第二話「知らない世界」
⚠︎良ければブックマーク、評価の方よろしくお願いします。
雀荘を携帯で調べた次の日。
六時間目の終了のチャイムが鳴る。
「緑ー! 今日カラオケ行こー!」
「駅前の新しいクレープ屋も行きたくない!?」
私の周りに友達が集まってくる。
いつもなら二つ返事で行っていた。
放課後寄り道をして、写真撮って、だらだら喋って。
それがいつもの私の日常。
だけど今日は違う。
「ごめん、今日ちょっと用事ある!」
「えー珍し!」
「塾?」
「いや、まぁ⋯⋯でもそんな感じ」
嘘ではない。
曖昧に笑ってごまかした。
「最近なんか忙しそうじゃない?」
「そう?」
「彼氏?」
「いないってば!」
笑いながら返す。
教室の窓際に浮かんでいる九頭龍がこちらを見ていた。
(なんか視線感じると思ったら⋯⋯)
「じゃまた明日ねー!」
友達に手を振って鞄を肩にかけた。
廊下へ出る。
九頭龍も当然のように後ろをついてくる。
「用事、とは?」
(⋯⋯別に)
「雀荘へ行くのだろう?」
(声がデカい!)
「我の声は誰にも聞こえておらん」
(そういう問題じゃないの!)
ため息をついた。
正直まだ少し緊張している。
昨日は勢いで“行く”と言ったものの、
本当に行くとなるとやっぱり話は別だ。
雀荘。
知らない大人の場所。
知らない大人の世界。
しかも麻雀なんてルールも分からない。
(⋯⋯見るだけだからね?)
「分かっておる」
「⋯⋯打つとか言わないでよね?」
つぶやきながら早歩きで学校を後にした。
◇
駅前から少し外れた雑居ビルの一階。
《まーじゃん 緑一色》
「名前で選んだのか?」
後ろから九頭龍が言う。
「うるさいな!」
ムッとして九頭龍を睨む。
だって仕方ない。
麻雀のことなんて何も分からないのだ。
雀荘の良し悪しなんてもっと分からない。
だから最終的に、
“自分と同じ漢字が入ってる”
という理由で選んだ。
初心者なんてそんなものだ。
「でもなんか思ったより入りやすそうじゃん!」
「安直だな」
「知らない場所なんだから、
こういう理由で選ぶしかないでしょ!」
入口の横には、
《学生歓迎》
《初心者OK》
と書かれた貼り紙がある。
その文字を見て小さく深呼吸する。
「⋯ほんとに入るの?」
「ここまで来て何を言っている」
「だって怖いじゃん!」
「案ずるな。我がいる」
「それ、全然安心できないんだけど⋯⋯」
鼓動が早くなる胸に手をおいて、
少し深呼吸をして扉に手をかけた。
カラン、と小さなベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
思ったより明るい声だった。
店の中は想像していたよりずっと綺麗だった。
煙臭さもない。
自動卓がいくつか並び、
牌のぶつかる音だけが響いている。
奥では大学生くらいの人たちが打っていた。
「初めて?」
声をかけてきたのは二十代半ばくらいの女性の店員さんだった。
優しそうな女性がいることに少し安心する。
「あ、はい⋯⋯」
「見学?それとも打ってみる?」
「えっ」
思わず九頭龍を見る。
九頭龍は当然のように頷いた。
(いやいやいやいや)
「初心者でも大丈夫だよー!教えるから!」
店員さんは優しく答えてくれた。
その表情が思ったより柔らかくて、
緊張が一気にほぐれていく。
「⋯⋯じゃあ、ちょっとだけ」
「お、いいね!」
店員さんは卓の方を振り返った。
「どこか卓空いてるー?」
「ここ空いてるぞー」
奥から低い声が返ってくる。
五十代くらいの男性。
すごく常連っぽい。
そしてその向かいに座っている一人の男の子が顔を上げた。
黒髪。
少し鋭い目。
制服姿。
同い年くらいだろうか。
「中野くん、初心者の子入ってもいい?」
男の子――中野 竜はこちらを見た。
静かな目だった。
「⋯⋯別に」
愛想はない。
でも嫌そうでもないような?
「じゃ、決まり!」
店員さんが笑いながら椅子を引く。
ぎこちなく私も卓の席に座った。
目の前には初めて見る麻雀牌。
近くで見ると思ったより大きかった。
男の子は軽く会釈だけすると再び牌へ視線を戻した。
礼儀正しそうな人で少しだけ安心する。
思ったより怖い人ばかりではないのかもしれない。
「じゃ、始めよっか!」
店員さんが笑いながらボタンを押す。
◇
東一局。
ガラン、ガラン。
突然自動卓の中央でサイコロが回った。
(うわっ!?)
思わず後ろに身を引いてしまう。
「すご⋯⋯」
思わず声が漏れた。
九頭龍は後ろで静かに腕を組んでいる。
「一番右の牌を取るんだ」
耳元から伝わる九頭龍の少し冷たい声。
(これ?)
「それだ」
言われた通りに手を動かしていく。
「そうそう、そんな感じ」
店員さんが笑う。
(これ全部クズさん頼りなんだけど。で次は?)
九頭龍に小声で聞く。
「一番右の牌を河にすてろ」
(かわ?)
「左奥だ」
(どこ⋯⋯?)
分からないなりに必死で九頭龍の指示に従った。
すると店員さんが少し驚いたように言う。
「あれ、ほんとに初心者?」
「えっ」
「卓慣れしてる感じがするけど」
九頭龍が後ろで小さく笑う。
(いや全部クズさんのせいだからね!?)
「まぁ、アプリでちょっと⋯⋯」
咄嗟に嘘をつく。
「あーなるほどね」
店員さんは納得したように頷いた。
あっという間に全員が牌を出し終えた。
「さあ、次の牌を取れ」
(はいはい⋯⋯)
小声で返しながら、
言われた通りに牌を並べていく。
だが当然何が何だか分からない。
同じような文字。
棒みたいな絵。
丸いやつ。
自分の動きが合っているのかすらも分からずおどおどする。
「大丈夫?」
店員さんが優しく声をかける。
「あ、はい! 一応アプリで⋯⋯」
また嘘をついた。
「へぇ、最近の子はアプリから入るんだねー」
「まぁ⋯⋯」
実際はアプリなんて開いたことがない。
でも卓に少し緊張感が走っているのは、
初めて麻雀をする私にも感じられる。
牌を切る音。
タン。
タン。
まだ何をしているのかは全く分からない。
だがみんな迷いなく牌を捨てていく。
(次はどれを切ればいい?)
小さく口を動かす。
「九萬だ」
(これ?)
「それだ」
言われた通りに切る。
タン。
するとすぐ他の人が別の牌を引いていく。
(次は?)
「二索、緑のやつだ」
完全に言われるがままだった。
それでも周りの人は特に私の打ち方を気にしている様子はなかった。
段々と慣れてきて少し緊張が和らいだ、その時。
「リーチ」
男性が静かに棒を真ん中に置いた。
店員さんが少し反応する。
男の子も牌を見る目が少し変わった。
でも私は何をしているか分かっていなかった。
(リーチってなに!?)
聞いたことはある。
もちろん麻雀ではなくビンゴで。
とりあえず九頭龍の指示通りにひたすら牌を切っていく。
数巡後、男性が引いた牌を卓上に表へ向けた。
「ツモ。1,000、2,000」
静かな声。
「あー、やっぱり!」
店員さんが笑った。
男性の残りの牌が倒されていく。
私には何が起きたのか分からない。
「え、終わり!?」
「そう、アガり!」
店員さんが優しく説明をしてくれた。
「リーチして最後自分で引いたの」
「へぇー⋯」
よく分からないが感心したように頷く。
すると男の子と店員さんが細い棒を取り出した。
「点棒!」
男性がこちらを向いて点棒をくるくると回している。
「おぉ⋯⋯!」
その姿に目を輝かせてしまった。
「これがお金みたいなやつ?」
「そうそう。点数をやり取りするの」
店員さんが説明をしながら点棒を動かしていく。
カチャ、という乾いた音。
なんだか少し楽しい。
ゲームセンターみたいでちょっとワクワクする。
「上路ちゃんも点棒渡して!」
「え、私も?」
「ここからこうやってね」
言われるがまま点棒を男性の前へ置いた。
カチャッ。
小さな音。
それだけなのに不思議と“ゲームしてる感”があった。
「なんか麻雀っぽい!」
「麻雀だからねぇ」
店員さんが笑う。
東一局。
私にとって人生初めての麻雀が今始まった。
牌の並べ方。
順番。
点棒。
「ツモ」と「ロン」の違い。
そもそも何を揃えればいいのかも全く分からない。
それでもこの卓の緊張感に私は少し高揚感を感じていた。
◇
東二局。
「次は右から五番目だ」
(⋯⋯丸が七個あるやつ?)
「そうだ」
言われた牌を置く。
タン。
するとすぐ横で店員さんが感心したように言った。
「あれ、このタイミングでその牌を切るなんて上路ちゃん良い手だね?」
「えっ」
何かしてはいけないことをしてしまったのか?
(クズさんの指示なんだけど!?)
「まぁアプリでちょっと⋯⋯」
また適当に誤魔化す。
すると向かいの男性が笑った。
「最近のアプリはすごいなぁ!」
「は、はは⋯⋯」
全然やったことないです、とは言えなかった。
局はそのまま流れた。
誰もアガらずに終了。
「これは流局っていうの」
店員さんが教えてくれる。
「へぇー⋯⋯」
知らない単語ばかりだった。
でも不思議と退屈じゃない。
むしろ少しずつ“ゲームの形”が見えてきている気がした。
◇
東三局。
「リーチ」
今度は男の子が静かな声で宣言をした。
その瞬間空気が少し変わったのを感じることができた。
さっきまで普通だった卓が少しピリッとしている。
(え、またリーチ?)
「染まっているな」
後ろから九頭龍が言う。
(そまる?)
「簡単に言うと高い打点ってことだ」
(へぇ⋯⋯)
私はその手が気になって男の子を見る。
相変わらず無表情。
同い年くらいなのに妙に落ちついている。
牌を置く音も静かだった。
数巡後。
「ツモ。2,000、4,000です」
店員さんが小さく拍手する。
「中野くん今日調子いいねぇ」
「別に」
男の子は短く答え牌を倒した。
その手牌が気になって覗き込む。
もちろん何が強いのかは分からない。
でも同じ牌がたくさんあってなんとなく綺麗に見えた。
「⋯⋯すご」
思わず呟いてしまった。
すると男の子がこちらを見た。
「運が良いだけだよ」
そう言ってまた視線を牌へ戻した。
◇
東四局。
タン。
タン。
牌を切っていく。
「おっ」
九頭龍が指を指す。
「これでテンパイだ」
(えっ⋯⋯)
自分の牌を見ても当然分からない。
(どれ?)
「四萬か七萬があればいい」
九頭龍がそっと言う。
(おぉ⋯⋯!)
あと一枚らしい。
初めて自分が何の牌を引けば良いのか理解した。
丸いやつ。
漢字のやつ。
棒みたいなやつ。
さっきまでは全部同じに見えていたのに、
今は少しだけ違って見える。
(⋯⋯あそこに捨ててあるのがまた出ればいいの?)
「そうだ」
(へぇ⋯⋯)
その時だった。
男の子が静かに牌を置く。
タン。
すると次の瞬間。
「ロン。5,800」
男性の声。
「あらー」
店員さんが反応する。
男性は静かに牌を倒した。
「放銃か」
(ほうじゅう?)
「アガり牌を出しちゃったってこと」
(へぇー⋯⋯)
まだよく分からない。
でも麻雀はただ牌を揃えるだけのゲームじゃないらしい。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
卓の空気を感じ始めていた。
◇
南一局。
東場の頃より少しだけ麻雀に慣れていた。
牌を並べる。
牌を引いて、必要のない牌を出す。
まだ意味は分からない。
でもゲームの流れはなんとなく理解しつつあった。
「リーチ」
最初に声をあげたのは店員さんだった。
「お、めぐちゃん早いねぇ」
男性は余裕がある感じだ。
すると、
「リーチ」
続けて男の子も点棒を出してきた。
(え、また?)
「二人テンパイだな」
後ろから九頭龍が言う。
卓の空気がまた変わる。
東場でも感じたあのピリッとした感じ。
店員さんは笑顔だ。
男の子は無表情だった。
でも二人ともさっきまでより牌を見る目が鋭かった。
(どうすればいい?)
九頭龍に小さく聞く。
「危険牌は避けるんだ」
(きけんはい?)
「今は言われた通りに切れば大丈夫だ」
頷いて指示通りに手を動かす。
「左から五番目」
(これ?)
「そうだ」
タン。
店員が少し目を細める。
「お、そこ通すんだー」
意味は分からない。
でもどうやら危険だったらしい。
数巡後。
「ロン。7,700でーす!」
店員さんが牌を倒す。
「ごめんなさーい」
どうやら常連の男性が店員さんに振り込んだらしい。
なるほど。
リーチをしても負ける時があるらしい。
少しだけ麻雀の怖さが見えた気がした。
◇
南二局。
今度は静かな局だった。
誰もリーチを宣言しない。
タン。
タン。
牌の音だけがただ響いていた。
だが九頭龍は静かに言った。
「二人ともテンパイだ」
(えっ⋯⋯)
私は思わず店員さんと男の子を見る。
二人とも普通の顔をしている。
(リーチしないと分かんないじゃん!)
「だからこそ意味がある」
ダマテン。
店員さんがさっき教えてくれた言葉を思い出す。
リーチをかけずに待っている状態。
(怖っ⋯⋯)
誰が何を狙っているのか分からない。
急に自分がすごい状況に置かれているんだと自覚した。
だが結局。
「テンパイ」
「テンパイ」
「流局だねー」
店員さんが息を吐く。
誰もアガらないままこの局が終わった。
男の子は静かに牌を崩している。
(⋯⋯あの人、ずっと顔変わんないね)
「感情を表に出さないタイプだ」
(なんか麻雀強そう)
「実際、筋は悪くない」
珍しく九頭龍が評価している。
九頭龍の初めて見る表情に少し驚いた。
◇
南三局。
「⋯⋯またテンパイしてる」
私は小声で呟いた。
その声に男の子が少し眉を動かした。
なんとなくだが男の子がテンパイだと分かる⋯⋯気がした。
ほんの少しだけど男の子の空気が変わった気がしたのだ。
「ダマテンだ」
空気が変わった一巡後に九頭龍も同じことを言った。
(やっぱり⋯⋯?)
「しかも男の子は貴様からアガる気だぞ?」
(えぇ⋯⋯!?)
思わず男の子に視線を向けた。
当然男の子は無表情。
だが狙われているなんて言われるとなんだか怖い。
(じゃあどうすればいいの?)
「一番左だ」
(本当に大丈夫なの?)
「今はそれでいい」
また九頭龍の指示通りに牌を出していく。
すると男の子の眉がほんの少し動いた。
九頭龍はその動きを見逃さなかった。
数巡後に引いた牌、七索。
「あ、これ!」
つい声を漏らす。
その声に反応した店員さんが私の手牌を見てくれた。
「上路ちゃん、これアガってるよ!」
「やっぱり!」
興奮しながら手を合わせる。
「ツモね!ほらこれ!」
店員さんが笑顔で私の牌を指差す。
「500、1000だね!」
「アガり⋯⋯?」
「そうよ!」
店員さんが笑顔で教えてくれた。
数秒遅れて実感が湧いてくる。
「え、私!? 勝った!?」
「おめでとー!」
店員さんが拍手する。
男性も笑っていた。
男の子はなにか引っかかったような顔で、
静かに私の牌を見ていた。
「初心者で初アガり、おめでとう!」
「え、えへへ⋯⋯」
思わず笑みがこぼれてしまう。
2,000点。
大きいのか小さいのかもまだよく分からない。
でも私が初めてアガった点数。
その事実だけで、胸がとても熱くなっているのが分かった。
──《麻雀って、楽しいのかも!?》
次回、この対局は意外な結末で幕を閉じる。この対局の果てに緑は何を思うのか⋯⋯!?
第三話「友達?」




