6本目
夜に降る雨の音は優しい。
アパートの駐輪場の金属屋根に雨の当たる音が部屋の中まで聞こえてくる。
1日雨だったが、夕方の車の音がひと通りおさまった後の静寂の中では、水滴が1粒1粒トタン屋根にぶつかる音がことさらに響く。
ぱら、ぱら、ぱら、ぱら、ぱら、ぱら、ぱら、ぱら、ぱら‥‥‥
等間隔でもリズムがあるわけでもない、静けさの音。
昼間に波だった心が次第にに凪いでゆき、その残りのさざなみさえも消えてゆく極上の時間。
こんな日は小さかった頃を思い出す。
縁側に座って庭に落ちる雨を見ていた。
小さな水たまりができ、雨粒でかき混ぜられた泥水の水面に、ぷくり、ぷくり、と泡ができる。
泡はしばらくそこを地面の低い方へとたゆたったのち、ぽっと消えてただの泥水の水面に戻る。
それが次々に繰り返され、泥水の泡はいくつもいくつも出来ては消え、出来ては消えを繰り返す。
それは、生命が生まれては消えてゆくのに似ていると思った。
人間は……いや、あらゆる生命はこんなふうに生まれてはわずかにたゆたって消えてゆくんだろうな……。
自分もまた、出来たばかりの泡かもしれない……。
幼心に、そんなことを思った。
あれはどこの縁側だっただろう?
おばあちゃんちだっただろうか。
それとも小さい頃は、こんな平屋の一戸建てに住んでいたんだっけ。
あたりは静かで、雨の音だけが聞こえている。
雲が厚いせいか、それとも夕方だからか、縁側の外はあまり明るくはない。
ふと気がつくと、水たまりの向こうに少年が立っていた。
5〜6歳くらい……だろうか。
雨の中で、雨が体に当たるしぶきで少年の輪郭が少しぼやけるように見えている。
なんだか、淡い光をまとっているみたい。
「そんなところにいると風邪ひくよ?」
声をかけようとしたけれど、雨が体にはじけるしぶきで少年の表情がよく見えない。
微笑んでいるようにも、哀しんでいるようにも、考え込んでいるようにも、そのどれでもないようにも見える。
あなたはだあれ? どこから来たの?
どうしてそんなところにに立っているの?
「エッケ・プエル」と少年は言った。
それは名前?
外国の子?
そういえば、髪が金色みたい。
雨のしぶきが光をまとっているように見えたのは、そのせいかもしれない。
外の薄明はうつろうでもなく、時間が止まったような感じさえする。
家の中では物音もしない。
お母さんは……?
買い物に行ったんだっけ?
おばあちゃんは、どこに行ったんだろう?
亜音と、少年と、雨の音。
生まれて、たゆたって、消えてゆく泡。
亜音は箱からマッチを取り出し、箱の側面で擦る。
マッチの灯に照らされて少年はさらにしぶきの光に包まれたみたいになり、輪郭がぼやけた。
6本目。




