駄目押し
テレサ、というのは私の母の名だ。長年聞きたくとも口に出せずにいた話題に、私は固唾を飲んだ。
「お嬢様がお産まれになった年に、陛下はテレサ様を王宮に呼び付けました。それから、テレサ様がこの邸にお戻りになることはなかった。テレサ様ご自身は、何かを予期していたのでしょう。出立の際に、くれぐれも娘を……コトハお嬢様を宜しくとお言葉を残していかれました。それなのに旦那様は、何故お嬢様に寄り添おうとしないのです? 先日の誘拐だって、ご存知のはずでしょう。お嬢様のことが、心配ではないのですか……」
最初こそお父様への憤りが抑えられないといった様子のレティだったが、その声に、口調に、次第に悲しみが滲んでいく。
伝えたところで何も意味はないだろうと誘拐事件のことは自ら報告はしなかったのだが、レティか、はたまたクロンビー家からか。事件については、お父様も知っていたらしい。
「また、無理矢理取り上げられてしまうだろう。興味がない振りをしているのが、一番なんだ」
苦悶の表情を浮かべ、お父様がぽつりと零す。その胸には、どんな想いが隠れているのか、私は知らない。
「……お父様。教えてください。大丈夫ですから」
此処まできたら、私たちだって引き下がれない。もう誤魔化しきれないと思ったのか、お父様は天を仰いで息を吐いた。
「……まずは、コトハ。すまなかった。普通の父のように、接することが出来なくて。それからレティ。私やテレサの代わりにコトハを見守ってくれて、ありがとう。……陛下は、テレサを側室にすると言って無理矢理私から奪っていったんだ。【乙女】を産める胎ならば、また有用な子を生せるだろうと」
つまりは、私を誘拐した時と同じだ。便利な駒として、都合よく使うため。
「ですが、【乙女】に血筋は関係ないのでは。いつ、どの家に二つの宝が産まれるかは神の気まぐれで決まることであり、共通性はないと」
「そうだな。レティの言う通りだ。だが、陛下にとっては何でも良かったんだ。興味を持ったから、とりあえず手に入れたくなった。それだけでもあの御方にとっては充分な理由になる。拐われるようにこの家を去っていったテレサは、その後すぐに心を病んで旅立ってしまったと聞いた。……テレサの時もそうだったが、陛下は、他人が大事にしているものほど欲しくなってしまう。私があからさまにコトハを守るような素振りを見せれば、更に過激な手段を選んでくるだろう」
どうにか冷静を装うべく語るお父様だが、その目尻には涙を浮かべている。私は、お母様の最後を知った衝撃と、自分がお父様に愛されているのかもしれないという動揺で口を開けずにいた。
「……旦那様。陛下の御前に突き出すなど、ただの脅しでしょう。もう、意地など張らないでください。最早あちらも手段を選んでなどいないのです。……ご協力、願えますね? 貴方が誰よりも大切に想うお嬢様のために」
駄目押し、というのだろうか。レティの言葉に、お父様は頷いた。




