涙の原因
合流した私の瞼が腫れていることを、レティは大層訝しんだ。
主を尊重する侍女を罰するランドルフ様ではないことを知り得た上で、向かい合った馬車の中で、ランドルフ様に貴方のせいではないのですかと無遠慮に問い詰めた。
本来ならば、主である私が制止しなければいけなかったのだろう。
けれど、一言でも発してしまえば、先程無理矢理に押し込めたはずの涙がまた溢れてしまいそうで、何も言えなかった。
「あー、まあ、そんなトコ。侍女ちゃんはお嬢ちゃんに寄り添ってやってな。…………この先も、ずっと、さ」
「貴方に言われずとも。私がお嬢様と共に在るのは当然のことです。お嬢様、あとで私がアディントン様に報復いたしますからね」
声を出す気にはなれずただ首を振ったが、ランドルフ様もレティも、もう会話を続けるつもりはないようだった。
ただ、レティの細い指が、私の手を優しく包み込んでくれた。
「………………」
「………………」
クロンビー邸に着くなり出迎えてくれたシオン様は、私たちを応接室に通すとソファに掛けるよう勧めてくれた。
向かい合って座った後は私の顔を一瞥してから、その背後に立つランドルフ様に視線の先を変え、まるで値踏みでもするかのように無言でただじっと見つめている。
ランドルフ様は、ただ気まずそうにシオン様から視線を逸らすばかりだ。
「あの、【花の乙女】様?」
「シオンで良いですわ、レティさん。……いえ、駄犬を躾けるのに時には物理的な制裁も必要かと考えていただけですから」
ランドルフ様が、肩を震わせる。シオン様とランドルフ様は幼馴染みで恋人同士なのだと思うが、そこにはきっと明確な力関係があるのだろう。
「……はあ、勘弁してくれよ。これでも反省してんだからさ。それより、書類だ。コトハが持ってきてくれたやつ、大当たりだったぜ。早速各所に連絡取らねえと」
いつの間にか、呼び方がお嬢ちゃんでなくコトハになっている。少し意外だったが、特に不快にも感じない。
「ここからは私の出番ですね。コトハ様、お疲れ様です。あとは私にお任せください。疑惑を持たれているとしても、体裁というものがありますから。奴等も【乙女】の邸に無理矢理押し入るようなことは出来ないと思います。それに、コトハ様も随分とレベルを上げたようで守りの力も強固に感じますもの。押し入ろうとしたところで、貴女の力に跳ね返されてしまうかもしれませんね。……けれど、もしご自宅に戻るのが不安なようでしたら暫く我が家に滞在いたしますか? 家族は領地に居ますから、お気を遣われる必要はありませんし、コトハ様を泣かせるような駄犬ですが……番犬もおりますわ」
ランドルフ様を一瞥するシオン様だが、私が泣きわめいた原因はいろいろあって、その中でランドルフ様が占める割合なんてほんのちょっとだ。
馬車の中では涙が零れ落ちてしまいそうで否定できなかったが、いい加減普通に喋れる程度の落ち着きは取り戻している。
「ランドルフ様のせいではないです」
「俺のせいじゃないこともねえけど……、お前等、なんか二人で話したほうがいいことがあるんじゃねえの? 侍女ちゃん、厨房に新しい茶と菓子でも取りに行こーぜ」
「アディントン様に付き添っていただかずとも、私が行って参ります」
「いいからいいから。さ、行くぞー」
ランドルフ様と二人というのが相当に嫌なのか、レティは顔を顰めた。侍女である自分が取りに行くのだと伝えてもまるで聞く耳など持たず、すたすたと厨房に向かうランドルフ様を追いかける形でレティも退出して行った。いくら二人きりが嫌でも、侯爵家の嫡男に給仕の真似事などさせられない、というのもあるだろう。




