友人にはならない
シオン様は、私とレティにそれぞれ個室を用意してくれた。レティは使用人が主人と同等の部屋を与えられるなどと遠慮していたが、レティも大事な客人であるからと。
しおちゃんにしては、随分と外面が良い。けれど、彼女が私の前世からの親友であることには確信があった。私がしおちゃんを間違えるわけがないのだから。
私に与えられたのは、侯爵家のタウンハウスの豪奢な客間。バルコニーに出ると、心地の良い風が頬を撫でた。
少し見下ろせば、【花の乙女】であるシオン様が育てたと思われる花々が月明かりに照らされて咲き誇っている。……そう。【花の乙女】である、しおちゃんが。小学生の頃、朝顔の花さえ枯らしたと言っていたしおちゃんが。
昔を懐かしみ、大層渋い顔をしていたのだと思う。花々の合間に背を伸ばした木の陰から物音がして、はっと我に返る。
「おー、悪い。驚かせちまったか?」
ランドルフ様だ。何をしていたのか、鼻の頭に泥をつけながらこちらを見上げている。
「いえ。こんばんは」
「あー、さっきぶり。なあ、そっち行ってもいいか?」
何を話せば良いか分からなくて、とりあえず挨拶をしたのだが、ランドルフ様はまだ会話がしたいらしい。本来はとても親しみやすいお方なのかもしれない。ランドルフ様の言葉に頷いて、一度邸の中に入ってからこちらへ向かうのだろうと私も室内に戻ろうとすると、木と壁を伝っていつの間にか私の正面に到着していた。まるで、前世の動画で見たパルクールだ。
「どうよ、なかなか出来るやついねえんだぞ? すげえだろ」
「はい。実際に見るのは初めてです」
「……あんま驚いてないのかよ。つーか、こういう技があるってのは知ってたのか」
「ふふっ」
しょんぼりするランドルフ様がおかしくて、思わず笑い声が漏れてしまったが、侯爵令息に対して失礼だっただろうか。しまった、とすぐに息を飲んで声を引っ込めると、ランドルフ様は何時ものように頭を掻いた。
「いや、いいって。せっかくすっげー美人なんだし、笑ってたほうが得だろ。さっきとんでもねえ顔してたぞ。昼間、シオンとなんかあった? あいつ、怖えからなー」
不意に容姿を褒められて、思考が止まってしまった。現金なものだが、見目麗しい侯爵令息にこんなふうに容姿を讃えられたら、それが例え想い人でなかったとしても普通に嬉しい。
「シオン様とは、お友達なので……、怖くはないです」
「そうか? 俺はシオンが怖えけど。今だってさー、花の様子見てこいって。知ってるか? あいつ、【花の乙女】なのに、たまに世話サボって枯らすんだぜ! ……でもま、良かったよ。喧嘩だったら仲裁する! って言いたかったけど、逆に俺がボコボコにされちまうからなー。つか、仲良いなーとは思ってたけど、友達なの? じゃあ、俺とも友達になるか?」
随分と勢い良く話すランドルフ様だが、本当にシオン様のことが大好きなのだろう。怖い怖いなどと言いながら、その口調は楽しそうだ。
「ふふっ。やっぱり、シオン様ってばお花を枯らしてた。お世話はちゃんとしなきゃって言ったのに。ランドルフ様とお友達になったら、こんなふうにまたシオン様のお話を聞かせてくれるんですか? 是非、お友達になりたいです」
「………………」
つい、可笑しくなってまた笑ってしまった。それが失礼だったのだろうか。是非友人に、という私の言葉に、ランドルフ様は黙ってしまった。
「ランドルフ様?」
「いや。ごめん。友達になるのは、やっぱりナシだ。勿体無え」
この『勿体無い』は、伯爵令嬢では侯爵令息の友人として釣り合わないという意味だろうか。
残念だけれど、仕方がない。
友人にはならないと宣言したランドルフ様だったが、その後も他愛のない話を少しだけしてから、やはり壁を伝って帰っていった。




