8本目
雨が降っている。
午前中もどんより曇っていたけれど、午後からは渡り廊下の屋根の金属板がパラパラと鳴り出した。
今日はなんだかアンニュイな気分。
何にもやる気が起きない。
授業、早く終わらないかな。
頬杖をつきながら黒板を眺めるけれど、先生の書く文字がぜんぜん頭に入ってこない。
この先生、ただ書いて説明してゆくだけだし。生徒を当てたりしないし。あとで参考書読めばいいよね。
そもそも先生が見ながら書き写してるの、誰でも持ってるポピュラーな参考書。
ぼーっと先生の声を聞いていると、心がどんどん曇ってくる。
でも雷が鳴るような黒雲じゃなくて、明るいんだか暗いんだかわからないような灰色の空もよう。
いっそ落雷でもあれば、すっきりするんだろうに。
授業が終わる頃にはうっとおしい雨の音が小さくなり、空を横切る何かの小鳥の声が聞こえた。
亜音は、ほう、と息を吐く。
がたがたというクラスメートたちの帰り支度の音が聞こえ始める。
「亜音、帰りにスイーツ屋さんに寄ってかない?」
「うーん。今日はそんな気分じゃないよ。また今度ね」
お金もないしね。
少しだけまた強くなった雨に傘で抵抗しながら、亜音は濡れた路面に足を踏み出す。
靴の裏側で、ペちゃり、ペちゃり、と水の音。
その音が、少しだけ亜音の曇り空を明るくした。
ぺちゃり、ぺちゃり。
水たまり。空を映してライトグレー。
バス停に着く頃にはまた雨は小降りになった。
バス停には屋根があるけれど、亜音は傘をさしたまま屋根の端の方に立っている。
傘を低くさしていると、周囲との間に少しだけ結界ができたような感じがして落ち着ける。
雨は強くなったり弱くなったりを繰り返しているけれど、空の色は明るい灰色のまま変わらない。時間がなくなってしまったみたいだ。
やがてバスの姿が見えたので、亜音は傘を横にして2〜3回ばさばさとたたんだり広げたりして水を切った。
くるりと傘の布を巻いて、カバンから定期と一緒に傘袋を取り出す。
家に帰ってもまだ、雨は降り続けていた。
亜音の心も曇ったままだ。
どうしてそうなのか、思い当たるものは何もない。
単に、天気が悪いからだけなのかな?
玄関の傘立てに濡れた傘を立て、湿気った靴を脱ぐ。靴下も濡れている。
「気持ち悪い」
上がりがまちで靴下を脱いで、そのまま手に持って脱衣室まで行き洗濯かごの端に引っ掛ける。
素足にフローリングが気持ちいい。
少しだけ心の空が明るくなった。
「はあ……」
ため息とともに亜音はカバンを無造作に放り出し、湿った制服のままでベッドにぼすんと腰を下ろした。
それからふと思い出して立ち上がり、机の上のマッチ箱を手にとる。
1本取り出して、箱の側面でシュッと擦る。
湿気ってるかな? と思ったけど、マッチはすぐに火がついた。
炎を制服の胸の前に持ってくる。
こんなものじゃ乾くわけないよね。
軸を上に向けてたせいか、マッチの炎はそれほど長い時間燃え続けることなくすぐに消えた。
皿の上に燃え残りの多い軸を置く。
8本目。




