それぞれの心
「いやー、よかった良かった! な? だから言ったろ? 大丈夫だって!」
ほんの少し蟠りが解けた私とお父様だけれど、まだ親子関係は希薄であると見せかけた方が良いだろうということで、私とレティはクロンビー邸へと戻った。
庭先で一番に出迎えてくれたのはランドルフ様で、バークリーの家であったことを話すと自分のことのように喜んでくれたが、その表情には少しだけ翳りが見える。
「ランドルフ様? どうかしましたか」
「ん? ああ、顔に出てた? もしかして、侍女ちゃんも気付いた?」
分かりやすく落ち込んでいると思ったのだが、レティにとってはそうでもなかったらしい。心底どうでも良さそうに、首を振られてしまった。
「いえ。私はアディントン様のご尊顔に興味がないので」
「俺、美丈夫でやっていけてると思うんだけどなあ」
「ランドルフ様は、格好良いですよ。レティ、失礼なことを言ったら駄目じゃない」
侍女を窘めるのは主の義務だ。だから、レティにも訂正を求めたのだが、頑なに頷いてはくれなかった。
「…………そうか、格好良いか。うんうん、そうだよな! コトハは分かってるなー、流石だなー」
意固地なレティとは正反対に、ランドルフ様は喜びを抑えきれない様子で私の頭をぐりぐりと撫でた。最近、ランドルフ様に不意に優しくされたり触れられたりすると胸がきゅっとなる瞬間があるのでやめてほしいと思ったのだが、口には出せなかった。作戦のためとはいえ、私はアレン様と婚約中だし、ランドルフ様本人にはお友達になることすら拒否されている。不毛だし、そもそもこんな気持ちは勘違いだ。そう、固く蓋をした。
「それで。お悩み事ですか?」
私の頭を抱き寄せて、しっしとランドルフ様の手を振り払うレティを今度は止めずに、尋ねてみる。特に隠し事というわけでもなかったのか、ランドルフ様は話を続けた。
「そうなんだよなー。シオンがさ、どう執り成したのか知らねーけど正式にアゼツのおっちゃんと婚約を結んじまって。はあ、俺にしとけって言ったのになあ」
「あらあら。それでご傷心なのですね。お気の毒に」
言葉とは裏腹に、レティは面白がっているようだった。口端の緩みを隠しきれていない。私はといえば胸が締め付けられるような気がしたが、きっとこれも勘違いだ。
「コトハは、シオンがうーんと歳上のおっちゃんと婚約しちまっても良いのかよ?」
「私は、本人が納得しているのであれば何も……」
というか、シオン様が既に決めてしまったというならば、きっと私が何を言おうがもう曲げることはないはずだ。心配ではあるけれど、本当に嫌なことを我慢するタイプでもないと、私は誰よりも知っている。
「あらあら。噂話は可憐な花君だけの特権よ。駄犬がワンワンと五月蝿いわね」
「げっ……」
「シオン様」
「おかえりなさい」
びくりと肩を震わせて一歩後退ったランドルフ様の背中をシオン様が叩いた。お喋りが過ぎる、ということだろう。
「コトハ様の方も上手くいったようですわね。今、領地に寄ってきたのですがバークリー伯爵から父へと連絡があったようでしたわ」
「はい。シオン様、アゼツのご子息とはどのようなお話を?」
私とお父様は、血の繋がった家族だ。だからこそ解れた糸を正しく直すきっかけもあったけれど、シオン様とアゼツ公爵令息はどうだろう。一度拗れてしまったら関係を再構築するのは、なかなか難しいのではないだろうか。
「あら、簡単です。手を握って差し上げて、切なげな顔をして見つめるの。そのまま頬に口づけてしまえば、それでおしまい。……まあ、もともとあちらに付く気もないようでしたけれどね。かといって敵対する気概もないようだったから、やる気が出るようにしてあげただけですわ」
「…………まあ」
私より歳上の筈のレティが、顔を真っ赤にしている。今更知ったことだが、案外初心であったらしい。
「そんなこと、するなよ」
切なそうなランドルフ様の声に私の心も痛むが、次の言葉は私が告げなければいけない。シオン様は、絶対に自ら口にしないだろうから。
「アゼツ公爵令息のこと、お好きなんですか?」
「……まあ。頬へ口づけても良いくらいには」




