうがないなー」
三浦さんはエプロンを外しながら、
でも満更でもない顔をしている。
その間にも星川さんは慣れた手つきで卓を準備していく。
点棒を並べて牌をセットする。
その動きが自然すぎて驚いた。
自分と同い年くらいにも見えるのに、
まるで何年も雀荘に通っているみたいだった。
「よし、オッケー!」
星川さんが席へ座る。
私も少し緊張しながら椅子を引いた。
「あの⋯⋯」
「ん?」
「ここ、よく来るんですか?」
そう聞くと星川さんは点棒を触りながらこちらを見る。
「それなりにね」
返事は意外とあっさりしていた。
さっきまでのテンションとはどこか違う。
なんだろう⋯⋯冷たい?
「あ、そうなんだ」
と緊張しながら返事をした。
星川さんはそれ以上答えず、
静かに牌へ視線を落とした。
「じゃあ、始めましょうか」
星川さんが卓の中央へ手を伸ばす。
カチッ。
ボタンが押される。
次の瞬間、ガラガラとサイコロが回る。
その音を聞きながら、再び胸が高鳴っているのを感じていた。
数ヶ月前、初めてここへ来た時は何も分からなかった。
でも今は少しだけ麻雀が分かる。
リーチ。
テンパイ。
ツモ。
ほんの少しだけ麻雀の世界の言葉も知っている。
「じゃあ東一局ね!」
三浦さんの宣言で対局が始まった。
◇
東一局。
ぎこちなく手牌を並べていく。
その向かい側では星川さんが慣れた手つきで手牌を整えていた。
綺麗な指。
無駄のない動き。
つい見入ってしまう。
(こんな綺麗な人でも麻雀をするんだ⋯⋯)
自分とそんなに歳が離れていないのになんだか不思議だった。
「⋯⋯何?」
星川さんが突然こちらを見る。
「あっ、いや!」
「顔見すぎじゃない?」
「見てないです!」
「見てたじゃん!」
少し慌てて視線を逸らす。
その直後いきなりだった。
タンッ。
「リーチ」
「はやっ!?」
私はつい口に出してしまった。
まだ局が始まって三巡目くらいだ。
なのに星川さんは迷いなく千点棒を前へ出していた。
一気に緊張感のある空気に変わった。
「いつにも増して早いわね」
三浦さんが楽しそうに笑う。
星川さんは椅子にもたれながら堂々と言った。
「ま、こんなもんでしょ」
(どうしよう⋯⋯?)
すると後ろから九頭龍が声をかける。
「七萬を捨てるんだ」
(これ⋯⋯?)
「この局は無理にアガろうとするな。
安全な牌を切れ」
自分の手牌を見る。
正直まだよく分からない。
でも九頭龍の助言を聞きながら慎重に牌を切っていく。
星川さんは静かに山から牌を引いていく。
そして、
「ツモ」
その声と同時に星川さんが牌を倒した。
「4,000オール!!」
強い。
というより、
──《かっこいい。》
そう思った。
点棒を受け渡し再度星川さんはサイコロを回す。
一本場。
その後も星川さんは連続でアガり続けた。
「ツモ」
「ロン、4800よ!」
鳴いて速度を上げたかと思えば、
次の局ではリーチ。
押し引きと言うよりは隙あらば押しているように見えた。
(すごい⋯⋯)
私はただただ圧倒されていた。
でもアガっているのに星川さんの顔は笑顔というより険しかった。
麻雀を打っているというより、
まるで暴れているみたいに感じた。
その勢いはまるで卓全体を既に飲み込んでいるようだったが、それでも私は決して振り込むことはなかった。
九頭龍の助言を聞きながら、
危険な牌をずっと避け続けていた。
◇
あれから数十分が経っただろうか。
気付けばまだ一度もテンパイすら出来ていなかった。
「オーラスね」
星川さんの声。
自分の点棒を見るとかなり減っている。
星川さんは椅子にもたれながら、
つまらなさそうに頬杖をついた。
「んー⋯⋯」
そのまま私を見る。
「少しガッカリ」
「え?」
「中野っちが気にしてたから、
どんな打ち筋かと思ったけど全然大した事ないのね」
「うっ⋯⋯」
いくら初心者とはいえ、
ここまで面と向かって言われるとさすがに傷付く。
「いや、始めたばっかりですし⋯⋯」
「一緒に打っていればそれくらい分かる」
星川さんは牌を指で転がしながら続けた。
「でもなんか、こう⋯⋯
もっと変な打ち方をするのかと思ってた」
「変ってなんですか?」
「なんか⋯勘で一発でアガるとか?」
「超能力者じゃないですか」
私は苦笑いをして返答した。
それとは別に心の中では他のことが引っかかっていた。
(中野っち?)
(前いた男の子のことかな?)
(どういう関係なんだろ⋯⋯?)
(知り合いって言ってたっけ⋯⋯?)
ぐるぐると考えているうちに、
卓の中央で牌を混ぜる音が鳴り終わった。
◇
東四局。
牌を引く。
捨てる。
また牌を引く。
オーラスは静かに進んでいく。
九頭龍の助言を聞きながら慎重に牌を切っていた。
まだどれが強い形なのかは分からない。
でも“危ない牌は避ける”くらいは少しずつ分かってきた。
すると、
タンッ。
「リーチ」
三浦さんが静かに千点棒を置く。
「おっ」
男性が少し姿勢を正した。
空気が変わる。
私もつられて背筋を伸ばす。
「来たねぇ、めぐみさん」
星川さんは笑いながら牌を引く。
だが星川さんのその手は止まらないみたいだ。
リーチが入っているのに、
星川さんはどんどん攻めていく。
そこに降りるという選択肢はなさそうだった。
私と男性が慎重に捨てる牌を選ぶ中、
星川さんだけが真っ直ぐ前へ進んでいた。
九頭龍が小さく呟く。
「無茶だな」
(でも星川さん、全然怖がってない⋯⋯)
「怖がっていないのではない。
そういうスタイルなのだろう」
その直後。
タンッ。
「ロン」
三浦さんが静かに牌を倒した。
星川さんの動きが止まる。
三浦さんがふふっと笑った。
「12,000点になります!」
「うわっっっっ!!」
星川さんが大きく後ろへ倒れ込む。
「めぐみさんそれ重っ!」
「海里ちゃんが押してくるからでしょー?」
三浦さんは楽しそうだった。
点棒が動く。
星川さんは本気で悔しそうに唸っている。
「いや今のはいけると思ったじゃん!」
「思っただけね!」
「うぅ⋯⋯」
そのやり取りに少し笑ってしまう。
麻雀ってもっと静かなゲームかと思っていた。
でも星川さんと打つ麻雀は悔しがったり、喜んだり、怒ったり。
私にとって星川さんと打つ麻雀はとても楽しいと感じる麻雀だった。
東風戦は終わり、結果は、
一着、星川 海里。
二着、三浦 恵。
三着、男性。
そして、
「またビリだ⋯⋯」
点棒を見ながら肩を落とした。
でも不思議と落ち込んではいなかった。
今回は一度もアガれなかった。
それなのに、
「⋯⋯楽しかった」
自然とそんな言葉が漏れる。
星川さんと打つ麻雀はとても刺激的で、
同じ空間にいるだけで胸が踊った。
そして何より、
──《今度は星川さんに勝ってみたい。》
そんな気持ちが生まれていた。
前はただ九頭龍の言われた通りに打っていただけだった。
でも今は自分で牌を見て、考えて、もっと分かるようになりたいと思っている。
「おっ!」
星川さんがニヤッと笑う。
「今ちょっと麻雀にハマった顔したね?」
「してないです」
「したした」
「してません!」
私が言い返した瞬間、
ふと時計の針が視界に入る。
「⋯⋯え」
固まる。
数秒後。
「やばっ!!」
慌てて立ち上がった。
「え、何時これ!?」
「海里ちゃんが連荘してたからねぇ」
三浦さんが苦笑する。
「うそでしょ⋯⋯」
思っていたよりも時間が経っていた。
お母さんの顔が頭に浮かぶ。
確実に怒られる。
「私帰ります!!」
慌てて鞄へ手を伸ばした。
点棒を戻し荷物をまとめる。
その動きがあまりにも慌ただしくて、
星川さんが吹き出した。
「焦りすぎじゃん」
「笑い事じゃないですって!」
慌てながら鞄を閉める。
すると星川さんが頬杖をついたまま聞いてきた。
「そんなに急いで家に帰ってなにすんの?」
「え?」
「このあと何するのって」
「勉強です⋯⋯受験生なので」
即答した。
すると星川さんが「ふーん」と呟く。
「私も受験生だけど、
勉強なんてそこまでしてないよ?」
「え?」
動きが止まる。
「⋯⋯受験生なの?」
「そうだけど?」
「てか同い年なの!?」
「え、今さら?」
星川さんはケラケラ笑った。
「いやもっと年上かと思ってました」
「よく言われる」
思わず星川さんを見つめた。
派手な髪。
ギャルっぽい見た目。
雀荘に普通に通ってる。
どう見ても“勉強してる人”には見えない。
「でも私ほんとにテストやばくて──」
ため息混じりに言う。
「この前もめっちゃお母さんに怒られましたし」
「何点だったの?」
「数学が62点で⋯⋯」
「まぁ普通じゃん?」
「普通じゃないです!」
「中三ならまぁまぁなんじゃないの?」
「塾でその点数は終わりなんです!」
星川さんはまた笑う。
少しムッとしながら聞いた。
「⋯⋯星川さんって頭いいんですか?」
「ん?」
星川さんは少し考えるようにしてから、
「まぁそこそこ?」
と軽く返ってきた。
そのまま鞄を漁り一枚の紙を取り出す。
「ほい」
その紙を受け取る。
そこには模試の結果。
偏差値『65』
「⋯⋯え?」
目が固まる。
「えーーっ!?!?」
思わず声が裏返った。
「うそ!?」
「なにその反応」
「いやだって!!」
星川さんを指差す。
「こんな不真面目そうなのに!?」
「ちょっと失礼すぎない?」
「しかも雀荘めっちゃ来てるのに!?」
「雀荘は関係ないでしょ」
星川さんは笑いながら牌を指でつつく。
本気で衝撃を受けていた。
なんで、
なんでこの人こんなに自由なのに頭がいいの?!
世の中って本当に不公平すぎる。
「⋯⋯」
少し迷って恐る恐る口を開いた。
「えっと⋯⋯その⋯⋯」
「んー?」
「もし良かったら⋯勉強、教えてもらえませんか?」
星川さんが一瞬だけ目を丸くする。
そのあと少しだけ笑った。
星川さんはこの時思っていた。
──《この子には麻雀で自分の壁になることはない。》
対局を始める前は上路さんが自分よりも強い相手かもしれないと気を張っていたが、終わった今はただの平凡な女の子にしか見えなかった。
「しょうがないわね~、いいわよ♡」
とあっさり答える。
「それと!」
ニヤッと笑う。
「麻雀も教えてあげるわ!」
私は少しだけ笑って、
「⋯⋯はい」
と頷いた。
◇
家に帰った頃にはもう夜遅くなっていた。
当然お母さんには怒られた。
「最近帰るの遅いと思ったら!」
「ごめんなさい⋯⋯」
「受験生なんだからちゃんと──」
その後もしばらく説教は続いたけれど、
不思議と今日はすっきりとした気持ちだった。
シャワーを浴びて、髪を乾かして、勉強道具を机に置いたままベッドへ倒れ込む。
「はぁー」
疲れた。
暗い部屋。
天井を見上げる。
九頭龍はいつものように部屋の隅に漂っていた。
最初は本当に最悪だった。
変なのに取り憑かれて、
幽霊に追いかけ回されて、
麻雀なんて知らないゲームをやらされて。
世界で一番の不幸者だと思っていた。
でも気付けば九頭龍のおかげで、
“麻雀”という知らない世界に出会った。
牌の音。
卓を囲む空気。
勝った人の顔。
負けた人の顔。
ただゲームをしているだけなのに、
人の感情がむき出しになる。
そんな世界を知った。
そして麻雀を通じて、
いろんな人と知り合うことができた。
そして──。
「星川 海里⋯⋯」
小さく呟く。
麻雀をきっかけにまたひとつ、
新しい大切なものが出来た。
それは──
───可愛いお友達!!
その瞬間、
「誰が可愛い友達だ」
九頭龍が冷静にツッコむ。
「え、星川さんだけど⋯⋯」
「我は友達ではないのか?」
「クズさん⋯⋯もしかして嫉妬?」
「違う」
布団の中でくすっと笑った。
窓の外では夏の虫が鳴いている。
私の知らない世界は、
また少しずつ広がっていった。
次回、それから夏休みは星川さんと二人で頻繁に勉強や麻雀を教えてもらう事になった。そんな日々の中で、星川さんの考え方に緑は少しずつ影響を受けていくのだった。
第五話「夏の終わり」




