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牌アガる!  作者: ぺー村様
中学生編
1/14

第一話「出会い」

⚠︎良ければブックマーク、評価の方よろしくお願いします。

挿絵(By みてみん)


夜の九時。


夏が始まろうとする五月の空気は、

少しだけ湿っていた。


塾帰りの上路(かみじ) (みどり)は、

スマホのインカメを見ながら前髪を整えていた。


「うわ、湿気で終わってる……」


駅前で買った新作のスタイリング剤も、

この田舎の空気には勝てないらしい。


肩まで伸びた明るめの髪を指でいじりながら、

緑は住宅街の坂道を下っていく。


イヤホンから流れる流行りの曲。


通知欄には友達のメッセージ。


――《今度の日曜イオン行こ~》

――《新しいカフェできたらしい》


《行く行く~》


適当に返信を打ちながら歩いていたが、

急に強い風が吹いて足を止めた。


風の吹く先に視線を移すと、いつもは視界にすら入らない住宅街の端の古びた集積所があった。


粗大ゴミの日だったのか、

壊れた棚や家電がいくつか積まれている。


その中に不自然なものがあった。


「……なにこれ?」


四角い卓。

脚付き。


中央には穴みたいなものが空いていて、

緑色のマットが張ってある。


しかも妙にデカい。


「テーブル……?」


近づいてみると、かなり汚れている。


緑はスマホで写真を撮った。


《なんかヤバい机捨ててあるw》


送信。


――《あー、それ麻雀卓じゃない?》

――《まーじゃん?》

――《全自動卓ってやつ。高いんじゃない?》


《へぇ~》


適当に返した。


麻雀。


もちろん名前くらいは知っている。


でもそれだけ。


おじさんがやるもの。


決して華やかな女子中学生とは関わりのないもの。


自分とは一生関係のない世界。

そう思っていた。


「全自動って何が自動なんだろ」


興味本位で卓を触る。


挿絵(By みてみん)


そして中央のパネルを押してみた。


(カチッ。)


「ん?」


突然、卓の中からガラガラガラッ!!とすさまじい音が響いた。


「なにっ!?」


思わず後ずさる。


すると次の瞬間。


(ガコン!!)


内部で何かが引っかかったような音がした。


そして、


(――バチン!!)


動かなくなった。


「……」


「……壊れた?」


恐る恐るもう一度ボタンを押すも、反応はない。


「いやいやいやいや」


その時だった。


背後でなにか気配を感じ、後ろを振り向いた。


しかし後ろには誰もいない。


生暖かい風を感じながら、全自動卓に視線を戻した。


次の瞬間。


卓の向こう側に、“男”の体が見えた。

少しずつ視線を上に動かしていく。


白っぽい異国感のある服。

長くてさらさらとした白髪。

異様に整った顔。


だが何か違和感がある。


少し透けている......?


恐る恐る視線を下に動かしていく。


......足元が透けている。


「………………」


「………………」


緑は数秒固まった。


そして。


「ギャアアアアアアア!!!!」


逃げた。


歩いてきた住宅街を全力で引き返す。


「待て!!」


「来んなぁぁぁ!!」


しばらく直線を走ったあと、追いかけてくる男をまくために曲がり角を曲がる。


「ここまで来たら大丈夫かな?」


少し息を整えて、角からチラッと顔を覗かせる。


男は追いかけて来ていないようだ。


「良かった~。なんなの?!まさかだけど幽霊じゃないよね!?」


後ろを振り返るとその男が立っている。


「うわぁぁぁ!?」


「聞け!!」


「無理無理無理無理!!」



十分後。


近所の公園のベンチで再び息を整えていた。


男は私の頭の上に浮かんでいる。


さも当然のように。


「……で?」


声を震えながら言った。


男は険しい顔で腕を組んで答えた。


「貴様、我が依代を壊したな?」


「よりしろ?」


「あの全自動卓だ」


「知らないし!」


「知らぬで済むか!!」


また逃げようとするも、

今度は男が目の前に立ちはだかった。


また夜風が強く吹く。


その風に男の長髪が揺れる。


「我は麻雀の神である」


数秒の沈黙の後、ばっさりと答える。


「絶対違う」


「違わん」


即答だった。


頭を抱えた。


人生終わった。


塾帰りに変な人に絡まれた。


いや、人じゃなくて幽霊か。


「……ていうかなんでついてくるの?」


「呪いだ」


「軽く言うな!」


正直なところ、緑に憑いているのは男の意思ではなかった。


離れたくてもなぜか緑から離れることが出来なかったのである。


だがテンパってた末に呪いと答えてしまった。


こうなったら引き下がることができず、

続けてこう放った。


「依代を壊した代償として、

貴様には呪いがかかったんだ」


「もう最悪なんだけど!!」


すぐに携帯を取り出して、"幽霊 お祓い"と検索する。


「そんなもので我の呪いは解けるのか?」


「やってみなきゃわかんないじゃん」


そうして値段を見る。


が、私の所持金ではとても払えない額だった。


私は肩を落とす。


「そんなに呪いを解きたいのか?」


「当たり前でしょ?」


「......お前が麻雀を愛すれば、

呪いは解けるかもしれないぞ?」


「……ほんと?」


もちろん男もどうやったらこの状況から解放されるのかなんて、分かっていなかった。


でも緑の落胆ぶりに少し情が湧いてしまった。


「ああ。そんな気がする。」


男は静かに言った。


「麻雀を貴様が愛せば.....

麻雀を知り、理解し、愛すること。

それが呪いを解く方法だ.......(多分)」


「いや、全然意味分かんないんだけど!?」


男はベンチに座った。


「貴様、麻雀はやったことないのか?」


「当たり前でしょ」


「ならばやってみたらどうだ?」


「なんで!?」


「呪いを解きたくないのか?」


なんて理不尽なんだ。




その夜。


布団の中で頭を抱えていた。


男は天井の近くを浮いている。


「出ていってよ!」


「無理だ」


「最悪……」


スマホを見ると友達からの通知が溜まっている。


いつもの日常だ。


部屋の中に長髪の男がいることを除いては。


終わってる。


「……ねぇ」


布団から顔を出して、意味もなく聞いてみる。


「麻雀って面白いの?」


男は少し考え、そして静かに答えた。


「それは人それぞれだ」


その声を最後に視界が真っ暗になった。





翌朝。


「………………」


鏡の前で固まっていた。


洗面所。

寝癖。

ぼんやりした頭。


そして後ろで浮いている長髪の男。


「………………」


「………………」


目が合った。


緑はゆっくり蛇口をひねり、顔を洗う。


もう一度鏡を見る。


......うん、いる。


「夢じゃないんだ……」


夢のような昨日の出来事が全部蘇ってきた。


ゴミ捨て場。

全自動卓。

壊れた音。

呪い。


そしてコイツ(幽霊)。


「だから言っただろう」


男は当然のように言った。


「呪いは継続中だな」


「継続中とか言うな……」


緑は顔を拭きながらため息をついた。


しかもこの男、最悪なのが普通に生活空間へ入り込んでくる。


朝食の時にはテーブルの向かいにいるし、

学校の準備をしている時も壁にもたれて見ているし、

靴を履いている時には玄関に立っている。


「……ずっとついてくるの?」


「呪いなんだから仕方ないだろ」


「プライバシーって知ってる?」


「知らん」


学校に行く前から気が重い。




今日もいつも通り学校へ通う。


二限目の数学の授業。


ノートを取りながら、小さくため息をついた。


(見えてるの私だけなんだよね……)


窓際には男が普通に浮かんでいる。


黒板に字を書く先生も、

ノートをとるクラスメイトも、

もちろん私の友達も、

誰も反応しない。


誰もコイツ(幽霊)が見えていないようだ。


「上路ー!」


「っ!」


突然名前を呼ばれ、飛び上がった。


「聞いてるかー?」


「あ、はい!」


クラスメイトが少し笑う。


恥ずかしい。


窓際を見ると男は少し呆れた顔をしていた。


(誰のせいだと思ってんの……!)


昼休み。


友達と話していても視界の端にいる。


移動教室にももちろんついてくる。


食堂にもやっぱりついてくる。


本当にずっとそばにいる。


「ねぇ」


学校の帰り道、自販機の前でココアを買いながら言った。


「いつまでついてくるの?」


「貴様が麻雀を愛するまでだろう?」


実はこの男も何度か今日離れようと試みたが、

どうやら一定以上の距離からは離れられなかった。


「どうやったら許してくれるの!」


「麻雀を好きになったらと言っているだろう!!」


「最悪すぎる」


男は少し考えるように空を見た。


「我は貴様に出会う前、麻雀を打っていた。

それは明確に覚えている」

「そして麻雀は、人が最も本性を出す遊戯だ」


「……?」


「欲、焦り、傲慢、恐怖。全て卓上に現れる」


何を言っているのかよく分からなかった。





それから数日。


少しずつ、“男がいる生活”に慣れ始めていた。


人間、慣れる。


本当に。


最初は悲鳴をあげていたのに、

今では普通に会話している。


「そこ座らないで」


「なぜだ」


「私の椅子だから」


「理不尽だな」


とか。


「ねぇ、幽霊って寝るの?」


「寝ないが?」


「ずる...」


とか。


完全に同居人だった。


ただ一つ分かったことがある。


この男は本当に麻雀のことが好きみたい。


あと普段は割と話しやすい。


意外とこちらの質問にも答えてくれるし、感情もしっかりある。


あとこの男は《九頭龍(くずりゅう)》と言うらしい。


「絶対本名じゃないでしょ!」


「本名は.....忘れた」


「幽霊ってそんなもん?」


「だが、その名で呼ばれていたのは微かに覚えている」


九頭龍。


妙に古臭くて、強そうな名前。


でも口から出ると、どうにも締まらなかった。


「長いなぁ」


「好きに呼べ」


「……クズさん?」


「貴様、今わざとだろう!」


「違う違う、略しただけ!」


九頭龍は呆れたようにため息をついた。


その反応が少し面白くて、笑みがこぼれた。





夜の九時。


塾から家に帰る途中だ。


生ぬるい空気の中、

いつもの坂道を下りながらふと足を止めた。


住宅街の端。

あの集積所。


数日前まで置かれていたあの全自動卓は、

もうそこには姿がなかった。


壊れた棚も古い家電もない。


ただ金網とコンクリートだけが残っている。


「……なくなってるね」


九頭龍は静かに集積所を見ていた。


風が吹き、髪が少し揺れる。


「ここで会ったんだよね、私たち」


「貴様が勝手に壊しただけだ」


「まだ言う?」


「当然だ」


たわいもない会話に苦笑した。


最初は本当に最悪だと思っていた。


知らない男が急に現れて、

呪いとか言われて、

しかも毎日ずっとついてくる。


でも今は、この日々が少し楽しくもあった。


「……ねぇ」


「なんだ」


「麻雀ってさ」


集積所を見たまま続ける。


「私も楽しいと思えるかな?」


九頭龍は少し黙った。


「楽しい、という言葉では軽いな」


「えぇ...」


「だが、麻雀は人を変える」


その声は静かだった。


冗談っぽさはない。


その言葉だけ妙に真っ直ぐ刺さった。


最初は本当に意味が分からなかった。


麻雀なんておじさんの遊び。


タバコや賭け事で怖いイメージ。


自分とは一生関係のない世界。


そう思っていた。


でも九頭龍が麻雀の話をする時は、本当に楽しそうだった。


「そんなに好きなんだ、麻雀」


「当然だ」


即答だった。


その答えを聞いて少し笑いながら答える。


「……なんかさ」


「なんだ」


「そこまで言われると、逆に気になってきたんだけど!」


九頭龍が緑を見る。


「いや別に!?やりたくなったとかじゃないよ!?」


「何も言っておらん」


「絶対思ったでしょ今!」


九頭龍はわずかに口元を緩めた。


その顔がなんとなく九頭龍に転がされたみたいで悔しい。


視線を逸らしながら前髪をいじる。


「……ちょっと見るくらいなら、いいかなって」


「見る?」


「麻雀を!」


少し間が空く。


九頭龍は少しだけ目を細めた。


「どうやって見るつもりだ?」


「え?」


「貴様、麻雀をどこでやるか知っているか?」


「……アプリ?」


「却下だ」


即答だった。


「なんでよ!?」


「牌の重みもあの張りつめた空気も感じられない」


「なんか急に厳しい……」


ポケットからスマホを取り出した。


“麻雀 どこでやる”


検索。


するとすぐに、


《雀荘》

《初心者歓迎》

《フリー麻雀》

《健康麻雀》


みたいな文字が並ぶ。


「へぇ……雀荘っていうんだ」


「知らなかったのか?」


「逆に何で知ってると思ったの」


画面をスクロールしていく。


店内写真。

自動卓。

牌。


知らない単語ばっかり。


「なんか思ったより普通かも」


「何を想像していた?」


「もっとこう……地下で煙モクモクみたいな」


「偏見だな」


「だって怖そうじゃん!」


九頭龍は少し呆れたように息を吐いた。


「まあ、場所によるな」


「あるんだ、そういうの」


「あるな」


「あるんだ……」


少し興味が薄れた。


しかし検索を続けていくうちに、

やっぱり少しずつ気になってくる。


店ごとに雰囲気が違う。


《初心者歓迎》

《女性客歓迎》


「へぇ……」


気づけば、時間を忘れて画面を見ていた。


九頭龍が横から覗き込む。


「行ってみるか?」


「いや、でもさ」


スマホを見たまま言う。


「ここ中学生って入っていいの?」


「入るだけなら問題ない」


「いや、絶対問題あるって!」


「貴様は打たなくてもよい。

まずは雀荘の空気や麻雀を近くで見るだけで良い」


「見てるだけ……」


少し考えた。


知らない場所。

知らない人。


やっぱり怖い。


でもほんの少しだけ気になる。


麻雀というものが。


九頭龍がそこまで楽しそうに話す理由が。


「……まぁ」


スマホを閉じて九頭龍に言う。


「一回、見るだけなら」


九頭龍の口元がわずかに緩む。


「ほう」


「いや、だから!お前を成仏させるためだからね!?」


挿絵(By みてみん)


「そういうことにしておこう」


「なんかその言い方腹立つ!」


九頭龍はくるりと背を向ける。


「ならば案内しよう」


「え、今から!?」


「善は急げだ」


「今日はもう遅いから、また今度!」


夜の住宅街。


前を歩く長髪の男。


その後ろを追いかけながら、

少しだけ胸が高鳴っていることに気づいていた。


これから足を踏み入れる場所は、

今までの自分とは無縁だった世界。


だけどもしかしたらそこで、

自分の知らない何かが見つかるのかもしれない。


そんなことを考えた自分に、

少しだけ驚いていた。




ーー《ここから私の知らない世界が始まる気がした》

次回、緑はとうとう初めての雀荘に足を運ぶ。


第二話「知らない世界」

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