本音
「わ、え……」
「す、すまん。変なトコは触んねーように気を付けたけど、気持ち悪かったか? それとも、いきなり走り出しちまったから怖かったか?」
あたふたとこちらを気遣うランドルフ様に対して、私はまともに返事をする余裕も無かった。ただただ、『悲しい』が溢れて止まらない。ランドルフ様に担がれたことがきっかけだけれど、根本的原因な理由はそこではないのだ。ランドルフ様のせいだけではないのだと答えたいけれど、答えられない。音を立ててはいけないのに、込み上げる嗚咽も我慢出来なくて、ランドルフ様が困った顔をしている。
「……っう、……っく」
「…………あー、シオンから預かったコレ、あと一回か。まあ、もう帰るだけだしな。自力でなんとかすっか」
言葉にならない呻き声だけを上げる私の頭を撫でたランドルフ様が、懐から出した花弁を風に乗せた。花弁を攫った風は勢いを増し、空気を切る鋭い音を立てている。
「おい、溜め込みすぎなんじゃねえの? 今なら誰にも聞こえねー。吐き出せ、全部!」
風の音に掻き消されてしまわないよう、ランドルフ様が大声で語り掛けてくる。これなら、王宮の騎士たちにも、数十メートル先にいる筈のレティにだって聞こえないだろう。
「でもっ……」
「いいから! 知らねーけど、なんかを我慢しすぎてこんなことになってるんじゃねえのかよ!!」
決して、優しく宥めてくれるような口調ではない。けれど、だからこそ、駄目だった。
私の心の中の固く閉じていた扉の先を無理矢理開けられたような感覚だった。
「う……うっ、うわあああああああん!!」
まるで子どものように大きく声を張り上げた私をランドルフ様が見つめている。
「なんで、なんでお父様は私のこと気にしてくれないの! お母様の話だってしてくれないっ!! なんでアレン様は、私の気持ちを弄ぶようなことをするの! まだ恋じゃなかったから大丈夫なんて自分に言い聞かせてきたけど、強がりに決まってる! 小さい頃に庭園で絵を褒めてもらってからずっとずっと憧れてたのにっ……。しおちゃんもなんで私のこと無視するの、シオン様もなんで私がシオン様の秘密に気付いてるって分かっているくせに知らないふりするの! ランドルフ様も私をハニートラップに引っ掛けようとした! レティだって……、レティだって、何時かいなくなっちゃうかもしれないっ。私は、私は……、ずっと一人なんだっ……」
一気に捲し立てた言葉たちは、風に掻き消されて自分の耳にすら正しくは届いて来なかったように思う。けれど、対面するランドルフ様には、きっと伝わってしまったのだろう。
呆れるでも馬鹿にするでもなく、ただ真剣に耳を澄ましているようだった。
「……落ち着いたか?」
私の頭に置かれた手の平が、無遠慮に動かされた。どうやら、撫でられているらしい。
慰めている、つもりなのだろうか。
すべてを吐き出したことで、涙も止まり落ち着いたのだが、代わりにとてつもない恥ずかしさと気まずさが込み上げてきた。
「あの、ランドルフ様、私……」
「ハニートラップって言葉の意味はわかんねえけど、俺が作戦のためにお嬢ちゃんをオトそうとした時のことだろ? そういえば、ですませて良い話じゃねえけど……、ちゃんと謝ってなかったな。ごめんな。……でも、シオンの花の効果も切れたし、今はこっから抜け出すのが先だ。行こう」
いつの間にか静寂を取り戻した空気の中、遠くで人の声が聞こえる。先程とは別の騎士たちかもしれない。いつもより少し優しげなランドルフ様は、今度は私を担ぐのではなく手を引いてくれた。




